35. 治癒師として
駆け寄る冒険者たちの必死の呼びかけに反応して、手の空いた騎士と治癒師が素早く動き出した。
見るからに重症で、顔色の白さは命に関わると誰もが勘付いていた。
騎士たちの手も借りて、地面に敷いた布に横たえる。
真っ先に手を伸ばしたのは神官だった。
手の空いていた冒険者の治癒師の女性も横につき、2人がかりで確認と治療を始める。
「……駄目だ、魔力が足りん」
けれどすぐに神官は音を上げた。
慌てて振り向くとたしかに顔色が悪いし、呼吸も浅かった。
すぐそばにもっと具合の悪い人がいるせいで誰も気づいてなかったみたいだ。
「君はどうだ」
「……情けないですが、私では対応できません」
「……そうか。では他に誰か、治療できそうな者はおらんか?」
振り返って呼びかける神官は魔力切れ、女性冒険者は治癒能力が足りないらしい。
慌てて他の治癒師たちも青年の状態を確認に行った。
やりかけの治療を中断することは気になるけど、あたしも同じように見に行く。
どう考えてもこちらの方が切羽詰まっているものね。
のぞき込んだ先、ピクリとも動かない青年の怪我は多い。
頭部、腕、足、特にひどいのが腹部だ。
肋の下から抉れているようで、応急処置として簡単に塞ぐだけでも時間がかかるだろう。
たぶんここまで大きいと──傷が塞がる前に血が足りなくなる。
かなり難しい傷だった。
治癒の速度も、それから大量の魔力も必要だ。
「自分には無理です」
「私も……途中で魔力が尽きます」
「……くそ」
次々に上がる否定の声に、近くで見守っていた仲間の男が膝をついた。
あたしは一度だけ大きく息を吸ってから、横たわるリーダーのそばに膝をついた。
「あたしが治療します」
「……は?」
疑問の声を上げたのは、騎士団の治癒師だった。
だけど周りの治癒師たちは誰もが顔に疑念を浮かべている。
冒険者になりたての小娘の、身の丈を超えた発言だと思っているのだろう。
まあ、そう思われても仕方がない。
だけどあたしは、この依頼を受けたときに決めてた。
助けられるかもしれない人を、助けるために行くんだって。
傷ついた人がいたら、今度は見て見ぬふりしないで全員治してやるんだって。
「あたしが治療します。皆さんは他の方をお願いします」
「いや、だが塞ぐ前に君の魔力を使い切るかもしれん。残酷だが、その魔力は次に来る奴に使うべきだ」
……ああ、そっか。
この人は助からない人に魔力を注いで、助かる人を取りこぼすのが一番まずいって、そう思ってるんだね。
でもね、あたしならまだ間に合うから。
まだ諦めなくてもいいんだ。
「大丈夫です。魔力量には自信があるので」
にこりと笑って、まだ何か言おうとする周囲から目をそらして、あたしは全力で魔力を練り上げた。
いま大事なのは速度だ。
魔力消費のことはひとまず念頭から消して、あたしは全力で治癒魔法を発動した。
『巡る生命の灯火よ 聖なる光とともに成れ』
呪文と共に優しい光が青年を包んだ。
使ったのは、神聖魔法がアレンジされた治癒魔法だ。
今回は少しどころじゃなく傷が深く、失われた部分も多い。
深すぎる怪我を治癒するには施術者だけでなく患者側も魔力と体力を消費するから、普通の治癒魔法じゃ患者が持たないと判断した。
そして神聖魔法の治癒能力には、失われた魔力や体力の回復を助けてくれる働きもある。
ここで使わないという選択はなかった。
そもそも光魔法と神聖魔法は親和性があるから、あたしが神聖魔法に適性があってもそこまで異常性はない。
実際にそういう使い方ができる人は他にもいるのだ。
ちょっとばかり治癒速度が速すぎるかもしれないことについては……非常時ということで目をつぶってもらいたい。
「た、たすかる、のか……」
みるみるうちに傷がふさがっていく様子を見ていた蒼の牙の仲間が、呆然と呟いた。
それから力が抜けたように完全に座り込んでしまう。
集中してたあたしは返事し損ねたけど、周りも最悪の事態は避けられたようだと判断したらしい。
責任者である金髪の騎士が、座り込んだ男に声をかけた。
「落ち着く間もなくすまないが、状況は説明できるか」
「え、あ、はい! ええと例の魔物? から逃げている途中、自分が失敗してしまったところをリーダーがフォローしてくれたんですが、代わりに攻撃を食らってしまって、ええと、」
「……遮って悪いが、あなたたちが退くときの、樹海の状況はどうだっただろうか」
騎士は動揺しているのか要領を得ない男の説明をすっぱりと切り捨てて、今どうなっているかの確認を優先する。
重要なのは経緯ではなく現状だものね。
ここで判断を失敗すると、作戦自体が失敗しかねない。
「あ、そか、ええと、自分たちがリーダーを運んでる間、残り2人の仲間で何とか引き付けることにして、でもうまく引き離せなくて困ってたら、騎士団長さんが来て手伝ってくれて、それで何とかなって……あれ、そういやノイスは?」
「ノイス? ああ、一緒に運んできたもう1人ならリーダー殿を下ろしてすぐ引き返していったよ」
「いつのまに!? じゃない、自分も戻らないと……痛っ!?」
やっと森の方に意識が向いた男は立ち上がろうとして、再び膝をついていた。
よく見ると頑丈なブーツのふくらはぎの部分が抉れていて、座り込んでいた地面は血だらけだった。
自分でも気づいてなかったほど必死だったらしい。
慌てて騎士団の治癒師が駆け寄っている。
自分の怪我を忘れるほど必死だったり、彼らを逃がすために危険な敵の前に少人数で残ったり……蒼の牙のメンバーはとても情に厚いようだ。
──ねえ、リーダーさん、素敵な仲間だね。
あなたのことは絶対に助けるよ。
だから、あなたも気力と魔力と体力を振り絞って頑張れ!
ぐんぐん減っていく魔力に構わず、あたしは全力で治癒魔法をかけ続ける。
よし、この感じならあと少しで最低限は回復できそうだ。
何とかなりそうなことに、他でもないあたしが一番ほっとしてる。
一番の問題だった出血と内臓、皮膚の修復はもう終わる。
あとは誰か……魔力切れ寸前らしい神官さんとかのサポートをつけながら後方拠点に運んで、残りの怪我をしっかり治療した方がいいと思う。
ひと安心したあたしとは反対に、騎士たちは色めき立った。
「なぜ団長が?」
「さっきここに来て戻ってく途中に気づいたんだろ! 俺らも早く戻らねえと!」
「ちょ、まだ動かないでください! もう少しですから!」
「こっち来なかった奴らは? 合流したと思うか?」
「いや、宵鴉挟んでるし無理だろ」
「そもそも団長に治療以外で絶対に持ち場を離れるなって言われてるんだ。どんなに気になっても動けないさ」
「じゃあやっぱせめて俺らが行かないと!」
「せめて宵鴉の担当エリアまで進めてるといいが……」
治療で戻っていた誘導班の騎士にも、拠点護衛の騎士たちにも焦りが広がっていく。
国内最強格の1人である第3騎士団長さんは強い。
だけど今回は正攻法での戦いが通じる相手じゃなくて、普段やってるような戦い方が通用しない。
どんなに強くたって、きっと限界はくるだろう。
周りが動揺するのも仕方がなかった。
あたしはただの冒険者で、それも治癒師として参加してるだけの一般人だ。
何かを口にする権利も理由も持っていない。
ただ真面目に治療をしながら、せめていい方に状況が変化することを祈るしかなかった。
けれど――
「──セシル、ごめん、助けてくれ!」
響いたレオルの声に、いつもの生意気な調子はどこにもなかった。




