36. またそれ?
名指しで呼びながら駆け込んできたレオルの言葉に、あたしはすぐさま立ち上がりかけて──中腰で止まった。
まだキリのいいところまで治療が終わってないんだった。
「ごめん手が離せないの! 先に説明できる?!」
ひとまず叫び返して治療を続ける。
ながら聞きになっちゃうけど、ここでこの人を放り出すのはどう考えてもナシだ。
悪いんだけど今だけは許して。
息切れしながら駆け込んできたレオルは、あたしの状況を見て一瞬だけ息を詰めた。
外側の傷口は見えにくくなってるけど、流れ出た血の量から明らかにマズいことだけはわかったんだろう。
激情をこらえるように何度も深呼吸してから話し出した。
「そいつ……蒼の牙のリーダーがやられて、そこに騎士団長が合流したってのは、知ってる?」
「うん、そこまでは聞いた」
「俺らとの交代場所の近くまで来た蒼の牙の様子が変だってナディアが気づいて、加勢に行ったんだよ。騎士団長以外ボロボロだったし。でも強引に進んできたらしくてちょい経路がズレてて、視界が悪いエリアに入っちまって。そんで、どう頑張っても避けきれない魔法がきたときに、ガルディスさんが前に出てくれて、でも受け止めきれなくて……!」
「──怪我の具合は?」
「両腕と、背中、とくに左肩。でも他もあちこちイってそうな動き方してた」
なるほど……ガルディスさんの戦い方からするに、攻撃を大盾で無理やり受けた感じかな。
でも衝撃を殺しきれなくて吹き飛ばされて背中から何かにぶつかった、と想像するとしっくりくる。
もちろん受け止めた腕はボロボロだろう。
よく考えるまでもなく、その状態で長く動くのは無理だ。
あたしの顔が強張ったことに気づいて、レオルは顔をしかめながら心底悔しそうに声をしぼりだした。
「マジでごめん、お前にこんなこと頼むべきじゃないのかもしれない。だけどもう、セシルしか助けられる心当たりがないんだ! ──ガルディスさんを、助けてくれ!」
血を吐くような叫びだった。
自分が怪我してなお生意気だった少年の姿はどこにもない。
大丈夫、あたしの気持ちはとっくに決まってる。
「もう終わるから。顔拭いて水飲んで準備してて」
あとは手を動かすだけだった。
もうすぐ動かせるようになるから治癒師と一緒に治療しながら後方へ移動してほしいことや、運び方などの注意事項を、近くの騎士に矢継ぎ早に伝えていく。
最後に患者の怪我と治療具合を確認して──よしいける。
「これでひとまず動かせます。あとは安全な場所で治療をお願いします」
小康状態まで回復したリーダーさんを騎士に預けて立ち上がる。
レオルは派手に血を流していた額の傷を治してもらったようで、乱暴に顔をぬぐいながら注文通りに水を飲んでいた。
汚れはひどいものの、他に怪我はなさそうだ。
「行くよ」
「おう!」
「──待て」
駆けだそうとした瞬間に、腕を掴まれた。
振り返らなくてもわかるその声に、押し問答する時間が惜しくて振り払いたい衝動を堪えながらゆっくり振り返る。
「離してもらえますか、監察官殿」
「どこへ行く」
「見ての通りです。怪我をした冒険者から要望があったため現地へ治療に向かいます」
「何度も言うようだが、今は危険だ」
「何度も聞いたので知ってます」
拠点中から視線が集まってるのはわかってた。
でも今はどうでもいい。
「冒険者の行動は自己責任です。あたしは依頼を受けて同行しただけの一冒険者で、行動を制限する権限は騎士団にはないはずです。依頼不履行の罰則は帰還後に受けますので」
「──それでも、危険すぎる。行かせられない」
……またそれ?
何が言いたいとか、本当にわかんないよ。
「作戦は終盤です。ここであたしが1人抜けても治療に支障は出ません。それに宵鴉が倒れたら誘導作戦そのものが終わりますよ。それがわからない指揮官殿じゃないでしょう」
「分かっている」
じゃあ何よ。結局難癖つけたいだけ?
いい加減イライラしてきたあたしが再度口を開きかけたところで、エリオスが掴んだ手を離した。
「──だから、私も行く」
「……はい?」
周りが一斉にざわついた。
治癒師たちや、蒼の牙の人もレオルも目を丸くしている。
でも騎士の人たちはあんまり驚いてないし、補佐の灰髪さんに至っては深いため息をついただけだった。
ああ、そっか。
騎士の人たちはいつか言い出すと思ってたんだろうなあ。
まあこの人、本当なら真っ先に駆け出しててもおかしくない性格してるもんね。
王都にいた頃は止める間もなく最前線に出て戦うわ部下を庇うわ撤退時も殿につくわで、あんた自分の地位考えろよ、と四方から思われてたの知ってる。
何ならあたしも思ってた。
むしろここまで大人しく拠点にいたことの方が、ちょっと違和感だったくらいだ。
だけどオッケーじゃあ行こう、とはもちろんいかず、補佐の人が冷静に待ったをかけた。
だよね、今って安易に王子サマを連れ出していい状況じゃないよね。
「エリオス様。許可できません」
「分かっている。命令違反の罰は後で受ける」
「そんな覚悟をするより理性を働かせてください」
「…………」
いや、無言の反抗って子供じゃあるまいし。
補佐の人が額を押さえて頭痛がしてきたって顔になっちゃってるじゃん。
この人ってこんな感じだったっけ?
……あれ、いやでもちょっと待って。
これってもしかするとだけど、アレの出番なの?
「──監察官殿」
「なんだ」
「あなたが一緒に行ったとして、どうなるんですか」
自分でも意地の悪い聞き方だと思った。
だけどあたしは、この人が『今』どのくらい動けるのかを知らない。
前回の敗走のことは知ってるけど、確認はしておきたい。
エリオスは少しだけ黙って、それから答えた。
「盾ぐらいにはなれる」
……盾。
え、まさか肉壁って意味じゃないよね?
普通に防御役ってことだろうけど……必要なら本気で肉壁になりそうな目をしてて怖いんだけど!?
「ほ、他には?」
「ない」
即答すぎて反応しそびれた。
他にないことも、この人が素直にそれを認めたことも衝撃的だった。
「私ではあれを止められない。だが治癒師が単独で前線に出れば、ものの数分で死んでしまうだろう。セ……君が診ている間、誰かが立っていなければ共倒れで終わるだけだ」
だから自分が盾になる、とこの人は言ってるのだ。
……ああもう、ホント厄介だわ。
なんでそういうところだけは、ちゃんと見えてるのよ。
だけどただ盾になるだけじゃきっと足りない。
本当はすっっごく不本意だけど……こんなときのためにコレを用意してきたんだって、あたしもわかってるんだ。
だからあたしは、腰のポーチに手を伸ばした。
あたしの腰のポーチの中には、ジルさまから渡された折り畳んだ紙が入っている。
そういうつもりで持ってきたんじゃない。
本当に使うつもりなんかなかった。
それでもわざわざここまで持ってきたのは、ほんのわずかな可能性だとしても、切り捨てて終わりにしたくなかったからだ。
……使うなら、今しかない。
バクバク跳ねる心臓を押さえつけて、あたしは紙を引っ張り出して広げた。
本当は今回までに次の回の分も入れたかったんですが、長くなってしまったので明日また出します_(._.)_ムネン……




