33. 余計なお世話
短距離ずつ分担するからなんだっての。
騎士団があれだけやられた相手なんでしょ?
追いかけられて、でも誘導するためには完全に逃げちゃいけない。
そんなの、ただ逃げるだけより危ないじゃない。
「続いて、治癒班の配置について説明します」
ぐるぐる回っていた思考が、その言葉でやっと現実に戻ってきた。
いけない、大事なことだ、ちゃんと聞いておかないと。
「後方拠点をここに。誘導経路の中間のここに、第2拠点を設けます」
地図の上の小さな丸を指しながら説明が続く。
エリア外の丸が後方、中間地点が第2拠点となるらしい。
「後方拠点は安全域ですが、第2拠点は誘導経路に近いため、状況によっては戦闘の音が届く距離になります」
つまり完全に安全圏でしっかり治療を受けるための後方拠点と、その場で軽い治療なり応急処置なりするための第2拠点ってことかな。
あたしはどっちに振り分けられるんだろう。
「配置についてはこちらで組んでおります。退出時にリストを確認し、配置換えの希望がある方は申し出てください」
そう言って前方の台座に紙と重りが置かれた。
じっと地図を見て、それから周りを見て、もう一度地図を見るころには、あたしの気持ちは決まっていた。
──説明会が終わったのは、それから半刻ほど後だった。
実際に樹海へ入るのは2日後。
明日は配置の決定連絡と、合同での顔合わせや合図の確認やらをして、午後は休養時間とするらしい。
だから何か準備があるなら今日のうちに、ってことらしいけど……その前に、配置の確認しておかなきゃ。
神官や他の治癒魔法使いたちが、退出前にリストを確認しつつ時々ソールデンに話しかけている姿を、あたしは椅子に座って見ていた。
極力目立ちたくない、そういう気持ちはまだ残ってる。
だから、あたしが行くのは最後でいい。
「セシル嬢。まだ帰らないのか」
呼ばれて顔を上げたら、ガルディスさんが立っていた。
座ってるところに背が高い人が傍に立つと存在感、というか圧迫感がすごいね。
後ろに他のメンバーもいたの、一瞬気づかなかったもん。
「いやー配置を確認したいんですけど、まあ他の人の後でもいいかなって。……あの、断らなかったんですか。誘導役」
「断る理由がない」
即答だった。
言葉をぼやかしてるあたしとは、本当に正反対だ。
「我々はBランクだ。この街で一番、深いところを知っているパーティの1つだ。……我々が断れば、次に声がかかるのは我々より弱い誰かだろう」
……ああ、そうか、そうなんだ。
この人は、自負と誇り、覚悟と責任、そういう気持ちを強くまっすぐ持ったまま立つ人なんだ。
「絶対危ないですよ」
「知ってるよ」
「死ぬかもしれないんですよ」
「そうだな」
あたしの悪い想像ばかりの言葉にもガルディスさんは、動じる様子を見せない。
そんなことはとっくに覚悟してるんだろう。
それから、何だか少しだけいたずらそうに笑った。
「だからセシルがいてくれて、今非常に心強いな」
「……そんな言い方されたら辞退できないじゃないですか」
「辞退したいのか。君は引き受けた以上は、最大限努力するタイプだと思っていたんだが?」
「そ、れは……そうですけど! そもそも怪我しないように努力してください!」
完全に言い負けたあたしがむくれたら、ガルディスさんは珍しく声を立てて笑った。
よく見たら後ろに半分隠れてるみんなまで笑ってる。
レオルなんてお腹抱えてるんだけど! 許せん!
「やべ! じゃーな、とりあえずまた明日ってな!」
あたしの不満に気づいたレオルが我先に逃げ出して、残りのメンバーも手を振りつつ出ていった。
まったく、ホント懲りないよね。
だけどさあ……この前も治したばっかりなんだから、今度は怪我しないでほしいよね。
宵鴉のみんなが出ていくのを見送ってから会議室を見ると、いつのまにかあたしが最後になっていた。
当たり前だけど、残ってる騎士団の人たちの視線が集中しててちょっと居心地が悪い。
いや自業自得なんだけどさ。
なるべく自然を装って立ち上がり、リストを確認に行く。
書かれている名前は多くない。
自分の名前はすぐに見つかった──後方拠点の一番下に。
名簿の順番か、ランクか、たぶんそのあたりの事務的な理由だと思う。
すう、と深呼吸してから、団長補佐官に近寄る。
「冒険者のセシル・ウェグナーです。第2拠点への移動を希望します」
近寄った時は反応がなかったのに、あたしの発言内容には少しだけ驚いた様子が見えた。
たぶんだけど、後方に回してくれって要望はあっても、安全地帯から移動したいって要望はなかったんだと思う。
まあわからなくはないよ。
「……理由を伺っても?」
ソールデンさんの声には、軽い驚きはあっても呆れや侮りはなかった。
ただまあ確認は必要だよね、うん。
「魔力量は多めですし、治癒だけの人よりは動けるので後ろより向いてると思います。あと……宵鴉は、知り合いなので」
口にしてから、最後のは余計だったかな、と不安になる。
単純にCランクの冒険者で、自力で逃げることもできるからって事実だけでよかったかもしれない。
ここで私情をはさんだのがいいことなのか、悪いことなのか判別がつかない。
だけど、あたしには大事な要因だから、ついこぼれ出た。
ほとんど彼らのためだけに、あたしは第2拠点に行こうと思ったんだもの。
「なるほど。……ギルドの登録ランクは何でしたか」
「Cランクです」
「承知しました。検討いたします」
ソールデンさんは手元の紙に何か書き込んでる。
話を聞いてた周りの人たちからは特に何も言われなかったから、とりあえず要望を聞いてはもらえたようだ。
……若干1名すごく物言いたげな顔をしてる気がするけど、気のせいだと思う。
あたしは目にささる金色を視界から外すように、騎士4人に向かって深く礼をしてから、会議室を出た。
「──待ってくれ、冒険者殿」
だから、まさか、呼び止められるとは、思ってなかった。
***********
(エリオス視点)
薄い藍色の髪が視界から消えた瞬間、私は思わず追いかけて声を掛けていた。
咄嗟過ぎて、何がしたかったのか自分でも分からない。
ただこのまま行かせるのは違う気がして……だけどそれはまだ明確な言葉になっていない。
だから自分で引き留めたのに、言葉に詰まった。
会議室を出てすぐ立ち止まった私に対し、彼女は10歩ほど離れた場所で立ち止まっていた。
一瞬だけ視線をさまよわせたあと、口を開く。
「……何かご用でしょうか」
その声は静かで平坦で、どこまでも義務的な言葉だった。
こちらと『会話』をする気がないのだと、その一言だけでも分かってしまう。
いや、今まで会話を……対話をしてこなかったのは私だ。
今さらと言われればその通りだろう。
なるべく関わらないように、とも考えた。
だけど今回は、この状況を黙って見ているだけというのは、どうしても難しかったのだ。
「……あの」
「君は」
……しまった、被った。
考えなしに口を開いたからだし、こういうところが間が悪いと言われる所以だろう。
何よりも、彼女の様子を見ていないからこうなるんだ。
彼女──セシルは戸惑ったような、訝しむような顔で次の言葉とタイミングを探しているようだった。
数秒の沈黙が流れる。
何を言いたくて声をかけたのか必死に考えをまとめて、それからやっと私は再び話しかけた。
「──君は、自分の意志で、冒険者をやっているのだろう」
本人に確認を取ったわけではないが、友人と思しき青年たちの様子から、それは事実なのだろう。
現に先ほどの会議室でBランクパーティと話していた時も、移動の希望を言いに来た時も、彼女は見たことがないほどとても自然体だった。
表情も、態度も、口調も。
だから私がとやかく言うことではないのだ。
むしろ言えることでもない。
分かっていても、何も感じないわけではなかった。
私が何を言いたいのか分からないのだろう。
セシルは怪訝な顔つきから、きょとんとした顔に変わっていて、ああそんな顔も初めて見たな、と場違いに思った。
「君の意志で決めたことに口出しするのはお門違いなのかもしれない。だが、今回の依頼は……危険だ」
続けた言葉で、さらに彼女の表情が変わった。
不審、驚愕、それとも疑問? くるくる変わる表情に、彼女の豊かな感性が伝わってくるようだった。
淑やかに微笑む姿しか、知らなかった。
「……本当に、危険なんだ」
こんなことを言っても意味がないのかもしれない。
だけど私は、血だらけで撤退した日のことを覚えている。
今回はまったく別のアプローチではあるものの、同じようにならない保証はない。
……なるほど、そうか。
私はあんな場所に、彼女を連れて行きたくはないのだ。
自分でも分かっていなかった本心が分かって、やっと自分の行動が理解できた。
だからこそ、この行為に意味がないことも分かった。
私に、彼女の行動を制限する権利はない。
彼女の気持ちを否定する権利もない。
──だってこれはただの、私の身勝手な我が儘だ。
「はあ。……あの、それだけですか」
案の定、一体何を言っているんだといわんばかりの顔で相槌を打つだけで、彼女に意味が通じた感触はない。
そうだろう……それが当たり前だ。
「────ああ。引き留めてすまない。明日もよろしく頼む」
「はい。では失礼します」
それ以上は伝える言葉は持たなかった。
だから見慣れた角度で頭を下げた彼女の後ろ姿を見送り、振り返った先、微妙な顔をしている会議室の面々に、迷惑をかけて申し訳ないと、情けなく謝ることしかできなかった。
***********
……なにあれ。
あたしは騎士団の駐屯地から離れながら、頭の中でさっきのことを反芻していた。
言いたいことがあるのはわかる。
でも明確なことは言わない……なんで言えないのかも、たぶんわかる。
きっと、何を言っても余計なお世話になるって思ってるんだろう。
いや、まあ実際そうなんだけどさ。
だったら最初から呼び止めるなって気分になっても仕方ないと思わない?
「────あー、もう!」
あたしは大きく息を吐いて、両手で自分の頬をぱんっと叩いた。
うん、考えるのやめよう。
今日はもう帰って、なんか美味しいもの食べて寝る!
そうと決まれば美味しいお肉を探しに行こう。




