32. 説明会
てっきり冒険者は治癒魔法使いだけだと思ってたから、完全に意表をつかれた感じだった。
でも向こうもちょっと驚いてる感じ?
「そっちにも依頼あったのかよ。てっきりBランク以上限定かと……あーいや治癒班の方か? そんなこと言ってたもんな」
レオルは周りの目なんか気にしないで、ついでに声を潜めることすらせずに近づきながら話しかけてきた。
グッバイ、あたしの静かな時間。
「そうだけど……宵鴉も依頼で来たんだよね?」
「まーね」
あれ、治癒魔法使いの募集って聞いてたんだけどな。
いやでもBランク以上がどうこうってことは、治癒とは別件でも依頼が出てるってことかな。
「久しぶりね、セシルちゃん」
「レオル、声が大きい」
「あ、ごめん」
同じく近づいてきたナディアさんからも挨拶を受ける。
ミレナさんはその後ろでにこにこ笑って手を振って、それからしっかりレオルに指導を入れてた。
うーん、この感じ、宵鴉だなあ。
「とりあえず、全員座れ。来たぞ」
ガルディスさんが声をかけて、みんなも席に着いた。
なんか自然とあたしの周りを囲むように座ったのが、ほんのちょっとくすぐったい感じ。
宵鴉のメンバーが席に着いてすぐ、右前方にあるもう1つの扉から、数人の騎士服を着た男性たちが入ってきた。
薄いケースを抱えた真面目そうな青年と、立派な体格の偉丈夫、その後ろには首元だけ色違いの服を着た、見覚えのある淡い金髪と灰髪の青年が2人。
……うん、なんか前も見た組み合わせだわコレ。
雨期明けのリズとの買い物デートの最中に、ジオンの商会にやって来たのがこのメンバーだったはず。
よく考えると、あれってちょうど1か月前なのか。
それ以上に思うことは、特にない。
余計なことは考えないって決めてたから、いちいち反応する気ないんだよね。
向こうも視線を留めるようなこと、してないし。
「時間だ、始めよう。私は第3騎士団団長、兼、第1大隊総指揮官のロルフだ。まずは依頼を受けてもらい感謝する」
最初に立派な体格の壮年の偉丈夫が、部屋の前方、これまた上質そうな黒石板の前に立って話し始めた。
なるほどこの人が騎士団長さん。
隣の真面目そうな人が……なるほど、団長補佐で大隊の副指揮官さんね。
あと──臨時監察官と、あ、灰髪さんは護衛じゃなくて監察官補佐なのね。
で、その他の説明はなし。
なんかもういかにも訳アリ臭がぷんぷんしてて、みんな触らぬ神に祟りなしって顔になってるじゃん。
あたしの勝手な想像では、お前ちょっと社会勉強してこいやって放り出された、みたいな感じだったりする。
……社会勉強中の王子サマ(成人済み)。
ダメだ、ちょっとウケる。
うん、いい感じに気が抜けた。あの人も役に立つじゃん。
「それでは依頼内容について説明する。言うまでもないが口外厳禁であることを留意してくれ」
そう言って張り出されたのは樹海の地図だった。
ざっくりと書き写したらしい紙には、いくつかの地点に赤色でマークがついている。
最も大きな赤色は──元ハザードエリア『白の捕食者』。
あたし含む冒険者たちが動揺するなか、団長補佐官ことソールデンによる説明は始まった。
「まず目標地点は深度4の元ハザードエリアです。冒険者の方はご存知の通り、元の主であるラグスパイダー亜種は討伐されており、先日騎士団が確認に向かいました。ですがそこで未確認の敵と遭遇し、調査部隊は大きな損害を受けています」
……それが、あの日か。
ギルドの前を血だらけで運ばれていった人たちの姿が、勝手に頭に浮かんだ。
「敵の詳細については、まずこちらを」
新しく張り出された紙には、丸っこい何かが描かれていた。
説明によるとデフォルメではなく実際にこんな形の、金属っぽい何か、らしい。
その両側が外れて金属片のようなものが飛び回ること。
それらの威力と硬さ。
土と雷の魔法らしきものを使うこと。
それからこちらの武器を吸い寄せて投げ返したこと。
思ってたよりも把握している相手の情報は多い。
それだけ激しく戦って、それだけ多くの人が見たってことだよね。
「質問です。そもそも倒す必要性はあるんですか」
前の方に座っていた神官から、訝しげな声で質問が出た。
他の神官や治癒魔法使いの一部からも、同意する空気が出ている。
でも宵鴉の人たちは難しい顔をして黙っている。
……何か知ってるのかな?
「まず、この敵がハザードエリアから外に出ない確証がありません。そしてここ最近、該当エリア付近を中心に急速に魔素の偏りが起きています。時期的にあの個体が無関係だと判断するのは難しいですね」
なるほど、魔素の変化。
もともとハザードエリアは魔素の偏りが起きている場所だけど、それがさらに悪化してるってことか。
しかもその影響で奥地から深度に見合わぬ魔物が移動してきたり、追いやられた魔物が別の場所で縄張り争いを繰り返したりしているようだ。
これが最近の魔物の異常行動と、制限の理由ってことね。
こういった異変が重なった結果、魔物の氾濫が起きる可能性が高いと見ている。
騎士団の見解はそう締めくくられた。
実際に、過去に氾濫が起きたことがある地なだけに、誰も考えすぎだと一笑に付すことができなかった。
「危険性は理解しました。ではどうやってそれを倒すのか、具体的な策を教えていただきたい」
先ほどの神官が、強い声できっぱり言い切った。
それはそうだろう。
彼らは冒険者と違って、戦う方法どころか逃げるための技能や、もしかしたら体力すら持っていない。
言葉通り命をかけることになりかねなかった。
想定済みだったのだろう、ソールデンは動揺の欠片も見せずに頷いた。
「騎士団には複数人による大規模魔法の技術が存在します。威力から見て確実に仕留められると考えています。また、治癒師の皆様に前線での行動を求めることはございません。落ち着いて治療に当たっていただくためにも、皆様には安全な位置で待機いただきます」
なるほど、そうなるのね。
まあごちゃごちゃ戦ってるそばで急いで治せって言われて、対応するのは難しいよね。
……つい最近やったばっかりな気がするけど、まあ、あれは数に入れなくていいよね。
「続けて担当箇所の説明に入ります」
ソールデンが貼られた樹海の地図を、改めて指し示す。
大きく赤く囲った白の捕食者のエリアの中にも、赤い線がいくつも引かれている。
まずフォルナの街寄りの、エリアのギリギリ外に小さな丸が書かれている。
その小さな丸から少し離れたエリア内の場所に、やや大きめの丸が。
それから、中央からその大きめの丸の方へ向かってうねうねと曲がった線が続いていて、線の中間辺りの横にも小さな丸が書いてあった。
意味はわからないけど、これが待機場所ってことかな。
「こちらの持つ対抗手段には、発動場所の制約があります。従って、敵を指定の地点まで移動させる必要があります」
部屋がざわついた。
実際、あたしも思わず「え?」って声が出た。
移動させるって、どうやって。
騎士団があれだけやられた相手を?
「準備に時間がかかるため、敵の潜伏箇所へ直接仕掛けにいくことは難しく、指定地点まで敵を誘導することになります。その役目を騎士団と──Bランク冒険者パーティ2組で担当します」
あたしは思わず周りを見回していた。
もしかしたら他にも振り返っていた人がいたかもしれない。
「誘導役は騎士団から1組、そして冒険者パーティの宵鴉、及び蒼の牙の合計3組がメインとなり、数百メルごとに交代しながら、短距離の誘導を繰り返します」
ガルディスさんは、静かに前を向いていた。
周りのナディアさんも、ミレナさんも、レオルも、誰も何も言わない。
……ああ、もう本人たちは了承済みなんだ。
だからって、なんでそんな、どう考えても一番危ない役目を引き受けたの。
本当は今すぐにでも、宵鴉のみんなに問いかけたかった。
説明はまだ続いてる。
誘導経路の細かい話とか、合図の取り決めとか、多分大事なことなんだと思う。
でも、あたしの耳にはあんまり入ってこなかった。




