29. 指名依頼
強化魔法の訓練開始から7日目。
朝いつものように出かけようとドアを開けたら、今からノックしようと半端に手を上げていた伝言屋と鉢合わせた。
あっぶない、すれ違うところだったよ。
向こうもほっとした顔してるのは気のせいじゃないと思う。
そうして伝えられた内容はいたってシンプルだ。
『本日中 なるべく早くギルドへ来られたし』
たったこれだけの、ギルドから、正確にはエイガスさんからの伝言だった。
簡潔すぎに思えるけど、伝言屋を使うときは大事なことほど内容には触れないのが暗黙のルールらしい。
たしかに色んな意味でそっちの方が安心だよね。
だからこそ、伝言屋が来たときは急ぎの用事であると思った方がいい。
じゃあとりあえずリズの家に寄って、リズとはギルドのとこで別れてジオンたちにあたしが遅れることを伝えてもらおう。
3人で自主練習しておいてもらうのがいいかな。
ギルドの用件次第では行けなくなるかもしれないから、昼を過ぎてもあたしが来なかったら、ほどほどで切り上げて帰ってもらった方がいいよね。
そんなことを考えながらリズの家に向かうと、そこでまた予定が崩れた。
家から出てきたリズは、荷物こそないものの昨日と同じく魔導具師の作業服を着ていたのだ。
「ごめん。おじいさまの仕事が追い付いてなくて、しばらく手伝いに回ることになったの」
「ありゃりゃ、りょうかーい。じゃあ邪魔しないようにあたしも顔出し控えるね。落ち着いたら連絡ちょうだい」
「わかった。……休憩はちゃんと取るね」
「よく言った! あ、手伝いが必要なときも連絡してね!」
「うん、ありがとう」
名残惜しいけど大きく手を振ってリズと別れたら、まずはギルドに向かう。
まだ予定よりは時刻も早めだし、さっさとギルドの話を聞いて急いで向かえば、そんなに待たせることにならないはず。
面倒だけど、こういう呼び出し系って後回しにするとロクなことないんだよね……。
うんざりしつつちょっと速足で向かったギルドは、入った瞬間に無意識に足が止まった。
何だかざわつきが、いつもと種類が違う気がした。
さっと視線を走らせて、特に黒石板に人が集まってることを確認してからカウンターに向かう。
でもエイガスさんは珍しく受付対応中だったから、大人しく列に並んで──さりげなく周りの声に耳を澄ましてみた。
「昨日は深度3すらまともに探索なかったんだって?」
「いくら雨期明けっても魔物の量増えすぎだろ。どうなってんだよ」
「深度4でグルバス見たって聞いたぜ」
「はあ? それって深度5でも奥地の魔物だろ?」
「Dランクが遭遇したら悲惨なやつじゃんか……そろそろ探索制限出るんじゃねえの?」
「かもな。何年ぶりだろうな」
「オレが駆け出しの頃だし10年ちょいかね?」
「最近騎士団がなんか始めたってよ」
「おー? 逃げ帰ってきて以来静かだったけど、やっと動き出したんか。いつもより長く居るくせに存在感うすくて何してんだかって感じだったんだよ」
「……お前それ思ってても口にするなよ」
「ははは、つい本音が。っつーかどうせフォルナいるなら森の異変をどうにかしてほしいよなあ」
「まあ、それはそうだな」
うーん、殺伐ってほどじゃないけどイレギュラーが続いてて落ち着かない感じ?
なんか悪態混ざってた気がするけど、藪蛇は怖いのでそこはスルー一択で!
とにかく森の生態に変化が出てるってことでいいのかな?
最近は訓練場にこもってたから知らなかったわ。
たしかに雨期の冒険者の減少による魔物の増加現象については前に聞いた。
そのために騎士団がこの時期に来るんだって話だったし。
あれ、いやでも今年は騎士団ってほとんど森に入ってないんじゃないの?
もしかして調査とか間引きとか全然進んでない感じ?
もしかしなくても、騎士団の説明のときに聞いた、森から魔物が氾濫する可能性がゼロじゃない、とか……?
それならギルドの不穏な気配も納得できる。
……いやいや不穏過ぎるよ!?
やっぱり納得したくないかな!
「セシル、個室行くぞ」
勝手な想像で戦々恐々としてたら、前の人の処理が終わったエイガスさんに呼ばれた。
カウンターには見慣れた『離席中』の札が置かれている。
……あたしの対応してるときに、よくその札使ってる気がするのは覚え違いだよね。
あたし何も悪いことしてないのになあ。
なんでかいっつもあたしのせいにされるんだよね。
しょんぼりしながら向かったのは、カウンター近くの小さな個室だった。けど、この部屋は初めて入る。
ここはホントに小さくて、中は小さな机と椅子が3脚置いてあるだけで、他に4~5人も入ると手狭そうだ。
いや、カウンター近くに用意された部屋多くない?
無言で促されて座ったあたしの向かいに座り、エイガスさんは1枚の用紙を差し出してきた。
薄いクリーム色のその紙は上質なもので、ちょっと嫌な予感がする。
「──指名依頼が来ている」
静かに説明を始めたエイガスさんの声を、あたしはひとまず黙って聞いた。
依頼先は第3騎士団。
対象は、治癒魔法が使える冒険者『全員』だった。
数日後に樹海に入る際に同行できる人を、1人でも多く募集しているらしい。
だからここのギルドに登録されている治癒魔法持ち全員に順番に声をかけていて、あたしが最後なんだって。
そっか、あたしの治癒魔法の登録『微少』にしてるからか。
詳細は依頼を受けてから騎士団から説明されること。
基本的に後方で待機し、撤退してきたケガ人を必要に応じて治療すること。
参加は任意であること。
それから期間や報酬について、守秘義務について。
ざっと説明されて……説明が終わっても、あたしは何も言えなかった。
頭の中でぐるぐる情報が回ってる。
同時にいろんな感情がぐるぐる、ぐるぐる回ってた。
「順番のせいでギリギリになって悪いが、明日中に結論をだしてほしい」
固まってるあたしを見て、エイガスさんは期限だけ告げて立ち上がった。
扉を開ける直前に一言だけ告げて、そのまま一人で部屋を出ていってしまう。
「セシル、俺から言えるのはこれだけだ。──受けなくても誰も文句は言わない。だから、後悔のない道を探せ」
間違いなくエイガスさんは色々知ってる人だ。
完全な味方ってわけじゃないんだろうけど、一歩離れた距離から見守ってくれている大人のひと。
甘やかさないけど、追い詰めもしない。
いつだって自分でちゃんと選べ、って示してくる、優しくて残酷な大人だ。
退出を促されなかったから、この部屋は使っていいってことなのかもしれない。
だけどぼんやり机を見つめているだけじゃ、結論が出そうもなかった。
治癒魔法で目立ちたくない。
聖女のことで無駄に騒がれたくない。
だけど騎士団って言葉を聞くだけで、あの日ギルドの前を通り過ぎていった騎士たちが流していた血の色が、今でも簡単に目の裏に浮かぶ。
あの日、もしあたしが──そんなことを何度も想像した。
自分の決断が間違っていたとは思ってない。
だけど正しかったとも言い切れない。
魔法を使ってもいい理由、使わなくてもいい理由。
色んな可能性を脳内で並べたてて、自分を納得させないと動けなくなってる。
今回だって即座に突っぱねることも、覚悟を決めて受けることもできない。
どこまでも中途半端な自分が情けなくて仕方なかった。
誰かに弱音を吐き出してしまいたくて、でも誰にも話せなくて、息さえ吐き出せなくなりそうだ。
誰か、と口からこぼれそうになったときにふと思い出した。
リズと、ジオンと、トールの顔が頭に浮かんで、今も彼らを待たせている事実を。
あたしはふらりと立ち上がって、訓練の中止を伝えるためにのろのろと歩き出した。
悪いけど彼らには2人で自主練習していてもらおう。
それから、もう1人……誰よりもあたしの事情を知る人が近くにいることを思い出したから。
そういえば最近はあまり会いに行けていなかったな、なんてぼんやり思いながら、まずは訓練場に向かって。
──その後は神殿に向かおう。
元王都神官長のジルバートと話がしたいなと、そう思った。




