28. なんで冒険者やってんの?
真面目に訓練を続けて今日で6日目。
あたしはいつも通り、昼食の買い出しがてらリズを迎えに魔導具店へ向かった。
裏口から声をかけてすぐ出てきたリズは、しかし訓練用の服ではなく魔導具師の作業服とカバンを身につけていた。
「あれ、もしかして急用?」
「そうなの。朝一番で急ぎの修理依頼が入ったんだけど、今おじいさまは別の仕事で手が離せなくて……それで私が行くことになったの」
それがまた、街の東側にある工房の冷却用魔導具が止まってしまったらしい。
なるべく早く直さないと中身が全部ダメになるって聞いたら、急いで送り出す以外の選択肢はないよね。
「せっかくいい感じに進んでるのに、水を差してごめんね」
「いやいやリズ悪くないじゃん。最近ルベルさんも忙しいみたいだし、2人とも無理しないでちゃんと休憩はとること! わかった?」
「はい、わかりました」
苦笑いしながらも素直に頷いたので、まあ良しとしよう。
無理を続けてふらふらになるまで気づかなかった前科があるんだから、これくらいの念押しは正当な権利だと思うの。
「じゃあ行くね。ジオンとトールにもよろしくね」
「うん。夜また来るね」
みんな魔力の感覚に慣れてきたみたいだし、ついにご要望の連日訓練と意気込んだところだったから少し残念そうだ。
でも修理工具を入れた荷物を持ち上げたときにはもう、仕事のことだけを考えてる魔導具師の顔をしていた。
こういうギャップもリズの魅力のうちだよね。
そんなわけで今日は3人での訓練だ。
街の外の修練場に着くと、先に来ていたジオンとトールは壁際の日陰に座り込んでいた。
「おはよーさん。……あれ、リズは?」
「急ぎの修理依頼だって。今日はお休み」
「まじか」
「まあ、それがあいつの仕事だからな」
真っ先にリズのことを確認するところがジオンだよね。
あっさり納得したトールの隣で、あからさまに残念そうな顔をするところとか、ほんとわっかりやすいよねえ。
「……なんだよその顔」
「べっつにー?」
あたしは笑顔で流して、荷物を下ろした。
その間に2人も近づいてきて訓練を始める準備をしている。
今日の内容は昨日の続きで、両腕に均等に魔力を流したままゆっくり動かす練習だ。
魔力制御に優れたリズだけはこの先に進んで、今は全身に魔力を流す練習を始めたところだね。
ジオンは相変わらず配分が大雑把で、トールは逆に細かいところを気にしすぎて全体が止まりやすい。
魔力の動かし方って性格出るんだなーってしみじみ思ったね。
そんな感じで1時間ちょっと。
魔力の減りはともかくそろそろ集中力が切れる頃合いなので、休憩を挟むことにした。
水を飲みながら3人で日陰に並んで座る。
風はあるけど、地面から立ちのぼる熱気をふくむせいであんまり涼しいって感じがないんだよね。
雨もだけど、暑さも続くと嫌気がさすんだね。
不意にこんな猛暑期にずっと屋外で地味な訓練してるだけとか、あたしたちなんか選択肢まちがってない? って気持ちになった。
──そしたらふと、聞いてみたくなった。
「ねえ、ちょっと聞いていい?」
「んー?」
「2人はさ、なんで冒険者やってんの?」
さりげなく聞いたつもりだったのに、ジオンは水筒に口をつけたままビックリしたって顔してるし、トールもわずかに眉を上げてこっちを見てきた。
あれ、そんな変な質問だったかな。
「なんだ、急に」
「いやなんとなく……? 特にジオンは商会の息子でしょ? そっち方面の選択肢もあったんじゃないの?」
「あー……」
ジオンは持っていた水筒の蓋を閉めて、ちょっと考えるみたいに空を見上げた。
「オレさ、向いてねーんだわ。数字とか書類とか」
「うん、わかる」
「即答すんな!」
だって、ねえ?
不満げなジオンは膝に肘をついて、それからめずらしく静かな声で続けた。
「でもまあ、それだけじゃなくてさ。うちの商会って護衛雇ってるだろ。トールの親父さんとか、昔はガルディスさんとかさ。オレ、ガキの頃から見てたんだよ。あの人らが荷物と一緒に帰ってきたり……たまに、帰ってこなかったりすること」
「…………そっか」
「そこから冒険者について色々調べて、オレこっちの方が向いてるよなーって。トールもいるしな」
「てっきりリズのためだと思っていたが」
「それはっ……そういう面もあるけど! それだけじゃねえんだよ!」
「なるほどねえ」
冒険者になったきっかけの1つはリズが心配だったと。
まあリズの講習会のタイミングに合わせて護衛を辞めてきたみたいだし、なんかすごくジオンらしいね。
「トールは?」
「俺は単純だな。親父が冒険者でジオンの商会の護衛をしている。母が病気で死んだあとは親父が仕事で街を空けている間、商会の関係者が色々気を配ってくれた。だから親父もいて、恩も返せる護衛の仕事をやろうと思った。他にやりたいこともなかったしな」
「そうなんだ……」
淡々としてるけど、そこそこ重い話だった気がする。
なのにトールがあんまりにも普通に喋るから、こっちも変に気を遣わずに聞けちゃった。
この人のこういうとこ、なんかすごくてちょっとズルいなあ。
「あれ、でも今はその護衛の仕事、してないけどいいの?」
ふと気づいてもう少しだけ突っ込んで聞いた途端に、トールが急に意地悪な感じの薄い笑みを浮かべた。
え、ジオンに続いてめずらしい態度だね。
「こいつを1人にするのは色んな意味で危うすぎるからな。ジオンの親父さんには逆に感謝されたよ『あのやんちゃ坊主の面倒を見てくれてありがとう。すまんがよろしく頼む』。って」
「はあ!? なんだソレ初めて聞いたぞ!?」
「初めて言ったからな。お前絶対、親父さんに文句言いに行くだろ」
「当たり前だろ!?」
ああ、こういう反応になるってわかってての表情だったのね。
いつでも飄々としてる感じだったけど、なるほどこれが幼なじみとしての顔なのか。
それにしてもジオン、心配されてるところには反論しないのね。
ほんとこいつら、仲いいよねえ。
「──で? そっちは?」
あ。そっか、そうだよね、そうなるよね。
でも冒険者やってる理由は言ったことあるはずだけどな?
「冒険者始めたのはリオネの実のせいってことは知ってるけど。そもそも王都出てきた理由は? 俺らも聞いていいの?」
……ああ、それでビックリしてたのか。
昔の話を避けてたあたしが急にきっかけとか聞いたから、なんかの変化を感じたとか?
自分じゃ気づいてなかったけど、あながち間違いでもないかも。
手元の水筒をいじりながらどうしようかな、って考えて──でも意外と、思ってたほど嫌じゃないなって感じたから。
全部を話す気はない。
けど、全部黙ったままなのもなんか違う気がしてきた。
「……うちも実家は商会なんだけどね、色々あってあたしは別の仕事することになったの。そこが貴族ばっかりだったんだよね」
「うっわ、なんかヤな予感……」
「あーやっぱわかる? でまあ、自分で言うのもどうかと思うけど、あたし思いがけずめっちゃ有能だったらしくてさ。そしたらまあ、嫌がらせがすごいのなんの」
うわ、2人してすんごいしかめっ面なんだけど。
こういう話題って、なるべく軽く説明しても重く受け止められがちなんだよね……トールの話術はどうやってんの、マジで。
「……怪我とかは」
「あーそういうのは大丈夫! 無視されたり、仕事増やされたり、やった仕事なかったことにされたり、まあそういう」
上流階級のお嬢サマ相手だったから暴力系はなかったけど、最初にそっちの心配してくれるあたり、基本的に優しいよね。
ちょっとささくれ立ってた心が落ち着いてきたわ。
「それでも3年くらい我慢したんだけど、ある日プツッといって全部投げ出して辞めてきた。それで王都も出てきたの」
ずっと避けてきた説明を言い切った感想は、あれ、意外と短くまとまったな、だった。
3年分の要約は、たった3分にもならなかった。
「……ふうん。そりゃ辞めて正解だな」
「でしょ?」
「おう。オレが同じ立場でも辞めるわ。ってかもっと早いな。3年とか我慢しすぎだろ」
「あははっ、それ家族にも言われた」
ジオンの反応はとても軽かった。
でも余計な同情も、大げさな驚きもないことが、あたしには逆にありがたかった。
トールの方は、と視線をずらしたらなぜか目をつぶっていた。
あれ、と思ったら、そのまま何でもないように口を開いた。
「そういえばこの前から巡回騎士団が来ているだろう」
──心臓が、とん、と一回だけ大きく鳴った気がした。
「あのときのお前、明らかに様子がおかしかった。あいつらは──今の話の関係者か?」
話している最中でもトールは目を開けなかった。
しっかり目をつぶったまま、あくまでついでみたいな調子で聞いてくる。
……この人、絶対わざとだ。
あたしが答えたくなかったら流せるような聞き方をしてるんだ。
だからあたしは嘘はつかずに、できるだけ軽く返した。
「──そうだね。いちおう一部、関係ある感じかな」
「そうか。わかった」
それで終わりだった。
誰だとか、何をされたとか、そういうことは一切聞かれない。
ジオンなんて、隣で「へー」って言ったきり、もう次の話に移りたそうな顔をしている。
実際、すぐに口を開いた。
「なあ、そろそろ再開しようぜ。オレ今日中に指先まで完璧に流せるようにしたい!」
「……ジオン、魔力残量は?」
「全然いける!」
「ほんとに?」
「ほんとだって!」
「じゃあ確認するからちょっと手ぇ出して」
それぞれ水筒を置いて立ち上がって、いつも通りに戻る。
その途中で、トールがほんの少しだけ肩の力を抜いたのがちらっと見えた。
……あの人もしかしてだけど、結構前から聞くタイミング探してたりしてたのかな。
──まあ、いいか。
2人ともあたしが言わなかった部分を、言わないままでいることを許してくれた。
それがわかっただけで、今日は十分だ。
「はい再開! ジオンは肘から先ね! トールは手に寄りすぎるとこ直すよ!」
「へーい」
「了解」
それからはみっちり練習を重ねて、へとへとに疲れ切った2人を見送ったのは夕方のことだった。
あたしはまだ元気だから、宣言通りにリズの家に寄り道する。
リズからは無事に魔導具が修理できたことと、ちゃんと休憩を取ったという報告を聞いて、あたしは訓練の様子を報告する。
それから何となく、3人で話したこと──冒険者になった理由を聞いたこととかも、さらっと話した。
「そっか。みんなも頑張ってたんだね」
「うん。明日は昼からの予約だから、リズも一緒に行けるかな」
「たぶん大丈夫だよ。でもあんまり暑くないといいね」
「それはそう!」
話を聞いてるリズがすごく優しく笑ってたから、あたしもつられて笑ってた。
あたしが話した内容については、リズは何も聞かなかった。
……なんかさ。
あたしの周り、聞かないでいてくれる人ばっかりだね。
明日はまた4人で訓練の予定。
そう思ってたんだけど、結局その予定が果たされることはなかった。




