25.セシル先生……!!
ふむ、と周りを見回してあたしは1つ頷いた。
周囲にはきれいにならされた広い地面が広がっていて、修練場を囲う壁も高く頑丈そうだ。
休憩場所以外ほぼ屋根はないものの、雨でも降っていないかぎり、むしろないほうがいい。
魔法の訓練をするなら、横だろうと上だろうと、障害物は少ないほうがいい。
少し離れた場所にある街の外壁を見上げて、もう一度ぐるりとギルドの街外修練場を確認する。
うん、ここなら多少失敗しても大丈夫そうだね。
昨日のあのあと、強引に連行したジオンとトールにも魔法の基礎知識と身体強化のしくみについて一通り説明した。
属性魔法とは違って属性適性を必要としないこと。
魔力の扱い方さえ覚えられれば、3人にも使える可能性があること。
強化の度合いには個人差があること。
無理な強化は筋肉や関節を傷める危険もあること。
そして最後に、どうがんばっても体内で魔力を流す感覚を掴めない可能性もゼロではないこと。
全部説明して、利点も危険も理解した上で、それでも3人ともやってみたいと宣言したのだ。
だったらあたしも最善を尽くしましょうとも!
まずは訓練場所をどうするか相談したところ、冒険者ギルドが街の外に貸し出し制の修練場を持っているとトールが教えてくれた。
今度はギルドに突撃をかけたところ、運よく翌日午後が空いているという。
そのまま今日の分と、明日からの空き枠をいくつか適当に予約して、さっそく今日から特訓開始というわけである。
さらに運よく今日はほどほどに雲が出てて暑さも控えめ。
絶好の訓練日和だね!
……まあ今日は、休憩所から広場へ移動することはないだろうけど。
あたしは改めて3人へ向き直った。
「それじゃ、魔法の練習はじめよっか!」
「「「ご指導よろしくお願いします、セシル先生」」」
「…………」
綺麗に揃って頭を下げる3人に、あたしは固まった。
ちょっと待って、めっちゃむずがゆいんだけど。
「えーと、その先生って呼ぶの、やめよっか」
「どうして? ……あ、セシル照れてる?」
「教える側なんだから先生だろ」
「よろしく頼む、セシル先生」
「あんたら絶対楽しんでるでしょ!?」
わかりやすくニヤニヤ顔のジオンはともかく、トールは真顔で言うのホントやめてほしい。
まったく、やっぱり先生とかガラじゃない。
あたしが先生とかさあ……。
「ふふ、照れてるセシルかわいい」
「もー! リズまでからかわないで!」
ダメだ、真剣にやらなきゃいけないんだから照れてる場合じゃない。
教える立場の人間はいちいち動じない!
「んんっ! 真面目にやるよ!」
わざとらしく咳払いして、気持ちを切り替える。
あたしはカバンから用意していた小さな袋を取り出した。
中から手のひらに乗る程度の魔石を4つ取り出して、3人に1つずつ渡し、残りを自分の手元に残す。
「まずは魔法の基本、魔力を細かく動かす練習からね」
「これ魔石?」
「弱い光属性の魔石だよ。リズなら使ったこともあるかな」
「うん。魔力を流すと発光するタイプの魔石だね」
リズが頷き、男2人は珍しそうに眺めている。
自分の体内に魔力があること自体は、3人とも昨日の時点で実感できると確認してある。
魔導具師であるリズは言わずもがな、普段から戦闘用の魔導具を使うトールはもちろん、ジオンだって生活用の魔導具に魔力を充填することはたびたびある。
だから3人とも自分の中に流れる魔力の感覚も、使えば減る感覚も体験として知っている。
だけど今回必要なのは、そこからもう1歩先の感覚だ。
「今まで3人がやってたのは、魔導具の方が必要な量の魔力を抜きとってくれるか、必要なときに魔導具へ魔力を充填する使い方がほとんどだと思うの」
「まあ、そうだな」
いくつもの魔導具を日常的に使っているトールが頷く。
「俺の場合は魔導具が動けばそれでいい。実際にどれくらいの量を流してるかは気にしたことがないな」
「俺もそうだなー」
「だよね。だからまず最初に、魔力を流す量を自分で調整する練習をします。体内で自在に動かしたりとどめたりは、その後だね」
見えやすいように魔石を指先でつまんで、あたしはほんの少しだけ魔力を流した。
指の間で魔石が淡く白い光を放つ。
「魔力を流すとこんなふうに光るの。流す量が多ければ明るくなるし、少なければ暗くなる。これはだいぶ弱め」
少しだけ魔力を流す量を増やすと光が強くなる。
反対に流す量を減らせば、すぐに光も弱くなった。
「大事なのは明るさを調整できるようになること。そしてそのまま維持し続けること」
「それが身体強化にどんな影響があるんだ?」
今度はジオンから質問だね。
リズだけはすごく静かに聞いてて……あーこれ、なんかいろいろ理屈とか必要性とか予想できてる感じかな?
魔導具師見習いだけに、知識とか経験とかあたしとは別方向ですごいもんね。
リズなら最初の実践もすぐクリアしそうだ。
「身体強化って使っている間は魔力を流し続ける魔法だからね。出力が安定してないと、身体強化の効果も安定しないんだよ」
戦闘中でなくとも、歩いている最中に急に右脚だけ強くなったり弱くなったりしたら、それだけで転びかねない。
剣を振る瞬間に力が抜けたら当然危ないし、逆に予定以上の魔力を一気に流しすぎて、身体の方が耐えられずに壊れる可能性だってある。
「ってことで、まずは指示された光量を一定時間出し続ける練習からね。慣れたら出力も自由に調整できるようになろう」
これは魔法を学ぶときによく使われる、ごく基本的な練習方法らしい。
あたしも昔、これで散々練習させられたんだよねえ。
「はー。なるほど、そういうことね」
「了解だ」
「うん、わかった」
うむうむ、やる気十分のようで何より。
あたしは安定するまで結構大変だったんだけど、はたしてみんなはどれくらいでできるようになるかなー?
「じゃあ実際に試そっか。最初はこのくらいの明るさね」
見本として弱く魔力を流して魔石を淡く光らせる。
実は強く流すよりも、やや弱いくらいの方が一定に流し続けるのって大変なんだよね。
3人もそれぞれ自分の手に持つ魔石を見る。
最初に動いたのはトールだった。
手のひらに乗せていた魔石がぽっと優しく光り──そのままどんどん明るさを増していく。
「それだと多いね。もうちょっと魔力の量おさえてー」
「もう少し……こんな感じか?」
「あ、それは弱すぎ」
「難しいな」
「そうなんだよね。頑張って」
眉をしかめるトールの魔石は、明るくなったり暗くなったりを繰り返している。
魔導具へ魔力を流すこと自体には慣れているから、なんとなく発動させるだけなら問題ない。
でもやっぱり、細かい量の調整は別物みたいだ。
「よし、俺も!」
横でジオンが魔石を握る。
その勢いにイヤな予感がして、ちょっと待って、と声をかける前に──握った手の隙間からまぶしい光が勢いよく漏れた。
「うわわわっ!」
「手を開けちゃダメ! 目をやられちゃうから! 先に流す魔力の量を減らして!」
「え、あ、減らす、減らす……これでどうだ!」
漏れ出る光が完全に収まってから開いたジオンの手の中の魔石には、ぽつん、と弱い光が残っていた。
「今度は弱すぎ」
「めんどくせえなこれ!」
「だから練習するんでしょうが!」
怒鳴り返してからちらりと確認したトールの方はまだ振れ幅が小さいけど、ジオンは極端だ。
……ジオンさあ、これもう細かいことが苦手とかそういうんじゃないと思う。
性格そのままって感じだけど、大雑把すぎなんじゃない?
「……セシル」
「うん」
リズに呼ばれて、なんとなく想像しながら振り向く。
その手の中にある魔石は、あたしが見本として見せたのと寸分変わらないレベルの明るさで光り続けている。
全然揺れずに、完全に安定していた。
「これくらいで合ってる?」
「うん、さすがだね」
一度確認のために魔力を止めてもらって、今度はさっきよりもちょっと流す量を増やすようにお願いする。
リズの魔石の光が消えて、すぐに光が戻った。
さっきより少し明るくなったけど、今度もきれいに一定で光り続けている。
「じゃあ次は半分の明るさで。……うん、最初に戻せる?」
魔力の量を減らしても、元の量に戻してもスムーズに明るさが変わっている。
そして本当にまったくブレない。
「どう?」
「さすが魔導具師だよね。リズはこの練習合格だから、次に進もっか!」
リズは小さい頃からほぼ毎日、魔導具を触っている。
それに製作でも調整でも、色んな強さの魔力を流したり確認したりしてるんだろう。
想像していた通り、あたしがわざわざ教えるまでもなく魔力制御自体は完璧だったようだ。
「えええええ!? オ、オレらは!?」
「とーぜん、合格するまでお預けです!」
「差がつくじゃねえか!」
「最終目標は一緒! そもそも期限があるわけじゃないんだから全員一緒に進む必要ないでしょ!」
「……まあそうだよな」
できたら次へ、できないときはできるまで繰り返し練習。
教育の基本でしょうが!
あ、なんか先生っぽいかも……ちょっと楽しくなってきた。




