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今日あたしは筆頭聖女を辞めました。  作者: そらのたまご
第2部

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23. どういたしまして!


「……オイ、漆黒の悪魔はどうなった」


 レオルが目を覚ましてからの第一声がこれである。

 あたしは呆れるよりも、むしろ感心したね。


 大部分の治癒が進んでからしばらくして、ゆっくりとレオルの目が開いたものの、まだ焦点の合わない目でぼんやりしてた。

 それが突然ぱちりと目を開いたと思えば、最初に聞くのが魔物のこととは、プロ根性に恐れ入るとしか言えない。


 同時に響いた轟音と振動に何となくの状況を察したのか、レオルは勢いよく起き上がろうとしたらしいけど、わずかに身じろぎして終わった。


「何だよコレ……動けねえ」

「うん、そういう治癒魔法だからね。もう少し続けるよ」

「もういい、あとはなんとかする」

「なんとかってなんなのよ……。残念だけど治療中は治癒師の判断が優先されるの。しばらく我慢しなさい」


 そりゃね、自分は寝転がってるだけで、仲間が危険な魔物を相手にしているなんて、落ち着いていられないだろう。

 だけど今日のあたしは冒険者というより治癒師なの。

 ようやく死人みたいな青白さから抜け出したばかりの顔色をした、満足に動けもしないケガ人を戦場に戻らせるのは認められないね。


「しばらくっていつまでだよ……」


 憮然としながらも一旦は落ち着いたように見えた直後、また瘴気弾が飛んでくる。

 結界にぶつかって爆音を響かせたものの、今回はそれ以外の被害はなさそうで、あたしはひっそりほっとした。


 けど、間近で起こった爆発に、完全にレオルが刺激されてしまったようだ。


「おい、やっぱりオレも行くから……何だよその傷。まさかこの動けない治癒魔法のせいか? マジでもういい、早く出せって!」


 うーん、状況判断が早い、早すぎる。

 さっきまでガルディスさんたち仲間の方に意識が向いてたのに、こっち見た瞬間に頬の傷と治癒魔法の因果関係に気づくとか本気ですごいね。


 元気に怒鳴ったところを見るに、肺や呼吸器官の治療はほぼ終わったみたい。

 たしかに声を聞くだけならもう大丈夫と判断できそうな勢いだけど、治癒魔法を通しているあたしは誤魔化せない。


「まだ左腕が二か所、左脚も一か所、完全には骨が繋がってないよ。内臓の傷は大半ふさいでるけど、いま急に動いたら出血しそうな場所がいくつもある。それに右手も筋肉と腱に損傷が残ってるから、剣を握ったところでまともに力なんて入らないはず。だからレオルがどう思おうと戦線復帰なんて論外です」


 あえて淡々と症状を言い聞かせると、レオルの顔が悔しそうに歪んだ。

 気づけば顔色が少し戻ってきているし、さっきまで意識を失っていたとは思えないくらい回復してるようだ。

 これが若さなのかな。

 それとも、もともと血の気が多いから?


 歯噛みするレオルに同情しないよう気をつけて、だけどなるべく早く治療をすすめてあげようと、更に治癒結界に魔力を注ぎ込む。

 その間にも何度も分厚い結界越しに、地面を揺らす轟音と咆哮が伝わってくる。

 レオルは焦れるように顔を横向けてあちらを見ている。


 結界の向こうでは黒い瘴気が何度も弾け、枯れた木々が大きく揺れていた。

 漆黒の悪魔との戦闘はまだ続いているのだ。

 戻りたいと思う気持ちは分かる。

 あたしだってリズが──あとトールとジオンが戦ってたら駆け付けたいもの。


 だけど、きっと彼自身もわかってるんだろう。

 ここで無茶しても死ぬだけだって。


「……うん、これで骨は繋がったはず。両手、動かせる?」


 あたしの質問にハッとしたように振り向いたレオルは、急いでぐっと両手を握りしめた。

 だけど左手は握ったものの明らかに力が入っているようには見えないし、右手にいたっては完全に半分ほど曲がったところで止まって握れてすらいない。

 感覚でそれを感じたんだろう、レオルは呆然としていた。


「まだこのていどか……じゃあ脚も立てないだろうね」


 まあそうだろうなあ、と内心だけで苦く嘆息する。

 実際、あたしは薄々わかっていて、治癒状態の確認ついでに本人に自覚させたのだ。

 残酷に見えるかもしれないけど、正確に現状を理解しないといつまでたっても納得できないから。


 彼はただ、仲間が心配なのだ。

 それに自分が作った機会を無駄にしたくないのだろう。

 でもここで無理をさせるわけにはいかない。


 あたしが再び治癒魔法へ意識を戻した、そのときだった。


「逃げるぞ!」


 遠くから聞き覚えのある太い声が飛んできた。

 慌ててそちらを見ると、ガルディスさんがこちらへ駆けてきていた。

 大盾は背中へ回され、代わりに肩へ巨大な黒い角を担いでいる。


「うわ、でっか!」


 あたしの身長とほとんど変わらない、むしろそれ以上くらいの長さがあるんだけど?

 遠目で見ても長いし太いなと思っていたけど、人が担いでいると異様な大きさがよく分かった。

 ──っていうか。


「逃げるの!?」

「目的は達成した! これ以上は危険だ!」


 ガルディスさんは走る勢いを緩めないまま叫んだ。

 その後方からミレナさんとナディアさんも走ってくる。

 3人とも無事みたいだけど、服や防具のあちこちが裂けているし、全身が土と黒い煤で汚れていた。


 グオオオオオオオオオオオオッ!!


 同時に、耳を塞ぎたくなるような咆哮が森を揺らした。

 角を失った漆黒の悪魔は、突然自分の魔力や瘴気をコントロールできなくなって暴走しているみたいだ。


 思うように瘴気をまとえないせいで黒い外殻の一部は崩れ落ち、角があった額からは黒い瘴気と血のようなものが噴き出していた。

 目的もなく吐き出される瘴気弾が地面や木々へ衝突し、そのたびに黒い煙と土砂が舞い上がった。

 まともに戦えない状態なのに、さっきよりも何倍も怖い。


「あの、レオルまだ治療途中なんですが!」

「運びながら治せるか!?」

「この魔法は動いたら切れます!」

「なら撤退を優先しろ! あれがこっちを捉える前に離れる!」


 ガルディスさんの声に迷いはなかった。

 たしかにまだ治療は途中だけど、命に関わる傷はほとんど塞いだし、魔素侵食も除去できている。

 これならあの状態の魔物を相手取るよりも、撤退する方が安全だろうと思えた。


「分かりました! ──レオル、まだ自力で動かないでね」


 丁寧に光の鳥籠を解除する。

 と、レオルは治癒師が指示しているっていうのに起き上がろうとするので、額に一発、強めに指ではじいておく。


「い゛っっ……!?」

「動くなって言ってんでしょうが。はい、つかまって」


 力の入らない手で額を押さえて悶絶するその腕を取って、さっさと自分の背中に乗せる。

 身体強化を使っているので装備込みでも重さは問題ないものの、自分より大きな体の相手を持ち上げるのはバランスがとりにくいものなんだね。

 ちょっとだけよろけつつ立ち上がり、ついでに周囲の結界も解除する。


「ち、ちょっと待て! なんでお前が運ぶんだよ!」

「撤退が落ち着いたら普通の治癒かけながら移動するためだけど? ムダに暴れたら落とすよ」

「雑すぎんだろ!?」

「元気そうで何より。──走るよ!」


 残念ながら緊急時なので、当然出るだろうと思っていた抗議はさくっと聞き流す。

 巨大な角を担いで横を駆け抜けたガルディスさんに合わせて、あたしもレオルを背負って走り出した。


 再び背後から凄まじい咆哮が響く。

 レオルがいるため振り返ることができないあたしは前だけ見て走り続ける。

 振り返って確認したらしいナディアさんの声が響いた。


「気づかれた!」

「──走れ!」


 見えなくとも、漆黒の悪魔が地面を蹴る音が分かった。

 巨体の動きに合わせて地面が大きく揺れ、木々がへし折れる音と、徐々に近づく打撃音──たぶん足音が聞こえる。

 その音の近づき方が早くて、こめかみに冷や汗が流れた。


「ミレナ!」

「ええ!」


 すぐ横を走っていたミレナさんは、杖を持つ片手を後ろへ伸ばした。


『偉大なる大地よ 猛進せし魔の物の その道を阻め!』


 呪文と同時に漆黒の悪魔の衝撃とは別の振動が地面から伝わり、背後に巨大な何か──おそらく土壁が次々と生成されていくのがわかった。

 直後、激しい破砕音が続けて響いた。

 漆黒の悪魔は土壁を体当たりで粉砕しているようだ。


「ミレナ、思ったより速度おとせてない!」

「わかった! 追加いくわよ!」


 そもそもこの魔法で止められるとは思ってないようで、ナディアさんの確認に合わせてミレナさんは何度も何度も呪文を唱えた。

 そうしてじりじりと距離を広げながら、あたしたちは漆黒の悪魔から全力で逃走したのだった。




 森の中をひたすら走り、ハザードエリアの境界を越えて少ししたあたりだろうか。

 漆黒の悪魔の咆哮は続いているものの、足音は遠のき、それ以上は追ってこなかった。

 それでもあたしたちは足を止めずに、より安全な森の浅い方へ向かって、可能な限り進み続けた。


 レオルは途中から諦めたのか、あたしの背中で大人しくしている。

 意識を失ったのかと心配したこともあったけど、時々「そろそろ降ろせ」って小さく文句を言ってきてるから、大丈夫そうかな。


 深度3に入った辺りで一度休憩を挟んで、そこからはゆるい治癒魔法を背中のレオルに流しながら歩くことにした。

 ある程度力が入るようになった頃、本気で降ろせと抗議されたときは、あたしも本気で説得にかかった。


 中途半端な状態で無理をすると変な歪みや後遺症が出ること、治癒のための休憩を取るより効率がいいこと、他の探索者がいるときや、街に入る前には絶対に背負わないこと。

 周囲の説得も加わり、やっとのことで納得させてからは順調に森を進むことができた。


 そうして日が傾き始めた頃、ようやく森の木々の向こうにフォルナの外壁が見えてきた。


「街だ……!」


 誰が言ったのかは分からない。

 だけど誰が言ってもおかしくはなかった。

 巨大な角を肩に担いだままのガルディスさんも、1人で周囲を警戒し続けて道中の魔物の対応をしてくれたナディアさんも、魔力を使い果たしかけてふらふらになっているミレナさんも、やっと背中から降ろされたもののまだ動きが硬いレオルも。

 それから、治療の反動で地味に身体が重いあたしも。


 誰もがボロボロだった。

 それでも5人全員、無事に街まで戻ってこられた。


「……オイ」

「んー?」

「……………………ありがとな」


 隣にいなければ聞き取れないほどの小声に、あたしは破顔して大きな声で返してやった。


「どういたしまして!」

 

読んでくださってありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ


感想への返信についてなのですが、今後の展開に関わる内容やネタバレになりそうな部分もあるため、しばらく返信を控えさせていただいております。


いただいた感想はすべて励みになっています。

本当にありがとうございます!(*'▽')


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