22. 癒しの鳥籠
前半セシル
後半ナディア視点
何かを考えるよりも前に足は地面を蹴っていた。
無意識に身体強化の出力を上げて、吹き飛んだレオルを受け止めるために最速で駆けて腕を伸ばす。
無理やり止めたら、レオルに余計な衝撃がかかる。
吹き飛ばされる勢いに逆らわないように、レオルが飛ばされる方向に一緒になって飛びながら抱きしめた。
このまま勢いを殺して止める。
やり方は、腕の中の彼が教えてくれた。
あたしは二人を包むように風魔法を放った。
吹き飛ばされる勢いを少しずつ殺して減速させる。数回かるく練習しただけだから全然加減がわかんない。
こまかな微調整が難しすぎる。
それでも最後にはふわりと着地した。
ほっと息をつきかけて、慌ててまだ早いとレオルの状態を確認する。
──腕の中のレオルは生きているものの呼吸も弱く、想像していたよりも酷い怪我だった。
ぐったりと意識を失い、全身あちこちの裂傷から出血しているし、左の腕と足は何か所か骨折してるようだ。
それにたぶん、内臓も傷ついている感じがある。
大急ぎでそっと地面に横たえて、治癒魔法を展開した。
『清き光よ。傷を鎮め、乱れしものをあるべき姿へ』
ふわりと手から溢れた光がレオルの全身を包んでいく。
だけど傷口から黒い瘴気があふれ出して、傷口を癒すのを妨げた。
「……まずい、魔素侵食だ」
普段、人間は体内にある自分の魔力で無意識に魔素の侵食を阻んでいる。
だけど魔力を使い切っていたり、魔物につけられた傷だったりすると、魔素をうまく阻むことができないときがある。
そして魔素に侵された傷口は普通の治癒が効きにくい。
「……ごほっ」
レオルの口から血が吐き出されて、一刻の猶予もないことに焦りが生まれる。
無理やり気持ちを落ち着かせて、急いで魔力を練り上げ直す。
今必要なのは神聖魔法を扱える聖女にしか使えない、特別な治癒魔法だ。
『──聖環よ巡れ 癒しの鳥籠を紡げ
弱り苦しむ民らに慈悲を 聖なる光で救いを与えよ』
大丈夫。
絶対に助けてみせるから。
リィン、と澄み渡った高い音が鳴り、レオルの身体を柔らかい光が包んだ。
先ほどよりも強く、まるで大きな光の箱に入れられたように空間そのものが光を放っている。
傷口からにじみ出た黒い瘴気が、光に溶けるように消えていき、同時にじわりじわりと傷が癒えていく。
──よし、この調子なら問題なく治療できる!
そう思った瞬間だった。
ドンッ!!
耳を打つ重い衝撃音とともに、近くの大木が爆ぜた。
弾丸みたいに飛び散る木片から咄嗟にレオルの盾になるように身をかがめ、あたしの頬と腕に鋭い痛みが走った。
小さな木片があちこちの皮膚を傷つけたけど、それよりもレオルに降り注いだ細かな木片が細い傷を増やしたことの方が気になった。
「もう! あたしバカなの!?」
苛立ちを短い言葉で外に出し、短縮詠唱で結界を張る。
『──聖環よ巡れ 聖なる鎖牢よ 在れ!』
あたしとレオルを大きく囲むように結界を展開する。
治癒魔法に加えて結界まで同時に展開したことで、久しぶりに魔力がゴリゴリ削られていくのがわかる。
こんな状況なのに、なんで最初から結界の準備をしておかなかったのよ!
なんだか今日はずっと自分の想定が甘いことを実感してばっかりで、どんどん自分の未熟さに腹が立ってきた。
だけどこんな危険な場所で冷静さを失ったら、それこそ危険だってことくらいわかるもの。
必死で深呼吸して、治癒魔法の制御を最優先する。
呼吸を整えてから少しだけ周りを確認してみた。
ガルディスさんたちは離れたところで戦い続けていて、相対する漆黒の悪魔は口から弾のような黒い瘴気の塊を吐いていた。
なるほど、あれが飛んできたのね。
でも漆黒の悪魔が戦う場所からは結構な距離がある。
この強度の結界さえ張っておけば問題ないと判断して、あたしは改めてレオルに向き直った。
だって決めてたんだもの。
──絶対に、生きて連れて帰るんだ。
***********
レオルとセシルから少し離れた場所で矢を構えながら、私は思わず彼女に目を奪われていた。
今はまだ漆黒の悪魔との戦闘中だっていうのに、気づけば何度も意識が彼女たちの方へ向かっていた。
正直、目に映る光景が信じられない。
――出発前、ガルディスに言った言葉を思い出す。
『本当に連れていくの?』
『Cランクって聞いたけどまだまだ動きが素人だよね』
『元聖女とか半端者じゃないの?』
『しかも肝心の治癒も今は全然やってないんでしょ? もう鈍ってるかも』
明確に不満を漏らしたのは私だったけど、止めなかったミレナさんも同じ意見だったと思う。
なのにガルディスは、笑って取り合ってくれなかった。
『大丈夫だ。こういうときの俺の勘は外してないだろ?』
自信満々にそう言われてしまうと、何度もその勘に助けられ、ガルディス本人を信頼しているからこそ、それ以上は反対しづらかった。
『ガルディスさんが大丈夫って言うなら大丈夫だろ』
実際に攻撃を受けることになるレオルの意見なら、と質問相手を変えてみるも、顔合わせのときはさんざん彼女に絡んでたくせに、なぜかケロッとした顔で笑ってる。
まったく、レオルのことを心配して言ってるのに、なんなんだいったい……なんて思っていた。
──なのに、それら全部が杞憂だったなんて、嘘みたいだ。
あれは何をやってるんだろう?
視界の端に映る光景は見たことがないし、理解できない。
聖女落ちの冒険者という存在は、普通に人気がある。
やはり探索中に治療ができるというのはかなりのアドバンテージになるからだ。
だけど彼女たちは正規の聖女としての能力が足りなくて脱落した、という経歴持ちであることがほとんどなのであまり能力が高くない。
だから私が組んだことがある元聖女たちの中で、こんなことができた人はいなかった。
漆黒の悪魔に爆発効果のついた矢を放った直後の一瞬、私の視界はまたレオルとセシルを捉えていた。
──なんなの、あの結界。
漆黒の悪魔の瘴気弾を、完璧に防いでいる。
しかもあれだけの結界を維持しながら、見たこともない治癒魔法でレオルの治療を行っていた。
そのうえ、見るたびに傷はふさがり、みるみるうちにレオルの顔色が戻っていくのだ。
──本当にいったいなんなの、この人は?
まったく意味がわからないけれど、きっとレオルは大丈夫だろうってことだけは、なんとなくわかってしまった。
ガルディスが迷わなかった理由も、ようやくわかった。
──だったら私はレオルのためにも、絶対にこの漆黒の悪魔からその角を奪い取ってみせる。




