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今日あたしは筆頭聖女を辞めました。  作者: そらのたまご
第2部

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21. でっかくね?


 え? まってまってまって。

 ガルディスさんの絵が上手いとか嘘だったわ。

 何だったの? 今考えるとかわいらしいあの絵は……。


 漆黒の悪魔討伐に同行すると決めて、3日。

 さらに詳しい予定確認や準備をしているうちにあっさりと本番の日は訪れた。


 深度5のハザードエリアにたどり着いたあたしたちの目に映ったのは、よじれた枯れ木のような黒い木々がまばらに立ち並ぶ不気味な森の姿だった。

 そしてその森を進んだ先に、その地の主が悠々と歩む姿を遠目に確認する。

 

 いやいやいやいや、想定よりデカいんだが?

 めちゃくちゃゴツくて厳ついんだが?

 何アレ聞いてないんだけど。

 みんな平然と、いや緊張と集中はしてるけど驚いてる人がいないとかどういうことよ?


 ガルディスさんの絵、なんかそれっぽく描いてたから上手いとか勘違いしてただけで、大事なところは何一つ表現できてないね。

 どこにも熊要素ない……いや後ろ脚あたりはあるかも?


 悠長にそんなこと考えてる場合じゃないんだけど、文句を言わずにはいられなかった。

 だってなんとなーく思い描いてた戦闘イメージが木っ端みじんなんだもん、愚痴りたくもなるよ。


 グラドベル亜種――通称、漆黒の悪魔と呼ばれている魔物は、イノシシとサイとクマとオオカミが混ざったような、なんとも表現しづらい顔つきと骨格をしていた。

 四足獣であるにもかかわらず、太い前脚は付け根までの高さでおよそ2メルほど、隆起した背中の高さに至っては確実に3メルは超えてるみたいだった。

 いやいやデカすぎでしょ。


 しかも額の角がまた太くて長くて硬そうなのだ。

 たぶん角だけでも2メルくらいあると思う。

 なおかつ全身を覆う黒い外殻と、そこから立ち上る黒い瘴気のようなものが異様な迫力を醸し出している。


 あの外殻を破壊するだけでも相当大変な気がする。

 それにしても、これは大丈夫なんだろうか? 外殻を壊したときに受ける不可視の攻撃が怖い。

 ただでは済まなそうな見た目をしている。


 外殻を壊す役目を背負うレオルをちらりと見る。

 だけど強いまなざしを標的に向ける姿を見て、あたしも覚悟を決め直す。

 大丈夫、どんな怪我だろうと、絶対に生きて連れ帰ってみせる。

 それがあたしの同行理由だもの。


「さて、戦闘開始だ────行くぞ」


 ガルディスさんの声を合図に、全員がそれぞれの役割へ動き出した。


 先頭に立つガルディスさんとレオルが、距離を取りながら左右から漆黒の悪魔へと近づいていく。

 ミレナさんはガルディスさんの後方へ。

 ナディアさんはレオルのさらに外側へ回り込む。

 あたしもナディアさんから離れないよう少し遅れてその後を追い、漆黒の悪魔を大きく囲むような形へ展開する。


 近づいたこちらの気配に気づいた漆黒の悪魔が、ピタリと足を止める。

 巨大な頭がゆっくりと周りを見回し、一番目立つだろう大きな盾を持つガルディスさんを赤い目で捉えた。


 黒い外殻から立ち上る瘴気が、一気に膨れ上がる。

 漆黒の悪魔は太い四肢で大地を踏みしめ、森全体を震わせるような激しい咆哮を上げた。


 ──グオオオオオオオッ!!!


 その声を合図に、予定されていた最初の一手が放たれた。

 ナディアさんが矢じりに白い印がついた矢を放ち、その矢は漆黒の悪魔のそばの地面に突き刺さる。


「レオル!」


 ガルディスさんの声よりも早く、レオルは地を蹴っていた。

 次の瞬間、閉じたまぶた越しでもわかる強い光があたり一面を包む。

 眩しい光はほんの数秒だけだったが、あたしが目を開けたときには、レオルは漆黒の悪魔の頭部へ張り付いていた。

 狙うのはただ1か所──黒角の付け根だけ。


 ガキンッ!! ガキンッ!! と甲高い音が森へ響く。

 閃光で視界を奪われた漆黒の悪魔は苛立ったように咆哮を上げながら頭を振るが、レオルは魔法でバランスを取りながら角へまとわりつくように張り付いて、寸分違わず同じ場所へ両手の剣を叩き込んでいく。


 衝撃を感じているのだろう、漆黒の悪魔は見えないながらも角の近くへ前脚を振り回す。

 だけどレオルは高速で動き回りながらその攻撃を避けて、執拗に攻撃を続けていた。


 あたしの位置からでは外殻の状況は確認できない。

 だけどレオルは一切迷うことなく同じ場所だけに剣を振るい続けている。


 やがて視界を取り戻したらしく、漆黒の悪魔の赤い眼は剣呑な光を宿して周囲を見回した。

 地面を震わせる強さで四肢を踏ん張ると、ひときわ大きく頭を振り、ついにレオルが角から振り落とされた。

 空中で素早く姿勢を戻したレオルは着地した後、すかさず距離を取る。


 自分の頭から落ちた異物を目に捉えた漆黒の悪魔は、今度こそ本気の怒りの咆哮を上げて空気を震わせた。

 あたしは爆音と呼ぶにふさわしい声と振動に耐えきれなくて、思わず膝をついて耳を塞いでいた。


 直後、その巨体が動き、真正面から咆哮を食らって反応が遅れたレオルに向かって、まっすぐに突っ込んでいく。


 ──その進路に割って入るように、大盾を構えたガルディスさんが前へ出た。

 ドガン!! とすごい音とともに巨体と大盾がぶつかり、進行方向をそらされた漆黒の悪魔はすれ違いざまに尻尾を振るうが、それもまた大盾に阻まれる。

 あれだけの巨体と重量を受け流す力量は、さすがとしか言えない。


 少し距離が開いた隙にあたしもレオルに近づいて、おそらくやられているだろう耳の鼓膜に治癒魔法をかけながら手短に確認する。


「他は?」

「まだいい」

「了解、必要なときはすぐ言って!」


 邪魔にならないよう、再びあたしはレオルたちから距離を取って、ナディアさんのそばまで下がる。


 くるりと回転しながら尻尾で周囲の木々をなぎ倒した漆黒の悪魔は、鼻息荒く再びガルディスさんとレオルへ向かっていく。

 それでも対峙する2人に、微塵も恐れる様子はない。


 近づく漆黒の悪魔を冷静に観察したガルディスさんが、盾を構えて右側へ踏み込んだ。

 視界の端でミレナさんが杖を振るう姿が見えた。

 同時に、踏み込んでくる漆黒の悪魔の左前脚の下だけ、地面が大きく陥没した。


 完全に足を取られた巨体の重心が左側へ傾く。

 その瞬間を逃さずに、ガルディスさんは漆黒の悪魔の右肩へ体当たりするように大盾を叩きつけて、左へ流れた重心をさらに左へ押し込んだ。

 突進の勢いも加わり、漆黒の悪魔はその自重で地面を削りながら転倒した。


 一瞬の間も置かず、再びレオルが黒角へ飛びつく。

 ガキンッ!! ガキンッ!! と再び力強く剣が叩き込まれていく。


 漆黒の悪魔は起き上がろうとしては邪魔され、頭も四肢も尻尾も振り回し、全身で不快な存在を追い払おうとしていた。

 レオルは仲間の連携に助けられながら、攻撃を巧みにかわし、仲間が生み出した隙を見ては攻撃を繰り返している。


 ──何十発、いや何百発目の攻撃を入れたときだろうか。

 ようやく、黒い外殻へ1本の白い筋が走ったのがあたしにもわかった。


「ひびが入った!」


 思わず声が漏れた。

 レオルも当然それに気づいており、さらに剣を振るう速度が上がっていた。

 甲高い音が森へ響き、少しずつ白いひびは広がっていく。

 

 あたしは途中から外殻のひびよりも、レオルの動きを注視していた。

 どこか痛めている様子はないか、動きに異変はないか、無理をしている様子はないか。

 だって呪衝返しはまだ来ていない。


 高速で動き回るから目で追うのは大変だけど、見た感じ異常はなさそうだ。

 直接聞けたら手っ取り早いけど、今の激しい動きの中に強引に割って入って集中を乱したくない。


 でも間違いなくもうすぐあたしの出番がくる。

 いつでも駆けつけて治癒魔法を発動できるように、体内の魔力を練り上げておく。

 

 バキンっと、ひときわ甲高い音が響いた。

 ついに角の付け根を覆っていた外殻が大きく砕け散る。


 ──次の瞬間、漆黒の悪魔が天を裂くような咆哮を上げた。


 今までの咆哮も十分大きかったが、それ以上の声にびりびりと空気が震え、思わず恐怖で全身が強張る。

 それでも視界はレオルから離さない。


「────レオル!」


 だから、あたしは見たのだ。

 漆黒の悪魔の咆哮と同時に、レオルの身体が何かに殴られたように大きくはじけ飛んだ瞬間を──。


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― 新着の感想 ―
追いついてしまった。続き楽しみにしてます。 筆頭聖女をやめて一年、王都は意外と大丈夫そう? 元サヤは要らないけど元王太子は再起してほしいと応援したくなりますね。
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