20. 漆黒の悪魔
これが、一流と呼ばれる冒険者の戦い方なんだ。
呆気なく地面に倒れた大きな岩鎧猪を見ながら、あたしは静かに考察していた。
自分たちの戦い方を、無理やり相手に押しつける。
ナディアさんの初撃が防がれても、ミレナさんが足を止めて、レオルが体勢を崩した。
最後にガルディスさんが、むき出しになった首を斬った。
誰か一人が強かったから倒せたんじゃない。
一人ずつ役割をつないで、岩鎧猪に何もさせないまま仕留めたのだ。
「ふふ、ちゃんとかっこいいとこ見せられたかしら」
「あ、はい。めっちゃカッコよかったです!」
構えていた杖を下ろしたミレナさんにいたずらっぽく声をかけられて、あたしは素直にうなずいた。
ミレナさんの魔法のコントロールが普通にヤバイと思う。
この距離から見えにくい後ろ脚をピンポイントで狙えるのとか意味わからんのだが?
よし、今度コントロールの訓練時間も作ろう。
やりたいことが増えていくって、楽しいかもしれない。
「ミレナ、残りの回収を頼む。セシル嬢と少し話がしたい」
「了解でーす」
ガルディスさんが近づいてきてミレナさんにそう声をかけた。
いつの間にか硬い外皮など力がいる箇所の下処理を終えていたらしい。
ミレナさんも、入れ替わりに隣に立ったガルディスさんも汗をかくどころか息一つ乱してない。
「岩鎧猪の討伐お疲れさまでした。さすがとしか言えない連携で、本当に勉強になります」
「ありがとう。長く組んでるからな」
長く組むことで、お互いのやりたいことが見えてるのかもしれない。
その結果の連携なのだろう。
パーティを組む利点をまた一つ理解する。
この数時間だけでもいろんなことを考えさせられた。
あたし的にはこれだけでも参加させてもらってよかったと思えるけど、実際の本番は3日後。
今日はあたしが依頼を受けるか、そして宵鴉があたしを同行させられると判断するか、そのための確認に過ぎない。
こんなに感心してばかりで、本番でちゃんと役に立てるのかと不安になってしまう。
「さて、まずはセシル嬢が深度4までの移動についてこられることが確認できた」
「ええと、警戒も不十分だったし、本当についていっただけって感じですが……こんな力量で大丈夫なんでしょうか」
「もちろん。さっきの追跡に遅れずについてこれるなら十分だ」
しっかり頷かれたけど、やっぱりあたしでいいのかという不安は消えなかった。
それくらい、あたしと宵鴉の間にある経験の差が大きく思えたからだ。
「なによりも、君に求めている役割は斥候でも戦闘員でもない。前にも言った通り深度5で一緒に行動できる回復役だ。正直なところ、それ以上でもそれ以下でもない」
「そうですか……じゃあまずは遅れないよう頑張ります」
ここまで言われたなら役に立たないかもとかは気にしないで、いい機会と捉えることにしよう。
いっそBランクパーティの探索方法を学んで、リズたちに伝えるのもいいかもしれない。
まあ、余計なこと考えて遅れたりしないようには気を付けないとだけど。
「改めて討伐対象について能力を説明しておきたい」
そう言ってガルディスさんは地面に落ちていた枝を拾い、土の上へ獣の姿を描き始めた。
岩鎧猪よりも太い四本脚に、体格だけなら熊のようにも見えるがっしりとした胴体。
特徴的なのは、額から伸びるひときわ大きな角だろう。
「今回の討伐対象は深度5のハザードエリアに棲む大型の獣型魔物──通称『漆黒の悪魔』だ。最大の特徴は、全身が黒い外殻に覆われていることだな」
「外殻? さっきの岩鎧猪みたいなんですか?」
「イメージは近いが素材は岩でも金属でもなく、岩鎧猪よりも硬いな。しかも全身を覆っているせいで攻撃が本体まで届かないんだ」
「わあ……それは厄介ですね」
「だからまずは外殻を壊す必要があるんだが──そこが一番の難題なんだ。外殻を壊すと呪衝返し、と呼ばれる現象が発生する」
「呪衝返し、ですか?」
「外殻が壊れたときに、それまで攻撃を加えた者たちに不可視の衝撃が襲いかかる。まるで自分が与えた攻撃がそのまま返ってきたような、そんな悪魔じみた能力だ」
「なるほど」
だから漆黒の悪魔なのか、と納得する。
外殻があると攻撃が通じない、でも壊したら不可視の攻撃を受ける。
非常に厄介な能力だと理解すると同時に、回復役が必要な理由がよくわかった。
ガルディスさんは先ほどの絵の隣に一回り小さくなった獣の絵を描いた。
外殻が壊れている間は攻撃が通るけれど、時間経過で外殻は何度でも形成されること。
その外殻を作っているのがおそらく頭部の巨大な角であること、などの説明が続く。
「額にある角から流れ出した黒い霧が全身を覆うと、固形化して外殻になるようだ。かなり特異ではあるがあの外殻は魔法で生み出されたものなのだろう。身体を守るだけではなく、壊された際に反撃する能力まで備えている」
なるほど、角を魔力の起点にしている魔物は珍しくないもんね。
いってみれば魔法使いの杖みたいなものだ。
魔力を集約しつつ、魔法の制御を補助する器官ってことなんだろう。
「その角の破壊が我々の最大の目的だ」
そういうタイプの魔物が角を失うと、能力が大きく弱まったり、完全に魔法を使えなくなったりすることが多いからかな。
「外殻を作れなくするためですか?」
「そうだ。黒角を失えば特殊能力も失われるだろう。それと今回の討伐は純粋にこの黒角が目当てだ」
魔物の角は特別な素材として人気だもんね。
魔導具の魔力回路、属性武器の素材、魔力を蓄える容器など多様な使い方ができるから重宝されてて、高額で取引されてるし。
と思ったら、ガルディスさんはその角で装備を強化したいらしい。
普段から討伐した魔物から入手した素材で、パーティメンバーの装備の強化を行っているんだって。
やっぱり店売りの装備よりも、自分たちに合わせて作った装備の方が使い勝手がいいらしい。
そっか、そういう強くなる方法もあるのか。
「当日の手順そのものは簡単だ。まずは角の周りの外殻を壊す。次に角を切り落とす。それから守る術を失った魔物本体を狩る、それだけだ。ただし最初に外殻を壊した際、確実に攻撃を受けることになる。そこが君の仕事の時間だ」
「呪衝返しを受けた人を治療すればいいんですね?」
「そうだ。呪衝返しだけは避けられない。だがいざというときに撤退もできないような、大きな負傷を抱えたまま危険な戦闘を続けるような事態は避けたい。だから君を──セシル嬢を頼ってもいいだろうか」
これが最後の確認なんだろう。
ガルディスさんの真剣な目を見返しながら、あたしは少しだけ迷った。
ハザードエリアには特に強い魔物が住んでいる。
だからあたしよりずっと経験を積んでて強いガルディスさんたちが、自分たちだけじゃ不安だと思うような敵のところへあたしも向かうことになる。
それなら治療もきっと、簡単なものじゃないんだろう。
相手の命に関わるような大怪我なら、聖女だったときに何度か見たことがある。
誰かの命をこの手に預かる時間は、今でもちょっと怖い。
だけど、目をそらして耳を塞いで知らないふりをするのはやっぱり性に合わないみたいだ。
──だって今でも、通り過ぎていった騎士たちが流していた血の色が、簡単にまぶたの裏に浮かぶから。
それなら、誰かを助けて感謝される方がよっぽどいい。
「──わかりました。最大限努力します」
「ありがとう。よろしく頼む」
覚悟を決めて頷いたあたしに、ガルディスさんは少しうれしそうに笑ってくれた。
それから、万が一外殻が復活する前に角が折れなかったら撤退、角が折れたら予定通りに継戦、もし倒しきれないようなら角だけ持って撤退、って全体の方針も教えてもらった。
慎重に見えて意外とちゃっかりしてるんだね、と思わず笑いがこぼれる。
そういう抜け目のなさも高ランクには必要なのかな?
──あとガルディスさん、めっちゃ絵上手いね……。




