19. Bランクパーティの実力
ちょっと幼さが目立つものの、まあこの年頃の男の子ならこんなもんでしょ、とあたしは生意気な弟のことを思い出して納得した。
乱暴ってわけでもないし許容範囲ですとも。うんうん。
「……なに笑ってんだよ」
「別にー? ただのオコチャマじゃなかったんだなって感心してただけ」
「だから誰がオコチャマだ!」
「大人はいちいち怒鳴り返しませーん」
「ど、どなってねえし……」
そこで尻すぼみになっちゃうところが素直だねえ。
それにあれだけ飛び回った直後に叫んでたのに、息一つ乱れていない。
口の悪さはともかく、15歳でBランクまで上がったって実力が本物なのはよく分かった。
「レオル、回収手伝ってー。翅を傷つけないようにね」
「分かってるよ」
ミレナさんに声をかけられ、レオルは倒したドグリットのそばへしゃがみ込んだ。
腰から新しく取り出した剥ぎ取り用らしき短剣で、薄い翅の根元へ慎重に刃を入れていく。
戦っているときとは違って、ずいぶん丁寧な手つきだ。
「その翅、何に使うんですか?」
あたしが尋ねると、ミレナさんが1枚の翅を持ち上げて見せてくれた。
陽の光を透かした翅は、動き回っているときには黒く見えていたのに、今は薄い紫色に光っている。
「魔法薬を作るときの触媒として使われるの。薬に含まれる魔力を安定させる効果があるんだって」
「へえー」
「薄くて破れやすいから、綺麗なものはそれなりの値段になるよ」
反対側のナディアさんからの補足に、なるほど、と頷いた。
そういえば素早く飛び回るドグリットを相手にしていたレオルが、時々タイミングをずらしているような変な動きをしてる気がしていたけど、あれって翅に剣を当てないようにしていたのかな。
回収したドグリットの翅は、重ならないように布を挟みながら薄い木箱へ並べられていく。
こういう素材の扱い方も、あたしはまだほとんど覚えてないんだよね。
強い魔物を倒せても、使える部分を傷つけているようでは冒険者としては未熟なんだろう。
探索が休みの日にちゃんと勉強する時間も作ろうかな、とか考えてるうちに回収が終わって、次の魔物を探して再び森を歩き始めた。
先頭を歩くのはナディアさん。
少し後ろにガルディスさんが続き、あたしとミレナさんがその後ろを歩く。
最後尾はレオルだ。
前衛なのに一番後ろでいいのかと思ったけど、レオルなら風魔法で一瞬で先頭まで移動できる。
それに近接戦闘タイプなら、後ろから不意打ちを受けてもすぐに対応できると考えての隊列なんだろう。
立ち止まってるときは何度でも噛みついてくるくせに、移動を始めるとレオルは静かだ。
ときどき後ろも振り返りながら、周囲の木々へ視線を走らせている。
こういうところも生意気なだけじゃないって感じるよね。
「何見てんだよ」
「え? えーと、しいて言うならBランクパーティの探索方法の観察と考察、かな」
「余計なこと考えてないで、お前はまず自分の足元を見ろ」
「うっ……気をつけます」
周囲に気を配ってたはずなのに、あたしが何度か木の根に足を引っかけそうになったことにも気づかれてた。
言動がオコチャマだろうと、冒険者としての経験値が違いすぎる。
せめて足を引っ張らないようにしなきゃ、とあたしは改めて気合を入れ直した。
そうしてしばらく歩いたところでナディアさんが突然制止の合図を出し、しゃがみ込んで目の前の人の頭ほどの地面の窪みを確認し始めた。
何も言わずとも残りのメンバーは周囲の警戒態勢に入っていて、チームワークっていう言葉の意味をまざまざと感じさせられた。
窪みの底へ触れてからナディアさんは断言した。
「岩鎧猪だね。土がまだ乾いてないし、近くにいると思う」
え、それ足跡なの?
窪みは雑草や落ち葉に隠れてて、その辺にある窪みとの違いがわからないんだけど?
めちゃくちゃ目を凝らしてみると、たしかに丸の先端が二つに分かれているような形をしているみたいだ。
「あの、不勉強ですみません。どんな魔物ですか?」
「身体の前面が岩みたいに硬い皮膚で覆われてる猪型の魔物だよ。特に頭と肩、前足も剣が通りにくいの。大きさの割に俊敏で、突進の勢いはときに大木も倒す勢いがあるから絶対に避けるようにしてね」
「なるほど。勉強になります」
硬くて、大きくて、速い……分かりやすく嫌な相手だね。
でもって猪型だけに特に突進に注意、と。
その辺はよくあることだけど、大木を倒すってどんな勢いなんだろう。めっちゃ怖い。
「セシルさんは冒険者になってまだ1年でしょう? 知らないことがあって当然だわ。むしろわからないときはちゃんと聞いてね。知らないままの方が危ないわ」
「わかりました。ありがとうございます」
余計な手間を取らせるみたいで気が引けるところもあるけど、たしかにその通りだと思うのでこれからも遠慮なく質問させてもらうことにしよう。
あと後ろで『俺とずいぶん態度ちがくね?』とか呟いてる気がするけど知らんふり。
まずは自分の言動を振り返ってみようね。
「次は俺たち全員で戦うところを見てもらう。セシル嬢は後ろから見ていてくれ。危険だと思った場合は、自分の判断で下がっても構わない」
「分かりました」
足跡の続く先へ視線を向けていたガルディスさんが次の方針を告げて、あたしもそれを了承する。
Bランクのチーム戦、正直すごく気になるんだよね。
「行くぞ」
ガルディスさんが宣言したと同時にナディアさんが足跡の前に膝をつき、指先で窪みの縁に触れた。
すぐに淡い光の粒がいくつも土の上に浮かび上がり、ふわふわと空中を漂いながら集まった後、森の奥へ向かって細く流れ始めた。
「わ、何ですかこれ」
「痕跡追いの魔法。魔物が残した魔力の名残を拾って、進んだ方向を探るの」
ナディアさんが静かに答えながら立ち上がった。
なるほど、これがそうなんだ……え、ナニコレめちゃくちゃ便利な魔法じゃない?
「──セシル嬢、走るぞ」
ガルディスさんの呼びかけと同時に、宵鴉のメンバーが動き始めた。
あたしも慌てて遅れないよう走り出す。
全員が光の粒を追って、森の奥へ駆けた。
先頭を進むナディアさんは、道なき道をほとんど音を立てずに走っていく。
ガルディスさんもミレナさんも、迷う様子なくぴたりとその後に続いて走っていた。
さっきまで最後尾にいたはずのレオルは、気づけば右側へ大きく回り込むように走っている。
あたしは正直、置いていかれないようについていくだけで精いっぱいだった。
身体強化の助けがあっても、森の中では足場の選び方、障害物のよけ方、身体の動かし方で全然動きが変わった。
あたしと彼らでは、基礎的な能力が本当に段違いだ。
それでもこんなことで泣き言をこぼせなくて、必死に足を動かして後に続く。
光の粒は、木々の間を縫うように細く流れている。
それを追ってしばらく進んだところで、ナディアさんが片手を上げて宵鴉のメンバーがぴたりと足を止めた。
あたしも慌てて急停止し、急いで息を整える。
すぐに前方の茂みの向こうから、低く土を掻くような音が聞こえる。
それぞれ息を潜めて枝葉の隙間から先を覗いた先、巨大な猪型の魔物が、鼻先を木の根元に突っ込んでいた。
四つ足なのに、背中はあたしの肩よりも高いだろう。
灰色の頭と肩と前足は、本当に岩を貼りつけたようにごつごつとしていて、口から伸びた二本の牙は人の腕ほど太かった。
あれが、岩鎧猪──まだ、こちらには気づいてないみたいだ。
ナディアさんが指先で短く合図を出す。
それだけで、ミレナさん以外のメンバーが静かに周囲に散開した。
ミレナさんはあたしの横で、杖の先を地面へ触れさせる。
レオルは右側の木々の陰へさらに深く回り込んだ。
ガルディスさんは大剣の柄に手をかけ、岩鎧猪の左後方へ移動する。
ナディアさんが弓を構える。
数拍を置いて放たれた矢は、岩鎧猪の眼球を狙って飛んだ。
「ブゴッ!?」
直前に気づいた岩鎧猪が顔を動かしたことで、矢は硬い額の皮膚に弾かれてしまう。
だけど間髪をおかず発動したミレナさんの土魔法が、岩鎧猪の右後脚の足元をわずかに沈ませた。
片側だけ足元が沈んだ岩鎧猪の身体がぐらりと揺れる。
完全に動きを封じたわけじゃない。
けれど間違いなく次の動きを遅らせて、その俊敏さを封じることはできていた。
その一瞬でレオルが背後から飛び込み、二本の剣が岩鎧猪の後ろ脚を斬りつける。
すぐに飛びのいたため切り込みは浅くとも、後ろからの不意打ちを受けた岩鎧猪の注意を引くには十分だった。
「こっちだ!」
レオルの声に、岩鎧猪が怒りに任せて振り向く。
大きな頭が後方のレオルの方へ向き、硬い肩もそちらへ流れた。
同時に反対側の、岩のような皮膚に覆われていない首筋が、その瞬間、完全に無防備になっていた。
──そこに、大剣を振り上げたガルディスさんがいた。
踏み込みの勢いを乗せた重い一撃が、岩鎧猪の首の付け根へ叩き込まれた。
大岩でも降ってきたような鈍い音が森に響く。
岩鎧猪の巨体がびくりと跳ね、次の瞬間には全身から力が抜けて地面へ崩れ落ちた。
巨大な身体が横転し、土と落ち葉が大きく舞い上がる。
「討伐完了」
──え、もう終わったの?
あたしがまず抱いた感想はそれだった。
だって岩鎧猪、ほとんど何もしていないんだけど。
厄介そうな魔物だと思ったのに、相手が気づいてすぐに動きを制限し、注意を誘導し、死角を作り、そしてたった一撃で仕留めてしまった。
強い魔物を正面からねじ伏せるんじゃない。
相手の強みを発揮させないまま、最速の手順で終わらせていた。
──これが一流と呼ばれる、Bランクの戦い方なんだ。
あたしは感嘆の声すら出せずに、けれどたしかに、何か大切なことを学んだ気がした。




