18. 小生意気な少年
「ちょっと目をかけられたからって、調子に乗んなよ」
開口一番ケンカを売る勢いで悪態をついてきたのは、宵鴉のメンバー最年少であるレオル。
わずか15歳にしてBランクという天才少年らしい。
Bランクといえば、何年も実績を積んだ冒険者がようやくたどり着くような階級だ。まあ、普通じゃない。
でも精神的な意味での成長は年相応というか、むしろまだまだ未熟みたいだね。
ちなみにあたしは19歳。
年上に対する口の利き方がまったくなってない。
「乗ってないけど? さすが、はじめましての挨拶すらまともにできないオコチャマは言うことがちがうねえ」
当然売られたケンカは買いますけど?
あたしはみんな仲良くとかケンカはダメ! なんて思ったことないし、相性が悪いことがあるのは仕方がない。
たとえ依頼で同行する相手だろうと、気が合う合わないは必ず発生する課題だもの。
だからといって、初対面の相手になめた口を利いていい理由にはならない。
年齢的にはぎりぎり子供であっても、職歴的には一人前と呼べるだけの経験を積む時間はあったはずだから、これは単に本人の資質に問題があるってことに他ならない。
だったら大人として、正しい礼儀を教えてあげなきゃね!
「オコ……はああ!? 誰がオコチャマだ!! 年上ぶってもお前なんかまだCランクのくせに!! だっさ!!」
「──ああん?」
ああ、これは本気でオコチャマなんだ。
仕方がないから年上への口のきき方を教えてあげようかなと思った瞬間、隣から低い声が飛んできた。
「ってことは私なんてセシルちゃんより年上なのにCランクだから、もっとダサいのか。レオルはそんな風に思ってたんだ……ふーん?」
「え? あ、いや……」
振り向いた先で腕を組んでいたのは、宵鴉で唯一の個人ランクがCであるナディアだ。
自分の挨拶ついでに弟みたいなものなのよ、とレオルのことを紹介してくれた時の静かな笑みはすっかり消えて、冷めた目でこちらを見ていた。
さっきまでの勢いはどこへやら、レオルの顔は見る見るうちに引きつっていく。
後先考えずに噛みつくからそうなるんだよ。
実際さっきのはダメなセリフだったし、せっかくだから痛い目を見るといいと思いまーす。
ってことで、わざとらしく悲壮な声を出してみた。
「ナディアさん可哀想……」
「いや、ナディアは別っていうか、その……」
「しかも人によって言うこと変わっちゃうんだ?」
「うっ……」
「うわあ、だっさ」
「てめぇ!」
「なによ、あんたが先に言ったことでしょうが!」
「はいはーい、そこまでにしよっか」
言い争うあたしたちの間に、明るい声と一緒に腕が差し込まれた。
そのままレオルの頭を抱え込んだ女性が、ぐりぐりと拳を押し付ける。
「いでででっ! ミレナ、離せ!」
「初対面の女の子に喧嘩を売って、言い負かされて、逆上する。さすがに格好悪いぞー?」
「言い負かされてねぇ!」
言い返す余裕があるなら、もう少しきつく指摘しても大丈夫そうだね。
なんて考えながら眺めていると、ミレナさんはレオルの頭を解放し、今度はあたしへ人懐っこく笑いかけた。
「ごめんねぇ。こいつ、腕はいいんだけどオコチャマな上にガルディスが好き過ぎて、すぐ噛みついちゃうの」
「ああ、なるほど。嫉妬ですか」
「そうそう」
「別にそんなんじゃねぇ!」
──というわけであたしは今、宵鴉のメンバーとラズヴェイン樹海へ来ている。
今回の目的は、互いに何ができるのかを確かめること。
それから実際に魔物と戦って、簡単な連携を試してみることだ。
喧嘩を売ってきた生意気なオコチャマが、レオル。
風属性を使う近接戦闘職で、長さの違う2本の剣を操る双剣士だ。
風の魔法を使って急加速や急旋回を行う、ちょっと変わった戦い方をするらしい。
この歳でBランクまで上がっているだけあって、戦闘能力に関しては間違いなく本物なんだとか。
……まあ、人としては見ての通りだけどね。
「何だよその目! めっちゃムカつくんだけど!?」
残念な子を見る目をしただけなのに神経質な子だ。
体格はまだ成長期真っ盛りなんだろう、あたしとほとんど変わらないせいで生意気な小型犬って感じかも。
そんなレオルを物理的に止めたのが、ミレナさん。
ホワイトブロンドの髪を綺麗に編み込んだ、少しおっとりした話し方の落ち着いた雰囲気の女性だ。
宵鴉の副リーダーで、土と氷の魔法を使って敵の動きを封じることが得意な、後衛の魔法使いらしい。
あたしも後ろで動くことが多いから、Bランクパーティの後衛魔法使いがどんな戦い方をするのか、個人的にかなり注目している。
それから先ほどのレオルの失言を見逃さなかったのが、ナディアさん。
こげ茶色の短髪で、射手と斥候を担当している。
なんでも珍しい追跡魔法が使えるらしく、魔物が残したわずかな痕跡から進んだ方向を探れるらしい。
依頼人との交渉もナディアさんが担当することが多いんだとか。
おっとりとして見えるミレナさんは意外と頑固で気が強いタイプらしく、一見静かに見えるナディアさんの方が実は明るくて人当たりがいいらしい、とあたしは分析している。
……それにしても、胸でっかいね。
「今、変なところ見てなかった?」
「見てません!」
さすが斥候、視線の動きがバレてる。めっちゃ怖い。
ここでミレナさんが割り込むまで成り行きを見守っていたガルディスさんが、呆れたように口を開いた。
「レオル。今日は喧嘩相手を作りに来たんじゃない。セシル嬢、おおらかな心で相手をしてやってくれ」
「善処します」
「おい、なんだその言い方!」
善処は善処でしょうが。
これ以上は律儀に相手をしても無駄に時間を食うだけだろうし、生意気なオコチャマはひとまず放置して先へ進む。
今日の目的は能力確認だから、深度4の深層側まで進んでみる予定だ。
しばらく歩いたところで、先頭にいたナディアさんが不意に片手を上げた。
「止まって。前にドグリットの群れ。数は……12」
言われて目を凝らすと、木々の間を黒い影が飛び回ってるのが見えた。
ドグリットは人の子供ほどの大きさの体に、細長い手足と昆虫のような翅を持つ妖精型の魔物だ。
細く長い牙には麻痺毒がある。
1体ならたいした強さではないのだが、集団で四方を飛び回って襲ってくるのが厄介な深度4の魔物だ。
「俺が行く」
レオルが2本の剣を抜いた。
一般的な双剣よりも右の剣は短く、左の剣は長めに作られているようだ。
「一人で?」
「見てろよ、Cランク。Bランクの強さってもんを見せてやるよ」
「レオル、いちいち喧嘩を売るな。油断するなよ」
「分かってるよ!」
どこまでも生意気な少年は、ガルディスさんに釘を刺されながら地面を蹴った。
同時に風が弾けて──たしかに一瞬、目で追うのが遅れた。
レオルは太い木の幹を瞬時に駆け上がり、その勢いのまま剣を振るう。
上から甲高い声が響き、1体のドグリットが落ちてくる。
その間も本人は木の幹を蹴り、別の枝へ飛び移り、剣をふるった次の瞬間には離れた木へ跳んでいる。
身軽、なんて言葉では足りない。
空中で急に止まり、直角に近い角度で曲がり、落ちる寸前に再び上へ跳ね上がる。
風の魔法を使うにしても、明らかに普通の動きじゃない。
各方向に風を噴出させて進むだけじゃなくて、自分の身体に風魔法を当てることで移動を微調整してるとか?
あそこまで自在に動くには、かなり繊細なコントロールが必要だと思う。
すごいじゃん! と素直に感心した。
……風魔法なら練習すればあたしにもできるかな?
すごい技を見ると、ちょっと試してみたくなるよね。
空中戦は次第に苛烈さを増し、ついに3体のドグリットが左右と背後から同時にレオルに牙をむいた。
レオルは振り返りもしないで短い剣で右の牙を受け流し、身体を沈めて左をかわす。
かわす勢いのまま背後のドグリットの胸へと左の剣を突き刺した。
次の瞬間には剣を引き抜き、落ちていくドグリットを足場にしてさらに空中を飛んでいく。
風を纏って戦うレオルが剣を振り抜くごとに、ドグリットが1体、また1体と減っていった。
ついには逃げ出そうとした最後の1体にも、レオルは一瞬で追いついて背後から首を切り落とした。
深度4の厄介な魔物を12体。
それをたった1人で、地面に足をつけないまま空中戦で倒してしまった。
「どうだ」
地面に降り立ち得意げに剣を払う顔もセリフも、さっきと同じ生意気なオコチャマだった。
でも、それに伴う実力があると見る目が変わるものよね。
「すごいじゃん」
「あ?」
「本当に強いんだなってびっくりした」
「あ、当たり前だろ! 俺は天才なんだよ!」
普通にすごいと思ったから素直に褒めたら照れられた。
うん、まあまあ可愛いかもしれない。




