16. いなくなったら寂しいらしい
──今後、俺たちとパーティを組む予定はあるか?
ええそうでしょうとも、この人そういうタイプよね。
口の中の鳥肉をもぐもぐしながら、あたしはじっとりとした目をトールに向けた。
じゃあ何の話だと思ってたのかとか聞かれたら困るんだけどね、別に変な期待してたわけでもないしね!
でもさ、もうちょっとこう、聞き方とか、タイミングとかあると思わない?
なんか勘違いしそうになるとかさ、あるじゃん。
勘違いなんてしてないけどね!
「……なんだ?」
「べつに」
「言いたいことあるなら言え」
「ない」
きっぱりと否定してから、今度こそ真面目に質問の意味を考える。
パーティを組む予定はあるのかって?
リズとトールとジオンの3人とあたしで、今みたいに何となく一緒にいるって感じじゃなくて、正式にって話だよね。
……正直にいうと、ためらっている自分がいる。
トールとジオンのことはもう友達だと思っているし、一緒にいるのがしんどいとか、そんな風に思ったことはない。
だけど正式にパーティを組むってなると、全然イメージが変わってくる。
きちんと形をきめて、役割を過不足なくこなして、枠からははみ出さないようにしなきゃいけない、そういう堅苦しさみたいな……まあ偏見かもしれないけどさ。
でも間違いないことは、今日は1人で行きたいとか、しばらく森に入りたくないとか、そういう自分の気分では決められなくなる。
常に誰かに予定を合わせて、誰かのために動いて、あたしがいないことにすら責任を感じる場面が出てくるんだろう。
そんな風に悪い方にばっかり想像が働いちゃって、どうしても息苦しく感じるんだ。
「すぐに答えが欲しいわけじゃない」
あたしが消極的なことに気付いてるんだろう、トールはなんでもないことのように付け足した。
でも今すぐじゃなくても答えは必要なんだろう。
頭の中で、形にならない思いだけがぐるぐる回ってる。
組みたい気持ちはある。
でも今は一緒にいたいと思っていても、これから先もずっと同じ気持ちでいられるかなんて、どうしてもあたしにはわからない。
後からやっぱりって撤回して、無駄にガッカリさせるような真似はしたくない。
みんなが大切なのも、未来が不安なのも、どれもあたしの本心だった。
「ごめん、やっぱりいきなりじゃ決められない……。そもそも正式に組む意味ってなにかあるの?」
「色々とあるな。例えば誰を基準に仕事を選ぶかも決まっていない。お前なら余裕な場所でも、俺たちにはまだ早いことがある」
「そうだね」
「装備や消耗品の費用、報酬の分け方も、今はその場で決めているだけだ。それと、パーティを組むっていうのは互いに命を預けるってことだ。お前がどう考えているのかわからないまま、ズルズルと今の関係を続けるのはよくない」
命を預ける──確かに、その通りだ。
最近は自分がそれなりに強いって自覚が付いたからか、あたしは魔物の森への怖さは前よりずっと薄れている。
多少の魔物ならどうにかできるし、怪我をしても大抵のものなら治せる。
いざとなれば結界だって使えるしね。
でもリズと2人で初めて深度2へ進んだ時、小さな判断ミスで命に関わるような目に遭った。
ジオンとトールは深度3を探索していただけなのにハザードエリアに迷い込んで死にかけた。
ほんの些細な失敗は、誰かの生死に繋がる可能性がある。
パーティを組めば、あたしの判断にみんなの命がかかることもある。
逆に、あたしが誰かの判断に命を預けることもある。
「……ああ、なるほど」
パーティを組むということは、これからもお互いに命を預ける相手だと、認め合うことでもあるのか。
誰かに寄りかかるのではなく、信頼関係が必要なんだね。
他にもけが人が出た時の判断基準やルール、長期的と短期的な目標の必要性、今あるランク差をどうしていくか。
トールはひとつずつ現実的な問題を挙げていき、最後に付け加えた。
「それに今のままじゃ、お前がいつか突然いなくなるかもって心配しないといけないからな」
「……確かにないとは言い切れないけど、誰が困るの?」
「リズが悲しむだろうが」
あー、それはそうかも。
あたしだってリズが急にいなくなったら普通に寂しい。
ふと家族以外には何も告げずに王都から去った、1年前の自分を思い出した。
あの時、寂しいと思ってくれた人はいたのだろうか。
あたしが消えたことに何かを感じた人はいたのだろうか、なんて、今さらぼんやりと思った。
記憶が薄くて咄嗟に思い出せないけど、フォルナなら、ここならリズ以外にも何かを感じてくれる人がいるのかな。
そんな風に考えたら、確認してみたくもなるよね。
「……トールは? 寂しい?」
「そうだな、友人がいなくなれば俺もジオンも寂しいさ。ただしあいつは、悲しむリズの姿に慌てふためいて、やかましくなるほうが強いと思うが」
さらっと肯定されて、言葉に詰まる。
でも付け足された説明に、リズを見て騒ぐジオンの姿が鮮明に目に浮かんで、思わず笑いが漏れた。
たしかにジオンらしいわ。
でも、そっか……寂しいと思ってくれるんだ。
リズが悲しんでくれることは、さすがにわかっていた。
そこにほんの2人ばかり増えただけ。
だけど1年前は、誰かたった1人でも悲しんでくれる人がいるかもしれないなんて、想像すらしなかった。
だからかもしれない。
照れもせずにまっすぐ告げられた言葉は、すとんと素直に受け止めることができた。
「……へえ。トールもあたしがいなくなると寂しいんだ?」
「そうだな」
「ふーん、なるほどねー。いやあ、知らなかったなー。トールにも人並みの可愛らしい感情があったんだね!」
「……お前は俺を何だと思ってたんだ」
わずかに眉を寄せるトールを見ていると、さっきまで胸の中にあった息苦しさが少しずつ薄れていく。
どうやらあたしは、思っている以上に喜んでいるらしい。
「さっきも言ったが、今すぐ決めなくていい。考えてみてくれ」
「うん、わかった。……ありがとう」
「何がだ?」
「べつに!」
……寂しいと思ってくれて嬉しかったなんて言えるか!
突然気恥ずかしくてたまらなくなって、あたしは訝しげな視線から逃げるようにリオネの実の話を始めた。
保存するなら砂糖漬けがいいのか、干すのがいいのか。
果実水やお酒にしても美味しいらしいけど、あたしとしてはやっぱりお菓子に使ってみたい。
あたしの懸命な様子に折れたのかほだされたのか、次第にいつもの調子で返事をするトールにつられて、いつの間にかあたしもいつもの調子に戻っていった。
あと知らなかったけど、ジオンがいないと普通に口数が多いほうなんだね。
いつもは相方がうるさすぎ、もとい元気なだけなのか。
そんなこんなで追加で注文した料理まで綺麗に食べきって店を出ると、昼時を迎えた通りは随分と賑わっていた。
ちょっと早めに入って正解だったね。
店の前にはもう何組か並んでる。
有名なだけあってなかなか美味しかったし、今度はリズとも一緒に来たいなーなんて考えながら歩き出してすぐ、後ろから低く落ち着いた声が飛んできた。
「トール。久しぶりだな」
呼ばれたトールが足を止め、あたしも一緒に振り返る。
そこに立っていたのは、背中まである黒髪を一つに束ねた、大柄な男の人だった。
年齢は40歳くらいだろうか。
広い肩やむき出しになった腕を見ると、随分と身体を鍛えていることはすぐに分かった。
「ガルディスさん、戻ってたんですね」
「ああ、昨日な」
どうやらトールの知り合いらしい。
トールがガルディスさんと呼んだ人は、何を思ったのか隣にいるあたしに視線を向けた。
「トールと一緒にいるということは、君がCランク冒険者のセシル・ウェグナー嬢かな?」
フルネームで呼ばれたことで、あたしの中で警戒心がわずかに上がった。
「そうですけど……」
「ちょうどよかった」
ガルディスさんは、穏やかに目を細めた。
「君に依頼したいことがあってね」
なんだろう。今日って、妙に人から話を持ち掛けられる日なのかな。




