15. オハナシしましょ
あたしは探索が休みの日は、昼前まではゆっくり過ごすことが多い。
だけど今日はいつもより少しだけ早い時間に起きて、謎にちょっと緊張しながら、昨日決めた待ち合わせ場所へ向かってフォルナの街を歩いていた。
待ち合わせの時間は昼12刻。
まだ少し余裕があるから大丈夫だね。
このままいつも通りのんびり歩いていけば問題ないはず。
服だっていつも通り。
最近買った夏用の薄手の白いシャツに動きやすいスカートを合わせて、歩きなれた靴を履いている。
先日リズと買い物に出かけたときにも着ていた、いつもの服装だ。
特におかしなところはないと思う。
ないと思うのに、風が吹いたり店の窓に自分の姿が映るたびに、髪が乱れていないかとか、服の裾がみっともなく折れていないかとか、なんとなく確認してしまう。
いや、確認するくらいは普通にするよね。
乙女が街中を歩いてるんだし。
身だしなみは大切だし。
清潔感ってやっぱり大事だと思うし。
それに普段とは違う相手との待ち合わせで、なんとなくいつもより自分の見た目が気になるとかって、よくあることだと思うのね。
だからこれは、待ち合わせの相手がトールだからどうこうって話じゃなくてね。
単純に人としての礼儀というものなのよ。
……だけど待ち合わせの相手がいつもと違うってだけで、何でこんなに緊張しちゃうんだろうね。
今日の予定を意味わからん状況で聞いてきたトールは、あのあと安全地帯まで移動しても、まるで何も なかったみたいな顔してた。
実際、森の中であんまり余計なことを考えたくなかったから、そのときはあたしもスルーして街への帰還を最優先。
無事に帰ってきたギルドで探索の成果とモルオルの生態について報告して、職員たちにちょっとした混乱をおこしつつも何とか処理が完了。
それから改めてリオネの実を分配して、追加で採った枝の分を丸々もらえることになって大喜びして、ギルドの食堂で打ち上げして。
すっかり森での話のことなんか忘れて、ご機嫌でそろそろ帰ろうか! ってなったときに、トールは言った。
「明日、昼12刻にドーラの前な」
リオネの大量摂取でうかれきってた脳みそちゃんでは最初は意味がわからなくて、数秒後に待ち合わせのことだって気づいてめちゃくちゃビックリした。
あれ聞き間違いとかじゃなかったのかって。
森の中の会話が聞こえてなかったリズとジオンは目を丸くしてて、どう反応するべきかってあわあわしてた。
でもトールはなんていうか淡々としてて、いわゆる甘酸っぱい空気とかはまったくない。
でも不快感とか険悪さとかもない。
トールのテンポって独特で、どう判断するべきか迷う言動をするのは今に始まったことじゃない。
だけど今回は群を抜いて反応に困る内容だった。
あ、ドーラ知ってるよな? って確認されたけど、気を使ってほしいところはそこじゃない。
ドーラなら知っている。
鳥肉料理が美味しいことで有名な食堂だ。
丸焼きも煮込みも美味しいし、香草をつめた鳥肉を窯で焼いた料理は、皮がパリパリで中は柔らかくて最高だと聞いている。
前から1度行きたいと思っていた。
いやだからそうじゃなくて。
じゃあ具体的にどうすればって話でもないんだけどさ!
もう少し理由を説明するとか、改めてこっちの都合を確認してから場所や時間を決めたりとか、こういろいろとあると思うの!
とりあえず場所は知ってるって言ったら、じゃあ明日な、ってさっさと帰っていくところ、乙女心がわからないとかそういう問題じゃない気がしてきた。
あの人ホント厄介なんだけど!
なんてぷりぷりしつつ、指示に従うあたしって素直。
そうだよ、冷静になって気づいたんだけどあれって指示であって約束じゃないと思うの。
でもあたしがムリ! って言ったら引いただろうし、指定された店もあたしの好みに合わせたものだ。
相手の性格とか好みとか考えた上で言ってるのはわかるんだけど……あれって計算なの? 天然なの?
その辺まだよくわかんないんだよね。
とにかく気を取り直して、待ち合わせ場所へ向かうと先に到着して待ってるトールの姿が見えた。
こうやって見ると背が高くて体格がいいから、結構目立つよね。
ジオンの方がデカいから、2人が並んでるとトールは目立たない感じなんだけどさ。
「来たよ」
「ああ。じゃあ混む前に入るぞ」
愛想も感想もなくあっさり中に促すトールは、いつも通りの格好だ。
まあ、そうだよね。あたしだっていつも通りだし。
別に何か特別な予定があるわけでもないんだから、当然なんだけどさ。
店の中は広く、すでにそこそこの人が入っていた。
いい匂いの漂う店内を店員に案内され、やや奥の方にある壁際のテーブルに向かい合って座る。
渡されたメニュー表を開くと、鳥肉料理の名前がずらりと並んでいた。
窯焼きは絶対に食べたい。
煮込みも気になるし、あ、鳥肉のたたきも美味しそう!
……どうしよう、食べたいものが多すぎる。
「今日は俺が払う。好きなものを頼め」
「え? いいの?」
「俺が誘ったからな」
「そういうことなら遠慮なく!」
おごりだって。
それなら煮込みも追加しよう。
せっかくトールが好きなものを頼めって言ってるんだし、遠慮する方が失礼というものでしょう!
店員さんを呼んで、食べたいものを注文していく。
途中からトールが呆れたような顔してる気がするのも、店員さんの顔が引きつってる気がするのも、きっとあたしの見間違いだと思う。
好きなものを頼めと言ったのはトールなんだから、あたしはなにも悪くない。
注文を終えると、途端にテーブルに何ともいえない沈黙が落ちた。
そもそもあたしとトールの組み合わせって珍しいし、普段から会話がはずむってタイプでもない。
あたしも何を話せばいいのやらって感じだし。
トールは気まずそうにするでもなく、いつも通りの顔で水を飲んでいる。
緊張しているのがあたしだけみたいで、ちょっと悔しい。
あたしも水を一口飲んでから、先に口を開いた。
「それで、今日は何であたしを誘ったの? まさか、ご飯をおごりたかっただけーなんてことはないよね?」
「料理が来てから話す」
「今じゃ駄目なの?」
「話の途中で料理が来たら、中途半端で気になるだろ」
大雑把なところがあるわりに無駄に几帳面だと思うも、でもまあ意外ってことはないかと思い直した。
ジオンの相方をするなら、流すところと締めるところの両方を持ってないとやってられないわ。
じゃないとどっちも痛い目見そう……こないだ見てたわ。
苦労してそうだなーなんてこっそり同情する。
まあ本人たちが納得してつるんでるんだろうから、大きなお世話だろうけど。
何にしても本題は話してくれなさそうなので、仕方なく別の話題を振ってみる。
「そういえば、トールって絶対に待ち合わせ時間より早く来てるよね。いつもどれくらい前からいるの?」
「ああ……まあ基本10分前だな。前は商隊の護衛もやってたのは知ってるだろう。信用問題に繋がるから早めに待機するように父に叩き込まれた」
「あーなるほどね、商人との信用は仕事に直結するよね」
「そういうセシルこそ時間ぴったりっぽく見えて、5分前行動だな」
「あー、あたしも似たようなもんかな。ちょっとでも時間が遅れるとうるさい人多かったから」
「お疲れさん。まあ時間前行動ができて得することはあっても困ることはないし、役立つスキルと思ってるよ」
「あはは、それはそうかも」
またもや意外なことに口が悪いことが多いトールは、何でもない雑談だと話しやすいタイプだった。
会話を面倒がるそぶりもなく、安易に否定や押し付けをしないので、とりとめもなく話すだけなら気が楽だった。
それに多分、何も話さなくてもそれはそれで受け止めてくれる気がする。
……もしかしてこの人、何でも受け止めるタイプだな?
普段の言動に反して懐が広い気がするぞ!
とこっそり驚愕していたら、香ばしい匂いとともに料理が運ばれてきた。
窯で焼かれた鳥肉は聞いてた通り皮がパリパリで、ナイフを差し込んだ身は驚くほど柔らかい。
勢いのまま口に入れるとじゅわっと肉汁があふれ出て、口の中も鼻の奥も幸せで満たされて頬が緩むのが止められない。
めっちゃくちゃ美味しいね!
「──セシル」
感動のまま3口ほど食べたところで呼びかけられて、そういえばと今日ここに来た理由を思い出した。
メインは鳥肉じゃなかったわ。
慌てて顔を上げた先、さっきまでの柔らかい空気が消えた、真剣な顔をしたトールと目が合った。
突然の切り替えに反応しきれなかったあたしは、思わず口の中の肉をろくに噛まずに飲み込んでいた。
ごくりと大きな音が鳴るけど、トールは無反応だ。
「な、なに……?」
思わず上ずった声が出たあたしは悪くないと思う。
数秒無言で見つめ合ってから、トールは意を決したように口を開いた。
「単刀直入に聞くぞ。──今後俺たちとパーティを組む予定はあるか?」
…………うん。だよね、知ってた。
新しく切り分けて口に入れた鳥肉を改めてもぐもぐと噛みしめながら、ちょっと呆れた目をしたのは仕方ないと思わない?
誘い方。あとタイミング、それに言い方。
そのうち誰かに盛大に勘違いされる前に、早めに何とかした方がいいよ?
あー、この窯焼きの鳥肉、美味しいなぁ。
あたしは美味しい鳥肉に思いをはせることで、なんとなくこみ上げるやるせなさを飲み込んだ。




