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今日あたしは筆頭聖女を辞めました。  作者: そらのたまご
第2部

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10. 樹海と再調査

エリオス視点です


 広々とした神殿の裏庭は、大勢の騒めきと血の匂いに満ちていた。

 動ける者は誰もが慌ただしく動き回り、負傷者の治療に当たっている。

 神殿に流れているいつもの空気はどこにもなく、そこにあるのは敗者の苦痛だけだった。


 第3騎士団敗走の情報は、瞬く間にフォルナの街を駆け巡るだろう。


「──エリオス様、お水を」


 移動の邪魔にならない隅の方に座っていると、フィンが水を運んできてくれた。

 自身の分の木のカップを持つ右手や右足は乱雑に布が巻かれているだけだが、どうやら血は止まっているようで少しだけ安心する。


 運よく足を負傷していない私も手伝いたいのだが、他でもない王族に怪我を押して動き回られると、他の負傷者たちも動かざるを得なくなるので大人しく座っていろ、と叱責された。

 そうか、ときには何もせず待つことも必要なのか、と今さらながら実感する。


 思えば以前は気力も体力も常に満ちて余っているほどだったため、率先して行動することが多かった。

 王族である私が先頭に立てば、部下たちはどれほど疲れていても後に続くしかない。

 あれでは彼らを鼓舞するどころか、無理を強いているだけだったのかもしれない。


 しかしこんな状況で、過去を悔いている暇はない。

 恐らく何人かは……助からないだろう。

 私は自然と敗走に至るまでの出来事を思い返していた。


 今日の任務はラズヴェイン樹海の中でも、新たに討伐されたハザードエリアの調査だった。


 魔物の討伐が終わっていたとはいえ、内部は未知のエリアである。

 そのため参加人数は多めで編成されていた。

 しかもほとんどの者たちが樹海探索の経験者であることもあり、出発時は誰も気負った様子はなかった。


 目的地までの道中も、到着後も特に問題はなく順調だった。

 魔物が跋扈する危険地帯といえ、聞いていた通り森の浅い範囲は凶悪というわけでもなかった。

 決して油断も慢心もしていたわけではない。


 それでも理不尽というものは、いつだって想定の外から現れるものなのだろう。


 ──まさかハザードエリアの奥地、大樹の根元に奇妙な物体が眠っているなど、誰一人想像もしていなかった。


 鈍い光沢をもつそれは、巨大樹の根元にほとんど埋まっていた。

 最初に見たときは巨大な鳥の卵か何かだと思った。


 不審な物があると報告した騎士が最初にそれに触れた次の瞬間──轟音と共に地面から巨大な岩が飛び出した。

 その騎士は避ける間もなく撃ち出された岩に吹き飛ばされて、遥か後方の木に叩きつけられる。

 数秒の間をおいて、地面に赤い染みが広がった。


 状況に気付いた誰かが咄嗟に敵襲と叫んだが、近くに魔物の気配を感じた者はいなかった。

 聞こえるのは、風に揺れる枝葉の擦れる音だけ。 

 全員が武器を構えたまま周囲を警戒し、不穏な空気が流れる。


 その間に鳥の卵のような物体が、音もなく宙へ浮かび上がっていたことに最初に気付いたのは誰だっただろうか。

 金属と思しきそれは全高1メルほど。

 それこそが敵だと認識できた者は、その場にはまだ誰もいなかった。


 徐々に異変に気付いた騎士たちは反射的に武器の方向を変えるも、理解の範疇外の存在に言葉を失っていた。

 緊迫した沈黙が流れる中、楕円の上部、人ならば頭部の辺りに突如赤い光が灯った。


 滑らかな金属もどきの内側で光る赤は、体表のすぐ内側を滑るように一周して――突如、体の両側が分離した。


 それからは、あっという間だった。


 宙へ放たれた金属片は近くにいた騎士たちを薙ぎ倒し、地を砕いた。

 たまたま、本当にたまたま、私は攻撃の第1波を免れた。

 何が起きたか理解する暇は与えられなかった。

 

 けれど確認のため前に出ていた者たちは、誰も立ち上がれなくなっていた。


「──魔法で足止めを! 負傷者を回収しろ!」


 指揮官の声と同時に魔法が一斉に放たれた。

 金属もどきには容赦なく降り注ぐ風や炎、土の魔法に包まれ、辺りは砂塵が舞いあがった。

 その間に無傷の騎士たちが急ぎ負傷者を抱え上げ、後方に下がる。

 

 不意に寒気がして……私は無意識に前に出て砂煙に向かって剣を振り下ろしていた。

 とてつもなく硬い感触と反発があり、跳ね返る剣を無理やり抑え込む。

 そこにあったのは本体から分離した金属片だった。

 

 渾身の一撃だった。

 それでも刃は食い込むことすらなく、傷を残せた感触すらなかった。


「総員後退! 負傷者を下げろ! 追ってくるなら森の中で引き剝がす!」


 指揮官の判断は早かった。

 戦える者が前に出て盾となり、魔法を使える者はその後ろから魔法を放ち続ける。

 その隙に負傷者たちは次々と後方へ運ばれていった。


 だが、このままただ街へ逃げ込むわけにはいかない。

 あれを引き連れて帰れば、いくら強固な外壁があろうとどんな被害が出るかも分からない。


 どこかで引き離す、あるいは誰かが囮になる必要がある。

 私はまだ怪我もしていない。

 ならば囮が必要となったときは自分も、などと一瞬意識がそれたのが悪かったのか。


 騎士団の魔法を受けて動きが止まっていた卵の本体が、赤い光を数秒強く光らせて──凄まじい雷撃を放った。

 全身が痺れ、膝が崩れ落ちた。

 

 間を置かず、不思議な力で騎士たちの痺れた手から剣や槍が強引に引き剥がされ、吸い寄せられるように金属もどきのもとへと集まった。

 宙に浮く武器が意思を持つように一斉にこちらに刃先を向けた瞬間、恐らく誰もが絶望した。


 そして今まで彼らを助けてきた武器たちは、降り注ぐ凶器へと変貌した。


 以降は誰がどう動いていたか正確に把握している者はいないだろう。

 とにかく近場の者と庇い合い助け合いながら、全員で撤退するために必死だった様子しか私も覚えていない。


 誰も彼もがボロボロだった。

 金属もどきは、疲労する気配もなく攻撃を繰り出してくる。

 それでもまだ、誰かを見捨てる手段を選ぶほどには絶望的ではなかった。

 必死で撤退を続けてしばらく、突然攻撃が止んだ。 

 今思い出すに、あそこはちょうどハザードエリアの境界だったのではないだろうか。


 そうして何とか街まで帰還し、こうして神殿で治療中というのが現状だ。


 隣に座ったフィンと共に少しずつ水を飲みながら待機していると、神官服を着た誰かが近付いてくる。

 相手の顔を見て、さっと血の気が引くのがわかった。


 こんな殺伐とした空間ですら、穏やかさを感じられるような空気の老神官。

 かつて王都の神殿を取りまとめていた実力者であり──他でもない自分が理不尽にその地位から引き落とした相手。


「ジルバート・アールス元神官長……」


「お久しぶりですな、殿下」


 彼は静かな目で、元凶である私に丁寧に頭を下げたのだった。


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