8. 雨期明けの森で
足を滑らせないように注意しながら、あたしたちはそっと目標に近づいた。
雨期の水をたっぷり含んだ地面は苔むしているし、植物は青々と茂り枝葉を伸ばしていた。
いつもと同じようでも細かなところが違う森の様子は興味深いけど、今はまず目の前の獲物に集中。
深度3ではポピュラーな蝶の魔物ルルフラは、水をはじく特殊な鱗粉を持っている。
防水袋や雨具はもちろん、弓弦や荷紐が湿気で傷まないようにする加工にも使われるから需要が高い。
そのぶん、買取価格もそこそこだ。
でも冒険者の人気はあまり高くない。
ルルフラは黒地に瑠璃色や黄色の模様が入った、見惚れるぐらいに綺麗な羽を持つ蝶だ。
ただし問題は大きさで……ルルフラが羽を広げた大きさと、あたしの両腕を広げた長さがほぼ同じなのだ。
つまり近くで見ると、端的に言って見た目がグロい。
そりゃ苦手な人は無理だよね。
あたしはそうだな……好きじゃないけど逃げるほどじゃない、って感じかな。
どっちかというとどころじゃなく、カエルとかナメクジみたいなヌメヌメ系は大っ嫌いだから避けまくるけどね。
だから虫全般苦手っていうリズのためにも、ここはあたしが頑張らねばなのだ!
と見せかけて、今はあたしもフォロー側だから後方援護のリズのすぐ近くで足を止めた。
今回はジオンとトールがメインだ。
そう、実は最近4人で森の探索をしているのである。
オウジサマと連日の遭遇をして以来、ちょっとした人の動きやざわめきに過敏になってたあたしを見かねて、早々に手伝いを切り上げたリズが一緒にいてくれるようになった。
それからすぐ、唐突にジオンとトールがしばらく同行すると言い出したのだ。
今までムリに距離を詰めようとしないでいてくれた2人が突然近づいてきたことは、正直めちゃくちゃビックリした。
でも騎士団が近くに来るたびに、さりげなくあたしが見えにくくなる位置に動いてくれてるから、何かしら思うところがあるみたい。
だってなんかこう、騎士団が来たときの空気がとげとげしいんだよね……。
事情聴取でイヤな思いしたとか?
でもそれだとあたしを庇うような動きにはならないと思うんだけど、あまりにもとげとげしいから、理由を聞くに聞けないんだよね。
リズは気にしてないみたいだから、もしかして理由知ってるのかなって思ってこっそり聞いてみた。
そしたら「セシルは知らなくていいことだから」で終わった。
ううん……知りたいような、知りたくないような……とりあえず気になるけど、なるべく気にしないことに決めた。
めっちゃ気になるけど。
そんなわけで、最近は4人で行動することが増えた。
蜘蛛の件からこっち、会話する機会が増えたのもあって前よりも親交は深まってたし、この2人に対しては特に反発する理由がない。
もともと彼らの人となりに不快感とかもなかったしね。
まあ、あたしの考え方が1年前とは少し変わったってのもあるとは思う。
何にしても連れ立つことには問題なかったから、森の探索も一緒に行くことになった。
ただしジオンたちはハザードエリアで負った怪我の回復に時間がかかって、そのまま雨期入りしたから、まだ冒険者ランクはEのままだ。
といっても実績値が足りないだけで、実力的にはD相当みたいだからリズと同じくらいだね。
……それってつまり、あたしだけがなんか違うってこと?
いやいやあたし普通の人だからね。
って言ったら誰もが生温かい笑みを浮かべてくるの、すごく納得いかないわ……。
実力はどうあれ、目に見える評価としてのランクって意味では、間違いなくジオンたちは低い。
ランクDで一人前の冒険者と言われてる。
つまりランクEは半人前扱いだ。
でもってあたしのランクCは優秀な証、あるいは上級者の一歩手前、らしい。
そうなると、優秀な冒険者に引率される寄生低ランク呼ばわりされることもあるんだけど、2人は気にしてない。
逆にムッとするのはあたしとリズだったりする。
ってことで現在の急務は彼らのランク上げ。
基本的にあたしとリズは取りこぼしのフォローをするだけで、大半は彼ら2人で対処してもらう感じかな。
もちろん状況次第でガッツリ手出しすることもあるけど、ルルフラなら問題ないだろうから大人しく後方で待機……って感覚にも、まだ慣れないんだけどね。
なるべく音を立てないように静かに近づく2人の様子を、あたしとリズはちょっと緊張しながら見守る。
蝶は視野がめちゃめちゃ広いけど視力はよくない。
ついでに耳はないけど、触角や羽についた器官で空気の振動を細かくキャッチしてるらしい。
音に敏感なうえに高く飛び上がっちゃったら捕まえるのは至難の業だから、近づくのが一番難しいって言われてるんだよね。
2人はルルフラから15メルくらい距離をあけて立ち止まった。
軽くジオンに目配せしたトールは身をかがめて、短剣と投擲ナイフをそれぞれの手に握りしめ、前触れなく唐突に飛び出した。
ブーツに刻まれた魔導回路の光をうすく残しながら、放たれた矢のように一瞬でルルフラへ肉薄する。
慌てて飛び立とうとしたルルフラに向かって投げられたナイフは、吸い込まれるように胴に刺さった。
痛みと驚きに硬直する隙を逃さず、素早く短剣で触角も切り飛ばす。
直後、トールと同時に駆け出していたジオンが追い付き、大剣の重量を利用して片羽の根元を一刀で切り裂いた。
互いの動線を妨げないよう常に位置を調整しながら攻撃を繰り返す2人は、さすがのコンビネーションである。
あたしとリズにはまだまだ課題の残る、阿吽の呼吸というものを体現しているようだ。
かといってあたしたちが一緒だと途端に崩れるというほどもない。
たしかにタイミングがずれることはあるけど、それもごくわずかで……要はグループ戦に慣れているんだろう。
去年まで商隊の護衛をメインにしていたのは伊達じゃないらしい。
たまたまとは言え、あたしたちの得意分野がわかれているのも動きやすい理由なんだろうけど。
前衛のジオンと中距離補佐のトールに、中遠対応のあたしと遠距離特化のリズが組むと、非常に、それはもう非常にバランスがいい。
本音を言うとめっちゃやりやすい。
バランスって大事なんだなーって改めて実感したね。
……ソロも気楽で嫌いじゃないけどね。
「────これで、終わり!」
勢いのついた掛け声と同時、ジオンが残りの羽を本体から切り飛ばし、トールが蝶の頭部を串刺しにした。
いやー鮮やか、ってか予想以上に早く終わったね。
ギルドはさっさとランク調整したげなよとしか思えないけど、規則は弱い人を守るためのものでもあるから、あたしが口出ししていいものじゃない。
横紙破りは疑惑と不満、ひいては嫌がらせの温床になるしね。
結局はコツコツ積み上げるのが一番ってことか。
「おっつかれー! 余裕そうだったね」
「2人ともすごかったね」
「おー。なんか最近調子いいんだよな、ってオイ、ゲホ、粉飛んでる!」
「うるせえ、お前がちゃんと押さえてないからだ」
さっそく素材を回収し始めた2人のところへリズと近づくと、羽を刻んで小さめの袋に詰めてるトールの手元から鱗粉が飛んで、ジオンが大騒ぎしだした。
叫ぶと余計に粉が飛ぶよー?
「押さえてるけどすべるんだよ!」
「じゃあ我慢しろ。俺はとっくに全身粉だらけだ」
「え、うわ、マジだ」
「と、トールくん、大丈夫?」
「大丈夫だが、正直うっとうしいな」
「しかたないなー。あとであたしが余分な粉を風で吹き飛ばしてあげよう!」
「えー……ありがたいけど、オレらまで飛ばさないでくれよ」
「激しく同意」
「失礼な! セシルさんは魔法のコントロール力だけは定評があるんだぞ!」
「セ、セシル、優しくだよ?」
「リズまで警戒してる!?」
素材の回収中も賑やかで、こういうくだらない会話こそが、あたしの気分を押し上げてくれた。
あたしに気を遣ってるんじゃなくて、これがいつもの彼らのペースだってわかるから、あたしも気負いなく交ざることができる。
口も悪けりゃ態度も乱暴なところがあるけど、彼らは明るくて人が良い。
引っ込み思案なリズが懐く理由もわかるわ。
うむうむ、あたしも彼らに助力することは、やぶさかではない。
ひとまずランク上げのお手伝いから始めようではないか。
あたしとリズがいつでもフォローできるこの機会に、買取価格もさることながら実績と評価値が高い魔物、いっそ総当たりにするのもアリなんじゃないかな。
「ってことで、まずは食獣植物のシェルフライとかどう?」
「無茶ぶりきた!?」
「これは特訓と拷問どっちだ」
「待って、セシル、さすがに総当たりはちょっと苛烈っていうか……」
「……………………あれ?」
おかしいな、協力しようと思ったのに人外でも見るような目で見られてる気がする。
またしてもリズまであっちの味方だなんて……やっぱり長年の付き合いって、通じ合うものが作られるのかしら。
あたしとリズもそうなれるかなあ。
そんな見当違いなことを考えてるとも気づかずに、あたしはのほほんと笑っていたのだった。




