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今日あたしは筆頭聖女を辞めました。  作者: そらのたまご
第2部

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6. 望まぬ再会


 なんか見たことある顔だなーと思えば、まさかまさかのオウジサマですよ、マジで何で?

 もう会うこともないと思ってたのに。

 今後一生無縁で良かったのに!


 隣に見知らぬお兄さんを連れたオウジサマはお城で見てたピシッとした格好じゃなくて、ちょっとヨレて薄汚れてるように見える。

 タイミングからして巡回騎士団と一緒に来たとか?

 政務はどうしたのよ。

 貴方それくらいしかマトモに見えるとこ無かったじゃん。


 細かい事情は知らないけど、王太子位を取り消された話はここにも届いてる。

 だからって何で王族が騎士団とウロウロしてんのよ。

 護衛も1人だけって、何がどうなってこうなったのかサッパリわかんないんだけど……まあ別に知らないままでいいな、うん。

 関わるつもりないし。 


 感じ悪いとか気にしないで、遠慮なく顔を背けて視界からシャットアウト。

 でも視界から消しても他の感覚が相手の存在を感じ取ってて、特に向こうからの視線を痛いほど感じる。

 物理的に刺さりそうなんだけど。

 やめてくんない? ホントもうこっち見ないでほしい。


 さっきから聞こえてたギリギリって感じの変な音は、あたしの口から出ていたらしい。

 って気付いても口の力を緩められない。

 油断すれば不敬罪待ったナシの悪態をつきそうだもん。


 頭を撫でてくれてたリズの手は、いつの間にかあたしの背中に移動してた。

 でもさっきまでの労りに溢れた優しい手つきじゃなくて、宥めるような抑えるような動きになってる気がする。

 さすがに襲いかかったりはしないよ?


 だからって何事もなかったかのような態度ができるほど大人じゃない。

 むしろ感情的で自分に正直なタイプだって思ってる。

 顔見た瞬間「帰れ!」って言わなかっただけ自制心が働いた方だと思うのよ。

 ……多分、きっと働いてる、はず。


「ええと、お知り合いですか?」

「あ、ああ、そ」

「赤の他人です」

「…………」


 今ナニ言おうとしたの、この人。

 昔ちょびっっっとだけ関わったことがあるかもしれないけど、まともに話したこともない人のこと、あたしは知人って言わないの。

 そのちょびっっっとの関係すら貴方の判断で完全に断ち切られたの。

 つまり貴方とあたしは他人です。


「……人違いだったようだ」

「そう、なんですね」


 訂正されても頑として否定し続けようと思ってたのに、素直に受け入れられてちょっとビックリ。

 あたしオウジサマは人の話を聞かない人だと思ってたんだけど。

 でもそれっきり黙り込んじゃって、誰もがこの後どうしたらいいのかわからないって雰囲気の気まずい空気が流れた。


 まったく何しに来たんだか……って、魔導具店に来たんだから魔導具を見にきたのか。

 つまりあたしが帰るのが正解かな。


「リズ、お客さんのジャマになるからあたし帰るね」

「え、あ、うん」

「──いや、用事を思い出したので我々はこれで失礼する。こちらこそ歓談の邪魔をして悪かった」


 そう告げて流れるように去ってしまったので、残された3人はポカンとするしかなかった。

 というか護衛の人を置いて行くのはどうなのよ。

 思わず視線を向けた先、チラリと見えた窓の向こうの横顔はどこか寂しげで、まるであたしが悪いことをしたみたいだ。


 何で貴方がそんな顔してるのよ。

 ずっとずっと、あたしのことなんか興味なかったじゃない。

 貴方が先にあたしを見捨てたから、あたしも貴方に期待することを止めたんだよ。

 あたし自身も、聖女としてのあたしもいらないって言ったのは貴方でしょう?


 どっかに隠れていた不満がむくむく膨れ上がってきて、でも今さら吐き出す先もなくて、お腹の中でぐるぐる回ってる感じがする。

 落ち着けあたし、ここで腹を立てても仕方がないんだから。

 もうとっくに終わった話、──ううん。


 何ひとつ噛み合わないまま、始まりすらせずに置き去りにされた話なんだから。


「ええと、連れが慌ただしくて申しわけない」


 取り残された護衛の人の、第一印象そのままの落ち着いた柔らかい声に意識が引き戻された。

 置いて行かれたのに慌ててないから、正確には護衛じゃないのかな?


「この辺りの暑さに慣れず参っているので、対策になる魔導具があればと思ったのですが、今日は所用ができたようです。また折を見て伺わせてもらいますね。それでは失礼します」


 穏やかに告げる言葉はさりげなく再訪の意思を含んでいて、もしかしてあたしに忠告してくれてるのかな。

 あの人に会いたくないなら、あんまり店にはいない方がいいよって。

 小さく頭を下げて店を出る後ろ姿を眺めながら、これからどうしようってぼんやり考える。


 もともと引きこもってるのは無理って判断だったから、まあそこはいい。

 でもあたしの顔を知ってる人がいるかもどころか、関係者すら飛び越えて当事者がくるとは思ってなかった。

 しかもみごとに国家権力の最高峰。

 イヤだイヤだ、がどこまで通用するかわかんないし、ミスったら周りまで巻き込みかねない。


 ああ、しんどいなあ……。

 反射的に反応しちゃったから、他人の空似を貫き通すことはたぶん難しい。

 ぶっちゃけマジでめんどくさい!

 はあああああああぁぁぁ、って過去最大のため息を吐き出してうなだれるあたしを、リズはまた優しく撫でてくれた。


 ちょっとためらいがちなのは、聞いていいか悩んでるからかな?

 結局まだリズに詳しい事情は話してないもんね。

 ジオンたちを助けに行ったときは時間がなかったからだけど、その後も話題にしなかったのは……まあ普通に進んで説明したい内容でもなかったからだ。


 実はあたし元筆頭聖女でー、王太子と婚約してたことがあってー、でも王都の神殿って森とはまた別の魔境みたいなとこでさー、あんなことされたりこんなこと言われたりそんなことさせられたりしてー、婚約破棄されてー、聖女も辞めさせられてー、だから今ここにいるんだよ!


 うん、どこを切り取っても楽しめる要素がないね。

 脈絡もなくそんな話された側も反応に困るわ。

 そんなわけでタイミングを逃したまま雨期を過ごしていたことを考えたら、今こそ絶好のチャンスなのかもしれない。

 勢いがないと口に出しにくいんだよね。


「ねーリズ、ちょっとめんどくさい話聞いてくれる?」

「勿論。セシルが聞いてほしいと思うことなら、何でも聞くよ」


 間髪入れずに返された言葉がうれしくて、ちょびっとだけ泣きそうになった。 

 まちがいなく面倒ごとの予感はしてるだろうに、それでもあたしの気持ちを優先してくれる友人の存在は、必死で隠してるあたしの弱さを支えてくれた。

 それは一歩踏み出す勇気になる。


 そうと決まれば秘密の女子会開催、といきたいんだけど、その前に。


「ありがと。ただ──先に買い出し行ってくるね。すごいエネルギー要りそうってのもあるけど、ちょっとむしゃくしゃしてるからやけ食いしたい気分なの」

「わ、わかった。私も一緒に行こうか?」

「んーん、大丈夫。このまま店番してて。暗くなる前にはまた来るね」


 ただでさえあたしの事情に付き合わせるっていうのに、雨の中を長時間連れまわすわけにはいかないよ。

 あと、持ち帰りを選びつつ買い食いする気満々だったりするしね。 


 防水と軽量化のついたでっかい背負い袋をしょって、新しい雨傘を手に魔導具店を後にする。

 歩き出してすぐ、雨の勢いはどんどん強くなっていった。

 これだけ降ってきたら行ける店が減っちゃうな、なんて、雨に比例するように憂鬱な気分も強くなる。


 地を叩く雨音とけぶる視界に、なんだか突然、人の群れから取り残されたような気分になった。

 少し離れたところには人がいるはずなのに、どこか別世界みたいに思えた。

 たとえ近くに人がいても、そこにいる人と自分は繋がっていない──なんて別にいつもなら当たり前に受け入れてることなのに、その事実に孤独を感じるのだ。


 ……そっか、神殿の頃みたいなんだ。

 あの頃はジルさま以外、誰かが近くにいても誰もが他人だったから。

 ぐちゃぐちゃな精神状態のときにひとつイヤなことを思い出すと、芋づる式にイヤなことを思い出しちゃう。

 そのせいで余計にぐちゃぐちゃになるのがホントやだ。


『何を言っている。それが筆頭聖女の仕事だろう』


 ──ああホラ、余計なことまで思い出しちゃったじゃない。

 それは年にたった2度の、言葉ばかりの婚約者との交流会のときに言われた台詞だ。


 望まぬ婚約による貴族令嬢たちの嫌がらせがひどくなり、どうしても平民のあたしだけじゃ手に負えなくなった頃に、少し声を掛けてくれないか相談したのだ。

 処罰してほしかったわけじゃない。

 あの人の権力を振りかざしたかったわけでもなかった。

 平民が相手だと耳を貸してくれない人たちに、声を届けてほしかった。


 それは王太子サマにとって『聖女の仕事』という括りでしかなくて、まるであたしが手を抜こうとしてるかのように思ったのだろう。

 口には出さずとも力不足を責める目を向けられたことに気付いたときに、あたしは期待することを諦めた。


 あの人は、王族であることの義務を理解しているし、そのことに矜持と責任を持っている。

 幼い頃から指導され、強くあることを強要されてきたことも知っている。

 常に強くあろうとして努力し続けてきたあの人は、立場ある者にも弱さがあることを理解して寄り添うことができなかった。


 見知らぬ平民たちの立場や苦難をくみ取ることはできる。

 だけど、地位に責任と覚悟が伴うことが当然と考えるせいで、元の立場よりも今の『役職』を優先するところがあった。

 だからあたしが元どころか今でも平民であることよりも、『筆頭聖女』かつ『王太子の婚約者』である事実が重要視されていた。


 理解はしても、あたしは自分に寄り添ってくれない相手に、寄り添うことができなかった。

 ただでさえ吹けば飛ぶような立場の差があるのに、その差を理解してくれない尊い血筋のお方に、これ以上訴える気力はもう湧かなかった。


 だからオウジサマとあたしはどこまでも平行線なまま、一度も交わらずに縁が切れた。


「……切れたんだから、やっと落ち着いた今さら出てこないでよね……はああ」


 思わず本音が口からこぼれ出て雨音に溶ける。

 うーん、これは想像以上にメンタル落ちててヤバいかもしれない。

 これはアレかな、いっそ我慢しないで全力でダダをこねるのがいいのかも。


 つまり──やっぱりやけ食いかな。

 美味しいものをお腹いっぱい食べながら思いっきり愚痴り倒したら、ちょっとはすっきりするかな?

 すっきりできなかったら……そのときはまた考えよう。うん。


 大きく深呼吸して何とか気持ちを切り替えたあたしは、美味しいものを求めて商店街へ駆け出したのだった。



 ああでも後日予想外なことがあった。

 ──こんなに遭遇率高いとか聞いてない。


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― 新着の感想 ―
すっかりトラウマ、セシルかわいそう。 PSTDで寝込むレベルなのに社会生活できてて偉い。
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