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今日あたしは筆頭聖女を辞めました。  作者: そらのたまご
第2部

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5. 思いがけぬ邂逅

エリオス視点です


 むっすりと拗ねる──そう、生まれて初めて拗ねた私に、周りはケラケラと笑って謝ってくるが、こんなに全く謝意の感じられない謝罪があるとは!

 軽薄さが信じられなくて今度は憤慨する私に、ますます皆は盛り上がる。

 完全に遊ばれている。

 どいつもこいつも不敬な奴らだ!


 私がそう口にしても、王城にいた頃と違ってその言葉にこもる感情は軽いし、処罰も伴わない。

 無作法でときに荒くれ者なところもあるが、第3騎士団に所属する騎士団員たちは、基本的にとても懐が広くて仲間意識の強い気のいい連中だ。


 勿論例外もいるが、それはそれだ。

 馴れ合いを嫌う者もいるし、私を受け入れられない者もいるだろう。

 それでも騎士としては問題なく職務を果たしているし、一時的な同行者である私が彼らの仲間になれなかったとしても仕方がない。


 目の前にいる第3騎士団に所属する騎士たちは、貴族家の三男以下と身元確かな平民出身の腕自慢たちの集まりだ。

 高位貴族の子息や次男、爵位を持つ者たちは、王都で警護メインの第1騎士団か王城、王都、近郊地域を守る第2騎士団に所属することが多い。

 有事の際に、容易に呼び戻せない外縁部へ長期間出すわけにはいかない、という事情もある。


 そういった縛りがない実力者たちは第3騎士団に入り、国の外縁部の治安維持と支援に尽力し、同時に周辺国への牽制を兼ねて、国土巡回という過酷な任務に就くのだ。

 であれば彼らの連帯感と強さへの自負は、持って然るべきであろう。

 そして、その彼らの一番上に立つべき王族がへなちょこでは不満を抱いて当然である。


 最近は軟化してきたものの、まだまだ見極められている感覚は消えない。

 だからといっていい歳をした成人男性をドジっ子呼びはどうなんだ。

 私はもう21歳だ。

 騎士団の括りでいえば新人同然というのも分かる、分かるがやはり納得がいかない。


 第4騎士団は街道や地方都市の警備、治安維持を担う役割が大きい。

 因みにオルランドの出向先はそちらだ。

 あいつは政務特化型で、実戦経験を積むにしても、人を相手にする場面の多い第4騎士団の方が合っている。

 それに第3騎士団に同行して魔物討伐を行うよりも、各地の行政や治安維持の現場を実際に見ることの方が学びになるだろうとの判断だった。


 実際に第3騎士団に同行した結果、その判断は間違っていなかったと断言できる。

 少なくともオルランドよりも戦闘に慣れている私でさえ、何度か軽い負傷をしているのだ。

 第3騎士団の任務は、あいつには負担が大きすぎただろう。


 まあしかし、何度か軽い負傷をしたのは──以前よりも私の実力が落ちているからでもある。

 理由など言うまでもない。

 立太子を取り消してしばらくは、前──いや前々筆頭聖女であるセシル嬢の支援魔法の有無の差に馴染めず、今まで通りやろうとしては何度も失敗した。


 何度も失敗するうちに支援魔法ありきの感覚が薄れてきて、冬も深まる頃にようやく現状の自身の実力を理解できるようになった。

 そこからは今の自分が、何をどこまでできるのか確認の日々だった。


 私は王都結界の緩みによる迎撃戦で、周囲を誤魔化せないほど明確に負傷をしている。

 審議会の数日後、治癒に長けた聖女が派遣先から戻ってきたため、運よく後遺症も残さず負傷箇所を完治できた。

 しかし左目付近は治療が遅かったせいか皮膚が薄いせいか、よく見なければ分からない程度ではあるが、じっと見れば分かる程度には傷跡も残っている。


 その傷跡を見るたびに思うのだ。

 ──次の失敗が傷跡で済む保証はない。


 失うのが四肢のいずれかなら、時間は掛かれどいずれ許容するだろう。

 だが頭部を失えば治療も許容もできず、ただそこで終わるだけ。

 すでに一度、頭部を負傷した経験があるだけに、つまらない笑い話にすらならなかった。


 周囲を実力者に囲まれながら様々な現場を体感できる現状は、私にとって絶好の機会といえた。

 戦闘も対人も国内の知識すら、間違いなく今の自分には不足している。

 それらを余さず得られるこの機会を無駄にする気はない。


 とはいえ、変化というものは何であれ心身に負担がかかるものだ。

 特に環境──食事や睡眠はもとより、とりわけ天候や気温の変化は影響が大きかった。


 王都を出発したばかりの冬の頃はまだ良かった。

 勿論辛くはあったが衣類を工夫したり、移動中は体を動かしていれば多少なりとも寒さを誤魔化すことができた。

 正直なところ、王族が視察に出て早々凍死しましたでは困るので、最初のうちは配慮されていたことが多々あるはずだ。

 己の力だけで乗り切ったと豪語できるほど自惚れてはいない。


 それらも時間が経つごとに消え、今は周囲に倣う生活を送っている。

 新人騎士と共にその土地土地の留意点を指導されつつ活動し、しかし宿舎などは個別に用意される。

 そういう半端な扱いだが、そうなる理由も理解できるので不満はない。

 なるべく早く名実共に頼れる人間になりたいものだ。


 ──しかし頼れる人間とは暑さにも強いものなのだろうか。

 確かに第3騎士団長が極端に疲労している姿を見たことはないが、果たして、などと取り留めのないことを思案するほどには、慣れぬ暑さに参っていた。


 寒さは衣類を増やすことで防げるときもあるが、暑さは衣類を減らしても肌を焦がす熱が増すばかりであった。

 動けば動くだけ体内に熱がこもり、運動による発汗の爽快さとは完全に別物だ。

 今まで暑いと思っていた王都近郊の夏の気温が、国内では比較的低い方なのだと気が付いたときは、自分の知識の甘さに愕然とした。


 だから何もしていなくても人は脱水症状になることも初めて知った。

 脱水症状が怖いため充分な水分を用意する必要があるが、その水分を運ぶためにも体力が必要と考えると、気力を保ち続けることが非常に困難だった。

 いざとなれば魔法で水を出すことはできるが──はっきり言って美味しくないのだ。

 しかも他人の魔力が宿る水を大量に飲み続けると、体内の自分の魔力と反発して体調を崩すため、水魔法の飲用は最終手段とされている。


 つまり残念ながら、原始的な運搬方法に頼るしかないのである。

 行く先々で水分を補給しながら、軽量化の機能がついた魔導容器を馬車に載せて運び、馬車が通れない場所では己で担ぐのが原則だった。

 そうして向かう先が国内で最も夏が暑い南部辺境領とくれば、心が折れそうにもなると思わないか、と、心の中で誰にともなく愚痴をこぼす。


 実際に口にはできない。

 四方八方からお説教と口撃が飛んでくることが分かり切っているからな。


 そんなこんなで王都を出て約半年。

 ついに南部辺境領の中でも、最南端の街であるフォルナに辿り着いた。

 この辺りの雨期のことは先に聞いていたとはいえ、半月ほど前から雨が増え、この1週間ほどは本当に四六時中雨続きだったので、街の外壁が見えたときは心の底からほっとしたものだ。


 ようやく辿り着いた外壁は非常に強固で、街の南部に広がるラズヴェイン樹海の脅威を物語るようだった。

 国内最大規模の危険地帯の存在を肌で感じ、思わず緊張感で背筋が伸びた。


 手続きを済ませて中に入ると、丁寧に整備された街に迎えられて驚いた。

 辺境という響きは、距離と共に流行や栄華から遠ざかっている、という印象を持ちやすい。

 私もここまでの道中で己の傲慢さと認識不足を実感したが、この街は一線を画しているように思えた。


 聞けばラズヴェイン樹海の恩恵が豊富とのこと。

 なるほど、共存共栄とはいかずとも、確かな利があるからこそ樹海のすぐそばに街があるのだろう。

 街の発展具合を見るに、森の恵みを非常に有効活用しているようだ。


 街の説明を一通り受けた後は、ひとまず騎士団用の駐留所に荷物を運び込む。

 私は例のごとく個室なため片付けや準備も少なく、大掛かりな荷台の搬入作業はむしろ邪魔になるため、早々に手が空いてしまった。

 隣の部屋を与えられたフィンも同様で、完全に腰を落ち着けて休むには少々時間が早いんだよな、と2人で顔を見合わせる。


「そういえばフォルナの街には有名な魔導具師の店があるようですよ。見に行ってみますか?」

「そうなのか? だが皆がまだ動いている中、観光気分というのもな……」

「暑さ対策ができる魔導具があるかもしれませんよ」

「なるほど行こう、是非見てみたい!」


 下手なりに空気を読もうとした私の気遣いは、我が補佐の前では砂埃も同然だったようだ。

 それとも私の暑さへの耐性の低さを見かねてだったのか。

 何にしても彼は私の操作が上手い。

 ……時々自分は洗脳されているのではないかと疑うくらい上手くて、ちょっと困る。

 もともと人心掌握に長けているのだろう。

 しかし私との相性が良すぎるので、いっそフィンを選抜した者に人を見る目の養い方を教わりたいものだ。


 魔導具店への訪問は私事であるため騎士団を示す意匠は外し、他の団員の邪魔にならないようそっと裏口から外へ出た。

 騎士団の駐留所は東区、商業地区は西区だというので、小雨の降る中、大通りを西に進む。


 雨期だというのに思ったより人が行き交っていると思えば、騎士団の到着により食材の運び入れやら様子見やらと、様々な理由で人が集まっているようだ。

 漏れ聞こえた若い女性の声は若い団員の名を呼んでいて、なるほどファンもいるようだと再度納得。

 大きな街だけに余計な噂が広まると大きくなりそうなので、なるべく目立たないように過ごそうとひっそり決意した。

 いざとなればフィンを盾にすれば何とかなる気もする。


 何を感じ取ったのかじっとりとこちらを見る補佐役の視線を感じて、絶対にそちらを見ないよう反対側に顔を向けた。

 進行方向に対して左側は南方向──ラズヴェイン樹海だ。


 どれほどの脅威が潜んでいるのかと気合いを入れつつ、この街の冒険者たちはどれほどの技量を持つ者たちなのだろうか、と素朴な疑問を抱いた。

 第3騎士団の勇猛さを肌で感じているだけに、少人数で行動する冒険者の強さというものがあまり想像ができない。


 いずれ森の調査の際に冒険者ギルドを訪問するのだから、そのときに雰囲気を見ることはできるだろう。

 それまではいっそ楽しみにしておくのもいいかもしれない。

 フィンが大通りの商店の店員に魔導具店の所在を聞いている間に私はそう結論付けて、教わった情報を頼りに再び歩き出す。


 大きな街で初めて訪ねる店だったので、ほどほどに迷いつつ目的の店に辿り着いた頃には、駐留所を出てそれなりの時間が経っていた。

 有名な魔導具師の店という割に店構えは大きくはなかった。

 白い漆喰の壁に、濃い灰色の急勾配の三角屋根。石造りの基礎は少し高く、雨水が建物の中に入らないように工夫されていた。

 

 木枠の大きな窓から店内の様子を確かめると、カウンター近くに2人の少女の姿が見えた。


 どちらも年若く、椅子に座った少女は隣に立つ少女に頭を撫でられて、ひどく気の抜けた顔で口元を緩ませている。

 無防備で、年相応にあどけない。


 不意に、あまりに場違いで、ひどく単純な感想を抱いた。


 可愛い子だな、と。


 ドアを開けると入口のベルが軽やかに鳴り、2人の少女がこちらを向く。

 先ほどまで幸せそうに顔を緩ませていた少女と目が合った気がした。


 ──直後、その少女の顔が驚くほどに歪んだ。


 そのあまりの変化に、私はびっくりしすぎて驚きの声すら出なかった。

 どうして、と硬直しながら少女を見返すうちにあることに気が付いて……自分の顔から血の気が引く音が聞こえた気がした。


 薄藍の髪、紫紺の瞳、年の頃、そして小柄な体格。

 服装を含めた雰囲気こそ記憶と違えど、それらは私が犯した失策の被害者の特徴だ。


 前々筆頭聖女、セシル・ウェグナー。

 退任後に王都を出たことまでは知っているが、行く先は聞いていない。

 まさかこんなにも遠い辺境の地に来ていたなんて、本当に知らなかったのだ。


 そして彼女の表情を見たら嫌でも分かる。



 ──経緯を思えば当然なことに、私は彼女に嫌われているようだった。


あん?(⊙ω⊙) こっち見んな


セシルです

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