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今日あたしは筆頭聖女を辞めました。  作者: そらのたまご
第2部

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4. 再構築の日々

元王太子エリオス視点です


 パラパラと小雨を落とす曇天を見上げて、私はひっそりと南方の暑さに辟易していた。

 防具の上から羽織った防水服のお陰で全身ずぶ濡れこそ回避できているものの、当然ながら風が通らないので、歩いているだけで恐ろしく蒸し暑い。

 運動による体温の上昇とは別物の慣れない暑さに、己の経験不足をまざまざと思い知らされている。


 これらは王都の、それも国で最も快適さが保たれている王城で過ごしているだけでは実感できないものだった。

 恵まれていると知っていても、何をどれだけ恵まれているのかは、体感してみないと本当の意味で知り得ないのだと痛感する日々だ。


 私は現在、王立第3騎士団の第1大隊と共に行動している。

 肩書きとしては臨時監察官だが、これは王族である私が騎士団の指揮下に入ったわけではない、ということを対外的に示すための名ばかり役職だった。

 特権も強権もなく、ただし序列上は団長同等とされているので、直接の指揮権はなくとも口出しは認められている。

 そういう中途半端なポジションである。


 正直、ただの下っ端騎士扱いしてくれた方が私も周りも気が楽なのだが、王籍から外れていない以上は、それは我が儘というものだろう。

 当然ながら王太子位の返上は速やかに執り行われた。

 がしかし、臣籍降下とはならなかった。

 勿論不満を抱いた者もいたが、いくつか理由はある。


 まず、第1王子たる私の失策により結界の維持に失敗したものの、市街や市民に被害はなく、王子本人も前線にて対処に当たったとして、決定的な瑕疵とならなかったこと。

 これは神殿に対する怒りの方が強かったからでもある。


 次に、その失態により神殿内の浄化作業に着手できたともいえること。

 最後に弟たる第2王子の資質が判断しきれていないため、万が一のスペアは残しておきたいと国王が判断したこと。

 それらに私の意見が入る隙はない。


 下された決定に従い、私はしばらく弟オルランドの補佐として政務に当たることとなった。

 オルランドが知見に優れていることは周知の事実であり、慎重さに欠ける自分より安泰だろうと、恐らく大半の者は一息ついただろう。


 ──だがしかし、本当に予期せぬほど短期間で、オルランドの欠点が浮き彫りにされた。

 彼は理論値に忠実だった。

 理論に絶対の信頼を置いていたし、いささかどころではなく忠実過ぎたせいで、理論値に達しない原因は実践する人間だと判断した。


 たとえば天候も災害も配慮せず、この面積の土地があればこれだけの収穫が見込めるはずだ、といった判断から始まり。

 年齢も体格も体質も確認せず、参加人数だけで晩餐会の食事の内容や量を決めたりだとか。

 馬車も徒歩も関係なく、10分で移動できる距離がこれだけなら、1時間あれば6倍の距離を移動して当然だ、だとか。

 途中からは理論ですらなく机上の空論を唱え始めたのだから、手に負えなかった。


 知略に優れた者はその才に溺れることもあると聞くが……まさかこんな罠があるとは思わなかった。

 自分よりも適性が高いというのなら、オルランドが王位を継ぐことに異論はなかったのだが、こうなってはどちらも不適格というほかない。

 父たる国王もさすがに頭を抱えたことだろう。


 そうした紆余曲折を経て再び下された決断は、第3騎士団あるいは第4騎士団に同行し、国内各地の視察を行うことだった。

 勿論、兄弟どちらもである。

 要約するなら現実を体感してこい、といったところか。


 思い返してみれば確かに王族として熱心に教育は施されたものの、王都を出たのは近郊の領地へ訪問したとき──それも片手で事足りる程度。

 王都内すら慰問や視察などの必要な案件のときのみ。

 それも直行直帰で、警護側としては理想的であっただろうが、そこまで来ればいっそ箱入りといえる気がしてきた。


 いい歳をした男が誇れる単語ではない。

 しかし温室育ち、世間知らずと言われて否定できないのも事実だ。


 すぐに補佐役が選定され、半月後の新年の祝賀会を済ませた後に王都を出発することが決まった。

 既に一度失敗している私は受け入れるのも早かったが、自分に自信があったのだろうオルランドの落ち込みは想定より深かった。

 決して関係が良好ではなくとも私は年上で、オルランドは年下の弟だ。

 声を掛けるべきか迷う私に、補佐役に選ばれた青年はバッサリと言い捨てた。


「同情ならやめなさい。傷の舐め合いでは双方に得られるものが何ひとつありません。今貴方に必要なことは他でもない貴方自身が国を背負って立つ、そのために必要な能力と信頼を得ることです。第2王子殿下が優秀であることを期待するのではなく、己の全力をもって現状に挑み、その上で己を超えた相手に敬意を払う。貴方方に必要なのはそういった覚悟です」


 なるほど、と思った。

 相手の優秀さを期待するのではなく、相手の愚鈍さを期待するのではなく、己こそが相応しいと周囲に認められる人にならなくてはならないのか。

 必要なときは潔く相手の能力を認め、敬意と礼節を持って迎え入れる。

 それが王族ということなのだ。


 全くもって耳が痛い。

 状況次第では不敬となる発言に違いないが、今回の補佐役たちは全面的に諫言を認められている。

 なお補佐役は兄弟それぞれの性質と相性を見て選んだと聞いている。

 私には彼が──フィンが適任ということだ。


 実際にフィンとの相性は良かった。

 彼の説明は分かりやすいし、お互いに慣れてくると更に手厳しくなったが、容赦のない対応はむしろ楽だった。


 意外と世話焼き体質で、4兄弟の長男と聞いたときは仲のいい兄弟の兄とはこういうものなのかと、しみじみ自分の家族間の希薄さを感じたものだ。

 けれどそれを恨む気や羨む気は少しも湧かなかった。

 自分の『家族』に対する認識が、一般的な感覚とは異なることだけは理解した。


 それでも教育係とも友人ともいえるフィンとの関係は、確かに私に変化を促していた。


 特に王都を離れ、慣れない土地や移動に四苦八苦するようになってからは、周囲の人間の質が変わったこともあって顕著だっただろう。

 政治に必須の権威は、魔物や僻地の村人たちには通用しない。

 必要な情報を集めて繋ぎ合わせ、その場その場で臨機応変に対応していく、そういう柔軟さこそが必要だった。


 しかしもともと私は言葉の裏を読み取ることが苦手な上に、見識不足から思慮に欠ける言動が多く、愚直な暴君と呼ばれていたような人間だ。

 ──それを知ったのも第3騎士団に同行するようになってからだったが。

 更に空気の読めなさこそ多少改善されたものの、間の悪さに定評がある私は、それはもうかつてないほど非常に苦労した。


 疑問を尋ねれば見下しているのかと激怒され、あるいはそんなことも知らないのかと呆れられ、時には何も知らないのだなと憐れまれ。

 手伝いを申し込めば見下しているのかと激怒され、あるいはそんなこともできないのかと呆れられ、時には役立たず過ぎることを憐れまれ。


 戦闘中に前に出れば出しゃばりだ成果の横取りだと叩かれ。

 後方に控えていればしょせんお飾りだ楽なポジションだと見下され。

 丁寧に話せばすかしていると言われ。

 あえて崩せば自分たちに払う礼節など必要ないと思っているのだと憤慨され。


 人の意見は十人十色といえど、ここまで両極端かつ悪意に満ちていては、参考にしようもなくて完全にお手上げだった。

 フィンはそんな私に呆れることなく、ひとつずつ丁寧に説明していった。


『知識は多くて困るものではありません。知らないまま放置するより何倍も良い。けれど、尋ねる相手の立場や状況に気を配れるようになるとなお良いですね』


『己の価値観を信じ過ぎてはいけないけれど、相手の価値観に合わせ過ぎてもいけない。真に手助けを必要としている相手や場所を見極める、それは政務においても必要な技能です。今はとにかく学びましょう』


『指揮官とは全体を見て必要な位置に必要な人員を動かすことが仕事です。決して窮地に陥る部下を庇う役目ではありません。指揮官が斃れたら誰が代わりに判断するのですか。部下を大切にすることと過保護であることは別です。次に勝手に飛び出していったら団長と鎖で繋いでもらいますからね』


『礼節と敬意、あと無礼と親しみやすさは別ですからね。いいですか、相手の反応で簡単に自分の意見を変えてはいけませんよ。貴方が相手を慮っても、相手が同じだけ貴方に返してくれるとは限らないんです。全部の意見を拾おうとしなくていいんです』


『まずは正しく学び、真面目に役目をこなすことに集中してください。そんな貴方をフォローするのが私の役目です。何も考えず貴方を馬鹿にするだけの人のことはひとまず放っておきなさい。──後で私がしっかり抗議しますから』


 隣で、後ろで、時に前に立って私を指導する彼と、必死に応えようとあがく私の姿を見ていた周囲は、気付けば『王族』ではない私自身に目を向けてくれるようになった。


 最初は見知らぬ『王族』と『その補佐』だった。

 それから徐々に騎士団の客員として扱われるようになり、いつしか『保護者』と『生徒』扱いになっていった。

 最近では裏で『母さん』と『ドジっ子』と呼ばれていると知ったときだけは、自分から抗議すべきかと真剣に悩んだものだ。


 庶民の生活を見聞きするうちに、単純な産みの親という意味の母ではなく、子を導く近しい関係の保護者というニュアンスであることは理解している。

 確かに最近のフィンはお互いの信頼度が上がったことで口調や態度が砕けてきており、ただのお目付け役というには距離が近いと思う。

 だが誰がドジっ子だ、誰が。

 そんな親しみの込め方はいらん!


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