2. 雨期の終わり
しとしとと雨が降り注ぐ窓の外を眺めて、早く雨期が終わらないかなーとあたしは口を尖らせた。
リズの手伝いを始めてもうすぐ半月。
そろそろ雨期が終わるって聞いてたんだけどな、とちょっぴり不満を覚える。
別にリズの手伝いがつまらないとか、探索に行きたいとかってわけじゃない。
ただただ青空が恋しいだけ。
あたしがここに来たのは去年の夏の終わりだったから、王都以外の夏は経験したことがないんだよね。
だからめちゃくちゃ量が多くて長い雨期にビックリしたし、完全に雨期が終わった後のめちゃくちゃ暑くなる猛暑期は、正直怖い。
昔から住んでる人でも毎年何人も倒れてるって聞いて警戒しないのは、危機感が足りないね。
……ってこないだ誰かが言ってた。
ハイおっしゃる通りですねって内心で同意して、いろんな人に猛暑期の注意点を聞いて回ったのはいつだったっけ? 多分先週?
とにかくそんな話題が出るんだから、雨期の終わりはもうすぐなんだろう。
リズの魔導具修理依頼が一段落つくまでは手伝いを続けるし、もうしばらく冒険者活動は休止だけど、そこは別にいいの。
毎日毎日服や靴が濡れて、部屋のシーツやラグや壁や空気までずーっっっと、じめじめじめじめ湿ってる感じが耐えられなくなってきただけなの。
たまには晴れ間が見れるだろうとか思ってた、雨期直前の自分の考えの甘さが憎い……!
でも降ってるか降ってない曇り空かのほぼ2択とか思わないじゃん?!
青空を、せめて雲のない夜空が見たい。
もう雲も蜘蛛もいらないから!
同じ発音ってだけで、あちこちに巣を張り始めた蜘蛛を見るたびに嫌気がさすんだよね……。
ちょっと病んできてない? って自分で自分が心配になるくらいには。
だから早く雨期の終わりカモン!
リズの手伝い普通に楽しいとかとは別物だから!
「ごめん、セシル。部品が下の隙間に落ちちゃって……この大型魔導オーブン持ち上げることってできる?」
「はいはーい、まっかせてー!」
力仕事を任されるためにいるんだから謝らなくていいのに、リズはホント律儀だよね。
オーブンの重量を想定して身体強化の強さを調整して発動。
勢い余って跳ね上げないようにだけ気を付けて、自分より大きな機械をそっと持ち上げた。
乱暴ダメ、ゼッタイ。
魔物の森と狭い室内を一緒に考えちゃいけないんだよ! 丁寧さ大事!
「わあ、セシルちゃんすごいねえ!」
「見た目を裏切るとはこのことだね」
リズが部品を回収したことを確認してからオーブンを元に戻すと、店主のサーシャさんと、料理人のオルスさんのご兄妹が話しかけてきた。
ここはあたしの1番のお気に入りの店である『ラシャス』、その厨房だ。
月に2度の定休日である今日、火力調整の反応が悪くなっているという魔導オーブンをリズがメンテナンスすることになった。
美味しい野菜のパンもグリルもグラタンも、このオーブンが使えなくなったら食べられなくなるので、あたし的に非常に重要な案件である!
──リズにはどれもが重要な案件であることは知ってるから、冗談でも実際に口にはしないけどね。
真剣に作業するリズを見て、ジャマしないようにそっと離れる。
手伝えることがあれば道具持ちだろうとドブ掃除だろうと手伝うけど、途中は力仕事以外にできることがないかもって先に聞いてたから、そういうときは静かに待機するのみである。
ただしずっと待機してるとリズが気を遣おうとするから、今みたいに小声でお喋りしてることもある。
補佐するって難しいね。
「なるほど、つまりあたしすっごく可憐で控えめな美少女に見えるってことですね!」
「びっくりするほどポジティブだね」
「うふふ、可愛らしいわね」
「知ってます! 言われ慣れてるんで!」
「……それってどれに対する返答?」
「全部じゃないかしら」
「さすがサーシャさん、洞察力ハンパない!」
「うーん、図々しいのか、いっそ清々しいのか迷うところだね」
「どっちでもいいですよー。そもそも周りの評価と当人をふくめた個人の感想って別ものですしね」
「なんだ、意外と冷静なんだね」
「セシルちゃんはいい意味での意外性の塊って感じね」
「やった、褒められた!」
「────ふ、ふふっ」
リズが気にしないように話してるのも本当だけど、実際のところは手持ち無沙汰なあたしに配慮して、大人な2人が付き合ってくれてるだけだ。
だから会話は気楽でノリまかせの雑談がメイン。
となると、なぜかあたしの会話はおふざけ混じりな掛け合いになりがちで、会話してる本人よりも、意識せず耳に入った周りの人が吹き出すことがあるんだよね。
たまに我慢対決してるの知ってるもの。
そういう意味ではリズの負け。
……作業のジャマしないって意味ではあたしの負けだね、うん。
「ジャマしてごめん」
「あ、ううん、私こそごめん。むしろもっと集中しなきゃ」
「そんなことないよ。集中するのは大切かもしれないけど、集中しすぎて寝食を忘れるようになっても困るし。火事になっても気付かないとかダメだからね?」
「え、あ、うん……?」
「今そんな話してたっけ?」
「まあリズちゃんならやりかねないかな」
「ですよね!」
多少、そう多少だけ、大げさに言ったけど、リズって魔導具に関しては熱中しすぎて周りが見えなくなりそうなんだもの。
いい機会だから今のうちに念押ししておくべきだと思うの。
思いがけずサーシャさんの同意を得られたから、これであたしだけの感想じゃないって伝わったはず。
だから集中しすぎはダメだよ?
納得したかはともかく、あたしの念押しに負けるように頷いて、リズは作業に戻った。
あたしもさすがにおふざけは禁止だね。
「うふふ、いいコンビね」
「ホント? ありがとう」
また会話を始めたけど、今度は声量を落として控えめに。
そのまま雨期の愚痴とか猛暑期の過ごし方とか、当たり障りのない雑談の中で聞き覚えのない単語が出てきた。
「巡回騎士団?」
「あ、そっか。セシルちゃんはこの呼び方知らないのね」
「辺境特有の愛称だね。正式には王立第3騎士団のことだよ」
「第3……えっとたしか、国の外周部を移動しながら魔物を討伐する騎士団、ですよね」
王族や要人警護にあたる第1騎士団。
王城、王都、近郊地域を守る第2騎士団。
国土全体の治安維持に努める第3騎士団、および第4騎士団。
後ろ2つは魔物討伐団なんて呼ばれることもあって、国土の魔物を間引きしたり盗賊の討伐なんかも請け負う、戦闘に長けた部隊だって聞いたことある。
「そうそう、よく知ってるね。第3騎士団は団を2つに分けて国境近くを回るように移動しているから、この辺りでは巡回騎士団って呼ばれているんだ」
「そろそろ騎士団の巡回時期ね、って話題にしているうちに定着したらしいわ」
「はー、なるほど。たしかにわかりやすいかも」
ぐるっと回るから巡回騎士団。
ダサいような言い得て妙なような、まあ親しみを込めた呼び方と考えればナシではないのかな?
「で、もうすぐその巡回時期だと」
「多少のズレはあるけど、毎年、雨期の終わりごろにフォルナに来るのよ」
「ほほう、なるほど」
滞在期間はおよそ1か月。
それは雨期と同じく、あたしが見たことないはずだ。
王都やら王城やらで見た騎士団とはずいぶん毛色が違うみたいだし、ちょっとだけ楽しみかもしれない。




