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今日あたしは筆頭聖女を辞めました。  作者: そらのたまご
第2部

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1. 夏の始まり

リズ視点です(´っ・ω・)っ


 心地よかった春の陽気はいつの間にか遠ざかり、フォルナの街は夏が始まろうとしている。

 うっすらと汗ばむ肌に季節を感じつつ、私は魔導具の修理作業を続けていた。


「リズー! コレここで大丈夫?」

「うん、ありがとう」

「どーいたしましてー!」


 私じゃ動かすこともできない大きな機械を、身体強化を使って小さな体であっさり運ぶセシルのアンバランスな姿に、思わず笑いが込み上げる。

 彼女の元気な声と明るい笑顔には、雨特有の陰鬱な空気を吹き飛ばしそうなパワーがある。

 毎日毎日続く雨にさすがにうんざりしてきた身としては、非常に救われた気分だ。


 この地域の夏は、雨期と猛暑期の2つに分かれている。

 昔からフォルナ周辺──というよりラズヴェイン樹海を中心に、毎年必ず雨が降り続ける期間があるのだ。


 雨の強弱はあれど、きっちり30日間ほぼ降り続ける。

 自然現象ではないのでは、とも言われているが、理由は分かっていない。

 原因が何だとしても、雨が降り続けるという結論が変わることはないんだけど。


 だからこの時期の冒険者たちは、ほとんど魔物の森の中には入らない。

 朝は降っていなくても昼には降っていたりするようでは、落ち着いて探索などできるわけがない。

 

 商人たちも雨で荷物をダメにしたくないから、街への出入りは必要最低限に抑えている。

 なので普段は街を離れている商隊の人たちや護衛メインの冒険者たちも街に滞在しており、一種の休暇期間とも言える。

 ほとんど雨なので娯楽感は薄いけどね。


 ただしそれは、つまるところ仕事ができない期間でもある。

 そのためギルドや役所が臨時の仕事を出して生活支援に動いている。

 もちろん対象は冒険者だけではなく、この街の住人すべてである。


 臨時の仕事はこの時期ならではの内容も多い。

 私は受けたことがないから詳しくは知らないけど、基本は川で繁殖期を迎えた魔魚の捕獲、虫除け薬作り、外壁の補修作業あたりだと思う。


 私といえば、雨期の間はおじいさまの手伝いに集中することにした。

 魔導具師としてそれなりに有名なおじいさまはこの時期、魔導具の修理やメンテナンスの依頼に追われているのだ。

 雨のせいで仕事ができない人が普段使っている魔導具をメンテナンスしたいと思うのも、行商人たちがフォルナ滞在中に魔導具を修理したいと思うのも、当然といえば当然だった。


 毎年のことなので、もちろんこれまでも見習いとして補佐してきたし、今年もそのつもりだった。

 けれど最近、少しずつおじいさまに認められることが増えてきた。

 まだまだ半人前だけど、依頼内容を見て私だけでも大丈夫だと判断したものを、私一人に任せてくれるようになったのだ。

 魔導具師として成長していると判断してもらえることは私にとって何よりも喜ばしいことで、すごく嬉しかった。


 そんなわけで私は主に、個人で所有している魔導具──特に移動が難しい大型タイプのメンテナンスや修理に走り回る日々を過ごしている。

 簡単にいうと出張修理である。


 おじいさまの受け持つ依頼に比べると難易度が低いとはいえ、修理箇所によっては角度や位置を変える必要もある。

 しかしそもそもが『移動が難しい大型魔導具』である。

 大型魔導具を動かすための大型魔導具、が必要になったりもする。

 控えめにいって泣きそうだった。


 ただでさえ修理に神経を使うことに加えて、作業に必要な準備や雨ゆえの不便さなども重なり、私は半月ほどでふらふらになっていた。

 普段いかめしい顔をしていることが多いおじいさまが、明らかに心配そうな目で見てくるくらいには参っていた。

 でも、残りは自分がやるから後は休んでいなさいって、誰よりもおじいさまにだけは言われたくなくて、必死にくらいついてた。


 セシルはそんな時におじいさまの魔導具店に顔を出した。

 およそ半月ぶりに会う彼女はいつもの笑顔で私を見て、一瞬で目を剥いた。


「待ってリズ! その顔、去年まで毎日鏡で見てたやつ! ダメなやつ!!」


 そう叫んで、本当にひょいって感じで私を抱え上げた。

 ちょうど今日の依頼が終わって次の準備をしていたところだったのと、普通に疲れが溜まって脳の働きが鈍っていたのとで、私は抵抗することなく私室へ強制連行された。

 寝台に座ったあとは鬼気迫る様子のセシルに根掘り葉掘り最近の様子を聞き出されて、たしか素直に全部説明した、気がする。


 本気で限界ギリギリだったのだろう、その時何を考えていたのかも、何を話したのかもあまり覚えていない。

 ただ話を聞いたセシルは困ったなって感じで苦笑いして、それから少しだけ仮眠するように言い含めてきた。


 仕事に穴を開けたくないのは分かった。

 でも疲れは溜めすぎるといろいろ空回りして余計に効率が悪くなるんだよって。

 まずは少しだけでも眠ってちゃんと食べて、それからまた続きをしてもまだ間に合うはずだよって。


 ──逃避もあったのかもしれない。

 だからあの時はすとんと腑に落ちて、言われた通りに仮眠したのだ。


 昼過ぎから夕方までぐっすり寝て起きたら、セシルは私が寝ている間に買ってきたらしき食事をこれでもかと机に並べていた。

 むしろ並べきれていなくて、どうやって持ち帰ってきたのかちょっと悩んだ。

 そんなどうでもいいことに思考を回せるくらいには、少しだけでも余裕が出てきたことに、その時は気付いていなかったけれど。

 今は心からセシルに感謝している。


 食べながらいろんな話をした。

 私が魔導具師の仕事に専念していた間、セシルは臨時依頼をこなしていた。


 彼女は去年の秋にフォルナに来たので、去年の雨期どころか猛暑期も知らないし、もちろん臨時依頼なども知らなかった。

 雨期の話を聞いたセシルがいつものようにギルド職員のお兄さんに根掘り葉掘り質問して、お兄さんは面倒そうだけど何だかんだ真面目に答えて、それからお互いに文句を言い合っていたのが、雨期の始まる半月前。


 雨期の私の予定を聞いたセシルは、じゃああたし臨時依頼いってくる! お土産話楽しみにしといて! と元気に宣言していたのだが──なんと片っ端から臨時依頼に参加してきたらしい。


 チマチマと1匹ずつ魔魚を捕まえるのが面倒になって、風魔法を川底に走らせて水ごと大量に陸に跳ね上げたこととか。

 その後取り合いでケンカになったり協力関係を結んだりしたこととか。

 魔魚イマシュは塩焼きが美味しいとか。


 薬品工房に虫除け薬の匂いが充満していて、どうしても我慢できなくなった時にこれまた風魔法で勝手に換気したら、逆に感謝されたこととか。

 部屋置きタイプの固形薬を乾燥させすぎたら粉々に砕けたこととか。

 シトレラの香りでお腹が空いたこととか。


 外壁修繕作業では態度が横柄な怪力自慢のおじさんと勝負して勝ってきたこととか。

 勝利報酬としてもらった昼食用の串焼きが美味しかったこととか。

 新しく買った雨具が可愛いこととか。

 それから西通りのパン屋の新作の話とか。


 どれもこれも楽しそうな姿が想像できて、久しぶりにとても楽しかった。

 あれだけの量をほぼ食べきって、一息ついたセシルのホッとした顔を見てようやく、いつの間にか自分が笑っていたことに気付いた。

 どれだけ自分が追い詰められていたか、やっと本当の意味で理解できた気がした。


 なるべく弱音を吐きたくない。

 けれどそのせいで周りに迷惑をかけたくなかった、と言えばきっと否定されるだろう。

 それでも余計な手間と心配をかけたという事実は確かで、それくらいならきちんと調整するべきだった。

 反省しきりだった私に、セシルがいたずらっぽく笑いかける。


「あのね、さっきルベルさんに確認してオッケーもらったんだけどね」

「おじいさまに……?」

「うん。だからあたし明日からリズのアシスタントやるね!」

「……え? …………ええっ!?」


 想像すらしなかった台詞に、ここ最近でも一番大きな声が出た。

 いつの間に、って私が寝ている間以外にあるわけがない。

 セシルはとにかくフットワークが軽い。


「修理とかはいっそ笑えるくらい役立たずだから遠慮してきたけどさ、力仕事とか準備とか片付けの手伝いとかなら大丈夫だし、あと買い出しとかもできるよ!」

「待って、でもそれじゃ報酬が、」

「まーそこ気になるよね。でもあたし別にお金困ってないし、臨時依頼も体験してみたかっただけだしね。そう説明したらね、ルベルさんの忙しさが落ち着いたら、試作中の新しい感知魔導具を譲ってくれるって! ……あれ、逆にもらいすぎな気がしてきた?! さ、再交渉……」


 あっけらかんと私の理解の外の話をしていたというのに、今になっておじいさまの魔導具の価値を想像して血の気が引いていた。

 うんまあセシルはちょっと、だいぶ迂闊なとこがあるよね……。


 でもおじいさまのことだから考えた上で試作品を選んだはず。

 要は私が幼なじみたちに魔導具を作っては、あくまで研究、試作として安価で渡している手口と同じなのだろう。

 あと試運転をお願いしたい気持ちも嘘ではないのだ。

 だから恐らく再交渉は成立しない。


 それらを丁寧に伝えると、セシルは苦悶の表情ながら了承した。

 まだまだ誰かに『してもらう』ことに慣れないようだ、と今度は私が苦笑する。

 いつか信頼をもって寄りかかれる誰かが、セシルにできますように。

 そう、ひっそり祈った。




 だからいつも嫌味も嫌がらせもあっさり無視するセシルが、本気で嫌そうな表情を浮かべたのを見たときは、正直すごく驚いた。

 きっとこの男性は『特別』なのだろう。


 ──それがどちらに転ぶかは、わからないけど。


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