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今日あたしは筆頭聖女を辞めました。  作者: そらのたまご
第1部 再出発編

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30/36

30 雨の日の噂話

♬(ノ゜∇゜)ノ♩


 本日の天気は雨。

 普段なら日中は仕事や探索に出る人が多いため、お昼過ぎの冒険者ギルドとなれば利用者が一番少なくなる時間帯なのだが、今日は臨時で休養日とした人が多いらしい。

 安く手軽に食べられる上に同業者との情報交換もできるからと、雨天にも関わらずギルド内の食堂は込み合っていた。


 外の薄暗さに反し、建物の中はざわざわと活気に満ちている。

 難しい顔で話し込んでいる人もいれば、お酒を片手に賑やかに騒いでいる人たちもいた。

 しかし最近はやはり、数日前のハザードエリアについての話題が一番熱いだろう。

 なんせ非常に興味を引く癖に、謎に満ちているからだ。


 深度4に唯一存在する、街に最も近いハザードエリア『白の捕食者』の主──ラグスパイダー亜種が討伐されたという情報が流れたのは、ほんの数日前のことだった。

 だいたい2~3年に1度、低ランク冒険者が入り込む事件が起きており、冒険者ギルドも頭を悩ませていたエリアだった。


 今年もまた年若いEランク冒険者がハザードエリアに入ったようだという情報が出回った時は、皆が沈痛な顔を浮かべたものだ。

 これまで実際に救援依頼が出された数は多くなく、間に合った例はわずか1件のみ。

 それもたまたま現場近くを高ランクパーティが移動中で、完全に拘束される前に取り戻して逃走することができたためである。


 もともとハザードエリアは周囲よりも魔素が濃く強敵が出る場所ではあるのだが、そもそも深度5以降のエリアに進む探索者はそれなりの力を有しているので、万が一入り込むことになったとしても自力で撤退してくることが多い。

 だが深度4では迷い込んだだけの新人も多く、なかなかそうはいかない。

 何とか危険性を周知しようと講習会で情報を拡散するも効果が薄く、かと言って全力で殲滅しに向かうにはコストパフォーマンスが悪すぎる。

 そういう厄介な場所であった。


 もう20年以上手をこまねいていたエリアの主が、最近になって唐突に討伐されたのだ。

 そしてその功労者は『誰かわからない』。

 話題にならないはずがなかった。

 ただでさえ気になるというのに、さらに好奇心をくすぐりまくるネタである。

 かくしてそこかしこで、その事件の話が飛び交うようになったという訳だ。


 出回っている情報は主に以下の通り。

 およそ2年ぶりにハザードエリアの近くで救援信号が上がった、その日の夜──森から火の手と、派手な煙が上がった。


 最初に気付いたのは同時刻に森にいた冒険者で、次いで反応したのは、常に街から森の様子を観察している冒険者ギルドの監視員だった。

 突然の異変にギルドが調べたところ、観測用の魔導具や帰還した冒険者たちの情報を照らし合わせた結果、派手に燃えているのは『白の捕食者』のエリアと判明した。

 要救助者の安否はさておき、単純に森の生態や状況に変化が起きる可能性を想定し、街は森側の外壁の門を閉じて要警戒態勢に入った。


 そのまま一晩が過ぎ、翌早朝。

 なんと救援信号を出した青年2人組が街へ帰還したのだ。

 疲労困憊で魔力もほぼ空ではあるものの、ハザードエリアに入った低ランク冒険者が五体満足で帰還するなんて、奇跡以外の何物でもなかった。


 本人確認や異変の有無など非常に厳しく検査されたものの、結果として当人であると判明。

 ならばと事情を伺ったところ、

『見知らぬ冒険者が蜘蛛を倒した。本人曰くたまたまあそこを通っただけで、自分たちがいるとは思ってなかったと言っていた。気付いたからには放置は目覚めが悪いと助けてくれたが、今は街に寄る気はないとそのままどこかへ行った。奇妙な服を着ていたので容姿はわからない』

 という、情報を得たのだという。


 彼らが助かった経緯はわかるものの、実際には詳しいことは何1つわかっていない。

 まとめると、たまたま通りかかった謎の人物が蜘蛛を倒して、たまたま彼らを見つけて助けてくれて、そのままいなくなったので、彼らは隠ぺいの魔導具を使って戻ってきた、ということだ。


 重ねて言おう、何もわからない。

 青年たちが無事に帰ってこれたのは、とてつもなく運が良かったことくらいしか分からない。

 しかも当人たちは現在は療養中で自宅に引き籠っており、個人で追加に情報収集することもままならないときた。


 おかげでまあ噂話には事欠かない。

 尾ひれも背びれも付けて人の話題の波間を泳ぎ、羽を生やす勢いで元気いっぱいに飛び跳ねまくっている。

 もうどこまでが事実かもわからなくなっている人も多かった。


「なあなあ、白の捕食者の謎の人物の最新情報聞いたか?」


 いつも陽気で噂話が好きな髭の似合わない青年は、ジョッキを片手に友人に話しかけた。


 彼らは探索グループは別だが、年齢と食の趣味が近かったので馬が合い、時々こうして一緒に食事をとりながら情報交換、という名の飲み会をしている。

 噂好きな髭青年の話は眉唾物も多いが、思わぬ収穫を得ることもある。

 ただの息抜きのつもりで食事しつつ話半分に聞いて、もし役に立てばラッキー、といった調子の相手は、また変な話を拾ってきたなと思いながら首を振った。


「いや、なんも? 何かわかったん?」

「ふっふっふっ、聞いて驚け! 実は例の探索者は……ひそかに古代文明の血を引き継いできた、古代魔法の使い手だったらしいぜ!」

「……古代ぃぃぃ? お前それマジだと思ってんの?」

「え、そんなおかしかったか?」

「たしかに昔は今の何倍も魔法に優れてたらしいけど、もう1000年以上前に滅んだ文明だぞ? ひそかにって、どこで、どうやって?」

「うーーーん、そう言われるとたしかにムリがあるか?」

「無理ばっかだろ」

「でもマジなら面白いのにな!」

「…………それはまあ、そうかもな」

「あ、そういや森の奥に棲んでる人型の魔物じゃないかって話もあってさー、…………」


 とまあこんな調子で、彼らが特別というわけではなく、最近はあちこちで好き勝手に話している人の姿が見受けられた。

 噂というより酒の席の与太話としてネタにすることが多いようだ。

 無責任ではあるものの、楽しそうに想像を膨らませているだけでは、ギルドが事実を捏造しないようにと咎めることも難しい。


 かくして、ハザードエリア『白の捕食者』を制した謎の人物の噂はまだまだ収まることもなく、過熱していくのであった──。






 ……といった様子を、またしても冒険者ギルドのカウンターにへばりつきながら眺めていたあたしに、なぜか傍から冷たい視線が突き刺さった。

 アタシ、ナニモシテナイヨー?


 今日はあたしも探索はお休み。

 雨の中出かけるのも後片付けが面倒だしと、たまには部屋でゆっくり過ごそうと思ってた。

 のに、伝達屋を使ってわざわざ部屋まで連絡してきたエイガスさんの呼び出しのせいで、冒険者ギルドまで出向く羽目になった。


 理由は簡単、ただの書類不備。

 昨日の探索であたしはなんとニトロバードの卵を手に入れたのだ!


 あたしが冒険者になったきっかけであるリオネの実は、深度4の中でも遠い場所なのでまだ行けていないんだけどね。

 でも後押しとなった卵をついに手に入れて、昨日はめちゃめちゃテンション高かった。

 うひうひ笑いながら卵を抱えたまま探索結果報告して、卵の引き取り手続きもして、終わった瞬間に食堂に走って行って調理してもらったんだよね。

 実は冒険者ギルドの食堂は、持ち込んだ食材、で調理してもらうことが出来るのだ!

 もちろん調理代は払うけどね。


 でもあれだ……今思い出したらちょっと恥ずかしくなってきた。

 完全に変な子じゃん。

 昨日あたしの手続きしてくれたギルド職員の人、めっちゃぎこちなかったの新人さんだからじゃなかったのね……。

 え、じゃあ書類処理ミスったのもあたしのせいなの? 違うよね、ね?

 昨日たまたま休んでたエイガスさんが悪いってことでよくない? ダメ?

 じゃあ普通に新人さんのミスってことでいいか。うん。


 まあそんなわけで、手続き上ギルドカードが必要だからとあたしは呼び出されることになったのだ。

 雨じゃなかったら普通に探索行く日だったから、ギルドに来たのにね。

 昨日の幸運と帳尻を合わせるかのようなタイミングの悪さ、ホントいらないんだけど。

 いっそもっと幸運きて!

 リオネの実がいっぱい出回るとか!


 そんなこんなで、雨のジメジメ感がうつったかのように、あたしはぺっとりとカウンターにへばりついて、エイガスさんの修正処理が終わるのを待ってるわけだ。

 そこに聞こえてきた噂話。

 まあ毎日聞こえてくるんだけどね。


 聞いての通り、ジオンとトールを助けたのはあたしじゃない。

 見知らぬ謎の冒険者である。

 だからそんな呆れた目で見られても困るんです、エイガスさん。

 何も言わないでくれる優しさが好きです、エイガスさん。

 あたし、お父さんの年の離れた弟である叔父さんのことを昔から自分の兄のように慕ってるんだけど、歳も遠慮のなさもちょっと叔父さんに近くて、ひそかにエイガスさんのことも兄のように思ってることは内緒なのです。

 …………普通に気恥ずかしいからね!


 それはさておき、謎の冒険者についての考察ねえ。

 あたしの見解としてはこうだ。


 とある謎の冒険者は、必要以上に自分の名が広まることを良しとしなかった。

 そのため救出した青年たちに口止めを頼み、助けられたという恩がある青年たちは素直に希望を受け入れ、冷静な方の青年が中心となって今後の対応について考えたのだ。

 それから衰弱していた青年たちが多少なりとも回復したあと、謎の冒険者は彼らを引き連れて街の近くまで戻った。

 そして深度1に入ってから隠ぺいの魔導具を使わせて、彼らだけを街へ送り出した。

 謎の冒険者自身は身体強化の能力を全開にして、魔の森側とは別の門から目立たないように街に入って、身ぎれいにして朝を迎えた。

 なーんて想像しちゃったりね。

 あくまで想像だよ、想・像!

 なぞのぼうけんしゃって、どんなひとなんだろうねえ。


「あまり仕事を増やさないでくれ」


 ちょっと待って、しみじみと吐かれた台詞が心外すぎるんだけど?

 って言うかあたしのせいでエイガスさんの仕事が増える、っていう流れもよくわかんないんだけど?!


「あたしが望んでトラブル起こしたことって、実はなくない?!」

「結局どれもお前が原因だろう。つまりお前が増やした仕事も同然だ」

「ひどい!!」


 やっぱり優しくないかもしれない!

 ただ真面目に冒険者活動してるだけの、いたいけな少女に向かってなんてこと言うのかしら!

 慰謝料としてケーキを所望します!


 ぷりぷりしてる間に手続きが終わったらしく、ギルドカードを返してもらう。

 さっと確認した感じ、カードに何かが変わった様子はない。

 蜘蛛殺しとか森林火災犯とか書かれてなくてよかった、とこっそり胸を撫でおろす。

 こんな余計な心配したくなかった。

 あの日の判断を後悔する気はないけどね。

 でもなんか疲れたし、今日はもうご飯だけ買って帰ろう。


「他に用事ないなら、もう帰るねー」

「────セシル」


 帰ろうとしたら呼びかけられる。

 その真面目な声に驚きつつ、振り返った先のエイガスさんの目がいつもより真剣で、ちょっとだけドキッとした。

 甘酸っぱいアレじゃないよ。

 これは多分、後ろめたい気持ちがある時に感じる緊張感だ。


「自分も周りも守りたいなら、勢い任せじゃなく……もう少しちゃんと考えるようにしろよ」


 よっぽど聞き耳を立ててない限り聞こえないくらい小さな声で落とされたのは、そんな言葉で。

 やっと色々自覚し始めたばかりのあたしは、思わず息をのんだ。



 ──その後、どうやって自分の部屋まで帰ってきたのかは、覚えていない。

 ただこれまでのこととか、これからのこととか、色々ぐるぐると考えてたら、いつの間にか部屋の中に佇んでた。

 どれくらいこうしてたのかは分からないけど、びちょびちょの足元は水たまりができている。

 ここは貸し部屋だから、早く片付けないと床がシミになって怒られちゃうかなあ、なんてぼんやり考えて、考えることの多さにちょっとだけ辟易とした。




 でも、そうだよね。

 面倒だからイヤだからって、いつまでも思考放棄し続けるわけにはいかない。

 ──あたし、もっとちゃんと考えなきゃ。


ここで第1部終了です。


ありがたいことに、想像していた以上にたくさんの方に読んでいただけたので、せっかくならこの先も書いていきたいなと思い、第2部も進めることにしました。


少しプロットを練り直すためのお休みをいただいてから、第2部を開始したいと思います。


第2部では、セシルがわかりにくく屈折していたせいでなかなか進められなかった恋愛面の展開も進めていく予定です。


ジャンル詐欺にならないよう頑張ります……!


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました。

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