25 白の捕食者 ①
ジオン視点です
手も足も、ほとんど動かせなかった。
身体中を縫い止められたみたいに固定されていて、力を込めようとしても全然力が入らない。
手足どころか肩も腰も、自分のものじゃないみたいに重い。
かろうじて動かせるのは、胸の前で硬く握りしめている右手の指先だけだ。
視界もほぼ塞がれている。
白いものが何重にも顔に張りついていて、外の様子はまるで見えない。
光がほんやり滲んでいるのが分かる程度だ。
そのくせ、魔力が取られているのだけは嫌になるくらいはっきりわかった。
体の奥から、じわじわ、じわじわと抜き取られていく感覚は、芯の方から冷えていくような気味の悪さだった。
そんな中でも、右手の感触だけが妙にはっきりしていた。
小さな剣の柄みたいな形をしたそれは、握りしめた指先からわずかにぬくもりを返してくる。
体の奥へ細い糸みたいに、少しずつ魔力が流し込まれてくるのがわかった。
リズから借りた剣は、切れ味を上げるためにオレの魔力を流す必要がある。
だから普段以上に魔力を消耗するかもしれないって心配して、リズが一緒に持たせてくれた魔力回復用の魔導具だった。
握りしめた魔導具を意識しながらゆっくり息を吸って、吐いて、呼吸を整えて、気持ちを静めて……なんて出来るわけねーだろ。
無駄に暴れれば体力も魔力も削られるだけで、今は落ち着いて耐えるしかない。そんなこと、頭じゃちゃんとわかってる。
でも、わかってるから落ち着けるかなんて別の話だ。
少なくともオレには、今この状況で気持ちを落ち着かせるなんて出来っこなかった。
それでもムダな体力を使わないよう、魔導具を握って、どうしようもなく確率の低い救援を待つしかないんだ。
この──大蜘蛛の糸で出来た繭の中で。
―――そもそもオレらは、もともと深度3で探索していたんだ。
冒険者なんて職業は命あっての物種、成果よりもまず生存が最優先。
お気楽なところのあるオレに、口酸っぱく繰り返してくれた親友のおかげで、オレもそこは気を付けるようになった。
好きな子の方が先にランクが上がったことに焦る気持ちはある。
でも無謀なことして死んだら、それこそ泣かせて傷つける自信があるくらいには、好かれてる自覚もある。
……それが恋愛感情じゃないこともわかってるけどさ。
だから少しくらいの背伸びをすることはあっても、無謀な行動は避けてきた。……と思う。
でも今日は、完全に判断ミスだった。
間違いなくオレの失態だ。
リズに作ってもらった剣が嬉しすぎて、気が緩んでたんだ。
朝方トールに浮かれすぎだって注意されたけど、オレのリズへの気持ちを知ってるから、呆れながらも珍しく小言が少なかった。
だから上がったテンションを抑えないまま、ガンガン魔物と戦った。
リズにもらった剣はめちゃくちゃ使いやすくて、切れ味上昇効果もバツグンで、おもしろいほど簡単に魔物が倒せた。
ちがうな、倒せてしまった、かな。
魔導具の力は本人の能力とは別物で、自分自身が強くなったわけじゃないって知ってたのにな。
魔導具の有無で出来ることの差は大きいから慢心はしないこと、不具合を感じたら使用を続けないこと、代替案は用意すること。
そんなことをリズにもトールにも言われてたのに、今回の魔導具はいつもの道具型じゃなく、剣の形をしていたせいで、オレは無意識に自分の力そのものが上がったみたいに錯覚してたんだろう。
だから自分自身の実力が上がったわけじゃないって気付かないまま、余裕をもって魔物を倒せてることにいい気になって、いつもより深い場所まで踏み込んでることすら気付かなかった。
何でトールは止めてくれなかったのかって、手遅れになってから八つ当たりで思ったりもした。
でもよく思い出してみると、オレのペースがいつもより早いせいで、自分の補助魔導具の調整とか探索のフォローで手一杯だった、気がする。
オレは一緒に探索する相棒の様子すら見てなかったんだ。
周りの森の様子が変わってきたことに気付いた時には、もう深度4に入り込んでた。
即座に反転したけど、魔物を倒したり避けながら進んで来たから、歩いてきた道が正確にはわからなくなってた。
だからとにかく急いで引き返そうとして──フリングエイプの群れと鉢合わせた。
『投げ付け猿』の名の通り、本当に何でもぶん投げてくる猛攻に矢も楯もたまらず逃げ出して、コンビネーションを組みながら追いかけてくる集団から逃げて逃げて逃げて……。
やっと攻撃が収まった時には、オレたちがどの辺りにいるかもわからなくなっていた。
2人とも体力の限界で、まずは身を潜めて体力を回復しようと、近くにあった大きな木の陰に座り込んだのは、ごく普通の考えのはずだ。
でも、今日の場合は正しい判断じゃなかった。
ふらふらでも何でも、水分だけ補給したらすぐに移動すべきだった。
その場所はいつもの探索範囲じゃないし、自身も万全じゃなくて、不測の事態に対応するだけの余力なんて欠片もなかったんだから。
のんきに休憩するより、少しでも安全な場所へ進むべきだった。
暗くなる前には戻らないと、なんて、やっと熱の引いてきた頭で今日の大失態を振り返って反省して、これからのことを考えて、2人で手早く方針を伝えあった。
そんでトールが魔導具を整理し終わるのを待ってから、立ち上がったのとほぼ同時だったと思う。
──頭上で小さくカサリと葉擦れの音がして、まだ猿が残ってたのかと見上げた先にいたのは、禍々しく光る目をいくつも持つ、オレよりも大きな蜘蛛だった。
目に入れた瞬間に全身が総毛だった。
本能が警鐘を鳴らしてた。
コイツには勝てない。
自分は、餌だ。
直感的に感じて、恐怖よりも強く働いたらしい生存本能が、人生で一番素早くオレの体を動かしてた。
逃げきれるかどうかは関係ない。
逃げる以外の選択肢がないから走り出した、そんな感じだった。
カッコ悪いとかくそくらえ! オレは死にたがりじゃない。
ほぼ同時に走り出していたトールが隣で救援信号を上げたのが、高く長く続く独特の音で分かった。
ぶつからないように前を向いて走るのに精いっぱいで……またも景色が変わってきたことに気が付いて、完全に血の気が引いた。
地には緑色以外の植物が茂り、大きな木の枝葉は奇妙に捻じれ、何よりも空気が重い。
ここは違う。
オレらの知ってる森じゃない。
でも迫りくる死のプレッシャーは背後から離れず、安易に方向転換も出来なくて、じわじわと迫り来る絶望感に頭の中は真っ白だった。
身体は走り続けていたけど、フリングエイプからたいした間も置かず走り通しだったせいで、意識は半分飛んでいたのかもしれない。
気が付いた時には、オレは地面に転がっていた。
ぶつけたはずの手足より、息切れしすぎてまともに呼吸ができないせいか、頭がガンガン痛む。
かすむ視界の端で、同じように倒れているトールがこちらへ手を伸ばしてきた。
ちらりと見えたのは、魔力回復用の魔導具だ。
リズから借りた剣は、切れ味を上げるためにオレの魔力を流す必要があるから、何かあった時用にってリズが一緒に持たせてくれたやつだった。
ああそうだ、リズが待ってる、帰らなきゃ。
「使ぇ、あいつ、糸は、魔力──」
切れ切れの言葉の意味を理解するより早く、親友の手がつかんでいた魔導具を受け取った。
次の瞬間、トールが視界から消えた。
慌てて飛び起きたオレの目の前で、大蜘蛛に捕まったトールが瞬く間に糸に包まれた。
異常な大蜘蛛、白い糸、森の様子、魔力……いくつもの情報が今さらになって繋がっていく。
「白の、捕食者──ハザードエリアかよ、クソが!」
最後まで読んでくれてありがとうございます(*'▽')
感想・評価くれると嬉しいです☆




