24 壊れそうな君の隣で
(っ*´□`*)っドォゾォォ…
「ああ、森で救援信号が上がったらしいんだがね……それが多分、うちの倅の出したもののようだ」
ヒュッと空気を吸い込む音がした。
反射的にリズの方を見れば、今にも膝から崩れ落ちそうなほど真っ青になっていた。
慌てて傍へ寄って背中を支える。
「な、なんで、あの2人が……」
震える声は、ほとんど息みたいにか細い。
ジオンの父親らしい男性は一瞬だけ目を伏せてから、静かな声で続けた。
「救援信号が上がった場所と、発見された痕跡からして、要救助者はジオンとトールの2名で間違いないだろうとのことだ。……それで救援要請依頼を出すかどうか、ギルドが確認に来たところだ」
「出しますか……?」
質問の言葉だけど、縋るような声音はリズこそが助けを求めているように聞こえた。
リズの震える指先があたしの服をぎゅっと掴む。
でも──男性はゆっくり首を振った。
「出さない」
その一言は短くて、でもとてつもない鋭さを持っている。
願いを打ち砕かれたリズだけじゃなく、それを発した男性にも深い傷を作っているように見えた。
「生きているかどうかも分からない相手に出せる金額じゃない」
「で、でも……! そ、そう言えば、2人とも緊急時用の、隠ぺい型の魔導具を持ってるんです。魔物の感知を鈍らせるもので、見つからずにやり過ごせる可能性も、まだ……!」
リズの必死の呼びかけに男性の視線がわずかに揺れた。
けれど男性は商人らしく数秒で意識を切り替えたようで、静かに冒険者ギルドの職員へ目を向けた。
「……仮に生きているとしても、その場所は深度6相当のハザードエリアなんだろう?」
「はい」
「なら、なおさら当家から救援依頼は出せない。払いたくないという意味ではないんだよ、リズ。払った時点で商会は終わる。そんなことは出来ない」
力強さのない静かな声音は、けれど確かに責任感を伴っていた。
だからこそ男性の言葉は言い訳でも保身でもなく、何度も頭の中で考えてたどり着いた結論なんだろうって、初対面のあたしにも感じられた。
「そんな……」
以前から交流のあるリズならなおさらわかるのだろう。
さっきまでより強くなる震えに、あたしはぎゅっと強くリズを抱え込んだ。
深度6相当のハザードエリア。
それは深度4以降の樹海に点在する、魔素が局所的に濃く淀んだ危険地帯のことだ。
地形や魔物同士の激しい捕食で魔素が偏って溜まり、周囲とは別物みたいに深度判定が跳ね上がる。
そこに棲み着く魔物も当然、周辺よりずっと強い。
冒険者ランクで言えば、深度6はBランク相当。
Cランクのあたしでも実力不足を自覚する領域で、Eランクのジオンとトールじゃ本来立ち入ることすら想定されていない。
当然、救出難度も跳ね上がる。
難度が上がれば、救援依頼の金額も跳ね上がる。
商会長が首を縦に振れない理由としては、十分すぎた。
「……これ以上は、今ここで話すことでもない。失礼するよ。少し疲れた」
商会長の男性と、囲んでいた従業員たちが去った後の場には、重い沈黙だけが残った。
リズはもう顔を上げれなくなってるようで、あたしがいるからギリギリで立っているみたいだった。
あたしはしっかりリズを抱えたまま、講習会でもお世話になった、冒険者ギルド職員のコーネリアさんを見る。
「……まだ、生きてる可能性はあるんですよね?」
コーネリアさんは少しだけ目を伏せてから、硬い声で答えた。
「……あるわ。深度6ハザードエリア『白の捕食者』は、大蜘蛛の巣よ。大蜘蛛系の魔物は、獲物を糸で絡め取って巣へ持ち帰ることが多いの。救援信号が出されて今で大体1時間。捕まっているとしても、まだ生きている可能性は高いわ」
その一言に、リズがびくりと反応する。
だけど、続いた声は講習会の時よりもよっぽど強く、厳しかった。
「でも、それは助かるって意味じゃない。時間がある『かもしれない』ってだけよ。それにあなたたちが行ってどうにかできる場所じゃない。深度6相当のハザードエリアを甘く見ないで。あなたたちも同じ運命を辿るだけよ」
びっくりするほど正論で、絶望するに値する残酷さだった。
コーネリアさんはそれ以上は言葉を重ねず、わずかに眉を寄せたまま一礼して去っていく。
周囲に残っていた冒険者たちも、口を噤んだまま三々五々散っていく。
いつもの大通りのざわめきが耳に届くようになったけど、最後に取り残されたあたしたちのところだけ空気が冷えきっている気がした。
隣のリズの震えが、やばいことになってきた。
肌も真っ白っていうか土気色になってきて……え、ちょっと待って、死なないで?!
慌てて顔をのぞき込むと、目には涙がいっぱい溜まっていた。
でも絶対に涙をこぼしたくないと言わんばかりに、目を見開いて必死に堪えてる。
まるで涙と一緒に、あの2人の命までこぼれ落ちると思ってるみたいだった。
あたしまで泣きそうになったけど、必死で堪えるリズの隣で泣けるわけないよね。
歯を食いしばって、声も出せないまま──無意識にしがみついているんだろう、あたしの背中に食い込むリズの爪の痛みに、彼女の必死さが伝わってくる。
ほんの30分ほど前までは、すごく可愛い顔で、楽しそうに、照れくさそうに笑ってたのに。
大切なんだって言ってたのに。
──このまま本当にあの2人が帰ってこなかったら、リズが壊れちゃう。
だから、あたしはことさら何でもないことみたいに、いつもの調子で話しかけた。
本音を言えばバレたら面倒だし、やっぱりまだ怖さはある。
でもまあ、それでもいいやって思った。
今ここで引いたら、リズは絶対に後悔する。
それを隣で見てるあたしも、絶対後悔しちゃう。
「ねえ、リズ。諦めるにはまだ早いよね。行こうよ、あたしがついてる。リズの大事なものを理不尽に奪おうとするやつは、あたしがぜーんぶ蹴散らしてあげる。だから大丈夫。あなたの友人はすごいんだよ。このセシルさんを信じなさい!」
「……む、無理だよ……そんなの……」
涙がこぼれてなくても、必死で絞り出した震える声は、間違いなくリズの泣き声だ。
だからこそ、あたしは全力で笑いかける。
「大丈夫。あたし、強いから」
「強いとか、そういう問題じゃ……」
「そういう問題だよ。少なくとも、ここで何もしないで終わるよりはずっといい」
根拠のない自信に聞こえるだろう。
でも今にも崩れ落ちそうな心に必要なのは、理屈じゃないからね。
助けに行ったら死ぬかもしれない。
でも、助けに行かなくてもリズの心は死ぬ気がした。
だったら多少強引でもいい。
あたしの事情がリズにバレることになるとしても、今は助けに行こうって思っちゃったから。
あたしを信じて昔話を聞かせてくれたリズに、ちゃんと応えたいじゃん。
「このまま諦めていいの? 大事なんでしょ? 諦めたく、ないでしょ?」
「────うん、諦めたく、ない」
震える声は、でもちゃんとリズ自身の言葉だった。
無茶苦茶なことを言ってる自覚はある。
それでも、抑え込んでた諦めたくないってリズの心には確かに届いた。
座り込んだままなら、寄り添うことしかできない。
でもリズが立ち上がるなら、あたしが引っ張って連れて行ってあげる。
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