26 白の捕食者 ②
ジオン視点です。
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白の捕食者。
白と黒のまだら模様の体に、いくつもの赤く光る目を持つ巨大な蜘蛛の魔物のことだ。
木々の上に潜み、頭上から垂らした白い糸で獲物を絡め取るらしい。
見上げた枝葉の先が白く霞んで見えるのが、奴の縄張りの印だったはずだ。
思い出したところで、もう遅い。
そもそも地面に転んだのだって、足に糸が絡んだからだった。
警戒態勢を取る間もなく、あっと言う間にオレの体にも糸が巻き付いて完全に動けなくなった。
何も見えず、音も遠く、口も塞がれ、どこも動かせないことが、これほど怖いことだなんて知らなかった。
多分トールと同じような糸の塊にされたオレは、それから大蜘蛛に引きずられてどこかへ運ばれた感覚があった。
今はどこかに固定されてるみたいだ。
見えないせいで正確なことはわからないけど、途中で結構長く体が揺れていたから、高い木にぶら下げられてるのかもしれない。
もしオレが暴れてこの糸が取れたとしても、その過程で木に繋がってる糸も切れたら、落下死一直線……ごっそり気力が失われる想像だった。
だけど全く光明がないわけじゃない。
白の捕食者は図体の大きさの割に、獲物をかみ砕いて捕食するタイプの蜘蛛じゃない。
魔物へ変質、あるいは成長する過程で通常とは異なる変化が起きたらしく、肉ではなく魔力を食べるんだとか。
その食事方法にも糸を使う。
獲物を繭みたいに包んで閉じ込めて、じっくり魔力を吸い取るらしい。
死骸から抜き取るのではなく、獲物が回復することを見込んで生かしたまま、魔力と命が枯れるまで抜き取り続ける。
アイツの糸は、捕獲方法であり、魔力を吸い取る防御盾であり、捕食の道具でもあるわけだ。
だけど人でも魔物でも、魔力の枯渇は死を意味する。
普通は魔力切れを起こすと気絶するから、すっげえ苦しいらしいけど死んだりはしない。
でも道具なんかで無理やり魔力を抜き続けると、生命維持のための魔力もなくなって死んでしまうらしい。
今の状況が完全にそれだ。
そういうことも講習会でいっぱい説明されてて、途中から覚えきれなくて忘れてることの方が多いけど、今回は思い出せてマジで良かった。
じゃなきゃ我慢できなくなった途端に、やけくそで暴れまわってた気がする。
最悪としか言いようがないけど、だからこそオレらは今もまだ生きていられるんだ。
そうじゃなかったら、生かしたまま連れ帰る意味なんてないよな。
今のところは即死じゃなくて良かったと言えるけど、本当に良かったのかどうかは、まだわからない。
魔力が回復できている間は、細々とでも命を繋げられるだろう。
でも長く生かされる分、苦しみも長引くのは……正直キツイ。
だけど簡単に諦めることも出来なくて、トールが渡してきた魔力回復用の魔導具を発動させて好機を待つんだ。
本当にその機会が訪れるかはわからない。
どんどん思考が悪い方へ落ちていくけど、引き戻す方法がわからない。
ただ、トールは救援信号を上げていた。
あの音を近くにいた冒険者が拾ってくれてるかもしれない。
たまたま深い場所まで来てた上位ランクの連中が、様子を見に来てくれるかもしれない。
そんな根拠の薄い願望にすがるしかないくらいには、もう他に出来ることがなかった。
繭の中だと、捕まってからどれくらいの時間が経ったのかまったくわからない。
普段あまり使わないからと、自分の魔力総量や残量に無頓着だったせいで、どのくらいの時間が残されているのかもわからない。
当然ながら、相棒がどんな状態なのかもわからない。
何もわからないことしかわからなくて、くだらない言葉遊びに笑う気力もない。
もともと色んな魔導具を準備して使い分けていたトールだから、回復魔導具は持っていたし、同じような状況だとは思う。
でもこれも、ただの願望だ。
希望的観測ってやつだ。
商人の世界ではあてにしちゃいけない内容だと、さんざん親父に諭された。
(……ハザードエリアじゃ救助依頼出せないだろなあ)
ここまで来れる人たちはほとんどいないはず。
いたとしても、その依頼料はケタ違いだった気がする。
親父とは別に仲が悪いって訳じゃないし、むしろ心配しつつも好きにさせてくれてる感じだ。
多分オレは親父にとっては一生、手のかかる末っ子なんだろう。
冒険者だけど、商人としての基礎は教えてもらった。
これでも金勘定には自信がある。
だからこそ親父が断るだろうことも、簡単に想像がついた。
今ここでこんなこと言っても気休めにもならんだろうけど、オレがアホだっただけだし、親父はあまり気に病まないでほしい。
でも……リズは、リズにだけは、軽口でもそんなこと言えない。
オレらが帰らなかったら、絶対に泣くから。
この状況を知るだけで倒れてしまいそうだから。
優しくて、頭が良くて、情が深くて、臆病な子だから。
自分のせいで惚れた女を泣かせておいて、謝ることすらできないなんて我慢ならない。
大事な親友を巻き込んだことが悔しくてたまらない。
こんな状況を招いた自分のマヌケさが許せない。
泣かせたくないのに、助けたいのに、死にたくもないのに、出来ることがなさすぎる。
自分の無力さに、いっそ腹が立った。
強く握り過ぎた手の中で魔導具がミシリと音を立てたことで我に返って、ちょっと頭が冷えると同時に、絶望的な現実に引き戻される。
助けは来ないかもしれない。
でもリズを泣かせたくないから死ぬわけにはいかない。
だけど、でも……頭の中はひたすらその繰り返しで、魔力体力よりも先に、気力が尽きそうだった。
どれほど時間が経ったのかもわからない。
思考以外にできることがなく、自問自答に疲れて心が折れそうな時だった。
徐々に強くなる息苦しさに加えて、吐き気に似た気持ちの悪さと脳が揺れるような感覚に襲われた。
経験はないけど、本能的にわかった。
(……魔力切れが、近いんだ)
息苦しさに大口を開けて息を吸いたくても口は開かない。
気持ちが悪くても、胸元を押さえたり姿勢を変えることもできない。
必死で指先を意識すると、魔力回復用の魔導具のほのかな温もりは感じられた。
回復は続いてるのに──追いついてない。
──ここで気絶したら、2度と目を覚ませないかもしれない。
ただ1度だけでも怖いと思ってしまったら全てが崩れそうで、ギリギリまで目をそらしていた恐怖に、一気に飲み込まれていく。
(助けが、来る、来ない、もしかしたら、リズ、帰りたい、でも、トールは、魔力が、オレは、ああ、死にたくない……! リズ……!)
今にも意識が遠ざかろうとしたところで、静かだった繭の外から音が聞こえた気がした。
捕まってからずっと無音だったから、この糸は魔力吸収だけじゃなく遮音効果もあるのかと思ってた。
だから一度は気のせいかと思った。
のに、小さいけれどハッキリと爆発音と振動が響いて、気絶しそうだった意識が驚きすぎてほんの少し覚醒した。
何の音だ、爆発?
まさかの救援が、それとも魔物同士の争い?
もしかしたら救援かもしれないと思うとわずかながら気力が湧いて、重い体に鞭を打って、動けないなりに必死にもがいた。
けれど繭はほんの少し揺れただけで、遠目には何もわからないだろう。
ああムダか、ってまた絶望と苦痛に襲われる。
……でもそのほんの少しが、まさかの正解なんて誰が思うよ?
「──────ぁ────、────ッ!!」
かすかに届いた声……それも聞き覚えのある若い女の声と同時に、さっきよりも大きな爆音と衝撃が繭とオレを揺らした。
再び意識が覚醒したけど、まさかの予想に混乱している。
(…………え、マジで?)
近くでメキメキと木が割れるような音がした後、回転まじりの気持ち悪い浮遊感に襲われて、さらに結構力強く固いもの──地面に投げ出されて吐き気が増した。
そんな場合じゃないのにもうちょっと優しく、と文句が頭に浮かぶ。
混乱してるのに、気のせいじゃないって、助かったんだって、無意識にオレは感じ取ってた。
まだオレの体は糸だらけだけど、いつの間にか魔力の吸い取りが止まってる。
でも力の抜けきった体じゃ自力で抜け出せない。
ぐったり倒れてると、ブチブチと何かを引きちぎる音と振動が続いて、顔の周りの糸を──特に口元の覆いが外された途端に、オレは盛大にむせながら新鮮な空気を求めた。
「ジォ、ジオンく、いき、生きてるぅ……」
聞き間違えるはずもない声にビックリした。
リズは泣きながらも丁寧に目元の糸も払ってくれて、やっと見えた細い指と泣き顔がやっぱりリズであることを確認して、改めて自分の頭を疑ったのは仕方ないと思うんだが?
まさかDランクの、しかも惚れてる女の子が、深度6相当のハザードエリアに助けに来るなんて、誰が想像できるんだよ。
妄想か、ついに自分が狂ったんだと考えた方がしっくりくるわ。
「お、当たりだった? よしよしリズ、よく頑張ったね。じゃあ次はトールさんも探さないとね」
続いた声に、わかっててもちょっとビックリした。
大して交流のないオレらのために、あのセシルがこんなところまで来てくれると思ってなかったから。
当たり前のように彼女なら深度6でも大丈夫だと思ってることに気付いて、なんかオレの中のセシル像がだいぶヤバイことになってね? って自分自身に冷静にツッコミを入れた。
驚愕って上限突破すると冷静になるんだな。初めて知ったわ。
「えーとトールさん、何か反応できます? ……ん、アレかな? じゃあリズはまた体低くして、あ、ジオンさん押さえてて。じゃあ行くよー!」
『吹き荒れろ暴れ風 つむじを巻き起こせ 全てを巻き込み我が元へ』
せーの、って軽い感じでかけられた声とは裏腹に、すごい衝撃を伴う風が糸繭をぶら下げた大木の枝を切り裂いて? 割り砕いて? いった。
トールが入ってるらしい繭は、巻き上がった風が乱暴に運んでから雑に地面に転がる。
ちょっと? 方法は手荒だし、繭は色々と薄汚れているけど、風による傷は1つもない。
威力もコントロールもケタ違いだった。
本当はぽかんと口を開けていたい気分だが、砂ぼこりが酷くて口どころか目も開けられない。
まだまだ糸まみれで地面に転がったまま、オレもああやって木から降ろされたのか、と他人事のように思う。
突然変わった状況に、全然頭が付いてこなかった。
「よいしょ、と……あ、よかった生きてるね。よし、間に合った!」
オレもしたようにゲホゲホとむせる声がして、慌てて目を見開くと顔の周りだけ糸をはがされたトールが見えた。
顔色こそ悪いものの、瀕死でぐったりしている気配がなくて、心底ほっとした。
トールはオレより魔力総量が多いけど、探索中に使ってる魔力量が全然違うから、オレの方が先に魔力が尽きるとは限らない。
もしかしたら、と考えるだけで何度も肝が冷えた。
でも、生きてる。
トールも……オレも。
胸いっぱいまで呼吸をして、トールの無事な姿を見てやっと本当の意味で実感がわいた。
人生でここまで深かったことないんじゃないかってくらい息を吐ききって、それからやっと周りを意識する余裕が出た。
まず視線を胸元に動かすと、さっきセシルが言っていたようにオレを押さえているリズの泣き顔が見えた。
ああやっぱり泣かせちまった。
でも生きてるなら、謝れる……つかすっげえ謝り倒そう。
今はちょっとあのオレの体勢が悪いというか、まず糸を全部取ってからで許してほしい。
それから周囲で燃え盛る木々と、張り巡らされてたのだろう蜘蛛糸の残骸をぼんやり眺めて。
最後にトールの繭のすぐ傍で、周りを確認しているセシルにたどり着いた。
オレの視線に気づいたらしい彼女は、炎の光を受けてキラキラと輝く髪をなびかせて振り返り、得意げに笑って言った。
「仕方ないから助けに来たわよ。リズを泣かせるなんて50年早いんだからね」
最後まで読んでくれてありがとうございます(*'▽')
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