19 フロッグキラー②
初めてカエルに会ったのは聖女の訓練の時だった。
王都の市街にはカエルが生息できるような場所がないから、それまであたしは絵と話でしかカエルのことを知らなかった。
最初に見た時は、とぼけた顔をした憎めない生き物だなって思った。
その直後、かなり離れた位置から一足飛びに飛びつかれて──真正面から胴体にしがみつかれた。
完全に予想外な状態で接触されて、混乱しながら無防備に自分の体を見下ろしたあたしの目に映ったのは、何を考えているのかわからないようなカエルの顔と、こちらの顔面に伸びてくる長い舌だった。
頬にべたりとした感触を感じた瞬間に、全身が感じたことのない嫌悪で泡立つのがわかった。
脳に浮かぶのは『キモイ』の単語だけ。
あの日あの瞬間に、あたしは心底カエル嫌いになったのだ。
これだけ大きな森だからね、たしかにもしかしたらとは思ってたよ。
でも会いたくなかった。
見たくなかった。
いることすら知りたくなかった。
……なのに、何であたしのすぐ近くにいるの?!
逃げ出したいのに、背を向けた瞬間にまた飛び掛かられそうで、気をそらすことが出来ない。
見たくないのに目を離すのが怖い。
全身に鳥肌を立てながら、あたしはじりじりと後ろに下がって距離を離そうと試みる。
木々の向こうでは戦闘が続いている音がするのに、あたしとアレの間には、緊迫した静寂の空間が広がってる気がした。
でもまた大きな水音が響いて、あたしは反射的に大きく一歩下がった。
同時にアレが少しだけ身をかがめるように頭を下げるのが、まるでスローモーションのようにあたしの目に映った。
「おい、もう一匹どこいった!」
「あ! マズいって! 他の人巻き込んでるよ!」
「やべ! おいアンタ大丈──」
「……ヒィッ!! 『燃え尽きて!!!!』」
後ろ脚が力強く地面を蹴る様子までハッキリ見えたあたしは、横入りだとか周りの状況だとか呪文すらも冷静に考えられず、とにかく全力かつ最速で魔力を練り上げて、アレに投げつけていた。
絶対に触りたくない。
絶対に触られたくない。
その時のあたしの脳内にあったのはそれだけで、他のことは何一つ目に入ってなかった。
だから杖による補助こそあれど、呪文もなくぶつけたあたしの火魔法が、魔法が効き辛いはずのカエル型魔物を一撃で灰になるまで燃やし尽くしたことも。
助けに来ようとした先着の冒険者が唖然とした顔をしてることも。
それが横取りどころか消し炭すら残さなかったことで、討伐証明やら素材の収集ができなくなったことも。
まーったく気付いてなかった。
そのあとすぐ、目撃していた冒険者たちからその話が流れたらしく、あたしがカエル嫌いだって情報は爆速で広がったらしい。
結果、嫌がらせ大好きマンたちが、あの手この手であたしにカエルをけしかけてきた。
マジでやめてよ!!
最初のうちはね、とにかく本能と嫌悪のままに全力で消し炭にした。
その時のあたしの様子があまりにも鬼気迫ってたらしくて、あまりの迫力と魔法の威力にビビッて、一度で来なくなった人たちもいる。
でも懲りない人も、ムダに諦めが悪い人もいるわけで。
そういう人たちは毎日だってやってくる。
そうして襲い来るカエルたちを消し炭にし続けること、およそ一週間。
噂が噂を呼び、いつの間にか付けられていた冒険者ギルドの監視による報告を経て、あたしはギルド推薦による昇級が認められた。
待って、別にそんなの望んでない?!
「お前の魔法の威力や討伐数を見るに実力は十分、Dランクの枠で縛るのは勿体ないってことだな。あとは公的に実力を認めることで、嫌がらせを抑える効果もある。奥に行くか行かないかは個人で選べるんだから、諦めてランクは上げておけ。お前のお陰で俺の仕事が増える一方だが」
「あたしのせいじゃなくない?!」
「いつの間にかお前の担当官にされてたせいだから、半分はお前のせいだろ」
「それギルドの都合じゃん!!」
しょんぼりしながらしぶしぶ手続きして、翌朝に新しくなったギルドカードを受け取りに冒険者ギルドに顔を出したら、すんごい注目の的で。
え、なに、あたしまた何か変な噂になってるの?
ってめちゃくちゃ嫌な予感に慄いてたら、顔見知りの冒険者に言われた言葉に卒倒しかけた。
「お、セシルじゃん。今日からCランクだって? さすが”フロッグキラー”だな」
なーーにーーそーーれーー?!?!
え、まさかあたしの二つ名的なアレ?
しかもそれがカエル殺し? 大っ嫌いなアイツがあたしの代名詞ってこと?!
やめてーー! 誰よこんなこと言い出した奴は?!
力なく座り込んだ後、発狂しそうな勢いで頭を抱えるあたしを、知り合いたちが代わる代わる慰めてくれる。
けど、笑い交じりの優しさじゃこのダメージを癒しきれない。
(くくっ、ざまあねえな)
(やべーウケる。いい仕事したな)
普段なら聞こえないような小さな小さな嘲りの声は、感覚が鋭敏になっている今のあたしにははっきり聞こえた。
ぱっと視線を向けた先にいたのは、いつも嫌味を呟いていたEランク冒険者たち。
いつもなら相手にするだけ時間の損だし~って放置してた。
でも今日は違う。
間違いなくあいつらはあたしに喧嘩を売った。
あとでぜーったいに素敵な呼び名のお礼をしてあげなきゃね。
うふふ、うふふ、なにをしてあげたら喜んでくれるかなあ、うれし涙が出るくらいだといいなあ。
内心の喜びのままににっこり笑いかけると、彼らは飛び上がって椅子から転げ落ちてた。
あらら大変。怪我しないようにね。
「おい、怪しい念を送ってないで早く取りに来い。仕事が終わらん」
「こんなにか弱くて優しいあたしに、なんてこと言うんですか。怪しい念なんか送ってません。後で彼らの好きなものを調べて自宅に送ってあげようかなとは思ってますけど」
「好きなものねえ……」
「ああでもランクアップの動揺で失敗しないようにしないとなあ」
「……まあ、ほどほどにな」
憎まれ口を叩きつつも、へたれてたあたしを助け起こしてカウンターに促すエイガスさんは、あたしが報復しようとしてることに気付いてても、無理に諭そうとしてこない。
こういうところ、やっぱり安心するんだよなあ。
──その直後、カウンターで新しくなったギルドカードを前にあたしは泣きぬれることになった。
フロッグキラーだの対カエル最終兵器だの言われても、まっったく嬉しくないんだけど?!
やっぱりやっぱり、納得いかなーーーい!!




