15 初めてのワーグ狩り
バンッ__(⌒(_’ω’)_┳━──===
眼鏡の赤いフレームを押さえながら言ったリズの声に、あたしの感情がふっと胸の奥底に沈んだように静かになった。
こういうのは、初めてじゃない。
今回は状況が変わったことで『いつものあたし』が鳴りを潜めて、『冒険者としてのあたし』が前面に出てきた感じ。
──半年前までは『筆頭聖女としてのあたし』が大半を占めていた。
たくさん楽しいことを知って充実している今ではもう、どんなだったかあんまり思い出せないけど。
色んな気持ちに気付かないふりをして、そんな風に自分をごまかしながら過ごしてたこと、あたし最近になって思い至ったんだよね。
それが一番楽だったから。
だからもう『筆頭聖女のあたし』はうまく演じられない気がする。
今は『冒険者のあたし』として、命のやり取りが近付くと勝手にスイッチが入るようになった。
殺すことをためらうと自分が死ぬから。
あたしはまだ死にたくないし、リズにも死んでほしくない。
だからあたしは、今日も全力で魔物の命を奪うのだ。
リズの眼鏡は、講習会で初めて見た時に魔石が埋まってるのかな? って想像した通り、やっぱり魔導具だった。
視界の拡大機能以外にも、周囲の魔力濃度を感知して索敵したりもできるんだって。
今みたいに離れた位置の魔物の様子を察知できるって、便利すぎるね。
でも何だっけ、魔力の感知は演算処理して割り出してる? らしくて、森の奥に行くほど精度は落ちるんだとか。
えーと魔導具の計算が追い付かなくなる、って意味だったっけ?
遠くの大物の気配を察知できても、そっちの情報処理? が優先されるせいで近くの小物を見逃したりとかしちゃうから、まだまだ試作品でしかないって、もっとすごい魔導具を作るんだって意気込んでた。
これが完成したら、人の助けになる魔導具を作りたいっていうリズらしい、たくさんの人の命を助ける魔導具になるんだろう。
あたしには魔導具は作れないけど、そんな魔導具を作るリズの助けになれたらいいなあ、って思ってる。
そのためにも無事に今回の獲物を持ち帰って、冒険者ランクをFからEに上げないとね。
まずは脱・新人冒険者ってね。
リズが示した方角へ慎重に進むと、小さな水場のそばに目的のワーグを見つけた。
水を飲んでいる最中らしく、灰黒の耳はまだこちらへ向いていない。
体長は120センチほどかな……実際に見るとすごく大きく感じる。
水場の近くは他の魔物も寄ってくるって聞いてるから、できるだけ長居はしたくない。
離れた位置から2人でワーグの様子と周辺の地形を確認して、いったん少しだけ距離を取る。
「もう一体いるね。水場の奥、倒木の影」
「倒木の影……見えた。二体だね」
リズが小さく示した先に目を凝らすと、倒木の影に黒っぽい毛並みがもうひとつ見えた。
座り込んでいるのか伏せているのか、こちらからは体の半分ほどしか見えないけど、ぴくりと耳が動いているところが見えたので、死骸や植物の影なんかじゃない。
間違いなく2体目のワーグだ。
「1体ずつ確実に……は、難しそうだね」
「片方を仕留めたら、もう片方は確実に気付くと思う」
「じゃあ同時にいこう。リズが水場の方、あたしが倒木の方ね。カウント20でいい?」
「待って。配置についてから30でお願い。少し溜めたいの」
「りょーかい」
短く確認を終えると、あたしたちはそれぞれの位置へ分かれた。
あたしは倒木の陰にいるワーグを狙える場所まで回り込み、木の幹に身を隠して短仗を構える。
ここからでも全身は見えないけど、下手に動いてあっちに気付かれる方がまずい。
この位置からなら、首から肩にかけては狙えるはず。
リズの方へ目を向けると、大きな木の陰に片膝をついていた。
魔導クロスボウのストックと呼ばれる部分を肩に固定し、呼吸を整えるために小さく息を吐いている。
いつもの柔らかい表情は消えて、赤い眼鏡の奥の目はまっすぐ獲物だけを見ていた。
準備が出来たらしいリズがこちらに振り向き、指を3本立てる。
あたしも小さくうなずいて、短仗を握り直した。
1、2、3。
心の中で数えながら、体の中で巡らせていた魔力を風の魔力へと変換し、短仗の魔石へ静かに流し込んだ。
20、21、22。
視線の先で、倒木の陰のワーグの耳がぴくりと動いた。
気付かれた? ……ううん、まだ顔も上げていないから、大丈夫のはず。
25、26。
不意に灰黒の頭が跳ねるように持ち上がって──リズの方を向いた。
同時にあたしの視界の片隅にも、弾けるような小さな光が入ってくる。
リズのクロスボウに着いた雷の魔石が光っている。
──まずい! と本能的に背筋が冷えた。
息を吸い込むより先に、あたしは短く呪文を紡ぐ。
『風よ、刃となれ──風刃』
杖の先から放たれた風の刃が、倒木の影へ走る。
警戒態勢だったワーグはこちらの魔法にも即座に気付き、咄嗟に跳ねるように身をよじられたため、風の刃は首ではなく肩口を深く裂いた。
ギャン、と短い悲鳴が上がる。
ほぼ同時にダァンッ、と重い音が森に響いた。
けれどそれよりも早く水場のワーグは勢いよく駆け出していて、リズの放った矢は水辺の岩に撃ち抜いただけだった。
考えるより先に身体強化を自分に叩き込んで、あたしはリズの前に飛び出した。
ワーグは低い姿勢で勢いよく突っ込んでくる。
「────セシル!!」
信じられない速さだった。
リズを庇おうと前に出てきたはいいものの、想像よりもずっとずっと早くワーグはあたしに肉薄してきていた。
魔法を展開する余裕がない。
「────こっち、来るなーー!!!!」
あたしに出来たのは、全力で強化していた我が身を使って、思いっきりワーグをぶん殴ることだけだった。
四つ足でもあたしの身長の半分近くある巨体が、ドフッ! と重い打撃音を上げて遠ざかる。
その身体は不自然なほど折り曲がり、泡を吹きながら痙攣していた。
何が起きているか一瞬分からなくて呆然とした後に、脳に浮かんだのはたった2つだけ。
『生きてる』と『倒れてる』。
……あたしはまだ生きてて、怪我もしてなくて、魔物は倒れてて、でも死んでるか分からなくて、もし生きてたらまた襲われるんだ。
そこまで脳が処理した瞬間に再び魔法を放っていた。
『風よ、刃となれ──風刃』
至近距離で風の刃を食らったワーグの首が切り裂かれ、大量の血を吹き出しながら、今度こそ完全に沈黙した。
だけど目がまだ近くのワーグから離せない。
本当に死んだのか、もう大丈夫なのか、杖に魔力を流すのをやめられない。
次の瞬間、ダァンッ! と再び重い音が響いた。
ギョッと振り返ると、クロスボウを構えたリズが真っ青な顔をしていた。
その視線の先には、倒木の影にいた方のワーグが倒れ伏してる姿。
そう言えば、あっちも肩口を切り裂いただけで無力化の確認すらしてなかったな、と今さら気が付いた。
しばらく言葉もなく2人で周囲を警戒し続けて、2匹のワーグも、リズの眼鏡にも反応がないことを確認してから、やっと魔力を止めることができた。
いつの間にか細く早くなっていた呼吸に気付いて、まずは深呼吸。
隣でリズもクロスボウを下ろし、同じように深呼吸している。
ゆっくりと5回ほども繰り返してから、あたしはリズと顔を見合わせて、それから自然と同じ言葉を吐き出していた。
「「こ、こわかった……!」」
撃っていいのは撃たれる覚悟があるやつだけだ
((((;゜Д゜))))ガクガク
最後まで読んでくれてありがとうございます(*'▽')
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