11 魔物の森の歩き方
Y(·∀·)Y かに
黒石板の前に置かれていた小さな教卓に資料を乗せると、ギルド職員のお姉さんはハキハキと説明を始めた。
「ではまず、ラズヴェイン樹海そのものについてお話ししますね」
──ラズヴェイン樹海。通称、魔物の森。
ここフォルナの南に果てしなく広がるその大樹海は、ただの危険地帯ではない。
常に濃い魔力を孕み、動植物の一部を変質させ、魔力を内に宿す魔物を生み出す場所。
普通の森ではお目にかかれないほど凶暴で、強力で、厄介なものたちが跋扈する、まさしく『魔物の森』である。
けれど同時に、そこはこの街を潤す恵みの源でもあった。
食堂に流れ込む肉や果実、薬師が扱う薬草、職人が使う木材や樹脂、魔導具師が目の色を変える触媒や魔石。
人が生きるための糧も、暮らしを支える材料も、稼ぎになる希少品も、その多くがラズヴェイン樹海からもたらされている。
危険だから近づくな、では終わらないのだ。
森の恵みがなければ、この街の豊かな生活は成り立たない。
つまりラズヴェイン樹海とは命を奪う魔の森であると同時に、フォルナという街に富と食と営みを与え続ける、巨大な宝物庫なのだ。
そうして人は森へ入り続ける。
少しでもいい素材を、少しでも高く売れる獲物を、少しでも珍しい恵みを求めて。
けれどそこで欲を抑えられずに実力にそぐわぬ森の奥まで踏み込み、そのまま帰ってこなかった新人も少なくなかった。
だからこそ冒険者ギルドは、樹海へ入る前の新人を集めて講習会を開くようになったのだ。
どこまでなら足を踏み入れていいのか。
何を持ち帰り、何を諦めるべきなのか。
そして何よりも、生きて戻るためには何を守らなければいけないのか。
「――それを知ってもらうことが、この講習会の最大の目的です」
なるほどね、だから初めて魔物の森に行く人は、最初に受けなきゃいけないってルールなんだ。
お姉さんの説明を聞いて、やっとわざわざ講習会なんて開かれていることに納得がいった。
こういう講習会があるのは珍しいって聞いたから、ちょっと不思議だったんだよね。
「特に初めて街の外へ出る方は、よく覚えておいてくださいね。『加護は門まで、頼るは己のみ』なんて言葉もあります。聖女様の張る結界の外に出ているのに、街の中と同じつもりで油断して怪我をする人が多くて、戒めとして広まった言葉らしいです」
この言葉は本当にそうだとしみじみ思う。
聖女時代、怪我をして運ばれてくる人たちの多くが、あまり街の外に出ない若い人だった。
もちろん、危険を知らないわけじゃないんだろうけど。
でも知識として知っていることと、身に染みてわかっていることは、まったく別だからね。
大抵の怪我は、その差を甘く見た時に起きるものだ。
しかもたまにいるんだよねー。
治療されながら『街のすぐ近くなのになんで魔物が出るんだよ!』とか、『お前ら聖女は何やってるんだよ、この役立たずが!』とか、逆ギレするタイプ。
いや知らんがな。
結界っていうのは魔導具で維持範囲がきっちり決まってるものなの。
街のすぐ近くだから安全、なんて都合のいい話があるわけない。
街の外に出たら結界がなくなって危険だ、なんて皆知ってるし、誰からも聞いたことないのか、って話よ。
説明を聞き流して油断して怪我したくせに、そこで人の能力不足に変換されると、さすがのあたしも内心でキレたものだ。
不足してるの、どう考えてもそっちの危機感でしょ。
おっと、1人でぷんすかしてる場合じゃなかった。
せっかくの講習会なんだから、ちゃんと聞いとかないとね。
「――次は深度について説明していきます。ラズヴェイン樹海は、街から見て奥へ進むほど、正確には森の奥に見えるドラヴァルト連峰に近づくほど、魔力濃度が高くなります。そのため便宜上、森は深度と呼ばれる段階に分けられており、魔物の強さや危険度の目安となっています。最奥は深度10。古くから様々な伝承も残る、最も危険な領域です。通常の冒険者は立ち入らない方が賢明ですね。そして街に近づくほど深度は下がっていきます。皆さんのような新人が探索するなら、まずは深度2までにしておくのがいいでしょう」
「え、深度2までなのか? 浅すぎね?」
脳筋少年が不満そうに声を上げたけど、ギルド職員のお姉さんは表情ひとつ変えない。
「浅くありません。皆さんはFかEランクな上に、樹海に慣れていない方ばかり。まずは深度1から2。そこで森での生き残り方に慣れてください。深度3は、信頼できる先達がいる場合に限って視野に入れるくらいで十分です」
おお、言い方がきっぱりしている。
でもまあ、たしかにそのくらいの方が安全そうだよね。
「深度は、単純に魔物が強くなるだけの指標ではありません。魔力濃度が高くなるにつれて、森の様子そのものが変わっていきます。同じ種でも植物は毒性や薬効が強くなり、魔物は縄張り意識や攻撃性を増します。奥へ行くほど足場の悪い場所や人の踏み入っていない地形も増えるので、進むだけでも危険が増していくんです」
なるほど。
ただ魔物が強くなるだけじゃなくて、森そのものが危なくなるってことね。
同じ猪型の魔物でも、凶暴なのはもちろん、魔法を使ってくる個体までいるらしい。
……奥地、こわ。
「それから、樹海では救援を当てにしないこと。他の依頼同様、ギルドは皆さん個人の安全を保障できません。樹海での行動も自己判断、自己責任です。加えて、樹海では魔導具の挙動が不安定になります。通信、発信、感知系は、山に近づくほど信頼性が落ちると考えてください。助けを呼ぶ魔導具が沈黙する、信号弾が魔物を引き寄せる、助けに向かった側が二次被害に遭う――珍しい話ではありません」
ありゃりゃ。
やっぱり森の奥の方だと魔導具も万能じゃないんだ。
あ、でもそれって、後でリズさんに聞いたら何か教えてもらえたりするのかな?
もう一回ちらりと隣を伺うと、講習会の始まり同様に真面目そのものって顔で、真剣に前を見てる。
でも眼鏡の奥の目から、なにか強い意志が潜んでいるように感じた。
……うん、後で絶対聞こう。
「樹海には多くの恵みがあります。ですが、欲を出して奥へ進めば死にます。樹海で最も大事なのは、もっと奥へ、ではなく、ちゃんと帰ることです」
最後の一言が妙に刺さった。
うん、そうだよね。
美味しいものがほしいからって、死んだら意味ないもんね。
「初心者がよくやる失敗も、だいたい同じです。1つ、帰りの時間を考えずに採取に夢中になること。2つ、見つけたものを何でも持ち帰ろうとすること。3つ、経験者の忠告を『自分は平気』で流すこと。だいたいこの3つです」
ぐうっ。
思い当たる節がちょいちょいあって、胸が痛い。
「これから皆さんに深度地図の見方と、初心者向けの採取推奨区画を説明します。まずは、どこまでなら行けるのか、どこから先が危険なのかを頭に入れてください。生きて戻れれば、樹海は皆さんに恵みをくれます。戻れなければ、何も手に入りません」
さっきまで不満そうだった男の子もすっかり静かだ。
うん、そうだよね。
さすがのあたしも美味しいもののために突っ走るだけじゃダメだとわかるから、残りの説明も真面目に聞いた。
そうして何か色々説明を聞いて、やっと講習会が終了。
いっぱい喋ってたお姉さん、お疲れさまでした。
さてさて、一段落ついたところで。
──リズさんとお友達になりたいな大作戦を再開だー!
最後の、何か色々説明を聞いて、の下り、真面目に聞いた奴の感想じゃない、と思いました('ω')
誤字報告してくれた方ありがとうございます<(_ _)>
最後まで読んでくれてありがとうございます(*'▽')
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