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追憶ループ  作者: さば缶
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交わる場所のない景色

 校庭の砂煙を巻き上げる足音を追っていたはずなのに、ふと視界がにじんだように揺れると、そこは川沿いの小道だった。

犬の小さな足跡が土に刻まれているのを見ながら、足元を確認すると自分が履いているのは小学校時代の運動靴だ。

それをおかしいとは思えない感覚だけが、胸の奥でざわりと音を立てる。

振り返ると、すぐ傍に母が立っていて「はい、味噌汁できたわよ。」と笑みを浮かべる。

大きな河原の風景の中で、その声がなぜかはっきりと届いてきた。


 「ちょっと休憩しよっか。」

犬の首輪を握るはずの彼女が、いつのまにかサッカーボールを小脇に抱えてベンチに腰かけている。

夕陽は赤錆びた鉄棒を長く照らしていたはずなのに、その光が父の新聞にも反射しているようで、紙面が白く照らされていた。

目を凝らしてみても、どこが校庭で、どこが川沿いなのかが曖昧に混ざり合っている。

近くを走り回る友達の声と、水辺を散歩する人の足音が一緒くたに耳をかすめる。


 「おれ、鬼やるよ。」

そう聞こえた瞬間、僕は立ち上がって何かから逃げようとした。

けれど、父が箸を握りしめて「大根は体にいいからな。」とぼそりと呟く声が耳に入る。

気づけば食卓の椅子に腰を下ろしていて、目の前には湯気の立つ味噌汁が置かれていた。

かすかな匂いは懐かしいようでいて、居心地の悪い寒気を伴う。


 母の呼ぶ声に振り返ると、そこには彼女が立っている。

犬を抱いた彼女は「コーヒー入れたから、飲む?」と笑う。

しかし、その腕には見覚えのある買い物袋が下がっていて、中から父が好きな魚の切り身らしきものがのぞいていた。

一歩踏み出そうとすると、砂埃が舞い上がり、ボールを追いかける友達の姿が視界に入り込む。

まるで複数の場面が一つのスクリーンに同時投影されているみたいだった。


 ベンチだと思って腰を下ろした場所は、いつの間にか校庭の片隅に移り変わっている。

すぐ先には川が流れている気配があるのに、足元には家のリビングのラグが敷かれていた。

ふと見上げると、空には西日の夕焼けが広がっているのに、河原で感じた冷たい風がささやかに耳をかすめる。

頭の中で何かが噛み合わないまま、心臓だけが妙に速い鼓動を打ち続けていた。


 父の新聞を照らす蛍光灯の光と、鉄棒に差し込む斜陽と、川面に反射する白い雲が、一度に視界へ流れ込んでくる。

その色合いは次第に重なり合い、形を失って混濁していく。

「早く逃げろよ。」と誰かが呼ぶ声と、「あとでテレビのニュース見るか。」という声が重なると、足もとで犬が小さく吠えた。

時間の感覚が千切れたように、どの思い出がどこから始まるのかさえわからなくなってくる。


 「お醤油足りる?」と母が訊ねる気配がした。

返事をしようと顔を上げると、そこには彼女がいて、犬のリードを持ったままこちらを見つめている。

「今日も散歩しよっか。」という声が口元から漏れ出した気もするが、背後からは学校のチャイムの音が聞こえてきた。

まるでどの世界にも完全には属せず、どれもが中途半端に混ざってしまったようだ。


 遠くのグラウンドでサッカーボールを蹴る音が聞こえると同時に、母の味噌汁の湯気が漂い、彼女がベンチに腰かける気配が視界の隅をよぎる。

「捕まえた。ほら、交代だぞ。」という友達の声が耳元をくすぐり、父の「これからニュースを見るか。」という低い声が響く。

川の流れを感じながら砂の上を走るという不可思議な動きの中で、僕は足をもつれさせながら振り返る。

空には校舎の窓が浮かんでいるようにも見えた。


 何かが崩れていくというよりは、すべてが渦を巻いている。

記憶の壁が脆くなったのか、懐かしいはずの光景がもろく変形し、混ざり合っては遠ざかっていく。

僕は次第に呼吸が浅くなるのを自覚しながら、もう一度だけ地面を踏みしめた。

すると、犬の爪がコツコツと床を引っかく音と、鬼ごっこに興じる足音と、母が茶碗を置く音が同時に鳴った。

耳障りなほどの静寂がかえって全身を包み込んでくる。


 息を飲み込み、もう一度周囲を見渡す。

父が座る椅子の隣には彼女が立ち、そこにはサッカーゴールの枠が歪んだ影を落としていた。

どこを眺めても本来の形をとどめていないこの空間で、誰の声に耳を傾ければいいのかわからない。

視線の先で、母が両手で味噌汁の鍋を抱えるようにして笑っているのに、鍋の底からは川の流れが聞こえる。

踏みとどまるかのように足を突っ張っても、どこへ行ってもループした思い出に呑み込まれるようだった。


 突然、犬が甲高く吠え、ボールを追いかける友達の姿が滲んで消える。

父が新聞を強く握りしめると、その脇で彼女が立ち上がり、「今日はここまでにしとこうか」と囁く。

しかし、母の「はい、味噌汁できたわよ。」という声がまた同じ調子で部屋に満ち、僕は静かに息を詰めた。

いくつもの記憶が混ざったまま、答えのないまどろみへゆっくり引きこまれていく気がした。

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