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追憶ループ  作者: さば缶
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抜け落ちた景色

 視界の隅に、半透明のような人影がいくつも重なって見えた。

小学校の校庭を走り回る友達が、次の瞬間には犬の散歩で河原を行き来する人々に変わり、いつの間にか父と母が食卓に座っている。

すべての記憶が一度に呼吸しているようで、頭の奥で鼓動が荒く揺れているのを感じた。


 「ねえ、コーヒー飲む?」

後ろから聞こえる彼女の声は優しかったが、その声のまま、母の「味噌汁できたわよ。」という呼びかけに切り替わる。

耳を塞ぎたくても腕が動かない。

立ち尽くす足元には犬の爪痕とサッカーボールの跡が混ざり、吹き抜ける風がどうしようもなく冷たく感じられた。


 その時、友達の「おれ、鬼やるよ。」という声が突き刺さるように響く。

まるで自分がそこにいないかのような感覚に襲われ、思わず足を踏み出した。

かき分けるように進もうとする先では、父の読んでいる新聞が破れて中身が闇に落ちていく。

苦い違和感が喉に絡みつき、喉が焼けるほど息を吸い込んでも、空気に手触りがない。


 彼女は首輪を持ったまま振り向き、「どうしたの?」と首をかしげた。

その直後、母の声がすぐ耳元で「お醤油足りる?」と重なった。

父の気配もあったが、どこに立っているのかはっきりわからない。

ぐらりと視界が傾き、川のせせらぎと校庭を走る足音、茶碗を置く音が一度に押し寄せる。


 「break」と無意識に呟いたのは、自分でも驚くほど静かな声だった。

いままでの記憶が塊になって体を押し潰してくる感触に耐えられなくなって、ただそのひと言を投げ出した。

すると、音も匂いも色もすべてが一気に弾け飛ぶように消えていく。

まばゆい光が残像となって目を焼きつけ、息苦しさに立っていられず、膝が崩れそうになった。


 息を呑んで目を開けると、そこには荒涼とした大地が広がっていた。

さっきまで目の前にあったはずの父と母も、彼女も犬も、校庭も川の風景も消え失せている。

代わりに、ひび割れた地面と容赦ない灰色の空が、視界いっぱいに続いていた。

どこを見回しても鉄錆びた瓦礫の山ばかりで、黒く焦げた木々の残骸が無数に転がっている。


 微かな風が頬をかすめたが、生き物の気配はどこにもなかった。

鼻を突くのは、血なのか焼け焦げたものなのか判別できない刺すような臭い。

耳をすませても、風が瓦礫をかすめるざわめき以外は聞こえない。

かつては笑い声や足音がにぎやかだった記憶に比べ、今のこの世界には何の余白も感じられなかった。


 荒れ果てた地面を一歩踏みしめる。

足跡が深く沈むほど地面はもろく、砂よりも細かい灰のようなものが靴の底に張りついた。

見上げた空は薄暗く、何かが燃えたような名残の焦げ臭さに吐き気を覚える。

かつて感じていた夕陽の温かみも、川辺の風の湿り気も、家の食卓の和やかな匂いも、もうどこにも残っていない。


 踏み出すごとに胸が軋む。

先ほどまで同じ景色を何度も繰り返していたはずなのに、その風景はすべて切り捨てられたように遠ざかっている。

求める声も足音も、想い出の匂いさえも、この灰色の大地には溶け込む隙がない。

立ち尽くして目を伏せても、もう懐かしい声は聞こえてこなかった。


 何かを失った実感が喉に突き上げるが、それを紛らわす相手はここにはいない。

憧れていたかもしれない温かな繰り返しの世界は、ただ一言の合図で壊れてしまった。

強い風がひとつ吹き荒れ、土埃ならぬ灰が地面を這う。

そこに、あの放課後のような笑い声はどこにも感じられなかった。


 はっと息を呑んだ瞬間、胸の奥にかすかな痛みが走る。

耐えきれないほどの寒さをまとったこの景色に、これ以上身を置いていられないと思った。

目をぎゅっと閉じ、ただ自分の奥底で願うように祈る。

もう一度だけ、あの頃の音が聞きたい。


 そして体の重心がぐらりとずれ、意識が白い光に溶かされるような感覚がやってくる。

呼吸を取り戻そうとして大きく息を吸い込み、まぶたを開いた。

その瞬間、土の匂いが鼻をかすめ、眩しく赤い夕陽が視界に広がっていた。


 太陽が西に傾きかけた校庭に、弾むような歓声が混ざっている。

まだクラスメイトの誰一人、家に帰る気配を見せない。

校舎裏から吹き抜ける風は少し冷たく、夕暮れの匂いを含んでいた。

けれど、それを心地よいものだと感じながら、僕はもう一度、足を砂の上に踏み出した。

 「おれ、鬼やるよ。」

昼休みに決めたはずの鬼ごっこの役割を、なぜか再び宣言する声があった。 半ズボンの膝は土でくすんでいて、顔には汗の筋が浮いている。

「え、もう一回?」 と驚く僕の声をよそに、友達の瞳には楽しそうな光が宿っていた。

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