表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追憶ループ  作者: さば缶
3/5

父と母と、変わらない食卓

 リビングの窓から差し込む午後の日差しが、テーブルクロスをうっすらと照らしていた。

そこに並んだ湯気の立つ茶碗や皿の輪郭が、どこか温かい影を落としている。

父は新聞を小脇に置き、母は台所から急ぎ足で戻ってきた。

その姿を目にするたびに、家族で囲む食卓の匂いが鼻先をくすぐるような気がした。


 「はい、味噌汁できたわよ。」

母が笑みを浮かべながら、湯気の立つ味噌汁をテーブルにそっと置く。

父は「お、うまそうだな。」と新聞を横に置いて、お椀に手を伸ばした。

その光景がまるで昨日も一昨日も変わらず続いているようで、安心感と懐かしさが絡み合う。


 箸を握った父が魚の切り身をつつき、母が「お醤油足りる?」と問いかける。

僕は「うん、大丈夫。」と首を振りながら、ご飯を口に運ぶ。

父は決まって「これからテレビのニュース見るか。」と呟き、母は「あとでゆっくりね。」と受け答える。

そのやり取りが聞こえると、まるで食卓全体がほっと落ち着くようだった。


 しばらくして、おかずを取るタイミングや味噌汁をすする音までもが、少し前に経験したのと同じ順番で進んでいくような気がしてくる。

母が「今日は大根が安かったから、たっぷり煮たの。」と笑顔で話す。

父が「大根は体にいいからな。」と返し、僕は心の中でそれを微笑ましく聞いている。

けれど、その言葉が一字一句同じように耳に届くとき、この場面が繰り返されているのではないかと妙な感覚を覚えた。


 もう一度、母の「はい、味噌汁できたわよ。」という声が響く。

父は相変わらず新聞を脇に置いて「お、うまそうだな。」と言う。

同じ湯気が上がり、同じ魚の切り身が皿にのっている。

箸でほどよくほぐれた身のかたちまでもが、さっきと変わっていないように思える。

それでも目の前にある食卓は不自然には見えず、むしろ自然に感じられるのが不思議だった。


 食事を終えたあと、父がテレビのリモコンを探しながら立ち上がろうとする。

母は「食後にお茶でも飲んでから見ればいいわよ。」と止める。

その声に従って、父は小さくうなずき、椅子に腰を下ろした。

卓上ポットから湯飲みに注がれるお茶が、かすかに立ち上る香りとともに心を和ませる。

何度繰り返しても、この一連の動作は違和感なく進むから、まるで時が止まった中にいるかのようだった。


 次の瞬間、母の声がまた聞こえる。

「はい、味噌汁できたわよ。」

まるで始めからやり直しをするように、父が新聞を脇に置き「お、うまそうだな。」と微笑む。

僕の記憶の中では、すでに食事を終えたはずなのに、同じ食卓が再び始まろうとしている。

同じ皿、同じ湯気、同じ父と母の表情が、一枚の絵のようにそこにある。


 父はまた魚の切り身を箸でほぐし、母は「お醤油足りる?」と尋ねる。

まったく同じ声色、同じタイミングで。

僕は先ほどと同じように「うん、大丈夫。」と応じながら、何かが巡り続けている感覚を抱きしめる。

繰り返される夕餉の香りは淡く穏やかで、終わることを知らない夢を見ているようでもあった。


 時計の針が進んでいるのかどうか確かめようと目をやっても、針が動いているのか止まっているのかわからない。

あるいは、自分だけが別の時空に囚われているのかもしれないとも思う。

それでも父と母の姿がそこにあれば、何度同じ食事を繰り返しても構わないような気持ちになった。

声に出さずとも、一緒に囲むこの食卓があれば十分だと思えてくる。


 「食後にお茶でも飲んでから見ればいいわよ。」

再び聞こえてくる母の声に、父は「そうだな。」と頷いて腰を下ろす。

湯飲みに注がれたお茶の湯気が立ち上る。

少し曇った窓の外には、同じ穏やかな日差しが射しているように見える。

心地よい繰り返しのなかで、家族の時間が永遠のように続いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ