「耐性はレベル4」
「私としたことが・・・!」
銀髪の若い男が、ふらつく足取りで洞窟の中をあるいていた。男の額には、この国では見たことが無い不思議な模様が刻み込まれている。
ドガッ
男が自分の拳で洞窟の壁を殴った。
ちりちりと火の粉が飛び散り、壁には焦げ跡が残る。
「全てが台無しじゃないか!くそっ、これまでの苦労が・・・」
歯ぎしりの音が僅かに聞こえる。かなり苛立っているようだ。
「『すり抜けの魔道具』がなければ、私もどうなっていたか」
男はそう言いながら、懐から小さな丸い物体を取り出した。銀色に輝くその物体は、装飾品にしては少し大きい。
「魔力が無くなったじゃないか。補充しないとね・・・」
男が進んでいく先には、大きな空洞があった。その一角に、一軒家ほどもある大きさの、人工の建造物がある。それは石造りの建物で、屋根はあるが壁はなかった。そのため、建物の中の様子は外から丸見えだ。
その建物の中央に、少し高台になった祭壇のようなものが置かれている。祭壇は、淡い紫色の光を発していた。おそらく、何らかの魔道具だろう。
そして、その魔道具の上には、一人の人間が手足を鎖に縛られた状態でくくりつけられている。祭壇の端から、彼女の蒼い髪の毛が垂れ下がっているのが見えた。
彼女は顔色が非常に悪く、息も荒い。かなり衰弱しているようだ。
「魔力は十分注入できているね。上出来だ、褒めてあげるよ」
乾いた拍手が洞窟に響く。
男の表情は、冷たいままだ。
「あとは、この魔道具に魔力を補充すれば、君の仕事は終わりだ。ゆっくり休むといいよ」
そういうと、男は魔道具に手をかけた。
「うっ・・・くっ・・・!」
少女が苦痛のうめき声を上げる。
「うーん、魔力の出力がいまひとつのようだねえ。力を抜いてくれないかな」
「ごめんなさい・・・もう、わたしは、無理です・・・」
「何言ってるんだ。まだ君の魔力は残ってる。遠慮はいらないよ。全ての魔力を注ぎ込むんだ」
男が再び魔道具に触れる。
「あああ、ああああっ!」
少女の苦悶の声が響いた。祭壇の光が再び増していく。
「いいよ、いいねえ!」
「あ・・・ああああ・・・」
祭壇の少女の声が次第に小さくなる。彼女の全身が、小刻みに震えているのが分かった。体内の魔力量が極端に少なくなっているのだ。このまま魔力を吸いだし続ければ、彼女は確実に死ぬ。
・・・間に合わないか!?
そのときだった。
突然、男が後ろを振り向いた。
「なにっ!」
ガシャーン!
ガラスが砕けるような音とともに、氷の刃が地面からいくつも生える。男のいた場所は、巨大な氷で完全に覆いつくされた。
「そこまでよ」
現れたのは、水色の髪の少女・・・リンだった。そして、彼女のすぐ後ろにはヒョウがいた。
「・・・これはこれは、ようこそ我が神殿は。魔法使いのお嬢様方」
男はすました顔で彼女を迎える。余裕しゃくしゃくといった様子だ。
「黙りなさい」
リンが氷魔法を連打する。男がそれに炎魔法で応戦した。
見たところ、二人の魔法の腕は互角だ。いや、男のほうは人間相手の戦いに慣れている。その分だけ、男のほうが有利に見えた。
ゲートが使えるリンを相手にして、互角以上に戦うとは。
この男、確かに並の使い手ではない。
「魔力を吸い出す魔道具・・・なぜ、そんなものがここにあるの?」
「驚いたな。貴方はこれを知ってるんだ」
ガシャーン!
「おっと、相変わらず人の話しを聞かないお嬢さんだね」。
男の着地点を狙って、次々と氷の刃が飛来する。男はそれを最小限の動きでかわす。
「その子をお願い」
「了解ッスよ、先輩!」
いつのまにか、ヒョウが祭壇のそばにいた。彼女は祭壇に載せられている蒼い髪の髪の少女を見ると、その碧い瞳を大きく見開いた。
「先輩、まずいッス!魔力が付きかけてるッスよ!」
「例の場所へ運んで」
「でも、先輩は!?」
「私なら大丈夫。連れて行きなさい。手遅れになる前に」
「わ、わかったッス!」
ヒョウは素早く祭壇の鎖を断ち切ると、蒼い髪の少女を抱えた。
「先輩、本当に大丈夫なんスか?さっきは、手ごわい相手だと言ってたっスよね・・・」
「大丈夫よ、シュゲン様に教わった、奥の手があるの」
「・・・!師匠直伝の技っスか。それなら大丈夫っスね!先輩、お気をつけて!」
「早く行きなさい」
リンの横を通り抜けて走り去るヒョウ。
男はその様子を目で追うと、口元に笑みを浮かべて言った。
「行かせて良かったの?二人なら、まだ勝ち目があったかもしれないのに」
「そんな余裕があるのかしら」
氷の嵐が男を襲う。男はそれをたくみに避けつつ、要所要所で火魔法を使って氷の魔法を撃墜する。
「ちょっと待ってよ。私は貴女方と仲良くしたいと思っているんだ。少し話を聞いてもらえないかな」
「なにを今更」
リンは攻撃の手を緩めない。
「失礼だなあ。私は本気だよ?そもそも、私は貴女に恨まれる覚えはないのだけどね」
「子供たちを奴隷として攫い、あの子から魔力を無理に吸い出した。私があなたを憎む理由は、それだけで十分」
「ははは、表面だけを見て、決めつけないで欲しいなあ」
「問答無用」
リンは槍を構えると、男へ向かって大きく振りかぶった。
ドガーン!
槍先から放たれた、巨大な氷の塊が男に激突する。
パラパラパラ・・・
洞窟の壁面が崩れ落ち、周囲には石礫が飛び散った。
「やれやれ、話を聞く気はないようだね。貴女ほどの魔法の使い手を失うのは、実にもったいない」
もうもうと土煙が上がる中から、男の姿が現れた。氷の塊が激突したというのに、男は傷一つ負っていない。
「でも、これも全ては世界の崩壊を防ぐめ。私は涙を飲んで、貴女を処分するよ」
「世界の、崩壊?」
槍を振ろうとするリンの動きが一瞬止まる。
「おや、話を聞いてくれる気になってくれた?」
「ならないわ」
ズガーン
ドガーン
再び氷の塊が音を襲った。
「仕方ないね。貴女とは話すだけ無駄みたいだ。少し予定より早いけど、あれを使おうかな」
そういいながら、男はゆっくりと祭壇へと近づいていく。
「『軽口をたたく時間は終わりだ』」
「何を言って・・・!?」
「さっき貴女が言ってた言葉、そっくりお返ししするよ」
男が祭壇に触れる。すると、突如として祭壇が赤く染まった。
「さあ、来なさい。私の忠実なしもべ。サラマンダー!!」
男は懐から何かを取り出すと、それを地面へと放り投げた。
ゴゴゴゴゴゴ・・・
地響きが始まった。
祭壇の赤い光が、地面の一点へと集まっていく。次の瞬間、地面が真っ二つに割けた。
「なに!?」
裂け目から溶岩が吹き出し、周囲に飛び散る。
リンは氷の盾を張って防ぐ。しかし、溶岩は氷の縦を溶かし、そのままリンを襲う。
「・・っ!!」
大きく跳んで後退するリン。
その彼女の目の前で、溶岩が形をなしていく。そうして溶岩は燃え盛る、巨大なトカゲの姿にへと変化した。
「ギュアアアアアア!!!」
そのトカゲは、耳をつんざくするどい叫び声をあげた。
「さあて、これで僕と仲良くする気になってくれたかな?」
燃えさかる炎を纏った大トカゲの横で、男が不敵な笑みを浮かべている。
「・・・ならないわ」
「そうかい、でも、強がりは今のうちだよ」
男がすっと手を上げる。
「ギュアアアアアア!!!」
トカゲが再び叫ぶ。すると、トカゲの背中から無数の真っ赤な溶岩が噴き出した。そして、溶岩の雨がリンを襲う。
「くっ!」
あまりの量の溶岩に、リンも全ては避けきれなかった。体のすぐ脇を溶岩がかすめる。水色の髪の毛からも煙が上がった。
「最期にもういちど尋ねるよ。僕の話を聞いてくれる気になったかな?」
男は両手を広げたまま、リンを凝視した。しかし、彼女はそれには答えなかった。
彼女は黙ったまま、氷の槍を目の前に高く掲げた。大量のゲートが展開され、膨大な量の魔力が流れ出す。
「これはこれは」
さしもの男も、これには驚いたようだ。
「飲み込まれなさい!」
氷の嵐が吹き荒れた。巨大ないくつもの氷が竜巻のように回転しながら、蜥蜴を包み込む。
見る見るうちに、サラマンダーが大きな氷の塊へと変化した。
・・・やったか?
ガシャーン
しかし、無残にも氷は砕け散った。
もうもうと水蒸気が上がる。
そして、その中からは無傷のままのサラマンダーの姿が現れた。
「無駄だよ。サラマンダーの氷魔法への耐性はレベル4なんだ。人間の氷魔法では、決してこれに傷を付けることはできない」
「レベル4・・・何故、あなたはその言葉を知って?」
リンの目が大きく見開かれる。
しかし、男はそれには答えなかった。ただ、祭壇に再び手を触れただけだった。
次の瞬間、再び地割れがおこり、いたるところから溶岩が噴き出した。それがサラマンダーにすべて吸収され、体の大きさがどんどんと膨らんでいく。
「終わりだ」
男が静かに告げる。
それと同時に、サラマンダーが大きく口を開いた。その魔獣の喉の奥には、青白い炎が見えた。
・・・あれはヤバイ
リンも危険を察したようだ。
何重にも氷の盾を張る。
ゴオオオオオッ!!!
巨大な炎が吐き出された。灼熱の炎が洞窟中に満ち溢れる。
「・・・くっ!」
氷の盾が次々と破壊されていく。
男の表情が歪む。
ガシャーン!
最後の氷の盾が砕かれる。
ゴオオオオオッ!!!
荒れ狂う炎がリンを飲み込んだ。
無残にも解けた氷が、白い蒸気となってあたりを包む。
「仲良くなれなくて、残念だよ。お嬢さん」
男はゆっくりと彼女のいた場所へと歩き出した。
リンの燃え残りを確認しようとでもしただろうか。
しかし、そこで奴は何かに気が付いたようだった。
「・・・誰だ!?」
男の足が止まる。
「待たせたね」
「シュゲン様!」
リンがこちらを振り返る。彼女の美しい水色の髪がたなびいた。
・・・間に合ったか。
僕は遠隔監視魔法のモニターをオフにした。




