難易度はルナティック
「・・・」
分隊の兵士たちが寝静まったころ、僕はこっそりと野営の陣地を抜け出した。
「解放」
森の中へ入ると、すぐに環境探査装置の設置を始めた。ミニマップに無数の光点が広がっていく。
「たしか、山の向こうって言ったよな」
テイラーの言葉を思い出しながら、僕は山岳地帯を重点的に狙って装置を設置していく。ミニマップに魔獣の反応が現れるたび、映像でひとつずつ確認をしていく。
「ちがう、これもちがう・・・これは、火属性!?」
即座に映像を出す。
「なんだ、ファイアバードか」
落胆しつつも、僕は長距離魔法で撃ち落す。
ドロップは無し。
「ですよねー」
険しい山岳地帯の地表を、くまなく探索していく。このペースで行けば、今晩中には見つけられるはずだ。
まさか、野営してまで『柴刈り』が続くとは思っていなかった。下手をすると、このあと何日も行軍が続く可能性すらある。よく考えたら、クエストの条件にも最大一週間とか書いてあった気もするし。そんな長期の拘束は勘弁願いたい。
ただでさえ、魔獣探しをするために、このところゲームを起動する時間が伸びていたところだ。これ以上、ゲームの時間を増やすと、リアルでの生活にも影響が出てしまう。こんなところで、のんびり野営している暇はない。
さっさとミッションをクリアして、異世界とリアル世界のライフバランスを元にもどさねば。
そんなことを思いながら、僕は探索を進めていった。
一時間ほど経った頃だろうか。
「この反応は・・・人間?」
展開する環境探査装置の一つに、予期しない反応があった。
人間が一人、二人・・・いや、十人以上はいる。
そのうち三人は、砦らしき建物の中にある同じ部屋にいる。
残りの人間は・・・
「戦っているのか?」
三人から少し離れた場所で、複数の人間が、一人の人間を取り囲んでいる。よくみると、いくつかの人影は全く動いていない。すでにうち倒されたのだろうか。
映像を出す。
「うりゃーー!!」
突然、猫のような叫び声が響いた。
「うわ!?」
慌てて音量を下げる。
「なんだなんだ?」
画面の中を、黄色い物体が物凄い速度で跳びまわっている。およそ、人間の動きとは思えない。
「動物なのか??」
正体をとらえようと、僕はカメラを寄せる。しかし、周囲が暗い上に動きが早すぎて、その動く何者かを捉えることができない。
「このクソーーっ!」
「ぐはっ!」
僕の聞き間違いでなければ、この黄色い物体は言葉を話している。
信じがたいことだが、人間のようだ。
未だ、姿を捉え切れてはいないが、コマ送りで見ると二本の手と二本の腕があることは分かる。黄色く見えるのは、おそらくこの人間の髪の毛だ。
僕は素直に驚いた。
この世界に、これほどの速度で動く人間がいたとは。
遠隔監視魔法のカメラで追跡ができない人間なんて、リンとヒョウくらいしか僕は知らない。
リンとヒョウ。
「・・・ん?」
あることに気が付いて、僕はコマ送り画像を凝視する。
ひとつの画像に、金色の短い髪の毛が映りこんでいた。
「これって・・・ヒョウ?」
「くらえーーっ!」
ドガッ!
「がはっ!」
ヒョウの振り下ろした巨大な金属の棒が、紺色のフードを纏った人間を突き飛ばす。ふっとんだほうの人間は、壁に激突してピクリとも動かなくなった。
そのとき、くるりと振り返った人物の顔が見えた。
金色の短い髪の毛。人間にしては、長くとがった耳。整った顔立ち。
明らかに見覚えがある顔だ。
「ヒョウじゃないか・・・何してんだ、こんなところで」
彼女がぶったおしているのは、紺色のフードを被った人間たちだった。全員が同じ格好をしていて、見た目には区別がつかない。
・・・どういうことだ?
状況が読めない。
「ヒョウがいるってことは、リンもいるのか?」
僕はカメラを次々と切り替えていく。すると、カメラのひとつに見慣れた水色の長い髪が映った。
「いた!」
そこは、建物の大広間の中だった。彼女の目の前には、地面に倒れた男の姿がある。その小太りの男の額が、壁に設置された魔法の明かりに照らされ、汗でぬらぬらと光って見えた。
「貴様ら、何者だ!」
男の声が聞こえた。薄暗くて顔が良くは見えないけど、声からするとそう若くはなさそうだ。
「答える義理はない」
リンが冷たく言い放つ。
ガシャーン!
「ひいいいっ!」
リンの氷魔法が炸裂した。壁という壁から、鋭くとがった氷の刃が生え、小太りの男を容赦なく取り囲む。
「おおっ」
僕は彼女の魔法を見て、思わず声が出た。
彼女が「弟子」になって、まだ三か月ほどしか経っていない。この短期間で「魔法」の腕を随分と上げたものだ。
「質問に答えなさい」
彼女は、そういいながら静かに男へと歩み寄った。
「・・・」
そのとき僕は、彼女の後ろ姿に不覚にも見とれていた。
知ってはいたけど、戦う彼女は実に恰好がいい。
僕がリンに強い興味を持った直接的な理由は、彼女がゲートを意識的に使っていたからだ。しかし、彼女の戦う後ろ姿を見たことが、興味をもった本当のきっかけだったのかもしれない。
「わ、わしを誰だと思っておるのだ!こんなことをして・・・」
リンの怒気を正面から受け、ビビった小男が裏返った声でしゃべりはじめた。
その時だった。
「敵襲、敵襲!!」
カーンカーンカーン!
見張り兵士が大声で叫ぶ。つづいて、緊急事態を知らせる鐘が打ち鳴らされた。
「まじかよ!」
これからがいいところなのに、敵襲だって!?
僕は慌てていくつかの環境探査装置を戻す。そして、野営人の周囲へと展開しなおした。
「ビーストウルフか!」
カメラに映ったのは、僕らにとってはおなじみの、剛毛を持つ狼型の魔獣だった。例の男爵領ではありふれた魔獣で、僕からすれば雑魚以下の存在だ。
しかし、王国の兵士にとってはそうではない。昼間に戦った、うさぎの魔獣の数倍は強い。冒険者でも、中級クラスになってようやく一人で倒せるかどうか・・・といったところだ。
探索魔法でざっと見たところ、それがおよそ10体はいる。
正直ヤバイ。
「こうなったら、僕がひとりで・・・」
「おい、新入り!一人で何してんだ!」
突然、背後から声をかけられる。それは、例の先輩冒険者、テイラーの声だった。
「ビーストウルフが出た。集まって戦わねえと死ぬぞ!」
テイラーが走ってくる音が聞こえる。
・・・見つかったか!
どうする?
姿を隠して、一人で倒すか?
それとも、戻って一緒に戦うか?
「くらえ、エアーストラス!」
ズガーン!!
すぐ近くで轟音がした。バリバリと音を立てて、大きな木が倒れていく。
「貴様ら、私につづけーーーっ!」
「おおーっ!」
躊躇しているわずかな間に、周囲を兵士たちに取り囲まれた。
「助けに来たぞ!」
「もう大丈夫だ!」
彼らは口々にそういいながら、ビーストウルフに剣を向けた。
「無事でよかったぜ。怪我すんなよ?」
すぐ横にはテイラーがいる。彼にとっても、ビーストウルフは決して楽な相手ではなかろうに、彼の士気は不思議なほど高い。
「うーん」
これだけの人数に囲まれては、今更姿を消すわけにもいかない。
「昼間と同じ手で行くしかないか」
リンとヒョウの様子を遠隔監視魔法でモニタリングしつつ、周囲の兵士たちのサポートをする。しかも、この暗闇の中で。自分の身を守りつつ、それでいて目立たないように。
・・・どんな難易度だよ!!
あ、そういえば。
ゲームの難易度は「真の宇宙飛行士」だったっけ?
「はあ」
僕はため息をつくと、ゆっくりと剣を抜いた。




