「貴方たちだけが頼りです」
昨日の早朝から、ライアン隊長の部隊と私の分隊は、二手に分かれて密輸団の捜索に当たっていた。この山中で、不審な馬車隊を見かけたという情報があったからだ。
このあたり一帯は、帝国との国境が近い。帝国側の干渉もあり、警備隊の巡回がままならず、この地域の治安は常に不安定だ。そのため、盗賊や密輸団といった、ごろつきどもが好んで根城にしていた。
盗賊どもは街道を行き交う行商人を襲い、闇商人は違法な商品を国内へと持ち込んだ。
そうした連中が長い期間にわたって放置されたことで、正規の商人たちは馬車隊を出すことを渋り始めた。その結果、王国内でのさまざまな商品の流通が滞るようになった。このままでは食料や衣類といった生活に必要な物品が値上がりし、王国国民の生活が脅かされかねない。
「すぐにでも討伐隊を出すべきでです」
第一王女殿下は、国王陛下にそう進言された。しかし、帝国と長きにわたって抗争を続ける王国は、財政事情が良好とはいえなかった。しかも、軍備はすべて帝国への対策に当てられている。盗賊団を取り締まるだけの余力は、今の王国には残されていない。
「それこそ帝国の思うつぼです。志ある方々から義勇兵を募ってでも、対応すべきです」
殿下はそうおっしゃって、居並ぶ貴族の面々を見回した。
しかし、その多くは兵を出すことに難色を示した。
ごろつきどもの目だった被害を受けているのは、現在のところ国境沿いのいくつかの領地に限られていた。国境から遠い領地を治める貴族たちにとっては、その影響を肌で感じるほどではない。だから、国境に近い貴族たちはともかく、帝国から遠く離れた領地をもつ貴族たちは、情勢が悪化しているという実感が持てなかったのだ。
それに、彼らもこれまでに多くの兵馬を拠出してきた。これ以上の負担増は避けたい。それが、多くの王国貴族たちの本音だった。どの貴族も、自分の領地を守るだけで精一杯なのだ。
「ならば、私が私兵を出します」
業を煮やした王女殿下は、殿下専属の部隊である我々を、討伐隊として派遣すると宣言した。
これに対し、支援を表明したのはレスター伯爵家以下、わずか数家だった。私の父親であるバーランド家と、隊長のウォリック家も支援を表明はしたが、実際に拠出できた軍資金や支援品は微々たるものだった。
足りない兵士は、冒険者を傭兵として雇うことで補充した。無論、本来ならば正規兵を増やしたいところなのだが、ざまざまな政治的なしがらみがあり、現時点では戦力を増強する方法が他にない。
どうにか人数だけは揃え、ようやく討伐隊は出発することができた。しかし、その内情は素人を含む混成部隊だ。もし、訓練された軍隊と戦うことにでもなれば、人数が同数であっても苦戦することは間違いない。我々が向かうのは、帝国との国境が非常に近い場所だ。不慮の事態が発生する可能性は十分にあった。
寄せ集めの自分の分隊の状況を見て、私は情けなく思っていた。
・・・かくなる上は、自身の武勇をもって、殿下のお力となろう。
出陣前、私はそう心に誓った。
「彼らは一見、バラバラに見えて、裏では繋がっていると私は考えています」
王城を出る前に、殿下は私と隊長にそうおっしゃった。
「まずは、密輸団を押さえてください」
文官から手渡された書類を見て、私は思わず眉を顰める。
「闇商人・・・ですか」
「そうです。彼らは王国の国民を誘拐し、他国で奴隷として売っています。おぞましいことに、その売り上げが盗賊団の資金源になっているのです。それを押さえしまえば、盗賊団の活動も鈍るはずです」
殿下の口調は極めて冷静だった。しかし、彼女の見開かれた大きな紅の瞳が、内に秘める大いなる怒りを押さえていることを、雄弁に物語っていた。
「ライアン、フィオナ。貴方たちだけが頼りです」
「こいつは、責任重大だな」
ライアンが赤茶色の髭をこする。
「良い報告を待っています」
「・・・はっ。必ずや、王国に仇なす連中を捉えてまいります」
私は全身全霊でこの任務にあたることを、心に誓った。
◆
「今日は早く帰れそうだs。いやあ、俺たちは実に運がいい」
隊長は馬を進めながら、独り言を呟いている。
「気楽ですね、隊長は。今回の件、どう報告するつもりですか」
「報告だと?そんなもん、帰って酒飲んで風呂入って寝てから考えりゃいいんだよ」
隊長はそう言うと、ガハハと笑って見せた。
そんな彼の様子を見て、私は溜息をつく。
彼の武勇は私も認めているところだ。しかし、隊長としての素質についてはやや疑問を持たないこともない。無論、彼の人格を疑っているわけではないのだが・・・
「何者かが、闇商人の一団を無力化したことは間違いありません。ですが、いったい何者なのでしょうか。しかも、あれだけの人数をいとも簡単に捉えるなど、我々の倍の人数をもってしても困難です」
「確かにな。あの闇商人ども、かなりの手練れだった。それは、装備や体つきからよく分かる。そんな連中を、無傷のまま一網打尽とはな。もし俺たちが闇商人の連中と戦っていたら、馬鹿にならない被害を受けたはずだ。そうならなかっただけでも、俺たちは幸運だったと言えるだろうな」
予想外にも隊長が真面目に答えたので、私は彼の顔を見返した。
「やはり、もう少し調査を続けますか?」
馬を返そうと手綱を引く。
すると、隊長がそれを制止した。
「やめておこう。あれだけ調べても何も出てこなかったんだ。これ以上調べても時間の無駄だろう」
そこで彼は、後続の馬車群を振り返った。
「今は保護した子供を、早く安全な場所へ運んでやりたいところだ。・・・ま、継続調査が必要かは、王女さんが判断してくれるだろうさ」
私はうなずくと、再び馬を進め始めた。彼の言葉は実にもっともだったからだ。
「いったい、何者の仕業なのか・・・」
私が独り言のようにつぶやくと、彼は珍しく黙り込む。
しばらくの間、馬の蹄の音だけが早朝の静かな森の中で響いた。
「神の奇跡・・・ってことで」
唐突に隊長が口を開いた。
「・・・はい?」
神の奇跡。その言葉が隊長から出るのは、これで二度目だ。
「ご冗談を」
すると、隊長はぐっと近づいて、私の顔を覗き込んだ。
「説明が付かないことは、神様のせいにしろってな。俺の爺さんがよく言っていたぜ?」
「あのときと同じですか」
私は、未完成の魔道具がいつのまにか完成していた事件のことを思い出していた。あの件も、結局は何もわからずじまいだ。
「そういうこった。冥府の神の仕業なのか天上の神の仕業なのか人間の俺には分からんが、どっかの気まぐれな神の仕業だろう」
「・・・思考停止ですね」
私は再び溜息をつく。
「馬鹿をいうな。信心深いと言ってくれ」
隊長はそう言うと、私の肩を叩こうとした。
手が触れる瞬間に、私はすっと体をひねる。隊長の右手が空を切った。
「ちぇ、なんだよ。ノリの悪い奴だなあ」
「隊長こそ、気安く触ろうとしないでください」
「気安いつもりはねえんだが・・・」
隊長の馬が再び離れていく。
「冗談はさておき、王女さんには正直に報告する他ねえだろうな。連中は一網打尽にしたわけだし、俺たちは首尾よく任務完了だ」
「・・・我々は何もしてませんが」
「ああもう、細けえことはいいんだよ、誰がやったかなんてこたあ。重要なのは結果だ。悪党は一網打尽、 誘拐された子供も無事救出。文句のつけどころがねえだろ。それに、あの聡明な王女さんなら、国王陛下や貴族のお歴々にもうまく説明してくれるさ」
「はあ、殿下に丸投げですか」
「おうよ。俺の仕事は体を張ることだ。頭を使うことじゃねえ、はっはっは!」
ライアンは、ドンと自分の胸を叩くと大笑いした。
能天気な隊長の言葉に、私はただ苦笑する他なかった。




