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魔石が欲しかっただけなのに  作者: かに
難易度はルナティック
22/39

「わたしの魔力を使ってください」

「お待ちしておりました」


私が馬車に近づくと、御者台にいた紺色の布で顔を覆った若い男が声をかけてきた。


その男の鼻から下は紺色の布で完全に覆われて、その表情を伺うことはできない。ただ、その男の額にも、私と同じイーノー族の紋章が刻まれていた。


「準備は整っております。出発しますか?」


「うん・・・いや、待って」


馬車を出そうとする男を制止すると、私は馬が引く檻のひとつに近づいた。檻からは獣のような不快な匂いが漂う。私は袖で鼻を覆った。


「・・・助けて」


「痛いことしないで」


檻の中で、「燃料」どもが醜くうごめく。私は、檻のひとつを無言で蹴り飛ばした。


「・・・」


静かになったことに満足した私は、背後で控えている男に命じる。


「この檻の「燃料」を、魔力炉へ放り込んでよ。急いでね」


「はっ」


檻の鍵を開けると、すぐに男どもが檻の中へと入った。「燃料」の首輪につながる鎖を引っ張る。金属の擦れる耳障りな音が響いた。


「いや、いやだ!」


「お願い・・・殺さないで!」


「お母さん・・・!」


・・・燃料どもが!



ガシャン!



再び檻を蹴り飛ばすと、燃料どもはその場にうずくまった。


「さっさと引っ張り出して・・・ん?」


そのとき、私は左足に違和感を覚えた。


「わたしが、わたしが・・・行きます・・・」


見ると、痩せこけた女の「燃料」が、隣りの檻の隙間から手を伸ばし、私の靴をつかんでいた。立ち上がる力すらないというのに、やけに力強さを感じる。気力だけは尽きていないようだ。


鬱陶うっとうしい!」


蹴りとばそうと、足を上げる。


しかし、ふと思い直して私は再び足を降ろした。


「こいつは、確か・・・」


薄汚れてはいるが、蒼く長いその髪には見覚えがある。さらってきた「商品」の中でも、格段に魔力量が多かった。貴族でも、ここまでの魔力をもつ者はそうはいない。


ところが、その魔力に目をつけたある顧客バカが、強引な方法で魔力を吸いだしてしまった。すぐに回収したものの、その時点で「燃料」はすでに回復が不可能なほど衰弱していた。


「魔力を、わたしの、魔力を、使って・・・ください。子供たちを・・・つれていかないで・・・」


私は思案した。


「はぁ・・・はぁ・・・」


かなり息が荒い。こいつは遠からず死ぬだろう。回復の見込みもない。


だが、まだ魔力を搾り取れる余地はありそうだ。この状態でも、他の「燃料」どもの数人分の魔力は引き出せよう。騒ぐガキどもをいくつも運ぶより、こいつ一人を連れ出すほうが手早くすみそうだ。


それに、ここまで衰弱しては、奴隷としての商品価値はもはやない。「処分」するのも手か。


「よし。魔力炉には、これを放りこんでよ。残りはそのままで」


「はっ」


すぐに全員が行動を始める。私が御者台の一つへと戻るころには、すべての準備が完了していた。実によく訓練されている。


私は、彼らの練度に満足した。


「馬車を出して」


「はっ!」


号令をかけると、月明かりの下で一斉に馬車が動き出す。


「何かございましたか?」


御者台の若い男が、私に話しかけてきた。


「なに、少し邪魔が入ってね。取るに足らないものだったけど、少し魔法が使える連中だったかな」


「魔法使い・・・王宮の魔道師団が動いているのでしょうか?」


「いや、違うね。魔道師団の連中よりずっと腕が立つ」


「まさか?」


男の紫色の目が、驚きをもって私に向けられる。


「魔道師団を超える魔法の使い手が、この国に潜んでいたのですか」


「私も驚いたよ。氷魔法使いと、土魔法使いの二人だった」


「二人も、とは。レスターが他国から呼び寄せた刺客でしょうか?」


その男の言葉に、私は一瞬考えをめぐらす。


「どうかな。レスターごときが、私たちに気がついているとは思えない」


「では、いったい誰が・・・」


「さあね。この仕事が終わったら、調べてみるよ」


私はそう言いながら、先ごろ出会った麗しき二人の魔法使いのことを思い出していた。


あれは上玉だった。魔法使いとしても、女としても。


どうにか、手に入れたいものだ・・・


「ところで、あの商人はどうされたので?」


「商人?ああ、あの小太り男のことか。今頃、奴は『最後の仕事』を果たしているころさ」


それを聞いて、御者台の男は大きく頷いた。


「なるほど、時間稼ぎの役目をお与えになったのですね」


彼は私の言葉の意味を理解しているようだ。この男、若いのになかなか優秀じゃないか。


「奴は欲をかきすぎた。処分の頃合いだとは思っていたんだよね。ま、若いお嬢さん相手の仕事だ。女好きの奴にとっては、まんざらでもないはずだよ?」


そう言いながら、私は笑みをかくせなかった。


「奴が遊んでいる間に、私たちは国境を超えることができる。そうなれば、王国の連中も手出しは・・・」


そのときだった。



ヒヒーン!



突然、馬のいななきが聞こえた。


「何事だ!」


「わかりません、突然前方に霧が・・・ううっ!」


御者台の男は呻いたかと思うと、そのまま御者台に倒れ込む。


「何が起こっている!」


私は馬車から飛び降りた。


「霧!?」


それは、闇の中を漂う真っ白な霧だった。


しかし、その濃度が尋常ではない。霧飲み込まれたら、一瞬で方向感覚を失う。それほどの濃度の霧だった。霧はまるで意志をもっているかのように、馬車隊を覆い尽くそうとする。


「ただの霧じゃないぞ、すぐに離れろ!」


危険を感じ、私は駆け出そうとした。


だが、一瞬遅かった。


霧の広がる速度は、予想以上のものだった。あっという間に包み込まれる。


「・・・な!」


唐突に足がもつれた。


「この私が、こんな無様な・・・」


自分の意思に反して、次の足を前に出すことができない。


どさっ


私はその場に倒れ込んだ。


「くそ、賢者の力を・・・」


腰の布の袋に手を伸ばそうとする。しかし、それすら叶わない。


意識が遠ざかっていく。


「う・・・あ・・・」


僅かな間に、声を出すことすらままならなくなった。


霧は無情にも、その濃さを増していく。静かに、音も立てぬまま、執拗に、念入りに。馬車隊の周囲一帯を包み込んでいった。



・・・ザッ、ザッ


「・・・!?」



・・・ザッ、ザッ


どこからともなく、足音が聞こえてくる。


霧の中に、黒い人影がゆらめくのが見えた・・・気がする。


・・・ザッ、ザッ


あれは、まさか・・・


そのとき、私は思い出した。最近王国で話題になっているという、ある話のことを。



黒槍のカロン。



命運が尽きた者の魂を刈り、死後の世界へと連れていく、ハデスのしもべ。


一面を覆いつくす白い霧の中、その腕に握られた黒い槍で、標的となった人間の魂を貫く。槍の穂先が触れた者は、決して死から逃れることはできない。


このところ、王国内でカロンが目撃されているという、そんな噂話は私の耳にも入っていた。しかし、私はそれを一笑に伏した。


本当にハデスの神殿へと連れ去られるのなら、目撃者がいるはずがない。なぜなら、カロンに遭遇したものは決して生還できないのだから。


恐怖のあまり、幻覚を見ただけだろう。死線を彷徨う人間が、朦朧とした意識の中で、ありもしないものを見たと思い込んだにすぎない。


・・・だが、このとき私は確信した。


これは、幻などではない。


黒き者から感じる、圧倒的な覇気。


この者に、万全の状態で対峙したとしても、私は小指一本動かせないだろう。それほどまでに、黒き者の覇気は圧倒的だった。アヴィシュカルタのカーディナルスからですら、あれだけの覇気を感じたことはなかった。


そんな者が、人間であろうはずがない。


「・・・ありえない」


私は渾身の気力を振り絞って、魔法を使おうとした。しかし、その努力も虚しく、意識がずぶずぶと闇に沈んで行く。


・・・ザッ、ザッ


足音が近づく。


霧の中に、黒く長い槍の影が浮かび上がった。


・・・殺られる!


直感がそう告げた。


もはや、なすすべもない。


・・・ザッ!


鋭く地面を穿つ音が響いた。


私は、完全に意識を刈り取られた。


たくさん「いいね」付けていたたきありがとうございます!

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