「わたしの魔力を使ってください」
「お待ちしておりました」
私が馬車に近づくと、御者台にいた紺色の布で顔を覆った若い男が声をかけてきた。
その男の鼻から下は紺色の布で完全に覆われて、その表情を伺うことはできない。ただ、その男の額にも、私と同じイーノー族の紋章が刻まれていた。
「準備は整っております。出発しますか?」
「うん・・・いや、待って」
馬車を出そうとする男を制止すると、私は馬が引く檻のひとつに近づいた。檻からは獣のような不快な匂いが漂う。私は袖で鼻を覆った。
「・・・助けて」
「痛いことしないで」
檻の中で、「燃料」どもが醜く蠢く。私は、檻のひとつを無言で蹴り飛ばした。
「・・・」
静かになったことに満足した私は、背後で控えている男に命じる。
「この檻の「燃料」を、魔力炉へ放り込んでよ。急いでね」
「はっ」
檻の鍵を開けると、すぐに男どもが檻の中へと入った。「燃料」の首輪につながる鎖を引っ張る。金属の擦れる耳障りな音が響いた。
「いや、いやだ!」
「お願い・・・殺さないで!」
「お母さん・・・!」
・・・燃料どもが!
ガシャン!
再び檻を蹴り飛ばすと、燃料どもはその場にうずくまった。
「さっさと引っ張り出して・・・ん?」
そのとき、私は左足に違和感を覚えた。
「わたしが、わたしが・・・行きます・・・」
見ると、痩せこけた女の「燃料」が、隣りの檻の隙間から手を伸ばし、私の靴をつかんでいた。立ち上がる力すらないというのに、やけに力強さを感じる。気力だけは尽きていないようだ。
「鬱陶しい!」
蹴りとばそうと、足を上げる。
しかし、ふと思い直して私は再び足を降ろした。
「こいつは、確か・・・」
薄汚れてはいるが、蒼く長いその髪には見覚えがある。攫ってきた「商品」の中でも、格段に魔力量が多かった。貴族でも、ここまでの魔力をもつ者はそうはいない。
ところが、その魔力に目をつけたある顧客が、強引な方法で魔力を吸いだしてしまった。すぐに回収したものの、その時点で「燃料」はすでに回復が不可能なほど衰弱していた。
「魔力を、わたしの、魔力を、使って・・・ください。子供たちを・・・つれていかないで・・・」
私は思案した。
「はぁ・・・はぁ・・・」
かなり息が荒い。こいつは遠からず死ぬだろう。回復の見込みもない。
だが、まだ魔力を搾り取れる余地はありそうだ。この状態でも、他の「燃料」どもの数人分の魔力は引き出せよう。騒ぐガキどもをいくつも運ぶより、こいつ一人を連れ出すほうが手早くすみそうだ。
それに、ここまで衰弱しては、奴隷としての商品価値はもはやない。「処分」するのも手か。
「よし。魔力炉には、これを放りこんでよ。残りはそのままで」
「はっ」
すぐに全員が行動を始める。私が御者台の一つへと戻るころには、すべての準備が完了していた。実によく訓練されている。
私は、彼らの練度に満足した。
「馬車を出して」
「はっ!」
号令をかけると、月明かりの下で一斉に馬車が動き出す。
「何かございましたか?」
御者台の若い男が、私に話しかけてきた。
「なに、少し邪魔が入ってね。取るに足らないものだったけど、少し魔法が使える連中だったかな」
「魔法使い・・・王宮の魔道師団が動いているのでしょうか?」
「いや、違うね。魔道師団の連中よりずっと腕が立つ」
「まさか?」
男の紫色の目が、驚きをもって私に向けられる。
「魔道師団を超える魔法の使い手が、この国に潜んでいたのですか」
「私も驚いたよ。氷魔法使いと、土魔法使いの二人だった」
「二人も、とは。レスターが他国から呼び寄せた刺客でしょうか?」
その男の言葉に、私は一瞬考えをめぐらす。
「どうかな。レスターごときが、私たちに気がついているとは思えない」
「では、いったい誰が・・・」
「さあね。この仕事が終わったら、調べてみるよ」
私はそう言いながら、先ごろ出会った麗しき二人の魔法使いのことを思い出していた。
あれは上玉だった。魔法使いとしても、女としても。
どうにか、手に入れたいものだ・・・
「ところで、あの商人はどうされたので?」
「商人?ああ、あの小太り男のことか。今頃、奴は『最後の仕事』を果たしているころさ」
それを聞いて、御者台の男は大きく頷いた。
「なるほど、時間稼ぎの役目をお与えになったのですね」
彼は私の言葉の意味を理解しているようだ。この男、若いのになかなか優秀じゃないか。
「奴は欲をかきすぎた。処分の頃合いだとは思っていたんだよね。ま、若いお嬢さん相手の仕事だ。女好きの奴にとっては、まんざらでもないはずだよ?」
そう言いながら、私は笑みをかくせなかった。
「奴が遊んでいる間に、私たちは国境を超えることができる。そうなれば、王国の連中も手出しは・・・」
そのときだった。
ヒヒーン!
突然、馬のいななきが聞こえた。
「何事だ!」
「わかりません、突然前方に霧が・・・ううっ!」
御者台の男は呻いたかと思うと、そのまま御者台に倒れ込む。
「何が起こっている!」
私は馬車から飛び降りた。
「霧!?」
それは、闇の中を漂う真っ白な霧だった。
しかし、その濃度が尋常ではない。霧飲み込まれたら、一瞬で方向感覚を失う。それほどの濃度の霧だった。霧はまるで意志をもっているかのように、馬車隊を覆い尽くそうとする。
「ただの霧じゃないぞ、すぐに離れろ!」
危険を感じ、私は駆け出そうとした。
だが、一瞬遅かった。
霧の広がる速度は、予想以上のものだった。あっという間に包み込まれる。
「・・・な!」
唐突に足がもつれた。
「この私が、こんな無様な・・・」
自分の意思に反して、次の足を前に出すことができない。
どさっ
私はその場に倒れ込んだ。
「くそ、賢者の力を・・・」
腰の布の袋に手を伸ばそうとする。しかし、それすら叶わない。
意識が遠ざかっていく。
「う・・・あ・・・」
僅かな間に、声を出すことすらままならなくなった。
霧は無情にも、その濃さを増していく。静かに、音も立てぬまま、執拗に、念入りに。馬車隊の周囲一帯を包み込んでいった。
・・・ザッ、ザッ
「・・・!?」
・・・ザッ、ザッ
どこからともなく、足音が聞こえてくる。
霧の中に、黒い人影がゆらめくのが見えた・・・気がする。
・・・ザッ、ザッ
あれは、まさか・・・
そのとき、私は思い出した。最近王国で話題になっているという、ある話のことを。
黒槍のカロン。
命運が尽きた者の魂を刈り、死後の世界へと連れていく、ハデスのしもべ。
一面を覆いつくす白い霧の中、その腕に握られた黒い槍で、標的となった人間の魂を貫く。槍の穂先が触れた者は、決して死から逃れることはできない。
このところ、王国内でカロンが目撃されているという、そんな噂話は私の耳にも入っていた。しかし、私はそれを一笑に伏した。
本当にハデスの神殿へと連れ去られるのなら、目撃者がいるはずがない。なぜなら、カロンに遭遇したものは決して生還できないのだから。
恐怖のあまり、幻覚を見ただけだろう。死線を彷徨う人間が、朦朧とした意識の中で、ありもしないものを見たと思い込んだにすぎない。
・・・だが、このとき私は確信した。
これは、幻などではない。
黒き者から感じる、圧倒的な覇気。
この者に、万全の状態で対峙したとしても、私は小指一本動かせないだろう。それほどまでに、黒き者の覇気は圧倒的だった。アヴィシュカルタのカーディナルスからですら、あれだけの覇気を感じたことはなかった。
そんな者が、人間であろうはずがない。
「・・・ありえない」
私は渾身の気力を振り絞って、魔法を使おうとした。しかし、その努力も虚しく、意識がずぶずぶと闇に沈んで行く。
・・・ザッ、ザッ
足音が近づく。
霧の中に、黒く長い槍の影が浮かび上がった。
・・・殺られる!
直感がそう告げた。
もはや、なす術もない。
・・・ザッ!
鋭く地面を穿つ音が響いた。
私は、完全に意識を刈り取られた。
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