「チャンスは一回だけだ」
「前方に、魔獣を複数発見!」
「戦闘態勢をとれ!」
「はっ!」
槍をもつ騎兵が、馬車隊の前方に集結した。その一糸乱れぬ動きは、日頃の訓練の賜物だ。
私はフィオナ・バーランド。王国貴族バーランド伯爵家の三番目の娘だ。
我々は、大恩ある第一王女殿下から、直々に重要な任務を命じられている。私は武勇を買われ、この輸送隊の副隊長に任じられた。
「今回の作戦の成否は、王国の運命に大きく影響します。必ず成功させてください」
第一王女殿下は、隊長のライアンと副隊長の私だけを私室に呼び、そのようにおっしゃられた。その表情は、いつになく硬いように思われた。よほど重要な物品を輸送するのだろう。
輸送している物品は、複雑な文字盤がいくつも組み合わされた、不思議なものだった。大きさは抱えて歩くことができる程度のものだ。私か隊長のライアンなら、抱えて移動することも容易に思えた。
しかし、その輸送品は厳重に梱包された状態で、木箱の中に納められていた。偽装のため、馬車を三台用意して、同じ外見の木箱をいくつも積み込んだ。万が一、襲撃者があったときでも、どれが本物か判別を難しくするためだそうだ。
「よっぽど貴重な物を運ぶんだな。箱入り娘ってか?」
馬車に木箱を積み込む様子を見ながら、ライアンは他人事のようにそう言った。
「油断は禁物ですぞ、隊長」
「なあに『疾風の槍使い(ストームランセル)』のおまえと『鉄壁の大剣使い(アイアンクラッド)』の俺がついているんだ。大丈夫に決まっているだろう?」
赤茶色のヒゲをたくわえた彼は、そう言うとはっはっはと大声で笑った。
隊長のライアンは、武勇で有名なウォリック伯爵家の次男で、極めて恵まれた体格をしていた。彼の繰り出す大剣を、正面からまともに受けられる者は、この王国内にはほとんど存在しないだろう。
加えて、土魔法の腕も相当なものだ。魔法を駆使した防御の技術は、王国随一と言われている。彼の防御はまさに「鉄壁」と称された。
「副隊長!」
「どうした?」
「あれは・・・ロックベアーです!その数、5体!」
報告する騎馬兵の声が上ずる。
「ロ、ロックベアーだと?」
「辺境でもそうそう見かけない、中型の魔獣だぞ?」
「待ち伏せなのか?しかし魔獣が群れるなんて聞いたことが無い」
「ええい、落ち着け!」
私は動揺する騎馬兵たちを一喝した。
「二人で一体にあたれ!貴様らの実力なら、十分倒せるはずだ!」
「はっ!」
ロックベアーは熊のような見かけの魔獣だ。立ち上がると人間よりも背丈がある。その巨体の体当たりをうければ、訓練を受けた兵士といえども人ひとたまりもない。
「くらえ、エアーストラス!」
私の槍から、風の刃がロックベアーめがけて飛んでいく。
ガツン!
「グワワアアッつ!」
風魔法が命中し、魔獣が唸り声を上げる。しかし、さしたるダメージを与えた様子はない。
「厄介だな・・・」
ロックベアーは体毛が非常に硬い。そのため、剣や槍での攻撃が通りにくい。
さらには、私の得意とする風魔法とも相性が悪い。風魔法は、手数と速度で相手を圧倒する戦い方が得意だ。その一方で、一撃が軽いという欠点もある。動きが遅い代わりに、防御力と耐久力の高いロックベアーは、倒すまでに時間がかかる。
「後方にも出現しました!3体です!」
騎馬兵の声が響いた。
「ちっ!」
「おい、副隊長!」
そのとき、すぐそばでライアンの大声がきこえた。
「後ろの客は俺がやる。おまえは前を頼む!」
「了解!」
「なあに、時間が稼げれば十分だ。トドメは俺がさしてやる」
ライアンがにやりと笑ったのが見えた。
「さっさと自分の仕事をしてください、隊長!」
「任せておけ。おまえも無理すんなよ」
遠ざかる蹄の音を聞きながら、私は魔獣に向かって槍を構えた。
「ポーパルトルネード!!」
槍先にまとわりつくように、高速で回転する竜巻が現れる。
「グオオオオッつ!!」
そのまま槍の穂先がロックベアーにぶつかると、魔獣の肩から紫色の体液が飛び散った。魔獣がよろよろと後退りをする。
「効いているようだな」
私は再び槍を構えた。
カキーン!
ズガーン!
◆
どのくらい時間がたっただろうか。
襲ってきたロックベアーは、最後の一体を残してすべて倒れていた。騎馬隊の被害も少なくはない。しかし、すでに勝利は見えていた。
「はっ!」
ロックベアーのするどい爪が、私の頬をかすめる。
ガツン!
「グアアアアッツ!!」
次の瞬間、ロックベアーが大きくのけぞり、その場に転がった。
「油断するなよ!」
ライアンの大剣が、ロックベアーをなぎ倒していた。
「律義だねえ。俺がトドメさすために、残しといてくれたんだろ?」
大剣を片手に、彼はわたしに笑顔を見せた。
「残念ですが、トドメをさす必要はありません。ツインボーパルトルネード!!」
ガシャーン!!
大岩が砕けるような音が響く。私の槍が、ロックベアーの東部を粉々に砕いたのだ。魔獣はゆっくりと倒れ、そのまま動かなくなった。
「腕を上げたな」
「いえ、まだまだです」
私が頭を下げると、ライアンはにやりと笑って見せた。
「よーし、動けない者を馬車に積め。軽症の者は応急措置を」
「はっ」
「・・・待て」
突然、ライアンの顔から笑顔が消えた。
「隊長?」
「グレートアースシールド!」
その直後、地面から巨大な岩の壁が出現した。
ズガーーーン!!
何かがその壁に激突し、大きな音を立てた。
「新しい客が来た。それも団体客だ」
「報告!ロックベアーが新たに5体出現しました!」
「さらに5体・・・!」
「いえ、一体は・・・おそらくグレーターロックベアーです!!」
「馬鹿な!グレーターだと?城塞をも破壊するという、怪力の大型魔獣ではないか。そんな危険な魔獣が何故こんなところに」
「敵さんも必死だな。よほど、俺らに「箱入り娘』を運ばせたくないらしい」
ライアンがヒゲをごしごしと擦るのが見えた。あれは、彼が本気で戦う気になった時に見せる仕草だ。それほどまでに、敵が強いということか。
「小さい奴らを頼む。デカブツは俺が押さえておく」
「あれを一人でやると・・・?無理です、私もやります」
「だめだ。動ける騎馬兵が少ない。おまえは先に小物をやれ。雑魚が片付いたら、ゆっくり二人で上客の相手をしてやろうじゃないか」
彼は穏やかにそう言うと、私を大剣で静止させた。一瞬迷ったが、私はすぐに槍を引いた。
「わかりました。ですが、奴のトドメは私が刺します。隊長はそれまで、ゆっくりとあれの遊び相手をしていてください」
「・・・言うねえ」
それだけ言い残すと、ライアンは巨大な熊に突進していった。
「残りのものは私に続け!」
「おおーっ!!」
そして、再び激闘が始まった。
だが、戦況は明らかに不利だった。
気が付いたときには、視界の中で動いているのは、私を除けば隊長だけになっていた。隊長は防御に徹することで耐え続けている。しかし、耐えるのが精いっぱいで、反撃できるほどの余裕がない。
「くう!」
魔獣の重い一撃を槍で受け止めきれず、私はバランスを崩してよろめいた。乗っていた馬は、すでに魔獣の一撃をうけて絶命していた。
私が相手をしていたのは、ロックベアーの最後の一体だ。これを倒せば、隊長の助力に向かうことができる。
「エアーカッター!」
「グアアアッ!」
しかし、私も魔力が尽きかけていた。威力の高い魔法はもはや撃つことができず、小さな魔法を細かく当ててダメージを稼ぐことしかできなくなっていた。
魔獣の動きは十分見切れるので、時間をかけさえすれば倒すことはできよう。しかし、悠長に戦っている暇はなさそうだ。隊長も、大きな魔法は使わなくなった。おそらく、魔力切れが近づいているのだろう。
「くそっ!」
一撃必殺を狙って、槍を大きく突き出す。しかし、一瞬わたしの足がもたついた。体力も限界に近づいていたのだ。
「がはっ!」
ロックベアーの一撃が、わたしを捕らえた。
とっさに受け身を取ったものの、ダメージを殺しきることはできない。大きく後ろにふきとばされる。
ゴロゴロと転がり、そのまま馬車の車輪にぶつかった。
急いで体を起こそうとする。しかし、体が言うことを聞かない。
・・・まずい!
ここで一撃を受けたら・・・
ようやく顔を上げたときには、ロックベアーの巨大な腕が、まさに私に向かって振り卸されようとしていた。
「・・・!!」
ドガッ!!!
・・・ガシャーン!
激しい衝突音と何かが倒れるような音がした。
そのまま、私は大きく吹き飛ばされた。
「トドメはおまえが刺すんだろ。なら、ここで倒れちゃいかんな」
隊長は倒された馬車の上に、仰向けに倒れていた。私の代わりにロックベアーの一撃をうけて、そのまま馬車に激突して倒れたらしい。
「隊長!」
隊長の額からは血が流れ落ちている。
「だが、トドメの機会はまたにしろ。おまえは今すぐ逃げるんだ」
「何を言って・・・」
「全滅したら、殿下に報告できないだろ。俺は殿下にお叱りを受けたくないからな。お前がその役をやれ」
「私だけ逃げろと!?皆を見捨てて!?」
「違うな。報告のために生き残るんだ」
「だめです。私はまだ戦えます!」
「今すぐ立ち去れ!生き延びろ!」
ダークブラウンの瞳が、私をじっと見つめる。
「これは隊長命令だ」
「・・・隊長!」
全身傷だらけのライアンは、それでもゆっくりと起き上がった。そして、二体の魔獣に向かって剣を構える。
「最後の魔法を使う。その隙に逃げろ。チャンスは一回だけだ、しくじるなよ」
「・・・了解!」
私は涙を拭った。
「熊ヤローども。俺の最高のおもてなし、味合わせてやるよ」
「隊長、ご無事で!」
私は走り出した。
ドガーン!
背後で轟音が鳴り響く。
・・・隊長
私は振り返ることなく、その場を走り抜けた。
いや、走り抜けるつもりだった。
だが、私の足はそこで止まった。
止まらざるを得なかった。
「そんな・・・馬鹿な・・・」
私は呆然と立ち尽くす他なかった。
目の前に、さらに新手のロックベアーが3体もいたのだ。
「エアーカッター!」
私は槍をふるう。
しかし、魔法は発動しなかった。
魔力切れだった。
魔力を纏わない槍は、ロックベアーの岩のような毛に、いとも簡単に弾き返された。
「ああ・・・」
私は、膝の力が抜けるのを感じた。
ここまでか。
私の人生は、これで終わるのか。
与えられた任務を達成することもできず。
大恩ある王女殿下の期待に、少しも報いることもできず。
身を挺して私を庇った隊長の想いすら、受け継ぐことすら叶わず。
仲間を見捨てて、逃げることしかできず。
何が「疾風の槍使い(ストームランセル)」だ。
視界の中で、何体ものロックベアーがゆっくりと近づいてくるのが見えた。
・・・殿下、不甲斐ない私をお許しください。
私は槍を構えた。




