今、魔法って言った?
僕がその場に到着したとき、すでに大勢は決していた。
人間とおぼしき一団と、何匹もの魔獣が戦っている。
あの熊の見かけをした魔獣は、僕も倒したことがあった。動きは遅いけど、硬いのと一撃が強いので、正直あまり戦いたくない敵だ。
それよりも僕は、人間のほうに興味をもった。この世界で、人間っぽい見かけの生物を見るのは初めてだったからだ。
「今すぐ立ち去れ!生き延びろ!」
環境探査機を通して、男の声が聞こえる。
「日本語?」
少なくとも、僕には彼が日本語でしゃべっているように聞こえた。
カメラ画像を見ると、その声の主は全身大けがをしていた。身にまとう金属製の鎧も、手に持つ大剣もすでにボロボロだ。
それほどまでにダメージを受けているのに、彼は再び立ち上がって剣を構えた。
僕は、素直に彼の根性に感心した。
「・・・隊長!」
彼のすぐそばで、別の声がした。
若い女の声だ。
カメラの視点を移すと、そこには槍を持った深緑色の髪の女戦士がいた。彼女も全身に傷を負っている。
地図上には、他にもいくつも赤い点があった。カメラで見る限り、どうやら彼女たちと同じ一団の兵士の陽だった。死んでいる兵士はいないようだったが、ほとんどが大けがをしていて、ろくに動くことができない状態に見える。
「最後の魔法を使う。その隙に逃げろ。チャンスは一回だけだ、しくじるなよ」
大剣の戦士が言った。
セリフから想像するに、彼が魔獣を引きつけている間に、女戦士を逃がす作戦らしい。
しかし、僕はまた別の言葉に興味をもった。
「今、魔法って言った?」
この世界の人間は、魔法が使えるらしい。
・・・それは是非、見てみたい。
僕は、いつでも逃げられるように注意しながら、彼らとの距離を詰めた。
熊の魔獣が二体、大剣の戦士に近づいていく。片方は、もう一方より一回り大きい。色も微妙に違うような気がする。
おそらく、ボスっぽい強い個体なのだろう。
僕は勝手にそう想像した。
・・・しかし
あの二体の攻撃を受けたら、さすがにヤバイんじゃないか?
以前に戦った時は、小さいほうの熊の一撃でも、結界ごと数メートル吹っ飛ばす威力があった。もちろん、そのときは自分ではなくて、囮に使ったイノシシっぽい動物に結界をはって、威力をためしたのだけど・・・
あの大剣の戦士の魔法がどんなものか知らないけど、まともにくらったら無事ではすまない。
「隊長、ご無事で!」
女戦士が走り出す。
直後、大剣の剣士が大声で叫んだ。
「グレートロックボルト!」
・・・詠唱?
剣士の剣先から発射された岩の塊が、熊の魔獣に激突する。
熊がよろめいて、後ずさりした。
「え?」
僕は思わず二度見した。
今、ゲートから岩を出したよね?
僕の出せる岩より、ずっと小さくて遅い。
でもあれは、「岩石射出機」を使った時に飛び出す岩だ。
大きいほうの熊が、剣士に向かって突進していくのが見えた。
「グレートロックシールド!」
彼のセリフに合わせて、地面から岩の壁が生える。
出現の仕方といい、出てくる岩の質感といい、僕が家を作るときに使った「土砂加工機」によく似ている。
ズガーン!
熊が岩の壁に激突する。岩壁は強度が足りなかったようで、熊はそのままの勢いで剣士に突進した。
「くっ!」
剣士が剣を構える。だが、それでは止めきれないことを、彼も分かっているようだ。
あれはやばい。
確実にやばい。
あの攻撃を受けたら、剣士は確実に潰されるだろう。それも、かなりエグいことになるのは間違いない。
どうする、助けるか?
いやしかし、この世界の人間と不用意に関わるのは・・・
んーーーーっ!!!
「・・・仕方ないなぁ」
僕は彼にゲートを設置した。
ガキーン!!
剣士が大きく跳ね飛ばされる。
剣士はふたたび馬車に激突し、荷台がバリバリと音を立てて砕けた。
「・・・いったい、何が?」
あれだけの衝撃でぶつかったにも関わらず、剣士はすぐに起き上がることができた。しかし、当の彼自身も、ダメージがほとんどないことに驚いているようだ。
・・・うまくいったな
剣士に攻撃がヒットする直前に、彼に「結界」を張ったのだ。ふっとぶ勢いは殺せなかったけど、衝突による物理的なダメージの大半は防げた。
「神のご加護なのか?」
自分をとりまく青白い膜を見ながら、彼がそう呟くのが聞こえた。
・・・違います。
それは僕の結界です。神様じゃなくてごめんね。
だけど、不意に現れた「神の加護」に勇気付けられたのか、彼の瞳には力が戻った。大剣を構えて、再び熊に立ち向かっていく。
よし。
結界もあるし、しばらく彼は大丈夫だろう。僕はそう判断して、環境探査機のカメラを女剣士のほうへと切り替えた。
「うわっ!!」
映った画面を見て、思わず声が出た。
女剣士を、何体もの熊が取り囲んでいる。僕が同じ状態に陥っていたら、次の瞬間には死んでいるところだ。
背筋に寒気が走った。
「エアーカッター!」
彼女は槍先を熊に向けて、魔法らしきものを詠唱している。
しかし、肝心の魔法は発動していないように見える。
「く・・・魔力が・・・」
彼女の呟きが聞こえた。
・・・魔力?
僕は首をかしげる。
彼女たちが使ってる「魔法」とやらが、僕の使っている「ゲート」と同じ仕組みなら、魔力が尽きるなんてことはないはずだ。少なくとも「ゲート」を通して使う「魔法」は、これまで打ち止めになったことがない。
火炎放射器も、岩石発射装置も、弾数は無限だ。ゲームだったらチートっぽい設定だけど。
・・・無限?
僕はふと、あることを思い出した。
今、彼女の様子を見るために使っているこの環境探査機。よく見ると、画面の下に黄色いバーみたいなものがある。ずっと、ただの画面の装飾だと思っていたけど、よく見ると98%という文字の表記がある。
これって、エネルギー残量?
急いで、他の装置も調べてみる。
岩石射出機、火炎放射器、自動調理器・・・どれも数値が表示されている。ほとんど減っていないせいで、今まだ気が付かなかった。
そうかー
もしこれがエネルギー残量なら、僕の「魔法」も打ち止めがあり得るってことか。いやあ、気が付いてよかった。
・・・って
今はそれどころじゃない。
熊に囲まれている彼女は、どう見ても絶体絶命だ。
「どうするかなー」
僕は腕を組む。
剣士はうっかり助けてしまったけど、彼らを助ける義理は僕にはない。
そもそも、襲われている人間を助けたからと言って、必ずしもいいことがあるわけでもない。
襲撃側の一味だと疑われて投獄されたり、助けた相手に「イーガ様の仇!」とか言われて何故か自分が襲われる・・・なんてことは、ゲームではよくあることだ。
とはいえ、目の前で襲われている人間を見殺しにできるほど、僕の心は強くもない。
「ああもう、仕方ないなあ」
僕はごしごしと両手で頭を掻いた。
あのデカい熊、魔石をたくさん出してくれるといいのだけど。




