やるしかない
「はあ」
僕は、大工場群の中に建てられた小さな施設の中にいた。ゲーム内では「住居棟」と呼ばれる施設だ。ここには、飛行士の生命維持のための装置や物資が置かれている。
施設の最上階には、飛行士が寝食をするための設備がある・・・という設定になっていた。
実際に来てみると、ビジネスホテルの部屋という感じの場所だった。実用性重視のシンプルなデスク、一人で寝るには少し広いセミダブルのベッドと、バスルーム、トイレといった、生活する上で最小限必要な設備があった。
食事は操作パネルで指示すると、給仕ロボットが持ってきた。
ただし、出てくる食事は味のないパンと味のないスープ、味のないドリンクだった。この食事で、生きていく上での栄養は十分に摂取できる。
だが・・・
「不味い、不味すぎる!」
最適化のために、食事メニューを最小限に絞ったことが原因なので、完全に自業自得だ。
いやいや、自分で食べることになるとは思わないだろ、普通は!
・・・作成できるメニューは後で増やしておこう。
僕はこのゲームで、初めて最適化につながらない指示をした。
食事以外の部分は、大きな不満はなかった。
室内は自動掃除ロボットのおかげで清潔だし、風呂もシャワーも使える。洗濯もロボットに指令を出せば、自動でクリーニングしてくれることが分かった。空調もよく効いている。
このあたりの設備の有無は、宇宙飛行士の「健康度」への影響がある。健康度が低くなると、宇宙飛行士のできる行動に制限がつく。そうなると、最適な行動ができなくなる。
つまり、必要な投資だったわけだ。
幸か不幸か、そのおかげで僕は最低限ながら、人間らしい生活環境を得ることができている。
そう、食事を除けば!
・・・とはいえ
食事さえ改善されたら、むしろ元の世界の生活より快適かもしれない。
「帰らなくてもいいかも?」
一瞬、その考えが頭によぎった。
・・・いやいや
そういうことじゃない。
僕は、このゲームを世界中の誰よりも得意にしていた。
その僕が、ゲームをクリアできずに、ゲームの中に閉じ込められている。
これを、屈辱と言わずして、何というのか?
ゲームをクリアしないで放置とか、ランカーの矜持にもとる。
・・・それに
不安要素もあった。
開発チームが失踪したことだ。
ゲームの進行を妨げる致命的なバグがあっても、開発チームがいなければ、修正されることがない。現に今、魔石が実装されていないせいで、ゲームクリアができなくなっている。
唐突に、ゲームのサービス自体が終了することもありえる。そうなったとき、この世界にいる僕はどうなるのだろうか?
「考えたくもないな・・・」
僕は頭を振った。
やはり、一度はゲームをクリアして、元の世界に戻る必要がある。
ここで快適に暮らすにしても、十分に安全を確認してからだ。
「ゲームクリアは絶対だ」
僕の方針は決まった。
ならば、改めて現状を確認しよう。
ゲームのクリアのためには、宇宙船を建造する必要がある。その宇宙船の建造には魔石が必要だ。しかし、このゲームには、魔石が実装されていない。開発チームが失踪したので、魔石が実装される見込みがない。
一見、詰んでいるように見える。
「難易度を変えてプレイしたら、魔石なしで宇宙船を作れるはず」
最初に考えた解決方法はこれだ。
ネットの情報によれば、宇宙船の建設に魔石が必要なのは、難易度「ルナティック」だけと書いてあった。つまり、別の難易度でプレイすれば、魔石なしでもクリアできるはずだ。
ところが、ゲームをやめる方法がなかった。操作パネルには、ロビールームに戻るメニューがどこにもない。
「死んだら戻れるのか?」
操作している飛行士が死ぬと、ゲームオーバーになってロビールームに戻されることは知っている。ロビーに戻るメニューがなくても、この方法なら戻れる可能性がある。
しかし・・・
僕は考え込んだ。
これはゲームであって、ゲームじゃない。
ここで死ぬと、現実世界でも本当に死ぬかもしれない。
「死に戻りは最後の手段だな」
次の案は「ひたすら待つ」だ。
開発チームのメンバーが戻ってきて、魔石が実装されたアップデートを実行してくれたら、ゲームは簡単にクリアできる。
たとえ開発チームが戻らなくても、引き継いだ会社がバージョンアップしてくれるかもしれない。それなりに人気のあるゲームなので、アップデートのために資金を投入してくれる可能性は十分にある。
幸いにも、生命維持の装置は僕が完璧に整備したおかげで、当面ここで生きていくことはできる。とても消極的な方法だけど、リスクは少ない。
とはいえ、解決するかどうか分からないまま、じっと待つというのは、僕の性分にあわない。
待つにしても、ゲームクリアの可能性を高めるように、行動はとっておきたい。
「・・・」
僕は無意識に、ポケットからスマートフォンを取り出そうとした。考え事をするときの癖だ。
しかし、そこにスマートフォンはなかった。
もとより、僕が今着ている服にはポケットがない。
なぜなら、僕は今、このゲームの「飛行士」のキャラクターの恰好になっているからだ。
黒い髪に黒い瞳、若い男性。
元の世界の僕との見かけの共通点は、それしかない。ただ、ゲームキャラとして作られたモデルのせいか、リアルの僕よりずっとイケメンだ。
・・・そんなことは、今はどうでもいい
その代わり、白い部屋に入った時に持っていた、スマートフォンとハンマーは、どちらも手元にない。あちらの世界の物体は、自身の体も含め、ゲーム内に持ち込めないらしい。
「どうしたものかな」
僕は頭をかく。
取り得る行動は、すべて取ったつもりだ。
この惑星に「魔石」という資源がないことを、徹底的に確認した。「魔石」を作るレシピも存在しない。「魔石」をドロップするような敵もいない。
このゲームの中に入る前に、すべて試したことだ。
席を立ってからここへ来るまで、ゲームの状況は何も変わってない。
まだ、やれることがあるのだろうか。
僕は、ぐっと椅子の背もたれに体重を預けた。
安物の椅子が、ぎしぎしと音を立てる。
「・・・まてよ?」
変わっていることが、ひとつだけあった。
「実績解除:ゲートをアンロックしました」
ロビーに入った時に、そんなアナウンスがあったことを思い出した。
僕は急ぎ、作成可能な施設のリストを端から確認し始めた。
「あった!」
ゲート
果たしてリストには、ゲートという謎のアイテムが追加されていた。
ゲート作成のレシピは複雑だった。そして、膨大な量の材料を要求された。
ゲートを作ってしまうと、宇宙船を建造するための材料が半分以上なくなる。でも材料は、時間さえかければ、また集めることができる。
宇宙船の建造があとまわしになっても、今は「ゲート」の機能を確認することが重要だ。
「できた」
出来上がったアイテムを見て、僕は少し驚いた。
ゲートという名前から、扉とか門のような形のものを勝手に想像していた。
しかし、目の前にあるアイテムは、どう見ても首輪にしか見えない。
銀色のメダルがついた、何の変哲もない革の首輪だ。
僕は、新たに実装されたという、怪しいアイテム群のことを思い出していた。その中に、たしか「革の首輪」というのがあった気がする。
「ただの、お洒落装備なのか?」
嫌な予感がした。
とはいっても、今はこの謎アイテム以外に、解決につながりそうな手がかりがない。
「くっそー」
僕は、観念して首輪を手に取る。
「ゲート機能がアンロックされました」
不意にアナウンスの音声が聞こえた。
・・・お?
急いで操作パネルを確認する。
そこには、新しい「ゲート」の機能が追加されていた。ただし、操作や機能についての説明は何もない。
いくつかある「ゲート」の操作の中で、選択できるものは「使用開始」だけだ。
・・・うーん
正直、不安しかない。
とはいえ、他にできることもない。
「やるしかない」
僕は操作パネルから「使用開始」を選択した。
・・・何も起こらない?
そう思った直後のことだ。
「実績解除:ゲートを使用しました」
アナウンスが流れる。
その直後、僕が目にしたのは、鬱蒼と生い茂る森の木々だった。
「・・・は?」
ギャアギャア・・・
遠くで、鳥のような叫び声がする。
とても嫌な感じがする声だ。
ブンブンと不愉快な音を立てて、僕の周囲を羽虫のようなものが跳びまわる。
僕の頭は真っ白になった。
「・・・はああああっっ!?!?」




