ゲームクリアが条件とか、片腹痛い
台所は、僕から見て廊下の突き当りにあった。台所と廊下は、ガラス戸で仕切られている。そのガラス戸に、ぼんやりとした明かりがうつり込んでいるのが見えたのだ。
・・・電気、消し忘れたかな?
納屋の様子を見に行くために、台所にいったのを覚えている。明かりは消したつもりだったけど、消し忘れたのかもしれない。
ガラガラガラ!
僕は台所と廊下を仕切る、建付けの悪い扉を開けた。
「消えてるな」
やはり、台所の電灯は消えていた。
「外?」
白い明かりは、台所の窓の曇りガラスを通して、ゆらゆらと揺らめいていた。
あの明かりの位置は、確か・・・
「わたしには納屋の中が光ってたように見えたのよね」
僕は、不動の言葉を思い出した。
「まさか」
あわてて玄関から外に出る。
あたりは真っ暗だ。
曇っているせいか、空には星も月もない。つけっぱなしの自室の明かりが、窓ごしに僅かに漏れてくる以外には、周囲を照らすような光はなにもなかった。
わずかな物音すら聞こえてこない。
一歩踏み出すたびに、靴が土を押しのけるわずかな音が聞こえてくる。
「寒っ!」
僕は両手で上着を掴んだ。
吐く息が白い。
このあたりは、四月下旬になってもまだ夜は冷える。
僕は息を殺し、ゆっくりと母屋の角から顔を出した。
そっと納屋の方角を伺う。
「・・・!」
思わず、目を見開いた。
「納屋が光ってる・・・」
確かに、光源は納屋だった。
扉の隙間から、ぼんやりと白い光が漏れ出していた。
不思議なことに、その光は明るさがゆっくりと変化していた。明るくなったと思えば、また少し暗くなるということを繰り返している。
「確かめるか・・・」
このまま放置するわけにもいかない。
僕は母屋に立てかけてあった、杭打ちハンマーを手に取った。曾祖母が健在の頃、畑に杭を打つために使っていたものだ。気休めにしかならないが、無手よりは心強い。
ゆっくりと納屋に近づき、様子を伺う。
納屋の扉の隙間からは、ぼんやりとした光が漏れ続けている。その一方で、音は何も聞こえない。
「・・・」
僕は納屋の扉に左手をかけた。
ハンマーを構える。
そして、一気に扉を開く。
「・・・えっ!?」
予想外の光景に、僕は目を疑った。
「これは、いったい・・・?」
そこには、白い光で溢れた円形の小部屋があった。
壁も床も、ぼんやりと白く光っている。
部屋の広さは、あきらかに納屋のサイズより広い。
家具や道具らしきものは何もない。ただ、白く光る床と壁がある、がらんどうの部屋があるだけだ。
「どうなってるんだ??」
僕は部屋の様子を確かめようと、一歩中へと踏み込んだ。
「実績解除:ゲートをアンロックしました」
「!?」
突如として、機械的な音声が部屋の中に響く。
僕は反射的にハンマーを構えた。
じっと様子をうかがう。
時間が流れる。
何も起こらない。
「不動に知らせるか」
僕はポケットからスマートフォンを取り出して、白い壁や床の写真を取った。それを、メッセージアプリで彼女に送る。
「・・・あれ」
メッセージの送信ができない。
アプリの不具合だろうか?
「圏外?」
よく見ると、スマートフォンの電波の表示が「圏外」になっている。
嫌な予感がした。
慌てて後ろを振り向く。
「そんな!?」
目に入ったその光景を見て、僕は言葉を失った。
そこにあるべき、納屋の扉がなかったのだ。
僕は、360度すべてが白い壁の小部屋の中に閉じ込められていた。
◆
「夢、なのか?」
僕は、手に持っているハンマーに頭をコツンと当てる。
「いてっ!」
夢じゃないことは、瞬時に確認できた。
ならば、情報集めだ。
不測の事態が生じたときは、まずは身の安全を図ることが鉄則だ。そして、次にやるべきことが情報収集。現在の状況を把握しなければ、目標も対策も立てることはできない。
僕は、まず部屋の床を調べた。
ぼんやりと光る床は、隙間も継ぎ目もない。ハンマーで叩いても、少しも傷がつかなかった。床を壊して脱出する方法は、少なくとも目がなさそうだ。
「次は壁だな」
僕は、周囲をぐるりと取り囲む壁に近づいた。
すると、離れているときは分からなかった、扉のようなものがあることに気が付いた。それぞれの扉には、日本語で文字が書かれている。
「ソロプレイ、マルチプレイ、パーティワールド、か」
間違いない。
ここは、アルケインステラのロビールームだった。
実績解除のアナウンスが聞こえたときに、薄々そんな予感はしていた。
しかし、実際にこうやって「ソロプレイ」と書かれた扉を見るまでは信じられなかったのだ。
ただ、この部屋には、ゲームにはないもう一つの扉があった。
その扉には「出口」と書かれている。
僕はその扉に触れてみた。
「出口はロックされています。アンロック条件はゲームクリアです」
アナウンスの音声が流れた。
・・・ほう
つまり、ゲーム世界からの脱出には、ゲームのクリアが必要だというわけだ。
挑戦的じゃないか。
だが・・・
僕を誰だと思っているんだ?
タイムアタック元世界ランキング常連だったんだよ?
ゲームクリアが条件とか。片腹痛い。
「だけど、その前に」
念のため「出口」と書かれた扉をハンマーで殴ってみる。まるでスポンジでも殴ったかのように手ごたえがない。
「無傷か」
これで開けば、ゲームをクリアしなくても出られる。まさに最適解。
でも、そうは問屋が卸してくれなかった。
正攻法で開けるしかなさそうだ。
・・・上等じゃないか。
僕は「ソロプレイ」と書かれた扉に触れる。
ぐっと力を入れる。扉が押し込まれる感触があった。
視界が白い光に包まれていく。
「・・・」
次に視界が開けたとき、僕はある惑星の大地に立っていた。
◆
その惑星には、大地を埋め尽くすほどの大量の工場群が、すでに立ち並んでいた。
無人の惑星の上で、ベルトコンベアーが大量の鉱石、資源、材料を運んでいく。
溶鉱炉が、膨大な量の鉄鉱石を溶かす。
電子基板の組立工場が、次々と組立済みの製品を吐き出す。
海中に設置されたスーパーコンピューターが、技術開発に必要な複雑な計算プログラムを生成している。
全て、見たことのある光景だった。
これって・・・
「さっきプレイしてた惑星?」
工場群の中央に、ひときわ目立つ白い巨大な建物がある。
あれは、僕が最後に建てた「宇宙船の組立工場」だ。
間違いない。
・・・ってことは
このゲーム、あと一手でクリアってことじゃないか!
はー、気合入れて損した。
工場に材料を入れて1分待つだけの、簡単な作業じゃないか。
僕は、空中に操作パネルを開いた。
それは「工場を操作したい」と思っただけで、簡単に開くことができた。工場の状態の確認操作や、材料の投入操作も、ただそうしたいと思うだけで、実行することができた。
こんなことができることこそ、この世界がゲームであることの何よりの証拠だ。
「さてと」
僕は宇宙船の材料を投入していく。
およそ百種類の材料を、百個単位で投入する指示をする。もちろん、投入の作業自体はベルトコンベアーと搬入用ロボットが実行する。建造のために倉庫に積み上げてあった材料が、みるみるうちに減っていく。
順調だな。
僕は最後の材料を投入するために、材料リストに目をやった。
「あ」
はたと僕の手が止まった。
「魔石、だと・・・」
そうだった。
魔石が未実装のまま、開発チームは失踪したんだった。
つまり、僕は魔石を入手する方法がない。
詰んだ。
完全に、詰んだ。
・・・なんてこったああああっ!!
僕は膝から崩れ落ちた。




