第9話 蒼晶の気配
青白く光る三つの鉱物を前に、一ノ瀬湊は腕を組んでいた。
《青葉洞窟》第一階層。最初の分岐を右へ進んだ先にある、行き止まりの岩壁だ。
先ほどの調査で、壁の下に細い隙間があり、そこから断続的に風が吹いていることを確認した。さらに、三つ並んだ鉱物のうち、中央だけが一瞬明るくなる現象も目撃している。
「……偶然にしては、気になることが多すぎるんだよな」
湊は小さなノートを開いた。
まず確認したいのは、風と鉱物の光に関係があるかどうかだ。
ただ眺めているだけでは、何が原因で変化するのか分からない。
「よし。順番に記録してみるか」
湊は岩壁から少し離れ、三つの鉱物が同時に見える位置に腰を下ろした。
短槍はすぐに手に取れるよう、隣に置いてある。通路の奥にも時折視線を向け、魔物が近づいていないことを確認した。
そして、スマートフォンのタイマーを起動する。
最初の一分間、変化はなかった。
青い鉱物は淡い光を放ち続け、天井から落ちる水滴の音だけが静かな通路に響いている。
二分ほど経過したところで、状況が変わった。
ひゅう。
「……来た!」
壁の下から、微かな風が吹き出した。
その直後、左側の鉱物がわずかに明るくなる。
続いて中央。
そして、右側。
「……今、順番に光ったよな?」
湊は慌ててノートに書き込んだ。
『風の発生直後、左→中央→右の順に発光した可能性』
一度きりでは、見間違いかもしれない。
だが、もし同じ現象が繰り返されるなら、何らかの規則性が存在することになる。
「……もう一回だ」
湊は再び岩壁を見つめた。
◇
次の変化が起きたのは、それから数分後だった。
ひゅう、と短い風が吹く。
湊は三つの鉱物を凝視した。
左。
中央。
右。
今度は、はっきりと確認できた。
「……やっぱり!」
思わず声が弾む。
風が吹いた直後、三つの鉱物が順番に明るくなっている。
湊は記録を見返した。
風が吹く間隔は一定ではない。しかし、確認できた二回とも、光る順番は同じだった。
「……自然現象でもあり得るけど、妙に規則正しいな」
湊は立ち上がり、岩壁へ近づいた。
鉱物を直接触ることはせず、照明具を使って周囲の形を確認する。
そこで、新しいものを見つけた。
三つの鉱物の下には、それぞれ細い溝があった。
岩の表面を走る浅い線で、遠目には自然にできた亀裂と区別がつかない。
「……こんなの、さっきは気づかなかったぞ」
湊は目を細めた。
左側の溝は、壁の下にある隙間へ向かって伸びている。
中央と右側にも似た溝があり、途中で岩の凹凸に隠れていた。
三つとも同じ場所へつながっているかは分からない。
しかし、鉱物の並び方といい、光る順番といい、気になる特徴が重なっていた。
「……これ、ただ光ってるだけじゃないのか?」
湊の頭に、一つの仮説が浮かぶ。
三つの鉱物は、何らかの仕掛けの一部なのではないか。
風の流れが変化するたびに反応する、特殊な装置のようなもの。
もちろん、証拠はまだ足りない。
だが、調べる価値は十分にあった。
「……いいね。ようやく手掛かりらしくなってきた」
湊は楽しそうに笑った。
◇
次に湊が注目したのは、中央の鉱物だった。
先ほどから、この鉱物だけ光が弱い。
ほかの二つが青白く輝いているのに対し、中央には少しくすんだ部分がある。
「……ここだけ違う理由があるのか?」
湊は角度を変えて観察した。
すると、鉱物の表面ではなく、その下にある岩のくぼみに水が溜まっていることに気づいた。
天井から落ちる水滴が、少しずつ流れ込んでいるらしい。
ぽたん。
ちょうど一滴の水が落ちた。
小さな波紋が広がり、水が溝に沿って流れる。
その直後だった。
中央の鉱物が、一瞬だけ強く輝いた。
「……っ!」
湊は息を呑んだ。
今度は見間違いではない。
水滴が落ちた後、明らかに光が変化している。
「……水に反応した?」
湊はノートを開き、すぐに記録した。
しかし、ここで一つ疑問が生まれる。
水滴は先ほどから何度も落ちていた。
それなのに、中央の鉱物が毎回光っていたわけではない。
「……水だけが条件じゃないのか」
湊は周囲を見回した。
水滴。
風。
三つの鉱物。
そして、岩壁に刻まれたような細い溝。
それぞれが関係している可能性はある。
だが、どのような仕組みなのかまでは分からない。
「……条件を一つずつ確かめるしかないな」
湊は水筒を取り出した。
蓋に少量の水を注ぎ、中央の鉱物の下にあるくぼみへ、慎重に一滴落としてみる。
水は溝に沿って流れた。
しかし、鉱物は反応しない。
「……駄目か」
もう一度試す。
結果は同じだった。
湊は水筒の蓋を閉じ、ノートに記録した。
『水を加えるだけでは反応せず』
少なくとも、水が触れれば必ず光るという仕組みではなさそうだ。
それなら、風が吹いているときだけ反応するのだろうか。
あるいは、別の条件が存在するのかもしれない。
「……分からないことが増えたな」
普通なら、面倒になって引き返すところだろう。
しかし、湊はむしろ嬉しそうだった。
単純に水をかけるだけで開く仕掛けなら、これほど長い間、誰にも発見されていないとは考えにくい。
何らかの条件が重なっているのなら、調べる楽しみも増える。
「……こういうの、最高だな」
湊は小さく笑った。
◇
さらに観察を続けていると、不意に岩壁の奥から低い音が響いた。
ゴウン……。
「……ん?」
湊は顔を上げた。
今まで聞いていた風の音とは違う。
もっと重く、遠くで大きな岩が動いたような響きだった。
続いて、壁の下から短い風が吹き出す。
三つの鉱物が、左から順番に明るくなった。
湊は思わず立ち上がった。
「……今の音、何だ?」
耳を澄ませる。
しかし、音はすでに消えていた。
岩壁の向こうに、別の空間がある。
その可能性が、湊の中でますます大きくなった。
だが、次の瞬間。
背後の通路から、別の物音が聞こえてきた。
ずるり、ずるり。
「……まずいな」
振り返ると、通路の奥に半透明の影が見えた。
以前戦ったものとよく似た、スライム状の魔物だ。
湊はすぐに短槍を手に取った。
行き止まりで戦うのは危険だった。
背後には岩壁があり、相手の跳躍攻撃を避ける場所も限られている。
しかも、戦闘中に壁の仕掛けが作動する可能性も否定できない。
「……ここで戦う理由はないな」
湊は魔物との距離を確認し、慎重に通路を戻り始めた。
魔物が接近してくる。
しかし、まだ十分に間隔がある。
湊は相手の動きを見ながら、広い場所へ抜ける経路を選んだ。
無理に倒す必要はない。
今日の目的は調査であり、魔物との戦闘ではないのだから。
しばらくして、湊は分岐まで戻ることができた。
魔物が追ってこないことを確認し、ようやく息を吐いた。
「……ふう。危なかった」
湊は短槍を握り直した。
今回の調査で、分かったことは多い。
三つの鉱物は一定の順番で光る。
中央の鉱物は、水滴が落ちた後に強く輝くことがある。
しかし、水を加えるだけでは反応しない。
そして、岩壁の奥からは、明らかに風とは違う低い音が聞こえた。
「……これ、本当に何かあるぞ」
湊はノートを開き、最後の発見を書き加えた。
そのとき、ふと手が止まった。
最初の分岐から右へ進む通路。
攻略サイトでは、ただの行き止まりとして紹介されていた場所だ。
だが、実際にはいくつもの不可解な現象が起きている。
誰も気に留めなかっただけなのか。
それとも、気づいていても仕組みを解明できなかったのか。
答えは分からない。
しかし、一つだけ確かなことがあった。
「……ここは、まだ攻略し終わってない」
湊は小さく笑った。
最深部のボスを倒すだけなら、公開された攻略情報で十分なのだろう。
だが、湊が目指しているのは、そんな攻略ではない。
誰も知らない場所も、まだ見つかっていない仕組みも、すべて調べ尽くす。
そのためなら、何度でも通うつもりだった。
「……次は、あの音がしたタイミングを調べないとな」
湊はノートを閉じ、入口へ向かって歩き始めた。
青白い鉱物の向こうに何があるのか。
それは、まだ誰にも分からない。
だが、湊は確信していた。
あの行き止まりには、まだ何かが隠されている。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございます!
皆さまに楽しんでいただける物語を目指して、これからも丁寧に書き続けていきます。
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