第8話 隠し通路の条件
ご覧いただき、ありがとうございます!
少しずつ積み重ねていく成長と、やり込みならではの攻略の面白さを楽しんでいただければ幸いです。
今回もよろしくお願いします!
土曜日の朝、一ノ瀬湊は再び《青葉洞窟》を訪れていた。
初探索から六日が経過し、左手の擦り傷もほとんど治っている。その間、学校から帰った後は攻略情報を調べ、手の状態を見ながら槍の基本動作を練習していた。
今日の目的は、第一階層の行き止まりを調査することだ。
「……さて、何か見つかるといいんだけどな」
湊は管理施設で入場手続きを済ませ、装備を確認した。
短槍、軽量防具、水筒、携帯食料、照明具。さらに今回は、周囲の地形を記録するための小さなノートも持参している。
施設の掲示板には、上位探索者向けの講習案内が貼られていた。
『存在進化・実戦運用講習』
龍の鱗を思わせる紋様をまとった探索者の写真が掲載されている。存在進化という言葉は、攻略情報を調べる中で何度か目にしたことがあった。
「……上位探索者の強化能力、か」
詳しい仕組みはまだ知らないが、今の自分には遠い話だ。
湊は案内を一瞥すると、洞窟へ向かった。
まずは目の前のダンジョンを攻略すること。それが今の自分にできる、最も確実な成長への道だった。
◇
第一階層に入ると、ひんやりとした空気が肌に触れた。
壁に点在する青い鉱物が通路を淡く照らしている。前回は初めての景色に興奮していたが、今日は足元の凹凸や曲がり角の位置にも注意を向ける余裕があった。
「……最初の分岐までは、問題なし」
湊は慎重に歩きながら、周囲を観察した。
途中、通路の先にスライム状の魔物を一匹見つけたが、こちらに気づく前に距離を取った。
今日は戦闘が目的ではない。
今の実力でも倒せる可能性はあるが、不必要に体力を消耗する理由もなかった。
やがて、最初の分岐に到着する。
左へ進めば、第一階層の奥へ続く正規の攻略ルート。
右へ進めば、短い行き止まりだ。
「……こっちだな」
湊は右側の通路へ進んだ。
奥に見えるのは、以前と変わらない岩壁だった。
近づいて確認すると、やはり通路の右側がわずかに張り出している。公式地図では省略されていた部分だ。
湊はノートを開き、通路の形を描き足した。
「よし。まず一つ確認できた」
ただし、地形に違いがあるだけでは、隠し通路の存在を証明できない。
次に調べるのは、古いブログに書かれていた風のような音だった。
湊は足を止め、耳を澄ませた。
ぽたん。
どこかで水滴が落ちる音がする。
それ以外には、遠くの通路から聞こえる微かな物音だけだった。
「……何も聞こえないな」
湊は数分ほど待った。
しかし、風らしい音は聞こえてこない。
ブログを書いた探索者の勘違いだった可能性もある。
それでも、湊はすぐに諦めなかった。
「……ときどき、って書いてあったからな」
常に発生する現象ではないのなら、何らかの条件があるのかもしれない。
湊は壁際を移動し、立つ位置を変えながら耳を澄ませた。
◇
調査を始めてしばらく経った頃だった。
「……ん?」
湊の耳に、小さな音が届いた。
ひゅう、と空気が抜けるような音。
ほんの一瞬だったが、確かに聞こえた。
「……今の!」
湊は慌てて周囲を見回した。
音がしたのは、正面の岩壁付近だったように思える。
しかし、壁には目立った穴も亀裂もない。
湊は照明具を取り出し、壁の表面を照らした。
ごつごつとした岩肌。
所々に付着した水滴。
そして、青白く光る小さな鉱物。
見たところ、普通の洞窟と変わらなかった。
「……でも、確かに聞こえたよな」
湊は再び待った。
すると、しばらくして同じ音が響いた。
ひゅう。
今度は、先ほどよりもはっきり聞こえた。
「……やっぱりある!」
思わず笑みが浮かぶ。
五年前のブログに書かれていた現象は、少なくとも実在していた。
問題は、その原因だ。
湊は音の聞こえた方向を探しながら、慎重に壁へ近づいた。
そこで、一つの違和感に気づく。
「……あれ?」
壁に埋まっている青い鉱物が、三つ並んでいた。
ほかの鉱物は不規則に点在しているのに、その三つだけはほぼ同じ高さに位置している。
しかも、中央の鉱物だけ、光が少し弱い。
「……偶然、か?」
湊は顔を近づけた。
自然にできた配置かもしれない。
だが、気になるものは気になる。
湊はノートに三つの鉱物の位置を書き込み、しばらく観察を続けた。
そのときだった。
ぽたん。
天井から落ちた水滴が、中央の鉱物のすぐ下にある岩へ当たった。
微かな音が響く。
次の瞬間、中央の鉱物が一瞬だけ明るくなったように見えた。
「……今、光った?」
湊は目を細めた。
確かに、光が変化したように見えた。
だが、照明具の反射だった可能性もある。
湊は照明具を消し、壁から一歩離れた。
そのまま、水滴が落ちるのを待つ。
ぽたん。
再び水滴が落ちた。
しかし、今度は何も起こらなかった。
「……違うのか?」
湊は腕を組んだ。
一度だけ起きた現象では、何も判断できない。
少なくとも、光の変化と水滴に関係があると決まったわけではなかった。
それでも、先ほどから気になっている風の音と合わせれば、調べる価値は十分にある。
「……面白くなってきたな」
湊は小さく笑った。
◇
それから湊は、三つの鉱物を観察し続けた。
水滴が落ちるたびに光るわけではない。
風のような音が聞こえる間隔も一定ではなかった。
さらに、鉱物へ照明を当てても、特別な反応は見られない。
分かったことより、分からないことの方が多い。
だが、湊は退屈していなかった。
「……条件があるなら、何か共通点があるはずなんだよな」
湊はノートを見返した。
音が聞こえた場所。
鉱物の位置。
水滴が落ちる地点。
それぞれを記録していたが、まだ明確な規則性は見つかっていなかった。
そこで、湊は別の方法を試すことにした。
今度は音が聞こえる場所を調べる。
壁に不用意に触れることは避け、少しずつ立ち位置を変えながら耳を澄ませた。
左側では聞こえない。
中央では、微かに聞こえる。
右側へ移動すると、再び音が遠くなった。
「……この辺りか」
湊は中央の鉱物の前で足を止めた。
その直後。
ひゅう。
また、風のような音が響いた。
今度は音だけではなかった。
頬に、ごく弱い空気の流れを感じたのだ。
「……っ!」
湊は思わず息を止めた。
風だ。
間違いない。
ただ音がするだけではなく、実際に空気が動いている。
湊は慎重に視線を下げた。
すると、岩壁と地面の境目に、細い隙間があることに気づいた。
表面には砂や小さな石が溜まっており、普通に見ただけでは分からないほど狭い。
湊は顔を近づけ、隙間の様子を観察した。
しばらくすると、砂粒が一つだけ動いた。
「……なるほど」
湊の目が輝いた。
この壁の向こうには、空気が流れる空間があるのかもしれない。
もちろん、ただの自然な亀裂という可能性もある。
だが、三つ並んだ鉱物と、断続的に吹く風。
少なくとも、何もない行き止まりとは言い切れなくなった。
「……これは、当たりかもしれないな」
湊はノートを開き、発見した内容を書き込んだ。
壁を壊して確かめようとは思わない。
崩落の危険があるうえ、ダンジョンの地形を勝手に破壊することも避けるべきだ。
まずは、安全に確認できる範囲で条件を調べる。
湊は三つの鉱物を見上げた。
もし、この配置に意味があるとしたら。
もし、光や風の変化が何らかの仕掛けと関係しているとしたら。
「……開く条件が、どこかにあるのか?」
答えは、まだ分からない。
それでも、湊の中には確かな手応えがあった。
誰も気に留めない行き止まりに、まだ知られていない何かが隠されているかもしれない。
その可能性だけで、胸が高鳴る。
「……いいね。こういうのを待ってたんだよ」
湊は楽しそうに笑った。
第一階層の、たった一つの行き止まり。
そこを調べるだけで、これほど多くの疑問が見つかる。
ならば、五階層すべてを隅から隅まで調べたら、どれほどの発見があるのだろう。
湊は最後にもう一度、岩壁を見つめた。
「……次は、この三つの鉱物だな」
ノートには、新しい調査目標が書き加えられていた。
『三つの青い鉱物』
『断続的に吹く風』
『岩壁の下にある細い隙間』
そして、その下にもう一行。
『隠し通路の可能性あり。開放条件は未確認』
湊はノートを閉じ、短槍を握り直した。
まだ通路を発見したわけではない。
だが、攻略済みとされるダンジョンに、新たな謎が生まれた。
それだけで、今日の探索には十分な価値があった。
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