第10話 誰も知らない攻略
《青葉洞窟》から帰宅した一ノ瀬湊は、夕食を終えるとすぐに机へ向かった。
開いたのは、これまでの探索記録をまとめたノート。第一階層の行き止まりで発見した三つの鉱物、断続的に吹く風、そして岩壁の奥から聞こえた低い音について、改めて整理するためだ。
「……絶対に何かあると思うんだけどな」
湊はペンを握り、三つの丸を横一列に描いた。
左、中央、右。
風が吹いた直後、鉱物はこの順番で光った。さらに、天井から落ちた水滴が中央の鉱物の下にあるくぼみに入ると、中央だけが強く輝くことがあった。
ただし、自分で水を落としても反応しなかった。
「水をかけるだけじゃ駄目。じゃあ、何が違う?」
湊は記録を読み返した。
水の量だろうか。それとも、天井から落ちる水には何か特別な性質があるのか。
考えられる可能性はいくつもあったが、どれも決め手に欠けている。
そこで、湊は一つの記述に目を留めた。
『風が吹いた直後、左から順番に発光』
「……タイミングか?」
湊の手が止まった。
もし、水そのものが条件ではないとしたら。
風が吹いている間だけ、水に反応する仕組みなのではないか。
「……あり得るな」
湊は新しいページを開いた。
風が吹く。
三つの鉱物が順番に光る。
その途中で、中央のくぼみに水が入る。
この一連の動作に意味があるとすれば、今までの現象にも説明がつく。
「……でも、これだけじゃまだ足りないか」
湊は椅子にもたれた。
仮説は立てられる。しかし、実際に確かめなければ答えにはならない。
何より、三つの鉱物が仕掛けであるという証拠すら、まだ得られていなかった。
それでも、口元には自然と笑みが浮かんでいた。
「……よし。明日、もう一回行こう」
湊はノートの最後に、次の検証内容を書き込んだ。
◇
翌日の日曜日。
湊は再び《青葉洞窟》の入口に立っていた。
昨日と同じ装備を身につけ、短槍と必要な道具を確認する。今回は調査のため、スマートフォンを固定できる小さなスタンドも持参していた。
「……記憶だけに頼ると、見落とすからな」
前回は鉱物の光が変化する瞬間を、目で追うことしかできなかった。
だが、映像として記録できれば、後から何度でも確認できる。変化する順番や、水滴が落ちるタイミングも比較しやすくなるはずだった。
湊は入場手続きを済ませ、第一階層へ進んだ。
最初の分岐までは、すでに何度か歩いている。
それでも油断はしなかった。
曲がり角では足を止め、通路の先を確認する。魔物の気配がないことを確かめながら、目的の行き止まりへ向かった。
「……よし。今日は静かだな」
周囲に魔物がいないことを確認し、湊は岩壁から少し離れた場所にスタンドを設置した。
画面には、三つの鉱物が収まっている。
撮影を開始すると、湊は通路を警戒できる位置へ移動した。
あとは、変化が起きるのを待つだけだ。
数分後。
ひゅう。
壁の下から風が吹いた。
左、中央、右。
三つの鉱物が順番に明るくなる。
「……一回目」
湊は時刻を記録した。
その後も同じ現象が何度か繰り返されたが、中央の鉱物が強く輝くことはなかった。
「……水滴が足りないのか?」
湊は天井を見上げた。
中央のくぼみへ落ちる水滴は、風よりも間隔が不規則だった。
両方の現象が重なる瞬間を待つ必要があるのかもしれない。
さらに観察を続けたときだった。
ひゅう。
風が吹き、左の鉱物が明るくなる。
続いて中央。
その瞬間。
ぽたん。
水滴がくぼみに落ちた。
「……っ!」
中央の鉱物が、これまでよりも強い青い光を放った。
続いて右側が明るくなる。
そして、三つの光が消える直前、岩壁の表面を細い青い線が走った。
「……今の、何だ!?」
湊は思わず一歩近づいた。
だが、すでに岩壁は元の状態へ戻っていた。
青い線も、どこにも見当たらない。
◇
「……映ってるよな?」
湊は周囲を確認してから、スマートフォンの録画を停止した。
映像を再生する。
風が吹き、鉱物が順番に光る。
中央に水滴が落ちた瞬間、青い光が強まり、右側へ伝わっていく。
そして最後に、壁の表面へ細い線が現れた。
「……間違いない」
湊は何度も映像を見返した。
線は、三つの鉱物を囲むように伸びていた。自然の亀裂にしては、形が整いすぎているように見える。
ただし、現れたのはほんの一瞬だった。
「……これ、扉の輪郭か?」
湊の胸が高鳴る。
もしそうなら、目の前の岩壁には、まだ公開されていない仕組みが隠されていることになる。
だが、すぐに首を横に振った。
「……まだ決めつけるな。光が走っただけかもしれない」
湊はノートを取り出し、確認できた事実だけを書き込んだ。
風が吹いた後、三つの鉱物が順番に発光。
中央の発光中に水滴が落下。
中央の光が強まり、岩壁に青い線が出現。
書き終えたところで、湊は一つの疑問に気づいた。
「……でも、線が出ただけで何も起こらなかったんだよな」
扉だとしても、まだ開いていない。
ならば、条件が足りないのか。
それとも、そもそも扉ではないのか。
湊は岩壁を見つめた。
もっと調べたい。
今すぐ原因を突き止めたい。
だが、時計を確認すると、すでに予定していた調査時間が近づいていた。
それに、未知の仕掛けが本当に作動した場合、何が起こるか分からない。
十分な準備もないまま、先へ進むべきではなかった。
「……仕方ない。今日はここまでか」
湊はスタンドを片づけ、短槍を握り直した。
次回は、仕掛けが動いた場合の安全な退路も考えておく必要がある。
それでも、収穫は大きかった。
単なる行き止まりだと思われていた岩壁に、これまで知らなかった反応が存在する。
その事実を、映像として記録できたのだから。
◇
帰宅後、湊は撮影した映像を何度も再生していた。
中央の鉱物が強く光り、岩壁に細い線が現れる。
そのわずかな変化が、たまらなく面白かった。
「……これだよ、これ」
前世でも、何度もこんな経験をした。
誰も気に留めなかった場所で、不自然な現象を見つける。
何度も条件を変えて試し、少しずつ仕組みに近づいていく。
そして、ついに新しい発見へたどり着く。
あの瞬間の興奮だけは、どれだけ遊んでも飽きることがなかった。
「……攻略済みって、誰が決めたんだろうな」
湊は楽しそうに呟いた。
《青葉洞窟》の最深部へ到達した探索者は、すでに大勢いる。
通常ボスを倒した者も、数え切れないほどいるのだろう。
だが、それだけでダンジョンのすべてを知ったことになるのか。
湊はノートを開き、新しいページの上部に大きく書き込んだ。
『青葉洞窟・未解明の仕掛け』
その下に、次回の検証項目を並べる。
青い線が現れる条件の再現。
岩壁の変化を安全な位置から確認。
仕掛けが開いた場合に備えた撤退経路の確保。
最後まで書き終えると、湊はペンを置いた。
レベルは、まだ1。
倒した魔物も、一匹だけ。
ダンジョンの攻略は、ほとんど進んでいない。
それでも、確かな手応えがあった。
強くなることも大切だ。
だが、湊が本当に求めているのは、それだけではない。
誰も知らない秘密を見つけ、誰も試していない方法を考え、最後にはすべてを攻略し尽くすこと。
そのためなら、何度でも挑戦する。
「……次こそ、開けてみせる」
湊は画面に映る青い線を見つめ、小さく笑った。
《青葉洞窟》の本当の攻略は、まだ始まったばかりだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも面白いと感じていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。
引き続き、湊のやり込み生活をよろしくお願いします!




