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廃人ゲーマーのダンジョン攻略記 ~やり込みすぎたら最強になっていた~  作者: 庵


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第5話 雑魚敵にも攻略法がある

ご覧いただき、ありがとうございます!


少しずつ積み重ねていく成長と、やり込みならではの攻略の面白さを楽しんでいただければ幸いです。


今回もよろしくお願いします!


 薄暗い洞窟の通路で、一ノ瀬湊は初めて目にする魔物と向き合っていた。


 半透明の丸い体が、地面の上をゆっくりと移動している。大きさは人間の膝ほどで、青白い光を受けた表面が、水のように揺れていた。


 前世で何度も見た、スライムによく似た姿だった。


「……見た目は完全に雑魚敵なんだけどな」


 湊は小さく呟き、短槍を握り直した。


 ゲームなら、最初の一撃で倒せるような相手かもしれない。しかし、今の自分はレベル1で、戦闘経験もない。相手の能力が分からない以上、弱そうだからと油断するわけにはいかなかった。


 まず確認するべきは、移動速度と攻撃方法だ。


 湊は魔物から目を離さず、ゆっくりと一歩後退した。


 すると、半透明の体がわずかに震えた。


「……ん?」


 スライムのような魔物は、それまでとは明らかに違う動きを見せた。


 丸かった体が前後に伸び、こちらへ向きを変える。


 目らしい器官は見当たらない。それなのに、湊の位置を正確に捉えているようだった。


「こっちに気づいたか」


 距離は、およそ五メートル。


 まだ十分に離れている。


 湊は慎重に足を動かし、先ほど通ってきた通路へ少しずつ戻った。


 曲がり角の近くで戦えば、背後の状況が分からなくなる。ならば、見通しのいい場所まで誘導した方が安全だ。


 魔物は、湊の動きに合わせるようにゆっくりと前進してきた。


 ずるり、ずるり。


 湿った布を岩の上で引きずるような、不快な音が響く。


「……移動は遅いな。普通に歩くより少し遅いくらいか?」


 湊は距離を保ちながら観察を続けた。


 体を伸ばして前へ進み、再び丸くなる。その動作を繰り返すことで、少しずつ移動しているらしい。


 今のところ、こちらへ飛びかかってくる様子はない。


 ただし、それだけで攻撃手段を持たないとは判断できなかった。


 湊は短槍の穂先を相手へ向け、足を止めた。


「さて……どこまで近づいたら反応する?」


 前世で数え切れないほど繰り返した、敵の行動範囲を調べる作業。


 ただし、今回は失敗してもやり直せない。


 その違いを、湊は強く意識していた。


 魔物との距離が、およそ三メートルまで縮まった。


 その瞬間だった。


 半透明の体が、ぐにゃりと沈み込んだ。


「……っ!」


 次の瞬間、魔物が勢いよく跳ねた。


 地面を蹴ったような鋭い動きだった。ゆっくり這っていたときとは比較にならない速さで、湊の足元へ向かって飛んでくる。


「うわっ!」


 反射的に横へ跳ぶ。


 魔物は先ほどまで湊が立っていた場所に落下し、湿った音を立てて地面へ広がった。


 岩肌にぶつかった体が、震えながら元の形へ戻っていく。


 湊は慌てて距離を取った。


「……危なっ!」


 心臓が激しく鳴っている。


 実際に攻撃を受けたわけではない。それでも、目の前に何かが飛び込んでくるという経験は、想像していた以上に恐ろしかった。


 前世のゲームでは、画面越しに何度も避けてきた攻撃だ。


 だが、今は違う。


 相手の動きを見誤れば、自分の体に直接ぶつかってくる。


 湊は乾いた唾を飲み込んだ。


「……なるほど。普段は遅いけど、攻撃するときだけ速くなるのか」


 目の前の魔物は、まだ地面に広がったままだった。


 落下した直後は体をうまくまとめられないのか、ゆっくりと震えながら丸い形へ戻ろうとしている。


 湊はその動きを注意深く見つめた。


 攻撃前には体を低くする。


 そして、跳ねる。


 着地した後は、元の形に戻るまで時間がかかる。


「……隙があるな」


 湊の表情が変わった。


 恐怖が消えたわけではない。


 しかし、分からなかった敵の動きに、一つだけ規則性が見つかった。


 それだけで、少し気持ちが落ち着いた。



     ◇



 次の攻撃が来るまで、湊は距離を保ちながら魔物の様子を観察した。


 数秒ほど経過すると、半透明の体が再び丸くなる。


 魔物はゆっくりとこちらへ向かってきた。


「……もう一回、確認するか」


 湊は短槍を構え直した。


 相手の攻撃を誘うとしても、無理に近づく必要はない。いつでも後退できる位置を確保し、周囲に障害物がないことを確かめる。


 魔物との距離が縮まる。


 四メートル。


 三メートル。


 そして、先ほどと同じように体が沈み込んだ。


「来る!」


 湊は予備動作を見た瞬間、横へ踏み出した。


 魔物が跳ねる。


 半透明の体が目の前を通り過ぎ、地面にぶつかった。


 今度は、先ほどほど慌てなかった。


 飛びかかる直前に体が縮むことを知っていたからだ。


「……よし。やっぱり同じ動きだ」


 湊は魔物から目を離さず、短槍を前へ突き出した。


 狙いは、地面に広がった体の中央。


 まだ元の形に戻っていない今なら、反撃される危険は少ないはずだった。


 しかし。


「……あれ?」


 穂先は半透明の体へ突き刺さったものの、手応えがほとんどなかった。


 水の入った袋を突いたような感触が伝わる。


 確かに攻撃は当たっている。


 それなのに、魔物は倒れなかった。


「……効いてない?」


 湊は慌てて槍を引き戻した。


 穂先には透明な液体が付着していたが、魔物の体には大きな変化がない。


 刺した部分はすでに塞がり始めているように見えた。


「ちょっと待てよ……」


 湊は眉をひそめた。


 普通の生き物なら、体の中央を刺されれば大きな傷になる。しかし、目の前の魔物には骨も筋肉も見当たらない。


 体そのものが、柔らかい液体のようなもので構成されているらしい。


 ならば、ただ突き刺すだけでは駄目なのかもしれない。


「……やっぱり、見た目だけで判断するのは危険だな」


 湊は再び距離を取った。


 魔物はゆっくりと体を丸め、何事もなかったかのように移動を再開する。


 先ほどの一撃は、ほとんど意味がなかったようだ。


 それでも、無駄な行動だったとは思わない。


 少なくとも、普通に刺しただけでは倒せない可能性が高いことが分かった。


 湊は魔物の体を注意深く観察した。


 半透明の内部には、光を反射する小さな部分がいくつか見える。


 最初は洞窟の鉱物が映り込んでいるだけだと思っていた。


 だが、よく見ると、そのうちの一つだけ動き方が違う。


「……あれ?」


 体の中央付近に、小さな濃い色の塊があった。


 魔物が動くたびに位置を変えているが、外側の柔らかい部分とは違い、形が崩れていない。


 湊は目を細めた。


「……もしかして、あれが弱点か?」


 確証はない。


 だが、ほかの部分とは明らかに構造が違う。


 もし、あの塊が魔物の動きを維持するために必要なものなら、そこを傷つけることで倒せる可能性がある。


 湊は小さく息を吐いた。


「よし。次は、あそこを狙ってみるか」



     ◇



 問題は、どうやって狙うかだった。


 魔物の体は常に形を変えている。内部の塊も同じ場所に固定されているわけではなく、動きに合わせて位置が変わっていた。


 何も考えずに槍を突き出しても、再び外してしまう可能性が高い。


 湊はこれまでに確認した行動を、頭の中で整理した。


 通常の移動は遅い。


 一定の距離まで近づくと、体を縮めて跳躍する。


 そして、着地直後には動きが鈍くなる。


 狙うなら、その瞬間だ。


「……だったら、やることは一つだな」


 湊は慎重に位置を調整した。


 背後には、入口へ続く通路がある。いつでも撤退できるよう、逃げ道を塞がない場所を選んだ。


 魔物が近づいてくる。


 湊は短槍を構え、穂先を少し下げた。


 体が沈み込む。


 その動きを見た瞬間、湊は横へ動いた。


 魔物が跳ねる。


 しかし、今度は予想していた位置よりも少し手前へ落下した。


「……っ!」


 避ける動きが遅れた。


 半透明の体の端が、湊の靴に触れる。


 次の瞬間、足元にぬるりとした感触が走った。


「うわっ!」


 反射的に後退しようとした湊は、濡れた岩の上で足を滑らせた。


 体が大きく傾く。


 咄嗟に左手を壁へ伸ばし、何とか転倒を防いだ。


 だが、その拍子に岩の出っ張りで手の甲を擦ってしまった。


「……痛っ!」


 鋭い痛みが走る。


 見ると、皮膚の一部が薄く擦れ、赤くなっていた。


 大きな怪我ではない。


 それでも、自分の体に傷がついたという事実が、湊を一瞬で冷静にさせた。


「……危なかった」


 湊は慌てて距離を取った。


 魔物は再び、ゆっくりと丸い形へ戻り始めている。


 先ほどまで、敵の動きはほとんど理解できたと思っていた。


 だが、実際には違った。


 跳躍の距離には多少のばらつきがある。


 地面は濡れていて、足元も不安定だ。


 避ける方向を決めていても、思ったとおりに体が動くとは限らない。


「……なるほどな」


 湊は左手を握り、痛みを確かめた。


 指は問題なく動く。


 槍を持つことにも、大きな支障はなさそうだった。


 しかし、これ以上の無理はできない。


 湊は一度、入口へ続く通路を振り返った。


 ここで撤退するという選択肢もある。


 初めての戦闘で得た情報は多い。敵の移動方法も攻撃の予備動作も、ある程度確認できた。


 今日はここまでにして、次回へ回してもいい。


 そう考えたところで、湊はもう一度魔物を見た。


 敵はまだ体をまとめている途中だった。


 こちらとの距離は十分にある。


 そして、今の湊にはまだ動ける余力が残っていた。


「……あと一回だけ試すか」


 ただし、次の一撃で倒せなければ撤退する。


 湊はそう決めた。


 戦闘を続ける理由と、やめる条件。


 その両方を明確にしてから、短槍を握り直した。



     ◇



 魔物が再び動き始めた。


 湊は正面から近づくことを避け、通路の中央で相手を待った。


 目の前の敵は強くないのかもしれない。


 しかし、それは能力を理解し、適切に対処できる者にとっての話だ。


 少なくとも、今の自分が油断していい相手ではなかった。


「……来い」


 湊は呼吸を整えた。


 魔物との距離が縮まる。


 そして、体が沈み込んだ。


 湊は予備動作を確認すると、今度は大きく横へ移動した。


 足元の状態を確かめながら、余裕を持って距離を取る。


 魔物が跳ねた。


 半透明の体が空中へ浮かび、湊のいた場所に落下する。


 湿った音が響いた。


 魔物の体が、地面に広がる。


「……今だ!」


 湊は短槍を構え直した。


 狙うのは、体の中央に見える小さな塊。


 焦って腕だけを伸ばすのではなく、足を踏み込み、両手で槍の動きを支える。


 穂先が、半透明の体へ吸い込まれた。


 柔らかな抵抗。


 そして、その奥で。


 かつん、と硬いものに触れる感触があった。


「……っ!」


 湊はさらに槍を押し込んだ。


 次の瞬間、短い破裂音が響いた。


 体の中央にあった塊が砕け、半透明の魔物が大きく震える。


 それまで一定の形を保っていた体が、突然崩れ始めた。


 丸く戻ろうとする動きが止まり、透明な液体のようなものが地面へ広がっていく。


 やがて、魔物は完全に動かなくなった。


「……倒した?」


 湊は槍を構えたまま、その場を動かなかった。


 まだ攻撃してくるかもしれない。


 動かなくなったふりをしているだけという可能性もある。


 しばらく観察したが、魔物が再び動く様子はなかった。


 湊は慎重に一歩近づき、距離を保ったまま状態を確認した。


「……本当に、倒せたのか」


 胸の奥から、じわじわと実感が湧いてきた。


 初めての戦闘。


 初めての魔物。


 そして、初めての勝利。


 決して華麗な戦いではなかった。


 攻撃を外し、足を滑らせ、手に小さな傷まで作ってしまった。


 それでも、自分の力で魔物を倒した。


「……よっしゃ!」


 思わず声が出た。


 洞窟の中に響いた自分の声に驚き、湊は慌てて口を閉じる。


 ほかの魔物が近くにいるかもしれない。


 浮かれている場合ではなかった。


 それでも、自然と笑みがこぼれてしまう。


「……面白いな、これ」


 湊は小さく呟いた。


 ゲームの中で何千回も経験したはずの、最初の敵を倒すという行為。


 だが、実際に自分の体を動かし、敵の行動を観察し、考えた方法で勝利するという経験は、想像していた以上に達成感があった。


 湊は落ち着いてからステータスを確認した。


 レベルは1のまま。


 スキルも【疲労回復】Lv.1から変化していない。


「……さすがに一匹じゃレベルアップしないか」


 少し残念だったが、不満はなかった。


 最初の戦闘でいきなり強くなれるとは思っていない。


 重要なのは、実際に魔物を倒せたことだ。


 そして、勝つための方法を一つ見つけたことだった。


「……あとは、どれくらい安定して倒せるかだな」


 湊は魔物のいた場所を見つめた。


 今回の戦闘で、いくつか分かったことがある。


 正面から適当に突いても、十分な効果は得られなかった。


 しかし、体の内部にある硬い部分を狙えば、倒すことができた。


 さらに、跳躍後には明確な隙がある。


 これらの情報を組み合わせれば、次からはもっと安全に戦えるかもしれない。


 もちろん、一匹の行動だけで、すべての個体が同じだと決めつけることはできない。


 検証を重ねる必要がある。


「……これは、やり込みがいがありそうだ」


 湊は楽しそうに笑った。



     ◇



 戦闘を終えた湊は、近くに魔物の気配がないことを確かめてから、壁際で装備を確認した。


 短槍の穂先には、透明な液体が付着していた。


 湊は持参した布で慎重に拭き取り、刃に目立った異常がないことを確かめる。


 続いて、擦りむいた左手を確認した。


「……思ったより痛いな」


 傷自体は浅い。


 それでも、岩に擦れた部分は赤くなり、触れるとひりひりした。


 湊は応急処置用品を取り出し、傷口を手当てした。


 当然、【疲労回復】を使ったところで治るわけではない。


 スキルの説明にあったとおり、疲労と負傷は別物なのだ。


「……まずは一匹。これで十分だな」


 湊はスマートフォンのメモ帳を開いた。


 戦闘時間を正確に測っていたわけではないため、曖昧な数値は書かない。


 代わりに、実際に確認できた行動を記録していく。


『青葉洞窟・第一階層』


『遭遇魔物:スライム状の小型魔物』


『通常移動:低速』


『攻撃:体を縮めた後、前方へ跳躍』


『着地後:体が元に戻るまで動きが鈍い』


『有効だった攻撃:内部の硬い部分への刺突』


『注意点:跳躍距離にばらつきあり。足元の滑りにも注意』


 入力を終えた湊は、満足そうに頷いた。


 これで、次の戦闘に使える情報が一つ増えた。


 何も知らなかったときよりも、少しだけ有利に戦えるはずだ。


 湊は槍を持ち直し、来た道を振り返った。


 まだ探索を続けようと思えば、進めるかもしれない。


 だが、今日は初めての戦闘を経験し、軽い怪我もしている。


 これ以上欲張る必要はなかった。


「……帰るか」


 湊はそう呟き、入口へ向かって歩き始めた。


 帰り道でも、周囲への警戒は怠らない。


 曲がり角では一度足を止め、先の通路を確認する。


 分岐に差しかかったところで、奥から小さな物音が聞こえた。


 湊はすぐに動きを止めた。


 先ほど聞いたものと、よく似た音だった。


 ずるり、ずるり。


 何かが岩の上を這うような音。


「……またいるのか?」


 通路の先を慎重に覗くと、半透明の小さな影が見えた。


 先ほど倒したものと、よく似た魔物だった。


 今なら、もう一匹倒せるかもしれない。


 同じ方法が通用するか、確認する機会でもある。


 湊の胸が、再び高鳴った。


 だが、すぐに首を横に振る。


「……いや、今日はここまでだ」


 初めての戦闘を終えたばかりだ。


 手には傷があり、慣れない武器を握り続けた腕にも疲れが残っている。


 次も同じように勝てる保証はない。


 湊は相手に気づかれないよう距離を取り、通路の安全を確認しながら入口へ向かった。


 今は撤退する。


 だが、それは攻略を諦めるという意味ではなかった。


 今日分かったことを整理し、次の戦闘に備える。


 武器の扱いも練習しなければならない。


 そして、まだ十分に試せていない【疲労回復】の性能も、もっと詳しく調べる必要がある。


「……やること、多すぎるだろ」


 湊は思わず笑った。


 レベルは1。


 倒した魔物は、まだ一匹。


 ダンジョンの第一階層すら、ほとんど探索できていない。


 それでも、昨日まで何も知らなかった自分とは違う。


 一つの敵を観察し、一つの攻略法を見つけた。


 その小さな積み重ねが、いつか大きな差になるはずだった。


「……次は、もっと上手くやってやる」


 薄暗い洞窟の向こうに、入口から差し込む明るい光が見えてきた。


 湊は短槍を握り直し、その光へ向かって歩き続けた

今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございます!


皆さまに楽しんでいただける物語を目指して、これからも丁寧に書き続けていきます。


続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです!


次回もぜひよろしくお願いします!

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