第3話 探索者登録
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少しずつ積み重ねていく成長と、やり込みならではの攻略の面白さを楽しんでいただければ幸いです。
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探索者になるためには、まず保護者の同意が必要だった。
その事実を確認した一ノ瀬湊は、夕食の準備をしている母親のもとへ向かった。手には探索者協会の公式アプリを開いたスマートフォンを持ち、登録に必要な手続きも一通り調べてある。
「母さん、ちょっと相談があるんだけど」
「どうしたの? また探索者の話?」
母親は野菜を切る手を止め、湊に顔を向けた。
「うん。探索者登録をしたいんだけど、未成年だから保護者の同意が必要なんだ。手続き、お願いできないかな」
「……本当にやるつもりなのね」
母親の表情が、少しだけ曇った。
昨日も登録したいと話していたらしいが、そのときの湊には現在の記憶がなかった。今の湊にとっては初めての相談でも、母親にしてみれば、息子が何度も同じ話をしていることになる。
「危ない仕事だってことは分かってる?」
「分かってる。だから、最初は初心者向けのダンジョンにしか行かないし、装備もちゃんと揃える。協会の講習も受けるつもりだよ」
湊はスマートフォンの画面を見せながら説明した。
探索者登録の条件、安全講習の内容、ダンジョンへの入場制限。調べたことを順番に伝えていくと、母親は少し驚いたように画面を覗き込んだ。
「……随分ちゃんと調べたのね」
「何も知らずに入る方が怖いからね」
それは本心だった。
ゲームなら、失敗しても再挑戦すればいい。だが、この世界では一度の判断ミスが取り返しのつかない結果につながる。
だからこそ、事前に調べられることは徹底的に調べておきたかった。
「お父さんが帰ってきたら、一緒に相談しましょう。私だけでは決められないから」
「分かった。ありがとう」
湊は素直に頷いた。
今すぐ登録したい気持ちはあるが、ここで焦っても仕方がない。むしろ、探索を始める前に家族の理解を得ておくことは、今後の活動を続けるうえでも重要だろう。
◇
その日の夕食後、湊は改めて両親に探索者登録の話を切り出した。
父親は最後まで話を聞くと、腕を組んで考え込んだ。母親も不安そうな顔をしていたが、頭ごなしに反対するつもりはないようだった。
「湊。探索者が危険な仕事だということは、本当に理解しているんだな?」
「うん。昨日の事故の話も聞いたし、協会の資料も読んだ」
「なら、一つ聞かせてくれ。どうしてそこまで探索者になりたいんだ?」
父親の問いに、湊は少しだけ言葉を探した。
ダンジョンを攻略したい。
隠された場所を見つけたい。
魔物を倒してレベルを上げ、自分がどこまで強くなれるのか確かめたい。
理由なら、いくらでもある。
だが、それをすべて説明したところで、両親を安心させられるとは思えなかった。
「……知らない場所を、自分の力で攻略してみたいんだ」
湊は真剣な表情で答えた。
「もちろん、すぐに難しい場所へ行くつもりはないよ。まずは安全に帰ってこられるだけの知識と実力を身につけたい。そのうえで、少しずつ挑戦してみたいんだ」
父親はしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと息を吐く。
「……昔から、興味を持ったことにはとことん熱中するところがあったからな」
「そうね。一度決めたら、なかなか諦めないものね」
母親も困ったように笑った。
どうやら、この体の持ち主も、何かに夢中になる性格だったらしい。前世の自分と似ている部分があることに、湊は少し不思議な気持ちになった。
「登録すること自体は認めよう。ただし、無理はしないこと。危ないと思ったら、すぐに引き返すこと。それだけは約束してくれ」
「分かった。絶対に守る」
湊が答えると、父親は小さく頷いた。
「それと、学校をおろそかにするなよ。探索者になるからって、何をしてもいいわけじゃないんだからな」
「……そこも気をつけるよ」
少しだけ返事が遅れたことに、母親が苦笑する。
ともあれ、こうして保護者の同意を得ることができた。
その週の土曜日。
湊は母親と一緒に、探索者協会の施設を訪れることになった。
◇
土曜日の朝。
新潟県内にある探索者協会の施設は、湊が想像していた以上に大きかった。
ガラス張りの入口を抜けると、広々とした受付ホールが現れる。壁にはダンジョンの危険情報や講習の案内が掲示され、奥には装備を身につけた探索者たちの姿もあった。
「……おお」
湊は思わず足を止めた。
防具を着込んだ男性が、大きな荷物を背負って通り過ぎていく。その後ろには、腰に剣を提げた女性と、長い杖を持った青年が続いていた。
もちろん、武器には安全のための覆いが取り付けられている。
それでも、実際に探索者の装備を目にすると、胸が高鳴った。
「湊、あんまりきょろきょろしないの」
「ごめん。ちょっと気になって」
母親に声をかけられ、湊は慌てて受付へ向かった。
窓口で登録希望であることを伝えると、職員が必要書類を確認してくれた。本人確認書類、保護者の同意に関する書類、そして登録申請書。
あらかじめ準備してきたおかげで、大きな問題はなかった。
「一ノ瀬湊さんですね。十五歳ということですので、登録後も入場できるダンジョンには制限があります」
「はい。確認しています」
「本日は、このあと安全講習を受けていただきます。終了後に登録手続きを完了できますが、よろしいですか?」
「お願いします」
職員は頷き、講習会場の場所を案内した。
母親とは一度ここで別れることになった。手続きを終えたら連絡するよう約束し、湊は一人で会場へ向かう。
廊下を歩きながら、自然と足取りが速くなった。
いよいよ、探索者になる。
たったそれだけのことなのに、前世で新作ゲームの発売日を迎えたときのような高揚感があった。
「……落ち着け、俺」
小さく呟き、湊は深呼吸した。
まだ登録すら終わっていない。
浮かれるのは、せめて最初のダンジョンから無事に帰ってきてからにしよう。
◇
安全講習の会場には、湊のほかにも数人の登録希望者が集まっていた。
同年代らしい少年少女もいれば、社会人と思われる年齢の人もいる。全員がこれから探索者を目指すのだと思うと、不思議な親近感が湧いた。
やがて、一人の男性職員が前に立った。
「それでは、初心者向け安全講習を始めます。最初に、皆さんへ一つ質問があります」
男性は会場を見渡し、静かに問いかけた。
「ダンジョンに入った探索者が、最も優先すべきことは何だと思いますか?」
参加者たちが顔を見合わせる。
「魔物を倒すことですか?」
「……危険な場所に近づかないこと?」
何人かが答えたが、職員は首を横に振った。
「どちらも大切ですが、最優先ではありません。正解は、生きて帰ってくることです」
その言葉に、湊は静かに頷いた。
「探索者の仕事は魔物を倒すことだけではありません。素材の採取や調査、情報収集など、活動内容はさまざまです。しかし、どれほど大きな成果を上げても、命を失ってしまえば次の探索はありません」
職員は画面を切り替え、実際に発生した事故の事例を紹介し始めた。
装備を過信して格上の魔物に挑んだ探索者。帰還経路を確認しないまま奥へ進み、道に迷った初心者。仲間の負傷を軽く考え、撤退が遅れてしまったパーティー。
どれも、最初から命を落とすつもりで行動したわけではない。
ほんの少しの油断が、重大な事故につながっていた。
「……なるほどな」
湊は配布された資料に目を落とした。
攻略に夢中になると、目の前の目標以外が見えなくなることがある。それは前世の自分にも、嫌というほど覚えがあった。
実際、ゲームに熱中しすぎた結果、一度命を落としている。
今度こそ、同じ失敗を繰り返すわけにはいかない。
講習はその後も続いた。
魔物との距離の取り方、負傷時の応急対応、探索中の連絡手段、入場前の装備確認。湊は説明を聞きながら、気になった部分を細かくメモしていった。
特に重要だと感じたのは、撤退の判断だった。
ダンジョンでは、行きより帰りの方が難しくなる場合がある。戦闘によって体力を消耗し、消耗品も減った状態で、同じ距離を戻らなければならないからだ。
「だから、奥へ進めるかどうかだけで判断しないでください。無事に戻る余力があるかどうかも考える必要があります」
職員の説明を聞きながら、湊は自分のスキルを思い浮かべた。
【疲労回復】。
疲れを軽減できるという点では、探索に役立つ可能性がある。
だが、だからといって帰還に必要な体力を計算に入れなくていいわけではない。そもそも、スキルをいつでも使用できるかどうかさえ、まだ確認できていなかった。
使えるかどうか分からない能力を前提に行動するのは危険だ。
湊はメモ帳に、新しい一文を書き加えた。
『帰還に必要な余力は、スキルを使わない前提で確保する』
書き終えると、自然と気持ちが引き締まった。
◇
講習の後半では、簡単な状況判断の演習が行われた。
参加者に配られたのは、架空のダンジョンを描いた一枚の地図だった。
入口から伸びる通路は途中で二つに分かれ、片方には魔物の出現地点、もう片方には未調査の区域が記されている。さらに、探索者の体力や所持品についても条件が設定されていた。
「皆さんは現在、探索を始めてから二時間が経過しています。回復用の消耗品は残りわずかで、仲間の一人が足を痛めています。この状況で、次にどう行動しますか?」
職員が問いかける。
地図を見た湊は、すぐに未調査区域へ目を向けた。
まだ誰も確認していない場所。
そこに何があるのか、気にならないはずがない。
もしゲームなら、間違いなく調べに向かっていただろう。
しかし、今は違う。
湊は負傷した仲間の状態と、帰還経路に視線を移した。
「……撤退します」
職員が湊を見る。
「理由を聞かせてもらえますか?」
「未調査区域の危険性が分からないうえに、仲間が負傷しています。消耗品も少ないので、ここから探索を続けると帰還が難しくなる可能性があります」
湊は地図の通路を指でなぞった。
「それに、今いる場所から入口までにも魔物の出現地点があります。帰り道で戦闘になることを考えると、余裕があるとは思えません」
「そうですね。適切な判断です」
職員は頷いた。
「重要なのは、探索を続ける理由だけでなく、撤退すべき理由を確認することです。今回は、未調査区域を諦めて帰還するのが安全でしょう」
湊は地図を見つめたまま、小さく息を吐いた。
未調査区域を残して帰る。
前世の自分なら、なかなか受け入れられなかった選択だ。
だが、この世界では、今日調べられなかった場所も、生きていれば明日また挑戦できる。
完全攻略とは、一度の探索ですべてを終わらせることではない。
何度でも準備を整え、少しずつ情報を積み重ねていけばいい。
「……そう考えれば、撤退も攻略の一部か」
湊の呟きは、周囲の誰にも聞こえなかった。
それでも、その考え方はしっかりと胸に刻まれた。
◇
すべての講習が終了した頃には、湊の手元の資料にはいくつもの書き込みが増えていた。
受付へ戻ると、先ほどの職員が登録手続きの続きを進めてくれた。確認事項に答え、必要な説明を受けた後、ついに一枚のカードが手渡される。
「お待たせしました。こちらが探索者登録証です」
湊は両手でカードを受け取った。
そこには、自分の名前と登録情報が記されている。
「……これで、探索者になれたんですね」
「はい。ただし、登録したばかりの方には活動上の制限があります。入場するダンジョンの条件を、毎回必ず確認してください」
「分かりました」
湊は真剣に頷いた。
登録証を手にしたからといって、突然強くなったわけではない。
レベルは1のまま。
保有スキルも【疲労回復】Lv.1だけ。
魔物との戦闘経験すら、一度もなかった。
それでも、これでようやくスタートラインに立つことができた。
「一ノ瀬さんは、最初にどちらのダンジョンへ行く予定ですか?」
「青葉洞窟を考えています」
「初心者向けとして案内されている場所ですね。ですが、F級だからといって油断しないようにしてください」
「はい。装備を揃えて、十分に準備してから挑戦します」
職員は頷き、初心者向けの装備についてまとめられた資料を差し出した。
湊は礼を言って受け取り、受付を離れた。
ホールに戻ると、先ほど見かけた探索者たちの姿があった。使い込まれた防具、傷のついた武器、重そうな荷物。
その一つ一つが、湊の好奇心を刺激する。
彼らは、どんなダンジョンへ行っているのだろう。
どんな魔物と戦い、どんな装備を手に入れたのだろう。
そして、自分はこれから、どんな場所を攻略することになるのだろう。
「……楽しみだな」
思わず笑みがこぼれた。
探索者登録証をもう一度確認し、湊はスマートフォンを取り出した。
母親へ手続きが終わったことを連絡すると、すぐに返信が届く。
『お疲れさま。入口で待ってるね』
湊はカードを大切にしまい、出口へ向かった。
歩きながら、頭の中ではすでに次の準備が始まっていた。
武器は何を選ぶべきか。
防具はどの程度必要なのか。
最低限持っていくべき道具は何か。
そして、初めてのダンジョンで、どこまで探索できるのか。
考えなければならないことは山ほどある。
だが、不思議と面倒には感じなかった。
むしろ、準備に時間がかかることさえ楽しかった。
「さて……まずは装備選びからだな」
湊は小さく呟き、協会の入口を抜けた。
目指すは、日本全国のダンジョン完全攻略。
その第一歩となる《青葉洞窟》は、もうすぐそこまで近づいていた。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございます!
皆さまに楽しんでいただける物語を目指して、これからも丁寧に書き続けていきます。
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