第19話 空を飛ぶ敵の攻略法
空を飛ぶ敵を、どうやって安定して倒すか。
この一週間、一ノ瀬湊はそのことを考え続けていた。
前回の《青葉洞窟》第二階層では、洞窟蝙蝠を初めて討伐した。しかし、相手の急降下を見切れず、左腕に傷を負っている。
幸い傷は浅く、今ではほとんど痛みもない。
「……問題は、攻撃するタイミングなんだよな」
土曜日の朝。
湊は自宅の庭で短槍を構えていた。
洞窟蝙蝠は、槍を突き出すと空中で進路を変える。
つまり、相手が遠くにいるうちに攻撃しても、簡単に避けられてしまうのだ。
だからといって、接近するまで待ちすぎれば爪で攻撃される。
「……ギリギリまで引きつけて、こっちは最小限の動きで避ける」
湊は一歩横へ移動し、槍を斜め上へ突き出した。
すぐに引き戻す。
もう一度、同じ動作を繰り返した。
前回の戦闘で成功した、回避からの突き。
それを何度も反復してきた。
「……よし。あとは実戦だな」
湊は練習を切り上げ、装備を整えた。
◇
昼前。
《青葉洞窟》第二階層へ到着した湊は、慎重に通路を進んでいた。
第一階層でスライムを一匹倒してきたが、今のところ体力には余裕がある。
第二階層は相変わらず湿気が多い。
天井も高く、青い鉱物の光だけでは奥まで見通せなかった。
「……いたな」
前方の天井に、黒い影がぶら下がっている。
洞窟蝙蝠だ。
湊は足を止め、周囲を確認した。
幸い、近くにほかの魔物はいない。
「……一匹だけなら、試せるな」
湊は天井の低い通路へ少し戻り、短槍を構えた。
そして、相手のいる方向へゆっくり近づく。
洞窟蝙蝠が動いた。
黒い翼を広げ、天井から飛び立つ。
「……来い」
湊は穂先を上へ向けすぎず、胸元で構えた。
洞窟蝙蝠が旋回する。
次の瞬間、急降下してきた。
速い。
だが、今回は慌てなかった。
十分に引きつけてから、半歩だけ横へ動く。
黒い影が目の前を通過した。
「……今だ!」
湊は槍を斜め上へ突き出した。
穂先が翼の付け根を捉える。
洞窟蝙蝠が甲高い声を上げ、地面へ落下した。
すぐに踏み込み、胴体へ追撃する。
魔物が動かなくなった。
「……よしっ!」
湊は短槍を引き戻した。
初めての戦闘では何度も攻撃を外した相手を、今回は最初の反撃で落とすことができた。
「……練習した動きが使えたな」
思わず笑みが浮かぶ。
ただし、成功したのはまだ一回だ。
別の個体にも通用するか、確かめる必要があった。
◇
二匹目の洞窟蝙蝠は、通路の曲がり角で遭遇した。
羽音が聞こえた瞬間、湊は立ち止まった。
天井を見上げると、すでに黒い影が動いている。
「……まずい!」
洞窟蝙蝠が急降下してきた。
湊は横へ避けようとしたが、足元には小さな段差があった。
無理に動けば転倒する。
咄嗟に槍の柄を斜めに掲げると、洞窟蝙蝠の爪が木製の柄にぶつかった。
硬い音が響く。
「……くっ!」
衝撃で腕が痺れた。
湊は後退し、平らな場所まで移動した。
洞窟蝙蝠はすぐに方向を変え、再び天井へ上がっていく。
「……危なかったな」
今の攻撃は、ほとんど反応できなかった。
前回のように相手を十分観察できるとは限らない。
そして、地形が悪ければ練習した回避動作も使えない。
「……戦う場所が大事なのは、こいつも同じか」
湊は天井を見上げた。
洞窟蝙蝠が再び旋回を始めている。
湊は少しずつ後退し、天井が低くなる場所へ移動した。
ここなら、相手が急降下するための空間も狭い。
洞窟蝙蝠が飛び込んでくる。
湊は横へ半歩。
しかし、今度の相手は直前で高度を変えた。
「……っ!」
穂先が届かない。
洞窟蝙蝠は頭上を通り過ぎ、再び飛び上がった。
「……なるほどな」
湊は歯を食いしばった。
翼を狙えば必ず落とせるわけではない。
相手の動きに合わせて、攻撃する高さも変える必要がある。
三度目の急降下。
湊は槍を動かさず、相手が近づくのを待った。
洞窟蝙蝠が進路を変える。
それを確認した瞬間、湊は穂先を振り上げるように突き出した。
硬い手応え。
洞窟蝙蝠の翼に槍が当たり、黒い体が地面へ転がった。
「……そこだ!」
すぐに距離を詰め、胴体を突く。
洞窟蝙蝠は短く暴れた後、動かなくなった。
「……ふうっ」
湊は大きく息を吐いた。
二匹目の討伐。
だが、一匹目よりずっと苦戦した。
「……やっぱり、毎回同じじゃないな」
湊はノートを開いた。
『急降下中に高度を変える個体あり』
『足場が悪い場所では回避を優先しない』
『低い天井を利用すると動きを制限できる』
書き終えると、満足そうに頷いた。
新しい戦い方が、少しずつ自分のものになっている。
◇
湊は一度休憩を取った。
腕と脚には疲れが溜まっている。
水分を補給し、十分に体を休ませてから【疲労回復】を発動した。
体の重さが少し和らぐ。
「……よし。あと少しだけ進んでみるか」
探索を再開すると、通路の先で岩鼠を発見した。
第一階層でも戦ったことのある魔物だ。
湊は平らな場所まで相手を誘導し、短槍を構えた。
岩鼠が突進してくる。
湊は進路を塞ぐように穂先を向け、横へ回り込んだ瞬間を狙った。
槍が胴体を捉える。
負傷した岩鼠が再び飛びかかってきたが、湊は落ち着いて後退し、二度目の攻撃で討伐した。
「……よし。三匹目」
湊は呼吸を整えた。
スライム、洞窟蝙蝠、岩鼠。
今日の討伐数は、これで四匹になった。
短槍を引き戻した、そのときだった。
視界の端に、半透明の文字が浮かび上がった。
【レベルアップ】
レベル:4 → 5
「……おおっ!」
湊は思わず声を上げた。
「……よし! レベル5!」
すぐにステータスを確認する。
【個人情報】
名前:一ノ瀬 湊
レベル:5
保有スキル
【疲労回復】Lv.1
間違いない。
レベルが一つ上がっていた。
「……いいね。ちゃんと経験値が積み重なってる!」
湊は嬉しそうに笑った。
第一階層では、スライムを倒すだけでも苦労していた。
それが今では岩鼠を相手に戦えるようになり、第二階層の洞窟蝙蝠も攻略し始めている。
レベルだけではない。
槍の扱い方も、敵を見る余裕も、以前とは違っていた。
「……よし。次はもっと奥へ進めそうだな」
湊は短槍を握り直した。
ただし、今日の探索はここまでにする。
戦闘を重ねた体には疲労が残っているし、【疲労回復】もすでに使っていた。
レベルが上がったからといって、無理をする理由にはならない。
「……まだまだ先は長いしな」
湊は入口へ向かって歩き始めた。
◇
帰宅後。
湊は机に向かい、今日の戦闘記録を整理していた。
洞窟蝙蝠は二匹討伐。
岩鼠は一匹。
第一階層で倒したスライムを合わせれば、今日の討伐数は四匹だ。
累計討伐数は三十四匹。
そして、レベル5。
「……だいぶ形になってきたな」
湊はノートを見つめた。
レベル上げを続けるためには、安定して敵を倒せる場所が必要になる。
第二階層でも、少しずつ戦闘経験を積めるようになってきた。
だが、まだ安心はできない。
洞窟蝙蝠が二匹同時に襲ってきたら。
岩鼠と洞窟蝙蝠が一緒に現れたら。
今の自分では、苦戦する可能性が高い。
「……次は、複数の敵への対処も考えないとな」
湊は新しい目標を書き込んだ。
『第二階層の狩り場を確保する』
『洞窟蝙蝠の攻撃パターンをさらに確認する』
『複数の魔物がいる場合の安全な立ち回りを覚える』
書き終えると、自然と笑みが浮かんだ。
まだレベル5。
五階層ある《青葉洞窟》ですら、第二階層に入ったばかりだ。
それでも、強くなるために何をすべきかは、少しずつ見えてきている。
「……次はレベル6だな」
湊はノートを閉じた。
強敵を倒すために、新しい技術を身につける。
そして、身につけた技術を使って、さらに多くの経験値を稼ぐ。
その繰り返しが、たまらなく楽しかった。
「……やっぱり、レベル上げは最高だな」
湊は楽しそうに笑った。
次の週末が、今から待ち遠しかった。
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