第14話 初めての新種
レベル3。
一ノ瀬湊はステータスに表示された数字を眺め、満足そうに頷いた。
初めて《青葉洞窟》へ入ったときは、スライム一匹を倒すだけで苦労した。それが今では、相手の跳躍を見切り、安定して討伐できるようになっている。
だが、いつまでも同じ相手と戦っているわけにはいかない。
「……そろそろ、違う敵とも戦ってみたいな」
次の土曜日。
湊は第一階層の奥へ続く通路を歩いていた。
今日の目標は、未探索区域の確認と新しい魔物との戦闘だ。
もちろん、危険だと判断すれば引き返す。新しい敵を相手にする以上、無理は禁物だった。
途中で遭遇したスライムを一匹倒し、さらに奥へ進む。
以前発見した広間を抜けると、通路の壁が徐々に暗い灰色へ変わっていった。
「……この辺りから、雰囲気が違うな」
青い鉱物の数も減り、照明具がなければ足元が見えにくい。
湊は歩く速度を落とした。
そのときだった。
カリッ。
前方から、小さな音が聞こえた。
「……ん?」
湊は足を止め、短槍を構えた。
再び、カリカリと何かを削るような音が響く。
照明具を向けると、通路の端に灰色の影が見えた。
四本の短い脚。
細長い尾。
尖った鼻先と、大きな前歯。
「……ネズミ?」
ただし、普通のネズミではない。
体長は尾を除いても五十センチほどあり、背中には小石のような硬い突起が並んでいた。
湊は事前に読んだ魔物資料を思い出す。
「……岩鼠か」
第一階層の奥に出現する、F級の魔物。
スライムより動きが速く、鋭い前歯による噛みつきに注意する必要がある。
公開情報では、初心者が不用意に接近すると怪我をしやすい相手として紹介されていた。
「……よし。まずは観察だな」
湊は距離を保ったまま、岩鼠の動きを見つめた。
◇
岩鼠は壁際を歩きながら、ときおり鼻先を地面に近づけていた。
スライムとは違い、動きに迷いがない。
急に方向を変えたり、岩の上へ飛び乗ったりする。
「……速いな」
湊は眉をひそめた。
スライムなら、体を縮める予備動作を見てから攻撃を避けられた。
しかし、岩鼠の動きには分かりやすい予備動作が見当たらない。
正面から槍を突き出しても、簡単に避けられるかもしれなかった。
そのとき、岩鼠がこちらを向いた。
小さな赤い目が、湊を捉える。
「……気づかれたか」
湊は短槍を構え直した。
岩鼠が地面を蹴る。
「速っ!」
灰色の影が一気に距離を詰めてきた。
湊は反射的に槍を突き出す。
だが、岩鼠は体を横へずらし、穂先を避けた。
そのまま足元へ飛び込んでくる。
「……っ!」
湊は慌てて後退した。
鋭い前歯が靴の先をかすめる。
間一髪だった。
「……危なっ!」
岩鼠はすぐに向きを変え、再びこちらを狙ってくる。
湊は槍を構えながら距離を取った。
スライムとは、まるで違う。
攻撃を避けても、すぐに次の行動へ移る。着地後の隙もほとんどない。
「……これ、今までと同じ戦い方じゃ駄目だな」
湊は呼吸を整えた。
槍の間合いを保ちたいのに、岩鼠は素早く接近してくる。
一度懐へ入り込まれれば、短槍の長さがかえって邪魔になる。
ならば、どうするか。
「……相手が来る場所を、先に押さえる」
湊は槍を持ち直した。
◇
岩鼠が再び動いた。
今度は、湊も不用意に突かなかった。
穂先を低く構え、相手が通りそうな位置へ向けておく。
岩鼠が接近する。
そして、槍の先を避けるように横へ跳んだ。
「……やっぱり!」
湊は、その動きを待っていた。
最初の攻撃でも、岩鼠は槍を避けて横から回り込んできた。
ならば、真正面を狙い続ける必要はない。
湊は槍をわずかに動かし、回り込む先へ穂先を向けた。
岩鼠が急停止する。
「……止まった!」
一瞬だけ、動きが鈍った。
湊は踏み込もうとしたが、すぐに思い直した。
追いかけて突けば、また避けられるかもしれない。
それよりも、相手の次の動きを待つ。
岩鼠は低く身を沈めると、再び右側へ走り出した。
湊は槍の先を右へ向ける。
すると、岩鼠は方向を変え、左側から回り込もうとした。
「……くっ!」
対応が遅れた。
岩鼠が湊の脚へ飛びつく。
湊は大きく後退したが、牙がズボンの裾を引っかけた。
布の裂ける音が響く。
「……まずい!」
湊は槍の柄を下げ、岩鼠との間に差し込んだ。
岩鼠の体が柄にぶつかり、わずかに動きが止まる。
その隙に距離を取り直した。
「……ふうっ」
額から汗が流れ落ちる。
ズボンの裾は破れていたが、脚に痛みはない。
それでも、もう少し反応が遅れていれば噛みつかれていただろう。
「……やっぱり、手強いな」
湊は周囲を確認した。
左には岩壁。
右には、腰ほどの高さの大きな岩がある。
岩鼠はその間を走り回り、こちらの死角へ入り込もうとしていた。
湊はそこで、一つの方法を思いついた。
「……だったら、動ける方向を減らせばいい」
湊は岩壁を背にしないよう注意しながら、大きな岩の横へ移動した。
右側を岩で塞ぎ、左側には槍を向ける。
これなら、先ほどより回り込まれる方向が少ない。
岩鼠が地面を蹴った。
灰色の影が左側へ走る。
「……そこだ!」
湊は踏み込みを抑え、槍を突き出した。
穂先が岩鼠の肩口を捉える。
硬い背中の突起を外れ、手応えが伝わった。
岩鼠が甲高い声を上げる。
しかし、まだ倒れない。
「……浅い!」
湊は槍を引き戻した。
負傷した岩鼠が、再び飛びかかってくる。
だが、先ほどより動きが鈍っていた。
湊は横へ一歩動き、突進を避ける。
そして、相手が着地した瞬間に槍を突き出した。
今度は胴体を深く捉えた。
岩鼠が地面に倒れ、短く脚を動かした後、動かなくなる。
「……倒した、か」
湊はすぐに近づかず、しばらく様子を確認した。
完全に動かなくなったことを確かめ、周囲に別の魔物がいないことも確認する。
ようやく、短槍を下ろした。
「……はあっ。強かった……」
スライム一匹を倒すより、ずっと疲れた。
だが、その分だけ得られたものも大きかった。
◇
安全な場所まで戻った湊は、水を飲んで一息ついた。
ステータスを確認する。
【個人情報】
名前:一ノ瀬 湊
レベル:3
保有スキル
【疲労回復】Lv.1
「……レベルは変わらず、か」
今日倒したのはスライム一匹と、岩鼠一匹。
まだ経験値が足りないのか、それとも次のレベルまでの必要量が増えているのか。
詳細は分からないが、焦る必要はなかった。
湊はノートを開き、岩鼠との戦闘を振り返った。
『岩鼠:スライムより移動速度が速い』
『槍の正面を避け、横から接近する傾向あり』
『背中は硬い。側面への攻撃が有効』
『広い場所では回り込まれやすい』
書き終えると、湊は小さく頷いた。
「……次は、もっと上手く倒せそうだな」
今回は、何度も危険な場面があった。
だが、相手の動きが少しずつ見えてきたことも確かだった。
次に戦うときは、最初から地形を利用できる。
槍を無駄に突き出さず、相手が回り込む位置を意識することもできる。
「……これも、慣れるまで繰り返すしかないな」
湊は楽しそうに笑った。
新しい魔物を倒せるようになれば、探索できる範囲も広がる。
さらに強い魔物と戦えば、より多くの経験を得られるかもしれない。
その先には、第二階層も待っている。
「……よし。次の目標は岩鼠を安定して倒すことだな」
湊はノートを閉じ、立ち上がった。
今日はここまでにする。
レベルは上がらなかったが、新しい敵を倒し、新しい戦い方を覚えた。
それだけで、十分な成果だった。
湊は短槍を握り直し、入口へ向かって歩き始めた。
初めての魔物に苦戦する。
動きを覚え、対策を考え、何度も戦って克服する。
そして、さらに強い敵へ挑む。
「……やっぱり、これが最高なんだよな」
薄暗い洞窟に、湊の楽しそうな声が響いた。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございます!
皆さまに楽しんでいただける物語を目指して、これからも丁寧に書き続けていきます。
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