第12話 レベル2の実力
レベルが一つ上がっただけで、どれほど強くなれるのか。
日曜日の朝、一ノ瀬湊は自宅の庭で短槍を構えながら、そんなことを考えていた。
昨日の《青葉洞窟》では、四匹のスライムを討伐し、ついにレベル2へ到達した。初めてのレベルアップに興奮したものの、戦闘直後だったため、身体能力の変化までは確認できていない。
「……さて、どれくらい変わったかな」
湊は足元の目印を確認し、槍を突き出した。
踏み込み、突き、引き戻す。
いつもの基本動作を繰り返す。
三回、五回、十回。
「……ん?」
湊は一度動きを止めた。
以前より、槍を引き戻す動作が少し滑らかになった気がする。踏み込んだ後も姿勢を崩しにくい。
ただし、それがレベルアップの効果なのか、これまでの練習によるものなのかは分からなかった。
「……さすがに、レベルが上がった瞬間に別人みたいになるわけじゃないか」
湊は苦笑した。
そもそも、レベル2になっただけで圧倒的に強くなるのなら、誰も苦労しないだろう。
大切なのは、変化を正確に把握することだ。
湊は練習の様子をスマートフォンで撮影し、以前の映像と見比べた。
槍を突き出す速さに劇的な違いはない。
しかし、攻撃後に上半身が前へ流れる癖は、以前より改善されていた。
「……なるほど。これは練習の成果っぽいな」
湊は満足そうに頷いた。
レベルアップによる成長と、技術の上達。
どちらも重要だが、同じものではない。
数字が上がっただけで満足せず、自分の体で扱える力を増やしていく必要がある。
「……よし。次は実戦で確かめるか」
湊は槍を下ろし、今日の探索計画を確認した。
◇
昼前、湊は《青葉洞窟》の第一階層を歩いていた。
前日の疲労が大きく残っていないことを確認し、装備と持ち物を点検してから入場している。
今日の目標は二つ。
レベル2になった自分の動きを実戦で確かめること。
そして、第一階層の探索範囲を少し広げることだ。
「……いたな」
通路の先に、半透明の魔物が見えた。
これまで何度も戦ったスライムだ。
湊は周囲を確認し、短槍を構えた。
相手との距離を少しずつ縮める。
三メートルほどまで近づいたところで、スライムの体が沈み込んだ。
「来る!」
湊は横へ移動した。
魔物が跳躍し、地面へ落下する。
その瞬間を狙って踏み込み、槍を突き出した。
かつん、と硬い感触が伝わる。
直後、スライムの体が崩れた。
「……よし!」
湊は槍を引き戻し、周囲を警戒した。
今回は最初の攻撃で討伐できた。
しかし、それ以上に嬉しかったのは、攻撃後も姿勢が安定していたことだった。
「……ちゃんと動けたな」
以前は槍を突き出すことに集中しすぎて、体が前へ流れていた。
今回は踏み込みを抑え、攻撃後もすぐに後退できる姿勢を保てた。
もちろん、一回成功しただけでは十分ではない。
だが、練習した動きが実戦でも使えたことは、大きな成果だった。
「……いいね。少しずつ形になってきた」
湊は討伐記録を残し、さらに奥へ進んだ。
◇
それからしばらくして、湊は少し広い空間へ出た。
第一階層の主要な通路から続く場所で、公開地図にも記載されている。
しかし、湊が実際に足を踏み入れるのは初めてだった。
「……ここ、思ったより広いな」
天井は高く、壁には青い鉱物が点在している。
地面には大小の岩が転がり、奥には別の通路が見えた。
湊は安全を確認しながら進もうとして、足を止めた。
広間の中央付近に、二匹のスライムがいた。
「……二匹か」
これまでの戦闘は、すべて一対一だった。
一匹ずつなら、行動パターンを確認しながら対処できる。
だが、二匹が同時に襲ってくれば話は違う。
一匹の攻撃を避けた直後に、もう一匹が跳んでくる可能性もある。
「……どうするかな」
湊は岩陰に身を寄せた。
そのまま引き返すことも考えたが、二匹の動きを観察しているうちに、あることに気づいた。
二匹は同じ場所に留まっているわけではない。
片方は広間の中央をゆっくり移動し、もう片方は壁際を這っている。
互いの距離が離れる時間帯があった。
「……一匹だけ引きつけられるか?」
湊は慎重に考えた。
広間の中央で戦えば、もう一匹に気づかれる危険がある。
しかし、入口付近まで一匹だけ誘導できれば、これまでと同じように戦えるかもしれない。
失敗した場合は、無理に攻撃せず撤退する。
そう決めてから、湊はゆっくりと岩陰を出た。
壁際にいたスライムが、こちらへ向きを変える。
「……よし、来い」
湊は少しずつ後退した。
スライムが追ってくる。
もう一匹は、まだ広間の中央にいた。
その距離を確認しながら、湊は通路の入口まで移動した。
ここなら、背後の状況も把握しやすい。
「……今だな」
スライムが体を縮めた。
湊は横へ踏み出し、跳躍を回避する。
着地した魔物の内部へ、短槍を突き込んだ。
硬い塊が砕け、スライムが崩れ落ちる。
「……二匹目!」
湊は素早く槍を引き戻した。
そのときだった。
ずるり。
広間の中央にいたもう一匹が、こちらへ向かって動き始めた。
「……気づかれたか!」
湊はすぐに後退した。
相手はまだ離れている。
今なら、十分に距離を取れる。
湊は短槍を構えたまま、相手の動きを確認した。
もう一匹も倒したい。
経験値を稼ぐなら、その方が効率的だ。
だが、ここまでの戦闘で少しずつ疲労が溜まっていることも事実だった。
それに、初めて訪れた広間には、まだ確認していない場所がある。
「……欲張る必要はないな」
湊はゆっくりと後退し、魔物との距離を広げた。
相手が追ってこなくなったところで、ようやく構えを解く。
そして、小さく息を吐いた。
「……なるほど。一匹ずつ誘導すれば、複数いる場所でも戦えるわけか」
もちろん、すべての魔物に通用するとは限らない。
仲間を呼ぶ敵や、動きの速い敵には危険な方法かもしれない。
それでも、新しい戦い方を一つ試すことができた。
湊は満足そうに笑った。
◇
安全な場所まで戻った湊は、ステータスを確認した。
【個人情報】
名前:一ノ瀬 湊
レベル:2
保有スキル
【疲労回復】Lv.1
「……まだ2か」
今日倒したのは三匹。
レベルが上がってからの討伐数は、まだそれほど多くない。
次のレベルまで、どれくらい経験が必要なのかも分からなかった。
「……やっぱり、そう簡単には上がらないな」
だが、落胆はなかった。
むしろ、次に試したいことが増えていた。
槍の基本動作は、少しずつ安定してきている。
敵を一匹ずつ誘導する方法も、今回初めて実践できた。
そして、探索できる範囲も広がっている。
湊はノートを開いた。
『本日の討伐数:3匹』
『累計討伐数:8匹』
『レベル:2』
『新たな戦術:単独誘導』
記録を書き終えると、湊は満足そうに頷いた。
少しずつ数字が増えていく。
昨日よりも確実に、できることが増えている。
これこそが、湊の求めていた成長だった。
「……いいね。次は、もっと奥まで行ってみたいな」
湊はノートを閉じ、短槍を握り直した。
第一階層には、まだ確認していない通路が残っている。
魔物の種類も、これから増えていくだろう。
そして、その先には第二階層がある。
今の自分がどこまで通用するのか。
どんな敵と出会い、どんな戦い方を覚えるのか。
考えるだけで、胸が高鳴った。
「……まずはレベル3。それから第一階層の攻略だな」
湊は楽しそうに笑った。
目標は、まだまだ先にある。
だからこそ、今日も一歩ずつ進んでいく。
誰よりも戦い、誰よりも試し、誰よりもやり込む。
その積み重ねの先に、いつか自分だけの攻略法が完成するはずだった。
今回も最後までお付き合いいただき、ありがとうございます!
皆さまに楽しんでいただける物語を目指して、これからも丁寧に書き続けていきます。
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