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伽藍の男  作者: 明太子
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6/10

死亡動機/6

 芥川龍之介の"魔術"。それは人間の欲は尽きることが無い。と言う人間らしさの形を具現化していた。

 流石は文豪と言ったところなのだろう。

「──────それにしても。流石は黛京子、文芸界の権威は流石につきますね」

普段活動している場所を陽。とすればこの本倉庫は陰なのだろう。元々大した電気も無い万能堂の陰は、まさに暗澹としていた。

「褒めた所で、賃金は増えんぞ」

乾き切った声色でそう蒼さんは口にする。別に他意を含めたつもりはないが、彼女は上澄みさえも受け取ろうとしない。

 この一室は、本以外に何も無い。本当にこの世全ての本が積み込まれているのではないか。と思わされるほどの圧倒的な質量。

 黛京子が何故日本を代表する文学学者なのかは、これを見れば明らかだ。

「それで、浅羽よ。最後の証拠はどうだったか?」

「えぇ。これで白藤和代の素性は明らかになりました。あとは、どうして傷が同時に復元されたのか。です」

結論は出せた。しかし僕は魔法のようなモノに造詣が深く無い。当然最後の詰め込みに支障が出る。

「なるほど......良く調べてくれたな。ここからさきは、私が調べるからお前は暫く休みで良いぞ」

読み終えた本を仕舞う瞬間。僕は余りの衝撃に本を落としそうになった。

 仕事が終われば新しい仕事が舞い降りる。流れるような無限の循環。それが唐突に社長の声で止められたのだから。

「──────何だその顔は?現状お前に与えられる仕事は無いからな。それとも知りもしない魔術を学ぶつもりか?」

「あぁいえ。そういうつもりではないんですけど.....まさか休暇を与えられるとは思わなくって」

パズルのラストピースを嵌め込むように、僕は手に持っていた"魔術"を仕舞う。

「それにな。魔術師の相手は魔術師がするもんだ」

自慢げに蒼さんは煙草を吹かしてみせた。




 ◇




 一月六日。

 私は脇崎蒼として都の警察署に赴いた。理由は当然、世間を賑わす死亡事件についてな訳で。

「おぉ脇崎さん。これはこれは」

椅子を引いたような、がなり声は相変わらず気分が悪くする。皺が亀裂の様に走る顔。銀に近しい白髪。汗ばんだ額。

 私に死亡事件を持ち込んだ張本人だ。

「新年おめでとうございます円谷さん」

私は一つに結んだ髪。度の入っていない伊達眼鏡を引っさげる。自嘲してしまいそうな、自意識を殺し私は仰々しく頭を下げた。釣られて円谷は思い出したように私に合わせる。

「出来れば、事前に連絡を頂けると助かるんですが」

「そうでしたか。申し訳ありません」

演技じみた女らしさで謝罪を述べる。途端に揺れた私の胸元に、視線が絡みつく。

 異常に塗れた行動。しかし世間一般の男性と言う観点で見れば、それは平常なのだ。

「次からは気を付けて下さいね──────あぁそれはそうとして。私達の情報と脇崎さんの情報の校合(きょうごう)でしたね」

円谷は手に取ったハンカチで額を拭う。一体どれ程拭いたのかも分からないそれを、円谷はポケットに入れ込んだ。


 校合。とは言ったが、正直ただの情報提供で一連の仕事は終わった。

 円谷以外の、鼻に着く刑事複数との対面。あれ程軽蔑した眼差しは、最早気分さえ良いと錯覚させられる。

「ど、どうしてこれ程の情報を?......」

名の在る大学の法学部を出た刑事ともあろうお方は、中堅大学を一年で退学した一人の人間の情報に狼狽としていた。

 自分以上の人間を目の前にすれば服従。動物的な思考を持つ人間は、やはり面白い。

 余りある過大評価を以てもしても、警察側の情報は浅羽の十分の一程度に収まる。

「私には優秀な部下がいますので。私に聞かれたところで、何とも言い難いですね」

嗤いを殺し、私は端的にそう説明する。

 これ程の煽りは無いであろう。中身を汲み取れば、貴様らは優秀ではないと言っているに等しい。だと云うのに刑事らはそれさえ気が付かない。だからこそ嗤いが込み上げてくる。

 刑事側の情報は住んでいた場所の特定。そして職業や家族構成程度。

 それに比べ浅羽の情報は、趣味や来歴。更には血液型に至るまでの細部に至っていた。


「ったく。まさか警察がここまで使えないとはな.......次は一千万受け取ったって受けてやらん」

伊達眼鏡を胸ポケットに仕舞い、警察署の外で煙草を咥えた。


 万能堂に帰宅して早々。目に付いたのは、神妙な顔をした浅羽賢吾だった。

 話を聞くなり突然、白藤和代は魔術師の人格を宿していたなどと口にする。それがどれ程の重みを持っているのか、恐らくあいつは知らないのだろう。

「粗方の話は聞けましたが。やはり白藤紗枝に話を聞かない限りは.....」

エリートと箔の付いた刑事を嘲笑える実力を持ちながら。浅羽は直向(ひたむ)きに、そして真面目に資料を纏めている。

 魔術師の人格を生み出した。

 そんな話は当然に訊いたことが無い。自己防衛の一環として、新たな人格を生み出すことはある。しかしながらその人格が魔術的異能を持つというのは、少々度が過ぎている。仮に数千と紡がれた魔術系統の血を引けば、考えられる話なのだが。ご生憎の事、白藤家にそれらしい異能は無い。

「.......傷を治すのではなく。完治を偽装する魔術」

魔術と言うモノをファンタジーとして人は捉える。ただ魔術とは神秘を再現するという学問に過ぎない。当たり前ながらに、時間を止める。などと言う行動は出来はしない。仮にそれを再現性を以て可能とするなら。それは魔法使いなのだ。

 つまり、魔術師は神秘を再現する事に命と魂を捧げる生命体と言える。


 ──────傷を治すのではなく。治したことを偽装する。


 こんなものは神秘ではない。降ってきた奇跡が、この程度であれば人は神秘を覚えない。

「......調べる余地は大ありだな」

咥えた煙草を、楊枝のようにくいくいとしゃくり上げる。


 調べているうち。ふとあることを思い出した。

 それは同時に傷が復元していた、白藤和代の亡骸。一人の人間は同時に相手に傷を与えられない。どれ程の速度を以てしても、あくまで同時に見えるだけであり。文字通りの真価を発揮するわけではない。詰まる所それもまた魔法の領域に近しくなる。

「そもそもどうして白藤和代が死を動機したのか。──────それは私の考える事じゃないな。それよりも先ず、考えられる魔法を考える事だ」

魔法使い。ウィザードなどと明記される人間。黒い装束に先端が尖った帽子を深くかぶる、と言う特徴を持つそれ。間違いか間違いで無いかを論じるつもりはない。それでも現実世界の魔法使いは、そんな目立つ格好などしない。彼らのような異常者は、それこそ日常に上手く溶け込んでいる。

 日本に二人。世界に六人。現状生命活動を維持している、魔法使いはそれしかない。まだ発見されていない可能性は無くは無い。それでも恐らく無いという側の天秤が下に傾くだろう。

 それに困った話。魔法使いの存在は当然知っているが、魔法の中身など私は知らない。だがこれは普通の事であり、魔法使い同士自身の能力を語り合う事など当然しない。

「──────これは難しい」



 一月七日。

 白藤紗枝からの話を聞いた浅羽が、新しい情報を資料に纏めていた。回答の一言一句を記憶している浅羽は、淀みなくキーボードを叩いている。その姿は、機械と言う方が適切にさえ思える。

 あいつが持ってきた情報は、白藤和代と言う人間の情報。

 読書を愛し、日陰者である彼女の変貌ぶり。それが芥川の"魔術"が原因と来た。

「それじゃあ久しぶりの休暇楽しんできます」

資料を纏め終わり、浅羽は意気揚々と万能堂の扉へと向かっていく。

 自分の口から発した言葉に嘘は付けない。仮についたところで、相手はあの浅羽賢吾。記憶と言う絶対の情報の前にそれは灰と化す。

「──────なぁ浅羽」

「はい。どうかしました?」

「休暇は二日間。んで、暇の時で良いから白藤和代以外の死亡事件を細かく詰めておいてくれ」

「...........全力でお断りさせていただきます」

慇懃なのか無礼なのか判りかねる言葉を紡ぐと、万能堂の鈴が強く鳴った。

「クッソ。休暇なんか与えるんじゃなかった──────さて私は私で、魔術師を名乗った正体を暴かねばな」

自分が年を取った。などと考えるのは止したいところだ。何せ私はまだ若い。だがそうであっても、もう一人アシスタントが欲しいモノである。

 それも根っからの異常者を。



 遠坂の元に運んだ白藤和代の体内に魔術の痕跡は確かにあった。それは彼女の中に何かしらの魔術的要因が存在してることの明確な証拠。

「........回路」

「えっ。どうかしたんですか?」

「いやなんでも」

加えて魔術を使用するに必要な回路まで備わっている。回路は多ければ多い程に魔術師の才能を底上げする要因の一つ。白藤和代に"仕込まれていた"回路の数は十三であり。魔術系統の家から出たにしては、随分と多い。

 だが回路とは突然変異として生まれたところで。日々の鍛錬を積まなければ意味を成さない。

「それじゃ。私は帰るとするよ」

「お疲れ様でした。事後処理とかはこっちでやっておくので」

解剖室を出た私は、片桐舞から脇崎蒼へと挿げ変わる。

 話は戻るが、白藤和代がどれ程芥川の魔術に見いだされたところ。本物の魔術師がなんであるかを知るはずがない。つまりはその十三の回路は宝の持ち腐れとなる訳だ。


 ──────しかしそれは、実物を知らない場合に過ぎない。


「あの回路。自前もんじゃない......あれは、十数年と鍛錬を積んだ人間のモノだ。──────レヴァーナー。まさかお前が相手じゃないと良いんだが」

嫌な名前を私は思い出した。私が魔術を研鑽していた時代の学友。

 最も私を憎み。最も私を愛した変人。

 日常に溶け込むことを放棄した異人。

「まだあんな巫山戯た思想を抱いているんじゃるまいな......」

咥えていた煙草は、どうしてか不味く思えた。上り立つ煙は、一月の夕日に溶けて消える。




 ◇




 休暇と云う大義を背負った仕事。僕は与えられたその使命を断りはした。

「細かい所って言ってもなぁ......殆ど調べることは調べ尽くしたわけだし」

産まれて初めて加える鉛筆の尻は、案外に心地が良い。椅子を限界まで後ろに傾け、自給自足のアトラクションを堪能する。

「休暇貰ったんでしょ?そんなパソコンに向かす必要はないんじゃない?」

響の声が僕の鼓膜を揺らす。全くその通りなのだが、本を読みつくした以上する事が無い。蒼さんの倉庫から、本をパクってくるべきだった。

「なぁ響。仮に君が一通り調べ尽くしたうえで、何かを調査するなら何に重点を当てる?」

「藪から棒だなぁ......まぁ私なら、一番関連性のない事を調べるかな。刑事事件ならその人が飼ってるペットの名前とか」

「なるほど」

四脚をぴたりと地面に触れさせる。生憎だがペットの名前は調べている。

 男性被害の一人『赤松重吾』であれば柴犬を飼っており。名前はハル。総勢六十九名の内犬を飼っているのが二十八名。猫を飼っているのが二十名。鳥類が四名。爬虫類二名。鼠などの小動物系統が十四名。


 ──────待てよ。足せば六十八


 日本のペット飼育率は三十六パーセント。つまり三世帯あれば一つペットが居る計算。偶然にしては余りに質が高い。

「ハハッ響!!もしかしたら宝くじを買った方が良いかもよ」

立ち上がりざま興奮状態の僕はそう口にする。一体何のことかと悩む彼女は、首を傾げていた。



 粗方の調査。と表現するにしては、少々時間を使い過ぎた。

 貴重な二日間の休暇の内。一日を棒に振ったと言ってもいい。ただ収穫は当然あった。

「犬を飼っていた人間は悉く裂傷が死因。やっぱり唯一の例外は、正垣啓正。こいつはペットは飼ってない」

纏めた資料を捲りながら、コーヒーを啜った。二十四時間営業のファミレスに、客らしい客はいない。

 タトゥーに煙草に酒。とまぁファミリーレストランの名前を汚すに等しい人材に溢れている。

「猫は殴打痕。鳥類は薬物的な反応。爬虫類は自傷。小動物は、裂傷と殴打の混合か......」

思い出してみても、白藤家のリビングにはハムスターが居た。

「動物の飼育は自殺率を低減させるって、心理学の教科書に書いてあった気がするけど。白藤和代同様、みんな死亡を動機していた事が分かってる」

調べてみはしたが、やはり謎は混迷するばかりである。

 枝毛を裂いたつもりで。実際はその原因を増やしている事に何と無くだが似ている気がする。

「やっぱり蒼さんの言った通り。ここから先は僕の出る幕じゃないのかなぁ」

頭を掻きむしった。頭に着いた埃が溢れると同時、かなりの心地良さが襲ってきた。


 ファミレスの鈴がからんと鳴る。尾を引かないその音に、僕は一瞬気が付かなかった。

 しかしファミレスという空間が静謐を帯び始めたことは、肌で感じられた。

「白い装束?」

入り口側に居た僕の目の前に一人の女が立っていた。見るからに日本人出ない事は分かる。何せ平面顔のこの国に生まれる凹凸ではない。

 だがそんな事実は正直どうだって良い気さえする。頭の先から爪先まで白という異常な姿。それは彼女を死神に仕立て上げるような要素であった。

 死神は周囲を見渡し終え、唐突に視線を僕に下ろした。

「ねぇ.....よかったら向かいの席良いかな?」

余りに流暢な日本語を口にするせいで。衝撃という二文字が理解を妨げる。一秒程度の遅延を挟み、ようやく脳は理解を開始する。

「あぁ。別に構いませんけど」

そう答えると死神は不敵に微笑み、向かいの席に腰を下ろした。

「どうしてこの席に?他に空いてる席は在ったと思うんですけど」

「──────入口の向かい側に、不良が居たでしょ?私も女性だから一人で居ると心細くって」

「はぁそうですか」

防犯を目的とした行動。それは無論の賢明な判断あのだが、生憎僕は喧嘩に強いわけではない。地元のガキ大将に(なぶ)られる程には弱い。

「ボディーガード料として。君のコーヒーは驕るからさ」

美を集約させたような死神の眼は、恐ろしい程の藍だった。


 僕は資料を鞄に仕舞い、仕事の脳から喋る脳にレバーを入れる。

「それにしてもこんな時間に君みたいな子が、一人で居るとはね」

こっちの台詞です。という言葉が頭に浮かんだが、一度それを呑み込む。

「仕事帰りでして休憩を。と」

虚でも真でも無い事柄を吐いて、僕はコーヒーを飲んだ。死神は"仕事"という文字に惹かれたのか目を開く。

「大学生かと思っていたけど、もう働く年なのかい?」

「いえ。二十なのでまだ、働く歳では」

「じゃあ企業でもしてるのかい?」

「いや。大学辞めて、雇ってもらってます」

「へぇ....どういう系統の仕事をしているのかい?」

「探偵業みたいなものですね」

「みたい。と言うからには、それ以外もするんだね」

「まぁそうですね」

死神の質疑は、探求的であった。他人の事を知りたいのではなく、他人の全てを掌握したい。という欲望から成り立っているようにさえ感じる。

 運ばれてきた料理は、ピザとコーヒーと二枚の小皿。

「お喋りは、エネルギーを使うからね。半分は食べていいよ」

微笑むと死神はピザを一切れ皿に乗せる。血色の良い唇に運ばれたそれは、死神に殺されるように噛まれていた。

 只の食事シーンだというのに。神秘性と蠱惑性の二つを孕んでいる。口の横に付着したソースは、血の様に映え。それを舐める舌は妖艶である。

「......どうした?私の顔に何か付いているのかな?」

「えっ?あぁいや何でもないです。───それじゃあ頂きます」

空白の対角を皿に盛り、口へと運ぶ。明日の朝は、酷い顔に成っているだろう。

「──────貴女の方こそ。こんな時間にどうしてファミレスなんかに?」

地雷でも踏んだように、死神は咀嚼を止める。まだ固形的なピザを無理くりに飲み込み。死神は浅羽賢吾を睨み付けた。

 この瞬間。傍から見れば、僕は蛇に睨まれた蛙なのだろう。

「散歩だよ──────この時間に散歩するのが趣味でね」

レバーを切り替えたように死神は、眼を和らげる。詰まっていた息が喉元を通り、意識がハッキリする。

「そうですか......その割には、夜間に随分とジャンキーなモノを食べますね」

「───やっぱりお腹が空くからね」

途端に澱みが生じた。潤滑に動いていた歯車に、別の歯車が仕込まれた機械の様に。


 ──────この感触に覚えがある。


 大学一年の冬。十二月八日。黛京子の元に脚を運んだあの日。あの瞬間。

 僕との会話を円滑に進めていた彼女。だが僕の異常的な記憶を前にした時の脇崎蒼。それに余りに似ているのだ。平常という皮を捲られた異常の雰囲気。

 踏み込んでいけない禁忌を前にする感触は、存外に気分が良い。

「そうですよね。歩きっぱなしはエネルギーを多用しますからね」

演技じみた笑みとでも言えるのだろうか。僕は普通とした笑みと、普通とした言葉を残す。異物を取り除かれたような素振りで死神は二切れ目に手を伸ばす。

「そう言えば名前を聞いていなかったね──────何て言うんだい?」

「浅羽賢吾って言います。貴女は?」

「私?......私はね──────


 

 ──────レヴァーナー

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