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伽藍の男  作者: 明太子
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5/10

死亡動機/5

評価コメント等々お願いします。

 白藤和代。彼女は、魔術師なのだという。

 特段そう言う特殊な家系に生まれたとかではない。彼女自身不明な、突然変異とのことだ。

 彼女の魔術は、傷を隠蔽する事。治すのではなく、治したように見せる事。

「私人殺し何てやりたくない」

本心からそう告げた。適任であるかは知らないが、殺人者にされるのはたまったものではない。

 すると彼女は可笑しそうに首を振るう。

「別に直接殺してもらう必要はないよ。──────私を殺す人間であってほしいだけ」

またしても、別の言語で喋られた感覚に陥る。

 私が白藤和代を殺すにあたる人間であると言ったくせ、天城遥にはあってほしいだけと口にする。てんで意味が分からない。

「どういう事?」

「──答えるのは難しいんだけど。今の私って白藤和代じゃないの」

頭に湧き出るクエスチョンマークの数は見る見るうちに増える。

「今、天城遥さんが喋っているのは白藤和代の身体に居る魔術師。と言う人格。──────だから、厳密的な話。私は白藤和代じゃないの」

解離性同一性障害。言わば二重人格のようなモノだろう。そう私は解釈することにした。

「白藤和代は死にたがってる。その為に人を殺せる魔術師を私の中に生み出した。──────けど私は魔術師だけど、壊す側の人間じゃない。どちらかと言えば治す側の人間。私が、白藤和代がそうであったように」

淡々と紡がれる言葉の半分は、理解に苦しんだ。

 死にたがるくせ。白藤和代は自決を選べない。だから魔術師を己に作り、殺させようとした。ただ結果として何も得られなかった。

 魔術師とやらの言葉を何とか纏める。それでもやはり意味が分からない。

「つまりあんたは、白藤和代の代わりに白藤和代を殺してくれる人間を探していると?」

私の渾身の問い掛けに彼女は、微笑み頷いた。

 恐らく的を射た解釈なのだろう。

「それがどうして、私なの?」

「──理由は二つ。一つは、貴女は人を殺せる力を持っている事。そしてそれを振りまけること。もう一つは、貴女には破壊衝動がある事......自分の中でスイッチが入った途端、人が変わったように貴女は人を殺せる。──────言わば私に似ている人間なの」

そんな事は無い。私はそう否定したかった。

 しかし事実そうであることが、私の否定欲を見事に消して見せる。

「白藤和代の魂を殺せるのは。天城遥、貴女しかいない」

まるで天啓のような喋り方に私は、知らずに納得しかけていた。魔術師と言う存在がどういうモノかを私はよく知らない。

 ハリーポッターとは、違うのだろう。ただ厳密に何が違うのかは分からない。

「──────無論。白藤和代が死んだところで、貴女に罪は無い。何たって、貴女は白藤和代に何もしなくて良いんだから。貴女には....天城遥には破壊衝動に駆られれば、何をしでかしても可笑しくない。そんな獣であってほしいの」

既に私の頭は、言葉の咀嚼を辞めていた。もう何から何まで、理解の余地が無いのだ。

 書き尽くした白紙に、新しい情報を積めるのが無理なように。




 九月二十三日。

 私は珍しく早起きなんかをした。いやそれは嘘だ。私は単に眠れなかっただけ。情報と言う拳で頭を殴られたように、意識が朦朧とする。

 人の居ない教室は新鮮だった。登校すれば必ず、異物を見るように向けられる視線は無い。何故か背徳的だった。

「──────白藤和代」

私は無人の空間に、彼女の名を呼んだ。まだ出会ったことの無い、人としての名前。

 答えは無かった。


 昨日会ったはずの彼女。姿形は変わりがない。──────はずだった。

 同じ人間。当然同じ顔をして。当然同じ体躯を持つ。しかし同じには見えない。教室の後ろから現れた、白藤和代は昨日の魔術師とは何もかもが違って見えた。

 魔術師を陽とすれば、白藤和代は陰である。

 それは分かっていた事なのだ。

 何せ別れ際、魔術師が教えてくれた事実であるから。

 しかしここまで変わられると困った話である。

 そして同時に、彼女は夢遊病なのだそう。

「.............」

苦い唾液を呑み込み、私は白藤和代から目を逸らす。

 約束通り私は獣を演じることにした。


 白藤和代の前に居れば、私はいつも以上に豪胆と振舞った。普段させたことも無いパシリ。やったことも無い肩パン。それを彼女に見せつけた。


 そうこの日。九月二十三日を以て私の役割は始まった。



 数年合わなければ、人の変化には容易に気が付く。

 それは過程を知らないからだ。二次関数の横軸の数字が、増えれば当然縦軸の値は劇的な変化を見せる。

 対照的に、その過程を見続ければ変化と言うモノには気が付きようがない。

「──────。」

「──────。」

昼過ぎ頃に学校に着いた。相変わらず読書に酔狂する白藤和代を、見降ろす。彼女は刹那の間に私の顔を見つめる。ただ何か口にすることは無い。

 当然私は何もしゃべらない。

 何せ私は獣なのだから。


 今日は初めて人を殺すに至らしめる。凶器を手にした。

 心臓が一段階強く跳ね。私の身体が、灼熱に燃える。汗ばんだ掌。絶え間ない唾液。

 私が緊張している。という証拠には十分すぎる量の情報だ。


 私。含めた数人の不良仲間で、数多の人間を痛めつけた。当然の事それは、白藤和代の前で。

「何かはーちゃん。変わったよね」

日番谷がそんな事を言ってきた。

 確かにそうである。他人が理解に及ぶ以前、私は既に自分の変貌に驚いていた。

 今まで形式的なそれに中身が追い付いた感覚。身体に魂が追い付くの、魂が身体に追いつくのか。二元論的な思考。私は半ば強制的にその思考を振り払った。

 白藤和代はどんどんと歪になる。それは姿形と言う話に留まらない。息が荒くなり、眼に宿る生気らしいものが蒸発するように消えていく。


 ──────危険な状態。


 円城和弘を痛めつけたあの日。周囲の眼なんてモノに、私は意識が向かなかった。単純にどうでもよい、という本能が思考を上回ったからだ。

 

 ──────しかし今はその対極だ。


 間接的に白藤和代を殺している現在。周囲の眼なんてモノは無い。だというのに私は罪悪感と言う不可視の概念に喉を締め付けられているようである。

 

 ──────だが止める訳にはいかない。


 白藤和代は、まだ生きているのだから。





 ◇





 彼女の口調は知的だった。僕が今まで見てきた、髪を染めた不良とは本質が違う事がすぐに分かる。

 教科書三つ分程度の幅を持つ机の対面。そこに座る天城遥は、震えている。

「──────そして遂に、君の役目が終わったという訳か」

僕はメモする素振りも見せず、ひたすらに俯く彼女を見つめた。既に縦に折れ曲がっている首を、さらに深く曲げ無言に肯定する。

(それにしても、死にたがるから自らの内に魔術師と言う人格を創るか......これは蒼さん案件だな)

一段落自分の中で区切りを付ける。

「何個か質問させてもらうけど良いかな?」

寒さに震える人に毛布を与えるように、僕は柔らかな声でそう尋ねる。

「はい.....」

些細な雑音にさえ掻き消されるような脆弱さで彼女は相槌を打つ。

「十月六日.....いや、この訊き方は止めよう。君は三度ばかり、白藤和代に声を掛けた日があるね?」

「えっ?....」

どうしてそれを。と言いたげな眼を彼女は僕に向ける。当然だ。クラスメイトなら兎も角、学校関係者ですらない人間がそんな事実を知っている。何てどう考えたって、おかしいのだ。

「僕はこの事件の真相を調べてる人間って言ったでしょ。仕事だからこれくらいは一応調べるんだよ──────まぁその反応を見るに、肯定と受け取るよ

 それじゃあ次。君はどうして声を掛けたんだ?」

「.......夢遊病状態の白藤和代は、その三日だけ。私に喋りかけて来たからです」

「喋りかけて来た?つまり白藤和代は、その日夢遊病では無かったと?」

こくり。と彼女は頷いた。

(夢遊病が目覚めた日......つまり白藤和代としての意識が、明確に稼働した日という事か.......傷がない事を憂いた日。それは天城遥に話しかけられたからでは無い。白藤和代が更なる死を渇望したから?)

「はぁぁぁ......こりゃ東大以上の難問だ」

乾いた溜息。乾いた笑みが同時に浅羽賢吾を取り巻いた。だからこそそれが良い着火剤になる。

「天城遥さん。君には責任が無い──────と一概に言い切れるかは分からない。何らかの形で有れ、君は白藤和代を殺した人間であることに変わりは無いからね。けど、ご協力感謝します」

 簡素な謝礼と簡素なお辞儀を残して、俺は万能堂に向かった。




「──────っと。言うのが現状です」

ソファーの上に寝ころんでいた脇崎蒼に俺は、記憶通りの説明をする。

「なるほどなるほど........その前に。やっぱりお前は普通には成れないな」

「───そうですね。どんなに牙を折っても、獣は獣ですから」

脇崎蒼の観察眼は人並みを数段凌駕する。当然外見的な判断もそうなのだが、どちらかと言えば内面的な判断に富んでいる。

 彼女は、俺を見分けている。

「話の続きですが。魔術師と言う人格の謎さえ解ければ、今回の事件はもう真相に辿り着けますからね」

「ただそれが最も難関だと?」

「えぇ......自分を救うために二つ目の人格を創る。と言う話は聞いたことが在ります。けど、自分を殺す為に二つ目の人格を創るというのは、」

「聞いたことが無い。か?」

彼女は俺の考えを先に口にする。

 煙が漂う空間の臭いは、やはり思考が乱される。

「しかもそれが、魔術師とこられたんですから。こっちとしてはたまったもんじゃありません.....そう言えば、蒼さんに聞こうと思ってたんですけど。魔術師って何なんですか?」

「定義上の話か?──────簡略的に言えば、自らを起源とする魔術を持つ者。また、既存の魔術の改良版を組み上げた者。が魔術師として名乗れる。だから既存の魔術を持つだけの人間は、魔術師を名乗れない。そういう人間達を魔導士と魔術師たちは定義する」

彼女の説明は宣言通り簡素であった。だからこそ、それは俺の疑問を解く鍵にはならない。

「......けど、恐らく魔術師と言うのは間違いだと私は思うぞ。さっきも言ったが、魔術師の定義は魔術を学んだ人間のみが知りゆるモノだ。ただの一般人の体内に生み出された人格が知るはずがない。

 恐らく不可思議な力を持つ人間。と言うのが、白藤和代の中で魔術師なんだろう。だから二つ目の人格は自らを"魔術師"と名乗った」

その言葉に俺は、素直に頭に取り込んだ。彼女を取り巻いていた環境、彼女に縛り付いていた常識。その二つが、魔術師と言う言葉を生み出した。


 ──────ただ。何かがおかしい。


「では、どうして"魔法使い"ではなく。"魔術師"何でしょうか?実際問題、普通に生活して居たら。魔術師よりも魔法使いの方が、一般的じゃないですか。例えばドラクエの役職だって魔法使いですし。わざわざ少数派を選ぶ必要性があったんですかね」

「.....確かにそうだな。やはり私もお前も普通には成れないな。やはり異常者は異常者と言う事か。まぁその事は調べておいてくれ。──────私は死亡事件の方で動いていてな。白藤和代の一件に力は貸してやれん」

そう云う彼女は、楽し気に煙草を咥えている。

 少々腹は立った。それでも何を言っても変わらない事を俺は知っていた。



 一月七日。

 二〇〇〇年と言う節目から丁度一週間が経った。あれ程世間を賑わしていた、話題も今で日常に溶け込んでいた。

 千年に一度の異常でさえ、普通になる事実。僕はそれに腹が立つ。

 まるで家庭訪問に行く教師かのよう。僕は白藤和代が住んでいた家に居る。西区の高等学校に在籍していた彼女の家は、帰宅に在り通学までの時間は大凡一時間程度。

「えぇっと浅羽さんでしたか?」

おどろおどろしい雰囲気をしょい込んだ白藤紗枝が、僕の対面に座る。

 久々の七時間余りの睡眠で、僕は僕に戻っていた。だからと言って特段やる気が削がれている訳では無い。単純に落ち着いたというのが適切なのだろう。

「それで、私に話って?」

玄関口で『話がある』と端的に説明はした。しかし詳細は家に入ってから言うつもりだった為この設問は真っ当だ。

「はい。一つは紗枝さんから見て、和代さんがどういう人物だったのか。と言うお話をお聞きしたくて......思い出すのがお辛いようでしたら無理強いは致しません」

僕は目の周りが赤ぼったく腫れる白藤紗枝を見つめる。

 ちらりと視線を外す。まるで幽霊となった白藤和代に許可を求めるような素振りで。

 唇を舌で二度舐め。瞬きを五度ばかりする。

 些細な情報。常人にはそう感じる只の行動。だが僕にとっては、生涯忘れられない記憶になる。





 ◇




 私の娘が生まれた時の事は忘れない。

 自らの身体に生まれた、生命体の神秘性に私は歓喜して涙ぐんだ。どうして出産の痛みは、あれ程痛烈で意識を削るのか。理由は明らかだった。

 特段私も、夫も顔が良くも悪くも無い。だからこそ客観的に見れば和代は、普通なのだろう。それでも私には愛しいという概念に他ならない。


 あの子は本が好きだった。

 スーパーファミコン。プレイステーション。任天堂64。子供から大人までを席巻した、ゲーム機の台頭を前にしても。なおそれは変わらなかった。

『今年の誕生日は何が良い?』

そんな事を十二歳の誕生日を前に聞いた。すると和代は、新しい本が欲しい。

 と言った。



「本当に好きね本」

意味も無くテレビを付けていた七月のある日。私は興味本位でそんなつまらない事を口にした。

「うん.....」

高校一年生になった和代は、自信なさげに肯定する。

 昔から口下手な所はあったが、中学三年の道中からそれが加速した。別に意思疎通が出来ないという程の重症ではない。しかし自ら何か議題を振ることは無い。

「それってどういうお話なの?」

「ミステリー小説で.....七人の大学生がサークル活動の一環として、孤島に行くことになるの。そこで一人ずつ死人が出て行って。って言う話」

簡潔かつ物語の輪郭をなぞった和代の説明のせいもあるが、私は然程興味をそそられなかった。

 表紙には十各館の殺人。と暗がりの館のようなモノが印刷されている。

「それってドラマとか、映画とか無いの?」

「無いと思うよ」

「人気じゃないの?」

「人気だよ」

「じゃあどうして?」

「叙述ミステリーだから」

質問をし続けていたが、じょじゅつと言う言葉を理解しようと私の脳は行動を切り替える。

 ページを捲る音が鳴る。

 何時の間にか右側の厚さが、左側を越えていた。

「和代はさ。小説家とかになったりしないの?」

一枚の紙を持っていた和代の手が止まる。

「.......成れないよ。私なんかじゃ」

その声がどうしてか、虚ろとしていた。まるでずっと昔に夢を諦めた社会人の様に。

「まだやっても無いのにどうしてよ?」

「私は読む側の人間。書く側の人間じゃない。──────人の話を聞くのが上手な人間は、人に話をするのが上手な人間には成れない。だから私じゃ成れない」

理にかなった説明。まだ夢を見ることを許される歳だというのに、和代は現実を知っていた。

 


 高校二年に上がる直前。記憶では三月十二日。

 異様な物音によって私の眼は覚めた。泥棒にでも入られたのでは、と言う恐怖心から私は夫を叩き起こした。

 とりわけ築年数が経ったわけでも無いのに、ギイという軋む音は鮮明だ。殴りかかれる堅めの棒、そして懐中電灯を持った夫が先行する。


 一階から二階へと上がる。音の鳴る先は、和代の部屋だった。

「(あいつが起きているだけじゃないのか?)」

「(けど、部屋の電気は付いてないわよ)」

本来部屋の電気を付けているのであれば、扉の隙間から光が漏れる。しかしそれは無い。

 夫と顔を見合わせ首を縦に振る。飲み込んだ唾がやけに苦い。

 勢いよく扉を開いた。──────先に居たのは、和代唯一人だけ。ただ安堵からの溜息は出ない。


 ──────様子が何やらおかしい。


 暗がりの中、和代はぐるぐると部屋を徘徊している。ただ無心に意味も無く、椅子の脚に引っ掛かり轟音を鳴らし倒れ込む。だが、それでも和代は起き上がり歩き出す。

 その姿に私は紐が見えた。曲芸師が人形を操る紐らしいものが。

「..........和代?」

余りに奇怪で恐ろしい光景に私たちは息を忘れていた。思い出したように名を呼ぶが、反応は無い。

 後にそれが夢遊病であることを私はこの時、まだ知らない。

「和代!?」

夜間に出して良い声量をとっくに超えたそれで私は和代を呼んだ。そこで足が止まる。私は洗脳から解放された人間を初めて見た気さえする。


「あれ?どうしたの二人とも」


 目覚めて早々。他人行儀な台詞に私は心の底から震えた。



 そこからと言うモノ。和代の夢遊病はどんどんと酷くなった。

 部屋から飛び出し。家のモノを物色。台所で刃物を取り出し、それを自らに刺す寸前で留まる。

 病院には何度も連れていく。対策らしいモノは、睡眠の改善と安全の確保。と曖昧で不明瞭なモノだけ。気が付けば、和代の眼に生気らしいモノは無かった。

「大丈夫なの和代?」

近場の総合病院からの帰りそんな事を訊いてみた。窓の外を傍観する和代は、ゆっくりと首を旋回する。

「大丈夫って何が?」

「夢遊病の事よ。最近症状が深刻化してきてるでしょ?」

問いに厚みを持たせる。すると和代はあぁその事ね。と他人行儀な台詞を吐いた。

 和代は車の窓の外を見つめ直す。一体あの子が何を見ているのか、母親のくせに私は何も知らない。



 鮮明な記憶だが、七月の十七日。誕生日を目の前にした和代が本を読んでた。

 それは日常なのだが読んでいたモノは魔術という題名の本。作者は賞の名前でも通っている芥川龍之介。何か予定が無い場合、読書を辞めない和代が途端に本を閉じた。相も変わらず私はテレビを見ていたわけだが、その瞬間だけ視線を和代に逸らした。

 トイレでも行くのかな。と考えたが、和代はトイレでも本を読む人間だ。

 つまりこの行動は随分と珍しい。

 ふと立ち上がった和代は──────

「ッフフフ.......はっはっはっはっは!!」

 嗤った。まるで探した真理が間抜けであった探求者のように。

 その姿は、夢遊病の時とは比べ物にならない程の悍ましさ。白藤和代の中に誰かが居るような寒気だけが、その嗤いには含まれていた。

「そうか。そうだったのか」

私はそれ以降、白藤和代の声を思い出せなかった。





 ◇




 語り終えた白藤紗枝は肩を抱いていた。

 恐怖と言う絶対的な寒さに震える彼女は、見ているだけで痛ましいかった。

 ───これ以上酷い話があるのだろうか。

 率直に僕はそう考える。実の娘の記憶をなぞった時。最後に見えるのは他人じみた娘の姿。その皮肉ぶりに僕は貧乏揺すりが止まらない。

「そうですか......貴重なお話有難うございます」

ソファーに座りながら、正した姿勢で頭を下げる。

「因みにと言っては何ですが、その"魔術"と言う本はこの家にまだあったりしますか?」

深みのある言い方で僕は問いかける。粗方答えは予想している。

 白藤紗枝は目を瞑り首を大げさに振る。

 当然だ。何しろ自分の娘を呪ったような代物を置いている筈がない。

「分かりました。それでは今日はこの辺りで帰らさせていただきます──────」

僕は荷物を粗方纏め、持っていたロングコートを羽織る。再び頭を下げ、背を向けた。一歩踏み出した時、軋む音が鮮明に鼓膜を揺する。

「あぁ言い忘れていました白藤紗枝さん。──────この事件、もう解けました」

わざとらしく目を細める。その言葉に彼女は、対極に目を開く。



 万能堂に戻った時。珍しく蒼さんはパソコンをいじっていた。

「戻りました......」

「───浅羽か。そんな事一々言わんでいい」

相変わらず冷めた対応に僕は、適当な相槌を返す。

「白藤紗枝からの話で、今回の一件は解けたも同然と言っていいかもです」

「何ッ。もうか?......」

不信がる蒼さんを横目に僕は、ソファーに座り深く息を吸う。

「はい。────その前に黛京子《まゆずみきょうこ》さん。芥川龍之介の"魔術"って持ってます?」

偽名に一つを口にして僕はそう尋ねる。面食らったように蒼さんは笑い僕を見つめる。

「無論な.......」



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